Green Eyed[グリーン アイド]~楽園21~

志賀雅基

文字の大きさ
31 / 41

第31話

しおりを挟む
 シドが答える前にその考えを読んだハイファが調べた事実を語った。

「立憲君主制のフェイダル星系では三十数年前から、王の政治的失策が続いて星系政府は破産寸前に追い込まれてた。その穴埋めをするため星系政府は積極的に歓楽街にマフィアを誘致したけれど、筋金入りのロニアマフィアは政府の思惑通りに動かなかった」

「単純に税金を払わなかったってことか?」
「そう、スティーブの言う通りだね。代わりにマフィアは政府に甘い声を掛けた、『おカネがないなら融資しますよ』ってね。その話を政府は受けて莫大な資金調達が可能になった」

 眉をひそめてイリヤが意見を述べる。

「そんな危ない借金など、あとから高額の利息で首が回らなくなるだけではないのか?」
「ああ、そうだ。だから王の博打だったんだ。マフィアが仕掛ける博打なんぞ胴元が勝つに決まってる。だがそれでも手を出したくなるくらい、王は追い詰められてたんだ」

 煌めく切れ長の目にイリヤは見入りながら、シドの説明を聞いた。

「この先は俺の想像だからな、割り引いて聞けよ? 星系政府の金庫を空っぽにしたどころか、政府自体を借金で首が回らなくしちまった王はテラ標準歴で約三年前、マフィアに借金の一部返済を迫られた。そこで手っ取り早く当座の返済金を稼ぐ方法を捻り出した。そいつが誘拐ビジネスだった――」

 当時需要の高まっていたPSCのハックス社に王は目を付けた。万が一にも王まで辿られないよう周到に人的保険を掛けた上で、やっと誘拐専門集団・エレボス騎士団として機能し、クレジットを本格的に稼ぎ始めたのが最近だったのである。

「秘密を護れる者だけで司令塔たる王を取り巻いた結果、公務員だの星系政府中枢に関わる株主だのが挙がったっつー訳だ。そして借金返済の手段として誘拐ビジネスが展開される以上、マフィアはそれを絶対に邪魔しねぇってことになる」

 深く溜息をついてイリヤは頭を振った。にわかに信じがたい話である。

「しかし実際そんなカネでの穴埋めなどが可能なのか?」
「シドの想像が本当に当たってるかどうかは分からないけど、ときに自身の財産も切り売りする『君主』だからこその荒技だったんじゃないかな」

「けど言ったようにこれはまだ俺の想像に過ぎねぇんだ。そいつを確かめにスーメラに行く。主眼はそことチェンバーズ=ファサルート救出の二点だ」

 一星系を揺るがす秘密を暴くことになるかも知れないのだ。負った任務の重さにイリヤ=ヤンソンは知らず身震いをする。だがシドとハイファは自らの推測に怖じることなく常態だ。

「おい、食事が届いて随分経つんだが、腹は減らないのか?」

 遠慮がちながら壁のリフトに灯ったグリーンランプを指した相棒にも、イリヤは胆の太さを感じて思わず苦笑させられる。リフトを開けて四人はそれぞれ自分の食事を確保した。

 だが幾ら広めでもビジネスホテルに毛が生えたくらいの部屋である。皆で一緒と云ってもソファセットのロウテーブルでイリヤとスティーブ、端末の電源を落としたデスクでシドとハイファが食事を摂ることになった。皆が手を合わせて食べ始める。

「旨いけどさ、長話してる間にかなり冷めちまったな。この肉、半分食うか?」
「でも保温シールされてたし、寒い星でもないしね。じゃあ、こっちと半分こね」

 仲良くシェアしながら食べる二人を振り向いて、スティーブは羨ましそうな、つまらなそうな顔をしていた。背を向けている二人は気配で感じていたが、ガン無視である。

 刑事の早食いでシドが真っ先に全てを平らげ、任務について考え込みながらも食事に没頭したイリヤが次にフォークを置いた。喫煙者二人はトレイをリフトに戻し、飲料ディスペンサーのコーヒーを飲みつつ、残る二人が食し終えるのをじっと待つ。

 ハイファの方ばかりを振り向いていたスティーブがやっと全てを胃に収め、優雅極まりない所作と完璧なマナーでハイファが最後に食事を終えた。

「ちょっと、シドもイリヤもそこまで焦って吸わなくたって、煙草は逃げないよ?」
「煙草は逃げねぇが、煙で固めとかねぇと脳ミソが耳から蒸発して逃げるんだ」

 同意して深く頷くイリヤにも呆れてハイファは笑うしかない。だが笑いながら咥え煙草のシドに紙コップのコーヒーを手渡され、妙な違和感を覚えてじっとシドを注視する。

「ねえ、シド。貴方って何処か痛かったりしない?」
「別に何処も痛くなんかねぇよ」
「もしかして買い物してて早く帰りたがったのも、痛かったからなのかな?」

「だから痛くねぇって言ってるだろ」
「嘘つかないで。明日十時のシャトル便に乗ったら、病院にも簡単に掛かれないんだからね」

 涼しいポーカーフェイスでシドは二本目を吸おうとした。その手首をイリヤが掴む。

「何だよ、イリヤ。離してくれ」
「顔色が悪いな、何処を痛めた?」
「何処も……いいから離せ!」

 いきなり大声を上げて抵抗したシドは、ハイファの疑念を肯定したも同然だった。そこにスティーブまでが参戦し、背後からシドを羽交い締めにする。しかしスティーブに対して負けられない意地を張るシドは過剰に暴れた。一方のスティーブは面白半分にシドを締めつける。

「どうした、シド。何処が痛いのかな?」
「うっ、やめ……スティーブ、離せ……ゲホゲホ、ゴホッ!」

 耐えきれずシドはこみ上げてきたものを口から溢れさせた。咳き込みながらシドが吐いた大量の血を見て、ハイファは頭を殴られたようなショックを受ける。驚いたスティーブがシドを離した。身を折ってシドは更に咳き込み、衣服の胸を真っ赤に染める。

 呼吸困難を起こして倒れかかったシドをイリヤが支えた。

「ハイファス、救急に発振! スティーブは手伝え!」

 高度文明圏なら何処でも同じナンバ、ハイファの手は勝手に動いて救急要請する。棒立ちになったままシドがベッドに寝かせられるのを目に映していた。
 だが息も吸えずにシドが喉から笛のような音を発し、それでスイッチが入ったかのように駆け寄って縋り付く。震える手で綿のシャツのボタンを外した。

 前をはだけてハイファは再びショックを受ける。
 胸全体が打撲痕で目茶苦茶に変色していた。明らかに凹んだ箇所もある。

「これは酷いな、確実に折れているぞ」
「俺、折れるほどやったつもりは――」

 すうっと血の気が引く貧血の初期症状を感じながらハイファは首を横に振った。

「違う。サンズの店で、僕を庇ってサブマシンガン六丁の斉射を食らったから……バディなのに、こんなになってるのに、気が付かなかったよ……シド、シド、目を開けてよっ!」

 気を失うこともできずに身を捩って苦しむシドを、ハイファは揺さぶり始める。

「ハイファス! 錯乱するな!」

 大声でイリヤに留められハイファは我に返った。同時に真っ白な顔色をしたシドが僅かに目を開く。指先まで蝋のように白くなった左手を伸ばし、ハイファの頬に触れた。

「シド、分かってるから。もう泣かないから、いいよ」

 それでもハイファはしゃくり上げるのを止められず、ペアリングを嵌めた左手を掴んで涙を擦りつける。ふいにまたシドが咳をして身を跳ねさせた。
 ゴボッと音を立てて枕に大量の血が零れる。あまりに苦しそうでどうしてやることもできずに、体温すらなくした手をハイファはひたすら握り続けた。
 
 もう眠らせてやりたかったが、シドは薄く開いた目を瞑らない。
 そうしてシドは意識を保ったまま、クローナ大学付属病院に救急機で搬送された。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

徒野先輩の怪異語り

佐倉みづき
キャラ文芸
「助けて、知らない駅にいる――」 きさらぎ駅に迷い込み行方不明となった幼馴染みを探す未那は、我が物顔で民俗学予備研究室に陣取る院生・徒野荒野を訪ねる。 あらゆる怪談や怪奇現象を蒐集、研究する彼の助手にされた未那は徒野と共に様々な怪異に行き当たることに…… 「いつの世も、怪異を作り出すのは人間なんだ」

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔
キャラ文芸
​【平凡な高校生 × 妖従者たちが紡ぐ、絆と成長の主従現代和風ファンタジー!】 ★第9回キャラ文芸大賞エントリー中! 「選ぶのはお前だ」 ――そう言われても、もう引き返せない。 ​ごく普通の高校生・奏太(そうた)は、夏休みのある日、本家から奇妙な呼び出しを受ける。 そこで待っていたのは、人の言葉を話す蝶・汐(うしお)と、大鷲・亘(わたり)。 彼らに告げられたのは、人界と異界を隔てる結界を修復する「守り手」という、一族に伝わる秘密の役目だった。 ​「嫌なら断ってもいい」と言われたものの、放置すれば友人が、家族が、町が危険に晒される。 なし崩し的に役目を引き受けた奏太は、夜な夜な大鷲の背に乗り、廃校や心霊スポットへ「出勤」することに! ​小生意気な妖たちに絡まれ、毒を吐く蛙と戦い、ついには異世界「妖界」での政変にまで巻き込まれていく奏太。 その過程で彼は、一族が隠し続けてきた「残酷な真実」と、従姉・結(ゆい)の悲しい運命を知ることになる―― ​これは、後に「秩序の神」と呼ばれる青年が、まだ「ただの人間」だった頃の、始まりの物語。 ​★新作『蜻蛉商会のヒトガミ様』 この物語から300年後……神様になった奏太の物語も公開中! https://www.alphapolis.co.jp/novel/174241108/158016858

処理中です...