ゴミと茸と男が二人~楽園の外側~

志賀雅基

文字の大きさ
2 / 24

第2話

しおりを挟む
 元々この星はメタンやアンモニアなどの氷に閉ざされた、地衣類さえもなかった惑星だ。土地の起伏も少なく海もない。テラ系人類の母なる星系、太陽ソル系外縁天体の冥王星原初の姿に似ていた。

 そんな星をいきなり完全テラフォーミングして人間が棲めるようにするには、条件が足らなかった。いや、足りなかったのは予算である。テラ連邦議会加盟の文明星系から距離的にも遠く、テラフォーミングに掛けたコストの回収の目途が立たない。けれど異星系人に取られるのは癪。だからこのような使い方をされているのだろう。

 文明圏で大量に作られ使用され、又は余剰品となり不要となって捨てられ運ばれてきた、ゴミで出来た大地。

 ゴミの中には何に使用されたのかはっきり分かる物もあれば、素材が何なのかさえ知れない物体もある。様々な大きさや形、ときにはちゃんとした固体でないものさえあって、それらは何れ自然分解するという括りがあり、この区画に運ばれてきた。

 生分解性のあるそれらは有機無機取り混ぜてあるものの、化学製品の残骸ばかりで臭わないのが幸いである。底まで掘れば多少は腐葉土のような匂いがするが。

 これらは本来ある程度の文明圏ならば当然御当地で以って、解体リサイクルやディスポーザ分解処理されるべきなのだ。しかし自分たちが所属するテラ系社会は完全資本主義である。
 それをやはり他星系人種にないバイタリティで推し進めるテラ連邦議会が統括する星系では、このような流れさえ微々たるものながら資本回収の役に立つらしい。

 アズラエルは紅い瞳を志賀に振り向ける。
 志賀は今、濃灰色の目を浮かしかけた巨大な樹脂板に向けていた。頭の上に組んだ両手を載せるという緩んだ姿勢だったが、その意志で目前の差し渡し二十メートルはありそうな壁材が浮き上がる。重力が僅かに一Gを割っているとはいえ、勿論普通なら重機でも使わなければ到底動く代物ではない。

 念動力サイコキネシス、志賀はPK使いだ。そのサイキで先にいた惑星の対・原生生物殲滅戦前線司令部も吹き飛ばしたのだ。何故そんな事態になったかというと――。

「あ、何だこれっ! すっげぇもんみっけ!!」

 少々離れた位置にいながらもアズラエルは自身の持つサイキ、全方位アクティブソナーやフェイズドアレイレーダーの如きサーチ能力で志賀が壁材下から発見したモノを、実視野に頼ることなく視ることが出来た。

 発見したモノに興味を惹かれて気を取られた志賀が瞬時に仕事も忘れて放擲し、こちらも放り出した巨大建材がアズラエル自身の頭上に降ってくるのさえ視た。

「だあぁぁーっ、シガ=マサキ候補生、もとい、万崎まさき志賀しが暫定三尉っ! 私を何度殺そうとすれば気が済むんだ~っ!!」

 アズラエル二尉がとうとう喚いた。たまたま前任務の都合で現在は二尉の階級章を付けている。それはともかく喚いたのは咄嗟に短距離リープし、掻き消えた姿が志賀の目前五十センチに出現してからだったが。

 そのまま志賀のオリーブドラブ色の作業ジャンパの両襟を掴み締めてアズラエルは揺さぶった。テラ連邦軍人、特に入隊して数ヶ月しか経たない新兵であり、未だに三尉任官拒否したままの幹部候補生にあるまじき志賀の胸元まで伸びた真っ黒い長髪がアズラエルの頬を打つ。

 壁材がGに逆らって落下方向を曲げ、彼方にすっ飛んでいったのを確認すらしなかった。自分より背の高い若造を睨み付ける。
 その間も有機化学物質をエサにやたら長く成長したキノコを手にニコニコと嬉しそうな志賀は、バディの乱れた銀緑の髪を見下ろしながら巨大菌類の軸を離さない。

 とうとうキレたアズラエルはメタルの髪を更に乱しながら唸った。

「貴様の、その、思いつきのみ、後先考えない行動と、自分ですら制御しきれない馬鹿力のお蔭でこんな所にいるんだ。分かってるのか?」
「その科白、この前も言ってたよなー」

「ああ、何度でも言ってやる。大は私一人に下命された任務に首を突っ込んで確保の筈の対象をブチ殺す、前線司令部施設は吹き飛ばす、巡察艦は丸一日宇宙放浪スペースワンダー、遡っては本星幕僚本部エリアのファランクス砲は対地上発射させる」

 ウンウンと一メートル程のひょろ長い軸の先、菌子体のカサをゆらゆらさせながら志賀はいちいち愛想良く相槌を打つ。

「小は、たかがドアを開けようとしては木っ端微塵にする、超高額訓練機材は止まったハエと一緒に叩き潰す、毛の生えた蛇を営内で大量発生させる――」
「あー、アレね。あんなに増えるとは思わなかったんだよな。エネルギー保存の法則を完っ璧に無視してたと思わね?」
「ああ。それと巨大肉食サボテンの花に私は噛まれた」
「あれは災難だったな、アズル」

「そう、災難……って、貴様が全て持ち込んだんだ、その理不尽な言い種は何だっ!」
「ワタクシの記憶が確かならば、あと航空機も二機破壊したような気が……」
「今回で三機だろう?」
「それもカウント? じゃあ……やったぁ、あと二機でエースじゃん!」

 本気で喜んでいるのが分かる相手に天を仰いだアズラエルは、ここ数ヶ月で何度ついたか知れぬ溜息に特大級を追加する。単に『空しい』という言葉では表しきれない脱力感を覚え、同時に頭上から降り注ぐ黄色い胞子に閉口して志賀の襟を突き放した。

「ここで少しは頭を冷やせということだ」

 少しでは全然マッタク足りんだろうと思うが、二週間前の彼らの功績は中央情報局第二部別室の戦略コンも認めるところなのだ。だから即お払い箱とはならなかった。良くも悪くも人殺しに向いている・・・・・・・・・可能性を疑われていた志賀はともかく、アズラエルは実績を積んでいて、敵サイドに流れられては困る人材なのは別室長も認めるところだ。

 しかし想定外の被害状況に現在彼らの処遇は宙に浮いている。当たり前だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

航空自衛隊奮闘記

北条戦壱
SF
百年後の世界でロシアや中国が自衛隊に対して戦争を挑み,,, 第三次世界大戦勃発100年後の世界はどうなっているのだろうか ※本小説は仮想の話となっています

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...