砂中で咲く石Ⅱ~Barter.13~

志賀雅基

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第34話

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「わたしたち、このフラットの三階に住んでるのよ。二階がキャラハンとアメディオで一階がレズリーとバイヨルの家なの」
「それは賑やかそうだな」

「他にも隣にジョナサン、バルビエにクレリー、エドガーにレオ。反対側にはマーティンとルーク。マーティンはアリシアと、ルークはリサと付き合ってるのよ」
「マーティンとルークはそれで軍を辞めて仲間入りか」

「そればかりじゃないとは思うけれど、まあ最大のファクタでしょうね」
「昨日の宴会には姿がなかったな」
「彼らも歓迎会でロキ酒責めよ、相当懲りたらしいわ」

「なるほど。そういえばクーンツは?」
「ジョナサンと同居してるけれど副大統領兼渉外部長殿は殆ど学校に居ずっぱりよ。他の企業も誘致できないか頭を悩ませてるわ。こっちよ、きて」

 地元組が鍋や食器を運び出すのを横目にフラットの隙間を通り抜けて表側に出た。三階建ての簡易建築には九十九折りの外階段があり、各階へのドアに繋がっている。
 ジョセにくっついて階段を上り、キィロックを外した三階のドアから二人は中に招き入れられた。窓からは明かりが差し込んでいたが、霧島は相対的に暗く感じる。

 暗さに目を慣らして見回すと入った所は廊下、左側がすぐにキッチンだ。続き間となった隣の部屋には古びたソファとロウテーブルがあった。天井からはペンダントライトも下がり、リビングダイニングといった風情だ。

 案内されたのは軋む廊下を歩いてリビングの隣に当たるドアである。開けるとベッドが二台並んだ殆どフリースペースのない部屋だった。ドアが左右に一枚ずつあり、廊下だけでなくこの左のドアを通ってもリビングに出られるらしい。

「右のドアがシャワーとトイレ、洗濯乾燥機もあるわ」
「ジョセたちを追い出したんじゃなければいいですけど」
「リビングとキッチンの向こう側がわたしたちの部屋よ。だから安心して使って」

 意外に文化的な内部を見て霧島は感心する。

「結構な住まいだな」
「元は旧政府の役人が住んでたのよ。だから確かに結構な住まいと言えるわね。役人たちはわたしたちが報復に出ると思い込んで国外に逃げてそれっきり。初めは立派すぎて気が引けたけど街の人たちの薦めもあって結局は拝借したの。学校にも近いし」

 ここ暫く使われていないような部屋に、その言葉で納得する。

「ならば少しの間、借り受ける」
「二人で住んじゃっても構わないわよ。わたしは後片付けに出かけてくるから、そうね、八時過ぎに朝食にするわ。それでいい?」

 言い残しジョセは慌ただしく出て行く。二人は早速交代でシャワーだ。

「京哉お前、先でいいぞ」
「じゃあお言葉に甘えます」

 ジャケットを脱いでショルダーホルスタを外すと京哉はドレスシャツと下着の着替えを出して右のドアを開け中に消えた。霧島は窓を少し開けて砂漠をじっと眺める。
 視界は熱に揺らめいているが室内は思いがけないほど涼しい。勿論エアコンの風とまではいかないが、ここでの気温に躰が慣れたのか、じっとしている分には汗もかかない。

 暫くして京哉が出てくると交代、霧島は脱ぐ片端から洗濯乾燥機に衣服を放り込んだ。今回も以前と同じく防シワ加工・ウォッシャブルのスーツを着てきたので全て丸洗いだ。
 スイッチを入れておいてシャワーを浴びた。丁寧に全身の砂を洗い落とし生温い湯で流す。乾燥した肌が水分を吸って潤うと生き返ったような気がした。

 バスルームを出ると積んであった布で躰を拭き、下着とドレスシャツだけ身に着ける。洗濯乾燥機が止まるまで二人とも女性には見せられない姿で我慢だ。

「それで懸案の検討会ですね」
「そうだな。いい加減に『あれ』が何なのか当たりをつけんと」

 ベッドのひとつに腰掛けて京哉が手にした携帯を覗き込む。そこには霧島がクラウドに上げておいた資料が表示されていた。まずは採掘場の衛星写真である。

「昨日ヘリから眺めたそのままだな」
「殆どの建物に入ったけど内緒で『あれ』を作ってるの、見ませんでしたよね?」
「敷地内の設計図と比べてみるか」

 霧島も自分の携帯を取り出した。敷地内の配置図と衛星写真を見比べる。

「あ、設計図は初期のものみたい。図面にない建物が結構ありますね」
「とすると、そこからは無理か」
「じゃあ、あとは各社の資金の流れでしょうか」

 落とした資料を次々と開き、目的の収支報告書を霧島が探し当てる。見ると各月ごとにまとめられたそれはテクニカルタームが多用されていて二人は悪戦苦闘した。特に京哉は英語が殆ど分からない。

 それでも何とか概要が掴めたのは、たびたび霧島カンパニーでも本社社長の椅子に座らされそうになっては逃げ延びてきた霧島のお蔭である。

「うーん、それでも怪しげな使途不明金はナシですか」
「いっそ怪しいまでにクリーンな気もするが」
「それぞれの部門からコンマ何パーセントずつか回してるとか」

「そうなると私たちにはどうしようもない。この国には税務署もないだろうしな」
「聞いたことないですよね」

 二人で溜息をついたのちに思いついて霧島が口を開く。

「だが、ダーマーとラッセルたちが直接繋がってるというのはどうだろうな」
「どういう意味ですか?」
「考えてもみろ。企業がトンネルも作らずにチョクでテロリストに『はい、どうぞ』とカネを渡していると思うのか?」

「確かにそうですね。もしダーマーやラッセルたちに都合良く転がっても、先進諸国に知られたら叩かれる。プラーグの民衆に知られてもマイナスイメージになっちゃいますし」

 頷きながら霧島はダーマーの手口について説明した。

「それもダーマー側はある意味そういうことには長けている筈なんだ。最近の例で言えば、ダーマーはあのD国に対して武器弾薬を売却したという噂がある。だが間に幾つかの他国を挟んでいるために噂というより既にかなり確実な情報が流れながらも、尻尾は掴めない状況だ。ダーマー本社は某大国、かなり厳しく調べられた筈だがな」

「ふうん。それは一旦置いて他に使途不明金はないですか?」
「これといって見当たらん。ただ発電所の予算に三ヶ月前から上乗せ金が組み込まれてるくらいか。それもこらちは結構な額に思えるが」

「どれですか……千二百万ドル? 合計三十六億円以上って大きすぎるんじゃないでしょうか。いったい何に使ってるのかなあ? 人工衛星の製作資金ですかね?」
「人工衛星とは、いったい何のことだ?」

「砂嵐の時に見たじゃないですか、鉛筆のお化けみたいな宇宙ロケットの作りかけを」
「……って、まさか?」

 二人は顔を見合わせた。ユーリンは『あれが出来上がり次第』と言っていた。そしてあのロケット状物体は未完成ながら確かに『出来上がり間近』のようだった。

「図面はないか、検索かけろ!」
「設計図はまとめてこのフォルダに。ダーマー工業の兵器部門、この辺りですよ!」

 形状条件検索で三件がヒットした。一枚一枚設計図を舐めるように二人は眺めてゆく。そして三枚目の設計図を目にしたとき霧島は思わず叫んでいた。

「これだ、ビンゴだぞ! さすがは私の妻だ!」
「で、これに乗って人が攻撃しに行くんじゃないですよね?」
「これに乗るのは人間ではない。載るのは放射性物質だ」
「核ミサイルってことですか?」

 京哉の問いに霧島は硬い顔つきで頷いて見せる。

「これにいっぱいの重水素化リチウムを積む。あとは少しの濃縮ウラン235かプルトニウム239をベリリウムで包み、TNT火薬と共に弾頭に積んでやる」
「ウランかプルトニウム……原子爆弾ですか?」

「この設計図通りだと、もっと拙い。まずはウランかプルトニウムが原爆となって、その熱と圧力で重水素化リチウムが制御されない核融合を起こす。水爆だ」
「水爆って、あの大きさならどのくらいの威力があるんでしょうか?」
「さあな」

 と、霧島は投げ出すように、

「私は専門外だから詳しくは分からんが、日本に例えるなら東京都心が地図上から消し飛ぶくらいじゃないのか」

 煙草を咥えて京哉がオイルライターで火を点けた。紫煙を吐きつつ言う。

「そういえばあのロケット工場の小屋は三棟並んで建っていましたね」
「三基もか。これは本気で世界の危機だぞ」
「でもこれにいっぱいに積む重水素化リチウムなんて、何処に……あっ、D国だ!」

「その通り、武器弾薬と交換で打ち上げ技術と共に手に入れるつもりなのだろう。あとはここの軽水炉、原子力発電所の採算を度外視すればプルトニウム239が必要量生産できる。燃料であるウラン235を使うのもアリだろうな」
「そっか……」

 ベッドルームに静けさが訪れた。京哉の吸う煙草の煙が揺らめき立ち上っている。
 その静けさを破るのを恐れるように京哉は抑えた声で呟いた。

「じゃあ、やっぱり……?」

 暗い淵を見つめるような京哉の目に、霧島は答えるすべを持たなかった。

「そんな、みんなに何て言えば……」
「だが、私たちにはまだやれることがある。そうだろう?」

 凭れた霧島の躰から響く低い声が京哉に心地良く届く。

「でも……言わなきゃならないんでしょうか? 僕らが黙って動けばいいんじゃ?」
「黙っていてやれたらそれに越したことはない。だが私たちがしくじったら困る」

 そっと京哉を抱き締めて霧島はソフトキスを奪った。
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