砂中で咲く石Ⅱ~Barter.13~

志賀雅基

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第3話

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 既に京哉の運転する白いセダンは白藤市内に入っていた。周囲は高低様々なビルの林立で、だがそんなビルの谷間の表通りを走ったらいつ着くか分からない。

 そこで京哉は霧島から伝授された機捜流運転術で、普通なら選ばないような裏通りの狭い路地や一方通行路を駆使し、出発してから約五十分で本部庁舎裏の関係者専用駐車場に辿り着いていた。

「どうせ遅刻ですけど、忍さん、早く早く!」

 降車するなり京哉は霧島を急かし、古めかしくも重々しいレンガ張り十六階建て本部庁舎の裏口から入ると、二人して階段を二階まで駆け上る。左側一枚目のドアの前で一旦足を止め、京哉は背伸びして霧島の曲がったタイを直した。

「はい。いいですよ、霧島警視」
「世話をかける、鳴海巡査部長……ゴホッ」

 ドアを開けるとそこは機捜の詰め所で、普段なら本日下番の隊員と本日上番の隊員が入り混じってかなりの喧騒なのだが、遅刻をした今は既に交代し終えていて在庁者は少なかった。しかしその数少ない在庁者は洩れなく咳やクシャミをし、洟をかんでいる。

 隊長の姿に気付いて立ち上がって身を折る敬礼をする者たちに、霧島はラフな挙手敬礼で答礼しながらも「座っていろ」とジェスチャーで示した。

「何だ、ゲホゲホ……隊長と京哉くんは、ハックション、重役出勤かい?」

 絞められたニワトリの如き声を発したのは副隊長の小田切おだぎり警部だ。キャリアで霧島の二期後輩に当たり、京哉と同じくSAT非常勤狙撃班員でもあった。

「いえ、出てくる時に少々事故が……でも小田切さんも大丈夫ですか?」
「心配してくれるとは、ハックション! やっぱり京哉くんは優し、ゲホゴホッ!」

 勢い良すぎる小田切のクシャミを避けて京哉は溜息をつく。誰が持ち込んだのか知れないが、悪性の風邪が機捜隊員殆ど全員斬りという非常事態だった。
 そこで秘書たる京哉は思い出して給湯室に向かう。お茶汲みも京哉の大切な仕事だ。トレイに湯呑みを並べて茶を淹れ、詰め所の皆に配り歩く。

 そうしながら一人一人の様子を窺って回った。体調管理もしておかないと拙い。

 機捜隊員は二十四時間交代という過酷な勤務体制で、覆面パトカーで警邏しては殺しや強盗タタキに放火その他の凶悪事件が発生した際にいち早く駆けつけ、初動捜査に就くのが職務である。
 だがそんな過酷な勤務に耐えられないほど風邪を悪化させた者が四名、予備軍が三名もいた。全三班でのローテーションだが維持できるのか微妙なところである。

 隊長席に就いた霧島に現状報告し、何故か自分だけ風邪を引かずに済んでいる京哉は自分のデスクで煙草を咥えて火は点けずノートパソコンを起動した。秘書の自分と隊長に副隊長は内務が主で定時出勤・定時退庁する毎日である。大事件でも起こらない限り土日祝日も休みだった。

 本日は木曜日で今日明日頑張れば霧島を休ませてやれるのだ。そう思いながらもメールで隊長と副隊長に本日の書類仕事を容赦なく送りつける。

「非常事態で報告が上がってくるのが遅れたため、報告書の督促メールが既に八通も溜まっています。こちらも非常事態、遊んでないで仕事をして下さいね」

 上司二人を監視するばかりではなく京哉も上司たちに任せていては到底間に合わない書類の代書にいそしんだ。時折上司たちに檄を飛ばしながら午前中に二通の書類を仕上げてメールで関係各所に送る。

 そして昼飯休憩で戻ってきた隊員たちに茶を配給し咳とクシャミの大合唱の中で仕出し弁当を三個確保して自分と上司たちのデスクに置いた。

 ここでは夜食も含めて、一日四食三百六十五日全てが近所の仕出し屋の幕の内弁当と決まっている。迷うことを知らない霧島がそれしか注文しないからだ。だが今日はおかずに殻付きエビの焼き物が入っていて、剥くのは面倒だったが、かなりの旨さで皆が話題にしていた。

 食しながらネットのニュースサイトを眺めているとオスの三毛猫ミケが足元で「ニャー」と鳴いた。珍しく機嫌のいい三毛猫は暫く前に京哉がつれ込んだのだ。

 本当は飼いたかったがマンションはペット禁止で、仕方なく目を付けたのが二十四時間必ず誰かは詰めている機捜だった。猫好きの同志を募ってトイレとエサの当番表もできている。職場で猫を飼うとは非常識に思えるが元々京哉が悪い訳ではない。

 押しつけられての苦肉の策だった。何せ愛媛みかんの段ボール箱に詰められ送られてきたのである。だがミケの鳴き声を聞いて小田切が顔をしかめた。

「ゲホゴホ、ミケをこっちに来させないでくれ、ハックション!」
「男女構わずタラす貴様だ、オス猫にも好かれて嬉しいだろう、ゲホッ」
「霧島さん、ハックション! 俺の膝は猫のベッドじゃない……ゲホゲホゲホッ!」

「すみません、小田切さん。僕がつれ込んだばっかりに」
「鳴海、お前が謝ることはない。その凶暴なケダモノは特別任務の産物だからな」
「まあ、そうなんですけど……特別任務ですねえ、はあ~っ」

 巨大な溜息を洩らして京哉は食べ終えた弁当箱を片付けると、風邪引き男たちの喉に遠慮し我慢していた食後の煙草を給湯室で味わった。二本吸い満足すると茶のおかわりを配りに行く。自分のデスクに戻ると同時に霧島のデスク上で警電が鳴った。

 警電のデジタル表示を一瞥して霧島が非常に複雑な顔をする。眉間にシワを寄せつつも灰色の目は何故だか遠い。その反応を見ただけで京哉には相手の予想がついた。小田切も同じらしく仰け反っている。音声オープンで霧島が出た。

「はい、こちら機捜の霧島……ゲホッ」
《わたしだ。鳴海くんと小田切くんも一緒にわたしの部屋に来てくれ。待っている》

 それだけで切った相手は一ノ瀬いちのせ県警本部長だった。霧島以外の二人も遠い目になった。

「あああ、またしても特別任務~っ!」

 天井に向かって京哉が吼え、その声で霧島と小田切が正気に戻った。幾ら嫌でも蹴飛ばせる相手ではない。ここは行くしかなかった。三人で席を立つと詰め所を出る。

 あの一件で京哉も霧島も『知りすぎた男』として上層部からマークされ、『どうせ知ったのだからアレもコレも』とばかりに県警捜査員としての職務を大きく逸脱した特別任務に就かされるようになったのだ。

 お蔭でそれまでなかった機捜副隊長ポストまで出来て小田切が『留守番で隊長不在時の責任者』として異動してきたのである。
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