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第15話
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「IDデータ改竄、それが可能なら本星ではないところで一般人としてリスタートも出来る。それなのにか?」
「今が愉しいからいい、もっと面白いコト探せそうだからな。色んなとこに行けそうだし、色んな奴とも会えるし、アズルもいるしサ」
ここで整った顔を歪め、志賀はバディを斜に睨む。
「それとサ、何度もいうけどチチウエなんていうな、気色ワリぃ。ありゃあ趣味だよ、賭け屋。それが昂じてえれぇ目に遭ってる」
表情を変えぬままアズラエルはバディの視線を受ける。
「確かに先見の明はあるようだな。前の件もそれで、ギルド如きに我が軍が完敗するのは免れたようなものだ」
強引なスカウトに遭った志賀だけでなく、アズラエルにとってもギルドは、過去の任務上何度もぶち当たっている〝あちら側〟でしかない。
「どっちに転ぶかであのバカは軍に一票投じたんだろ。ハズしたくないから俺たちに梃入れしただけだ。人間が命やり取りするってのに呆れた人でなしだぜ、あいつも」
「それはお前の選んだ、我らが連邦軍も一緒だ。軍隊は必要悪だ、ローカル星のマフィアと同じ。その場限りの正義と一方的な法をかざす。民間人は自分たちとは関係ない異物と普段は見なしながらも、時には押し付け、頼り、用が済めば再び異物視だ」
「極論だな。じゃあアズルは軍なんてなけりゃイイって思ってんのか?」
「必要だ、といっている。事あらば個の権利を差し置いて即、動かせる組織というのは貴重だからな。いろいろな考え方の人間がいるんだ、〝事〟もしばしば起こる。仕方ない。それに──」
と、紅い視線を外して僅か下を向き、
「特殊だろうが私の仕事はこれまで山のようにあった。人殺しの仕事が、な……」
「何だよ、クールな振りして人目がねェと過激だな。……しっかし今日は語りますね、ダンナ。珍しいったらねェな。ディべートは年寄りには敵わないって、オイ」
志賀が気付いたときには遅く、アズラエルはそのまま卓に突っ伏して既に正体が無かった。瓶もいつの間にか空だ。ペースが速すぎた。
「おーい、ンなトコで座って寝るなよー」
軽いファイバ製の箱を足で少し蹴ってみたが、起きる気配もなし。
「……ったくホント、ミテクレは若けーのにやっぱジジィだぜ」
疲れきっているのは判っているのだ。
ここに来る前の大騒動、自分が口を利くと余計に拙くなるからと、その後の対外的なものは全てアズラエルが独りでこなしてここに来たのだ。
最近殆ど眠っていないのも知っている。自分と行動を共にして何ヶ月間も気を張っていたのも。
「何でそこまで突っ張るかねー、この男も。俺なんかよりよっぽど謎に思わねえかな、上も。……ってやっぱ今日はヘンだな、独り言多すぎ」
何処だか惑星の何とか苔ワインなる液体を最後まで飲み干しながら志賀は、長い手を伸ばしてアズラエルの前髪を引っ張ってみる。死んでいた、完璧に。ついでに五、六本ひっこ抜いてみるが、メタルの印象と違って意外と柔らかい。
(何か被せないと風邪引くかな。って免疫あるのかコイツ? テラ系だからあるか)
純粋テラ人兵士ならば、地球連邦軍入隊時にバイオチップを体に埋めることで最低限の病原菌に対しての免疫を作る。しかし自分たちの体は既成のものでは適合せず、弾き出してしまう。その分、長命系の強靭な細胞再生力もあるのだが。
半月前の任務でアズラエルは一度死にかけている。間一髪で自分とユンが駆けつけ助かったのだが、常人であれば死んでいたであろうその状態は、能力者だからこそ招いたものであり、そして能力者だからこそ生き延びたのだ。
何をするでもなく志賀は立ち上がった。指に絡まったメタリックの糸を吹き飛ばす、薄暗くてどこに飛んだかも分からない。
空調が利いた中で両手を組むと、低い天井に届きそうなくらい思い切り伸びをする。と、グラッときた。どのくらいアルコール度数があるかなど見もせず飲んだら、久しぶり、結構回ったらしい。
さて、何をするかと状況を見渡す。ヒマだしな……後片付けか。言われた通り鍋洗って、喰った袋をディスポーザに放り込んで。
(主婦みてーだなオレって。ハード面、何でもかんでもアズルだし、ここに戻ったらメシ当番しかしてねぇしよ)
無防備に眠る、自分より小柄な相棒に何となく目が行く。カタギの暮らししてりゃあ女に事欠かないだろな、などと思いながら。
(そういやコイツ、今まで結婚とか一度もしてねーのかなあ?)
そう脳ミソのふちをよぎった途端、思考の呂律が狂いだした。
仕事から帰って食事の支度。ふたりっきりで卓を挟んでメシ喰って、一服して語る。飲んだあとは──。
《……今日は、ちょっと飲み過ぎちゃったみたいだよ》
《だからってアナタ、こんなところで眠ると風邪を引くわよ》
《でも……もう動けないよハニー》
《じゃあ、わ・た・し・か・らっ♪》
(あれ? ──ちょ、待て待て待て、俺っ!)
その〝メシ当番〟と〝結婚〟というワードから想起され、《あなた、ご飯よ~》で始まり脳内を暴走した、一連の腐れたド三流メロドラマに呆然とする。正体のない相棒に何故か膝でにじり寄っていたことにも気付いて慄然とした。
(コレって……まるでエセ新婚家庭じゃんかよ、御勘弁っ!)
そしていつの間にかピンクの霧がかかった脳で、とどめとばかりにフリフリのエプロンを着けた己を想像しかかって、吐き気と共にすっと血の気が引いた。もう、この妄想はヤバすぎ限界だった。
(どーしたんだ、俺っ! 気を確かに持て!!)
自らを叱咤しつつ再びアズラエルの銀緑の髪に伸ばしかけた手を慌てて引っ込める。相棒は面白くて好きだが、断じて変な意味じゃない。そのケは全く以って無い。今の俺なら女の子の柔らかーい胸に顔をうずめて窒息死してもいいと言い切れる。
志賀は相棒の背にした壁、自分の寝棚を引き出すとクシャクシャに丸めたままの着替えを掴み、ポッド後部の簡易シャワールームへ駆け込む。そして大気中の水分を溜め込んだ浄水タンクの辛うじて凍っていない温度の水を思い切り、服も脱がずに頭から被った。
「今が愉しいからいい、もっと面白いコト探せそうだからな。色んなとこに行けそうだし、色んな奴とも会えるし、アズルもいるしサ」
ここで整った顔を歪め、志賀はバディを斜に睨む。
「それとサ、何度もいうけどチチウエなんていうな、気色ワリぃ。ありゃあ趣味だよ、賭け屋。それが昂じてえれぇ目に遭ってる」
表情を変えぬままアズラエルはバディの視線を受ける。
「確かに先見の明はあるようだな。前の件もそれで、ギルド如きに我が軍が完敗するのは免れたようなものだ」
強引なスカウトに遭った志賀だけでなく、アズラエルにとってもギルドは、過去の任務上何度もぶち当たっている〝あちら側〟でしかない。
「どっちに転ぶかであのバカは軍に一票投じたんだろ。ハズしたくないから俺たちに梃入れしただけだ。人間が命やり取りするってのに呆れた人でなしだぜ、あいつも」
「それはお前の選んだ、我らが連邦軍も一緒だ。軍隊は必要悪だ、ローカル星のマフィアと同じ。その場限りの正義と一方的な法をかざす。民間人は自分たちとは関係ない異物と普段は見なしながらも、時には押し付け、頼り、用が済めば再び異物視だ」
「極論だな。じゃあアズルは軍なんてなけりゃイイって思ってんのか?」
「必要だ、といっている。事あらば個の権利を差し置いて即、動かせる組織というのは貴重だからな。いろいろな考え方の人間がいるんだ、〝事〟もしばしば起こる。仕方ない。それに──」
と、紅い視線を外して僅か下を向き、
「特殊だろうが私の仕事はこれまで山のようにあった。人殺しの仕事が、な……」
「何だよ、クールな振りして人目がねェと過激だな。……しっかし今日は語りますね、ダンナ。珍しいったらねェな。ディべートは年寄りには敵わないって、オイ」
志賀が気付いたときには遅く、アズラエルはそのまま卓に突っ伏して既に正体が無かった。瓶もいつの間にか空だ。ペースが速すぎた。
「おーい、ンなトコで座って寝るなよー」
軽いファイバ製の箱を足で少し蹴ってみたが、起きる気配もなし。
「……ったくホント、ミテクレは若けーのにやっぱジジィだぜ」
疲れきっているのは判っているのだ。
ここに来る前の大騒動、自分が口を利くと余計に拙くなるからと、その後の対外的なものは全てアズラエルが独りでこなしてここに来たのだ。
最近殆ど眠っていないのも知っている。自分と行動を共にして何ヶ月間も気を張っていたのも。
「何でそこまで突っ張るかねー、この男も。俺なんかよりよっぽど謎に思わねえかな、上も。……ってやっぱ今日はヘンだな、独り言多すぎ」
何処だか惑星の何とか苔ワインなる液体を最後まで飲み干しながら志賀は、長い手を伸ばしてアズラエルの前髪を引っ張ってみる。死んでいた、完璧に。ついでに五、六本ひっこ抜いてみるが、メタルの印象と違って意外と柔らかい。
(何か被せないと風邪引くかな。って免疫あるのかコイツ? テラ系だからあるか)
純粋テラ人兵士ならば、地球連邦軍入隊時にバイオチップを体に埋めることで最低限の病原菌に対しての免疫を作る。しかし自分たちの体は既成のものでは適合せず、弾き出してしまう。その分、長命系の強靭な細胞再生力もあるのだが。
半月前の任務でアズラエルは一度死にかけている。間一髪で自分とユンが駆けつけ助かったのだが、常人であれば死んでいたであろうその状態は、能力者だからこそ招いたものであり、そして能力者だからこそ生き延びたのだ。
何をするでもなく志賀は立ち上がった。指に絡まったメタリックの糸を吹き飛ばす、薄暗くてどこに飛んだかも分からない。
空調が利いた中で両手を組むと、低い天井に届きそうなくらい思い切り伸びをする。と、グラッときた。どのくらいアルコール度数があるかなど見もせず飲んだら、久しぶり、結構回ったらしい。
さて、何をするかと状況を見渡す。ヒマだしな……後片付けか。言われた通り鍋洗って、喰った袋をディスポーザに放り込んで。
(主婦みてーだなオレって。ハード面、何でもかんでもアズルだし、ここに戻ったらメシ当番しかしてねぇしよ)
無防備に眠る、自分より小柄な相棒に何となく目が行く。カタギの暮らししてりゃあ女に事欠かないだろな、などと思いながら。
(そういやコイツ、今まで結婚とか一度もしてねーのかなあ?)
そう脳ミソのふちをよぎった途端、思考の呂律が狂いだした。
仕事から帰って食事の支度。ふたりっきりで卓を挟んでメシ喰って、一服して語る。飲んだあとは──。
《……今日は、ちょっと飲み過ぎちゃったみたいだよ》
《だからってアナタ、こんなところで眠ると風邪を引くわよ》
《でも……もう動けないよハニー》
《じゃあ、わ・た・し・か・らっ♪》
(あれ? ──ちょ、待て待て待て、俺っ!)
その〝メシ当番〟と〝結婚〟というワードから想起され、《あなた、ご飯よ~》で始まり脳内を暴走した、一連の腐れたド三流メロドラマに呆然とする。正体のない相棒に何故か膝でにじり寄っていたことにも気付いて慄然とした。
(コレって……まるでエセ新婚家庭じゃんかよ、御勘弁っ!)
そしていつの間にかピンクの霧がかかった脳で、とどめとばかりにフリフリのエプロンを着けた己を想像しかかって、吐き気と共にすっと血の気が引いた。もう、この妄想はヤバすぎ限界だった。
(どーしたんだ、俺っ! 気を確かに持て!!)
自らを叱咤しつつ再びアズラエルの銀緑の髪に伸ばしかけた手を慌てて引っ込める。相棒は面白くて好きだが、断じて変な意味じゃない。そのケは全く以って無い。今の俺なら女の子の柔らかーい胸に顔をうずめて窒息死してもいいと言い切れる。
志賀は相棒の背にした壁、自分の寝棚を引き出すとクシャクシャに丸めたままの着替えを掴み、ポッド後部の簡易シャワールームへ駆け込む。そして大気中の水分を溜め込んだ浄水タンクの辛うじて凍っていない温度の水を思い切り、服も脱がずに頭から被った。
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