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第15話

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「――ということで明日は我が中隊のうち二個小隊総員五十二名が出る。きみたちには第一小隊と共に行動し、ペネム鉱床跡地の敵CPコマンドポストを叩いて欲しい」
「アイ・サー」
「了解しました」

 結局着いた翌日にはもうホットゾーン、最前線での戦闘に投げ込まれるということだった。それも食堂でハイファが言っていた通りそのままの展開らしい。
 戦況その他分かっている限りの資料は既にリモータに流されている。追加がラープ、もしくは各個兵士からもたらされれば、それも随時入ってくる筈だった。

「着任早々、それも中央派遣の情報士官であるきみたちには申し訳ないが、うちの中隊のスナイパーとスポッタが随分前にKIAでね」

 KIAとはキルド・イン・アクション、任務中死亡である。

 少々淋しげに聞こえたヘンリー=ラサラ中隊長の言葉に、シドは改めてここが本物の戦場であるのを認識し、テラ連邦がいかに手こずっているのかを知った。

「質問をしても宜しいでしょうか」

 ハイファに倣って直立不動のまま、シドはラサラ中隊長に向かって訊いた。

「休め。……何かね?」
「ここは攻撃機や爆撃機はおろか光学兵器も使用していませんが、何故です?」

 訊かれたラサラ中隊長は、そんなことも知らずにそんなモノをぶら下げていたのかと、ハイファが吊った銃を見つつ驚いたらしかった。

「まあ、いい。ちょっと座りたまえ」

 狭いが中隊長室には古い応接セットがあった。そのソファを勧められた二人は、二人掛けに並んで腰掛ける。中隊長は部屋の隅のキャビネット上で沸いていたコーヒーを紙コップ三つに淹れ、手ずから振る舞ってくれた。
 そして向かいに座った中隊長は内緒話でもするように、声のトーンを落とし話しだす。

「通常の戦闘がここではできない。それが泥沼化している最大の要因だ。IFFの殆どが狂うのだよ。コンバットエリアに入った途端、電子制御兵器の全てが敵を敵と認識せず、味方を敵と誤認してしまう――」

 二人は顔を見合わせる。それでは近代的な戦闘は成り立つ訳がない。IFF、敵味方識別装置は近代戦の要だ。

「ときにはリモータまでが壊されるその現象はテラ標準歴で二年ほど前、エクル星系政府に乞われ、この戦いにテラ連邦が本格参戦する直前からだったらしい」

 オートでテイクオフして敵を叩きに行った筈の攻撃機がUターンし、味方の前線司令部に火線の雨を降らせる。
 あるいは敵と遭遇しても、ビームライフルのトリガが引けない。

 そうして初期の頃は随分と損害を被ったらしい。

「反政府武装勢力はレアメタル鉱山を懐に抱えている。それらの鉱物を使って特殊な電磁パルス爆弾・EMPか、電子妨害兵器・ECMを開発したのではなかろうか、そう我々は考えているのだが……」
「それで攻撃に航空機は投入せず、汎銀河条約機構の交戦規定違反を承知で、皆に電装のない旧式銃を持たせているんですね」

 シドが口を開く前にハイファがそう言い、更に質問を投げた。

「兵員の輸送BELは大丈夫なんですか?」
「コンバットエリアの奥までは無理だ。当初は何機も墜とされたらしい。明日は久々の大がかりなオペレーションだ。パイロットにも頑張って貰うが、きみたちにも多少は歩いて貰わねばならないだろう」

 そう結んだ中隊長と暫し無言でコーヒーを飲み、敬礼して二人は中隊長室を出た。

 廊下を少し歩くとシドはハイファを肘で小突く。

「何で言わねぇんだよ?」
「今、言っても仕方ないじゃない」
「それにしたって、隠すことでもねぇだろ」
「上の上では検討されてとっくに答えを得てるよ。ECM兵器なんかじゃない、ううん、この場合は最強のECM、サイキ持ちのサイキ、Eシンパスってことくらいね」

 Eシンパス、それは現代において最も有用、あるいは最悪となりうるサイキだ。

 サイキにも色々な種類がある。瞬間的に空間移動のできるテレポート、手を触れずにモノに干渉するPKサイコキネシス、相手の心を読み会話するテレパシー、見えない所まで3Dポラの如く視るサーチなど様々だ。

 そしてデジタルサイキのEシンパスは電子の流れを自在に操る。力の強い者は惑星ひとつのコンピュータネットワークを瞬時に乗っ取ることも可能だという。

 これまでの別室任務でもシドとハイファがぶち当たって一番厄介だったのがこのEシンパスだった。故に二人は中隊長の話を聞いて即、思い至ったのだ。

「しかし汎銀河内で予測存在数がたったの五桁の稀少人間がここにいるとはな」
「それに相当のサイキだよね。どの程度の距離かは不明だけど遠隔で、それも複数のホットゾーンの各個兵士の武器を同時に狂わせるんだから」
「って、じゃあ俺のこいつも拙いのか?」

 と、シドは電磁石を利用し、パワーセレクタのある愛銃のグリップを撫でる。

「それはどうかなあ。直接対決でもなけりゃ、いけるかも知れないよ」
「何でだよ?」
「シドのそれにはIFFなんて組み込んでないじゃない」
「それだけか? なら、ここの奴らだってそんなモン、外しちまえば良かったんだ」
「それこそいきなり泥沼の白兵戦、対応策としては今と大して変わりないよ。それくらいなら天候なんかの条件で減衰するレーザーより旧式銃を使った方がマシでしょ。IFFなしの航空機って発想自体もなかっただろうしね」
「そうか。けど具体的にはどうやって操ってるんだろうな?」

 いちいち全てを視界に収めているのでないことくらいは想像がつく。

「うーん。たぶんEシンパスは銃や機体に読み込ませたIDを書き換えているんじゃないかな。IFFの動作は個人IDを主コードにしてる。これみたいにね」

 そう言ってハイファはシャンパンゴールドのリモータを振って見せた。

「でもまさか個々のIDを書き換えるのは無理だから……」
「IDリストをコンに読み込ませて、コンから一括して狂わせてるってことか?」

 勘のいいシドに微笑みながらハイファは頷く。

「そう。だから『殆ど』って中隊長は言ったんじゃない? リストにまだ載ってない人なら電子兵器もいけると思う」
「で、今日きたばかりの俺は、まだEシンパスのリスト外か? 分の悪い賭けだな」
「ここの人たちの『電子兵器はダメ』っていう思い込みも、向こうに利用されちゃってるんじゃない?」
「くるなり戦争、そこで実験台か? 堪んねぇな」

 天を仰いだシドの肩を、「まあまあ」とハイファが軽く叩く。

「あとでもう一度、通信隊に行ってここの個人IDリストをクラック、僕と貴方の分を名簿上から完全にデリートする。それで明日試してみればいいよ。どうせ旧式小銃も支給されるんだし、僕の銃が余るから、これもシドに預けるつもりでいたし」

 そこまで言われてみると、愛銃を手放しての初ソーティはいかにも心細かった。歩きながらシドはまた偽装メールを打ち始める。

「じゃあ明日のオペレーション中のリモータリンクはどうするんだ?」
「全員が全員と連絡を取れるように、オペレーションごとに通信用仮コードが配布されるよ。それでリンク形成するから大丈夫」
「へえ。で、サイキ持ちはここのコンをハックして個人IDリストを盗ったのか?」

 通信隊からリモータ発振を受けると同時に足を止め、ハイファは溜息をついた。

「そこまで政府側も抜けてないって思いたいね」
「って、じゃあ――」
「横流し犯はついでにIDリストまで横流ししてるんじゃないかな?」
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