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第2話
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元々この星はメタンやアンモニアなどの氷に閉ざされた、地衣類さえもなかった惑星だ。土地の起伏も少なく海もない。テラ系人類の母なる星系、太陽系外縁天体の冥王星原初の姿に似ていた。
そんな星をいきなり完全テラフォーミングして人間が棲めるようにするには、条件が足らなかった。いや、足りなかったのは予算である。テラ連邦議会加盟の文明星系から距離的にも遠く、テラフォーミングに掛けたコストの回収の目途が立たない。けれど異星系人に取られるのは癪。だからこのような使い方をされているのだろう。
文明圏で大量に作られ使用され、又は余剰品となり不要となって捨てられ運ばれてきた、ゴミで出来た大地。
ゴミの中には何に使用されたのかはっきり分かる物もあれば、素材が何なのかさえ知れない物体もある。様々な大きさや形、ときにはちゃんとした固体でないものさえあって、それらは何れ自然分解するという括りがあり、この区画に運ばれてきた。
生分解性のあるそれらは有機無機取り混ぜてあるものの、化学製品の残骸ばかりで臭わないのが幸いである。底まで掘れば多少は腐葉土のような匂いがするが。
これらは本来ある程度の文明圏ならば当然御当地で以って、解体リサイクルやディスポーザ分解処理されるべきなのだ。しかし自分たちが所属するテラ系社会は完全資本主義である。
それをやはり他星系人種にないバイタリティで推し進めるテラ連邦議会が統括する星系では、このような流れさえ微々たるものながら資本回収の役に立つらしい。
アズラエルは紅い瞳を志賀に振り向ける。
志賀は今、濃灰色の目を浮かしかけた巨大な樹脂板に向けていた。頭の上に組んだ両手を載せるという緩んだ姿勢だったが、その意志で目前の差し渡し二十メートルはありそうな壁材が浮き上がる。重力が僅かに一Gを割っているとはいえ、勿論普通なら重機でも使わなければ到底動く代物ではない。
念動力、志賀はPK使いだ。そのサイキで先にいた惑星の対・原生生物殲滅戦前線司令部も吹き飛ばしたのだ。何故そんな事態になったかというと――。
「あ、何だこれっ! すっげぇもんみっけ!!」
少々離れた位置にいながらもアズラエルは自身の持つサイキ、全方位アクティブソナーやフェイズドアレイレーダーの如きサーチ能力で志賀が壁材下から発見したモノを、実視野に頼ることなく視ることが出来た。
発見したモノに興味を惹かれて気を取られた志賀が瞬時に仕事も忘れて放擲し、こちらも放り出した巨大建材がアズラエル自身の頭上に降ってくるのさえ視た。
「だあぁぁーっ、シガ=マサキ候補生、もとい、万崎志賀暫定三尉っ! 私を何度殺そうとすれば気が済むんだ~っ!!」
アズラエル二尉がとうとう喚いた。たまたま前任務の都合で現在は二尉の階級章を付けている。それはともかく喚いたのは咄嗟に短距離リープし、掻き消えた姿が志賀の目前五十センチに出現してからだったが。
そのまま志賀のオリーブドラブ色の作業ジャンパの両襟を掴み締めてアズラエルは揺さぶった。テラ連邦軍人、特に入隊して数ヶ月しか経たない新兵であり、未だに三尉任官拒否したままの幹部候補生にあるまじき志賀の胸元まで伸びた真っ黒い長髪がアズラエルの頬を打つ。
壁材がGに逆らって落下方向を曲げ、彼方にすっ飛んでいったのを確認すらしなかった。自分より背の高い若造を睨み付ける。
その間も有機化学物質をエサにやたら長く成長したキノコを手にニコニコと嬉しそうな志賀は、バディの乱れた銀緑の髪を見下ろしながら巨大菌類の軸を離さない。
とうとうキレたアズラエルはメタルの髪を更に乱しながら唸った。
「貴様の、その、思いつきのみ、後先考えない行動と、自分ですら制御しきれない馬鹿力のお蔭でこんな所にいるんだ。分かってるのか?」
「その科白、この前も言ってたよなー」
「ああ、何度でも言ってやる。大は私一人に下命された任務に首を突っ込んで確保の筈の対象をブチ殺す、前線司令部施設は吹き飛ばす、巡察艦は丸一日宇宙放浪、遡っては本星幕僚本部エリアのファランクス砲は対地上発射させる」
ウンウンと一メートル程のひょろ長い軸の先、菌子体のカサをゆらゆらさせながら志賀はいちいち愛想良く相槌を打つ。
「小は、たかがドアを開けようとしては木っ端微塵にする、超高額訓練機材は止まったハエと一緒に叩き潰す、毛の生えた蛇を営内で大量発生させる――」
「あー、アレね。あんなに増えるとは思わなかったんだよな。エネルギー保存の法則を完っ璧に無視してたと思わね?」
「ああ。それと巨大肉食サボテンの花に私は噛まれた」
「あれは災難だったな、アズル」
「そう、災難……って、貴様が全て持ち込んだんだ、その理不尽な言い種は何だっ!」
「ワタクシの記憶が確かならば、あと航空機も二機破壊したような気が……」
「今回で三機だろう?」
「それもカウント? じゃあ……やったぁ、あと二機でエースじゃん!」
本気で喜んでいるのが分かる相手に天を仰いだアズラエルは、ここ数ヶ月で何度ついたか知れぬ溜息に特大級を追加する。単に『空しい』という言葉では表しきれない脱力感を覚え、同時に頭上から降り注ぐ黄色い胞子に閉口して志賀の襟を突き放した。
「ここで少しは頭を冷やせということだ」
少しでは全然マッタク足りんだろうと思うが、二週間前の彼らの功績は中央情報局第二部別室の戦略コンも認めるところなのだ。だから即お払い箱とはならなかった。良くも悪くも人殺しに向いている可能性を疑われていた志賀はともかく、アズラエルは実績を積んでいて、敵サイドに流れられては困る人材なのは別室長も認めるところだ。
しかし想定外の被害状況に現在彼らの処遇は宙に浮いている。当たり前だ。
そんな星をいきなり完全テラフォーミングして人間が棲めるようにするには、条件が足らなかった。いや、足りなかったのは予算である。テラ連邦議会加盟の文明星系から距離的にも遠く、テラフォーミングに掛けたコストの回収の目途が立たない。けれど異星系人に取られるのは癪。だからこのような使い方をされているのだろう。
文明圏で大量に作られ使用され、又は余剰品となり不要となって捨てられ運ばれてきた、ゴミで出来た大地。
ゴミの中には何に使用されたのかはっきり分かる物もあれば、素材が何なのかさえ知れない物体もある。様々な大きさや形、ときにはちゃんとした固体でないものさえあって、それらは何れ自然分解するという括りがあり、この区画に運ばれてきた。
生分解性のあるそれらは有機無機取り混ぜてあるものの、化学製品の残骸ばかりで臭わないのが幸いである。底まで掘れば多少は腐葉土のような匂いがするが。
これらは本来ある程度の文明圏ならば当然御当地で以って、解体リサイクルやディスポーザ分解処理されるべきなのだ。しかし自分たちが所属するテラ系社会は完全資本主義である。
それをやはり他星系人種にないバイタリティで推し進めるテラ連邦議会が統括する星系では、このような流れさえ微々たるものながら資本回収の役に立つらしい。
アズラエルは紅い瞳を志賀に振り向ける。
志賀は今、濃灰色の目を浮かしかけた巨大な樹脂板に向けていた。頭の上に組んだ両手を載せるという緩んだ姿勢だったが、その意志で目前の差し渡し二十メートルはありそうな壁材が浮き上がる。重力が僅かに一Gを割っているとはいえ、勿論普通なら重機でも使わなければ到底動く代物ではない。
念動力、志賀はPK使いだ。そのサイキで先にいた惑星の対・原生生物殲滅戦前線司令部も吹き飛ばしたのだ。何故そんな事態になったかというと――。
「あ、何だこれっ! すっげぇもんみっけ!!」
少々離れた位置にいながらもアズラエルは自身の持つサイキ、全方位アクティブソナーやフェイズドアレイレーダーの如きサーチ能力で志賀が壁材下から発見したモノを、実視野に頼ることなく視ることが出来た。
発見したモノに興味を惹かれて気を取られた志賀が瞬時に仕事も忘れて放擲し、こちらも放り出した巨大建材がアズラエル自身の頭上に降ってくるのさえ視た。
「だあぁぁーっ、シガ=マサキ候補生、もとい、万崎志賀暫定三尉っ! 私を何度殺そうとすれば気が済むんだ~っ!!」
アズラエル二尉がとうとう喚いた。たまたま前任務の都合で現在は二尉の階級章を付けている。それはともかく喚いたのは咄嗟に短距離リープし、掻き消えた姿が志賀の目前五十センチに出現してからだったが。
そのまま志賀のオリーブドラブ色の作業ジャンパの両襟を掴み締めてアズラエルは揺さぶった。テラ連邦軍人、特に入隊して数ヶ月しか経たない新兵であり、未だに三尉任官拒否したままの幹部候補生にあるまじき志賀の胸元まで伸びた真っ黒い長髪がアズラエルの頬を打つ。
壁材がGに逆らって落下方向を曲げ、彼方にすっ飛んでいったのを確認すらしなかった。自分より背の高い若造を睨み付ける。
その間も有機化学物質をエサにやたら長く成長したキノコを手にニコニコと嬉しそうな志賀は、バディの乱れた銀緑の髪を見下ろしながら巨大菌類の軸を離さない。
とうとうキレたアズラエルはメタルの髪を更に乱しながら唸った。
「貴様の、その、思いつきのみ、後先考えない行動と、自分ですら制御しきれない馬鹿力のお蔭でこんな所にいるんだ。分かってるのか?」
「その科白、この前も言ってたよなー」
「ああ、何度でも言ってやる。大は私一人に下命された任務に首を突っ込んで確保の筈の対象をブチ殺す、前線司令部施設は吹き飛ばす、巡察艦は丸一日宇宙放浪、遡っては本星幕僚本部エリアのファランクス砲は対地上発射させる」
ウンウンと一メートル程のひょろ長い軸の先、菌子体のカサをゆらゆらさせながら志賀はいちいち愛想良く相槌を打つ。
「小は、たかがドアを開けようとしては木っ端微塵にする、超高額訓練機材は止まったハエと一緒に叩き潰す、毛の生えた蛇を営内で大量発生させる――」
「あー、アレね。あんなに増えるとは思わなかったんだよな。エネルギー保存の法則を完っ璧に無視してたと思わね?」
「ああ。それと巨大肉食サボテンの花に私は噛まれた」
「あれは災難だったな、アズル」
「そう、災難……って、貴様が全て持ち込んだんだ、その理不尽な言い種は何だっ!」
「ワタクシの記憶が確かならば、あと航空機も二機破壊したような気が……」
「今回で三機だろう?」
「それもカウント? じゃあ……やったぁ、あと二機でエースじゃん!」
本気で喜んでいるのが分かる相手に天を仰いだアズラエルは、ここ数ヶ月で何度ついたか知れぬ溜息に特大級を追加する。単に『空しい』という言葉では表しきれない脱力感を覚え、同時に頭上から降り注ぐ黄色い胞子に閉口して志賀の襟を突き放した。
「ここで少しは頭を冷やせということだ」
少しでは全然マッタク足りんだろうと思うが、二週間前の彼らの功績は中央情報局第二部別室の戦略コンも認めるところなのだ。だから即お払い箱とはならなかった。良くも悪くも人殺しに向いている可能性を疑われていた志賀はともかく、アズラエルは実績を積んでいて、敵サイドに流れられては困る人材なのは別室長も認めるところだ。
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