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第16話

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 翌朝は未明のうちに起きだして身支度を調えた。

 シドとハイファはスポッティングスコープに狙撃銃という荷物があるので大変である。ライフルのソフトケースは超小型反重力装置を付けたので十三キロの重さも楽々だが荷物はそれだけではない。

 水筒や雨天の場合のポンチョ、携行糧食、掩蔽壕を掘る際の携帯スコップなど他の兵士が持つものも同時に担いで行かねばならないのだ。
 かさばるのは当然でシドは自分がいい的になるんじゃないかと、目立つのを覚悟で対衝撃ジャケットを羽織っていた。

 集合場所は前線司令室のある棟の正面である。各個のリモータには並び方までが示されていて、挙動不審者になる心配は無用だった。
 挙動不審者どころかシドとハイファは昨夜の細工でこの前線司令部の名簿から自らを削除、それこそ員数外であり、システム上は幽霊兵士だったのだが。

 外に出ると密林から湧き出した濃い霧が這い寄り、前線司令部を包んでいて、幽霊兵士には似つかわしい光景だと思われた。

 ねっとりと白い霧の中、まずは中隊長の言葉があり、次にそれぞれの小隊長からオペレーションの詳細について語られた。新たに通信用の仮コードが割り振られると、全ての手順も一緒に流される。

 そのあと新兵数名に対して制式小銃サディM18が渡された。シドもこの旧式機構のライフルと弾丸を受け取る。サディは認可された硬化プラスティック弾頭使用だが有効射程は三百メートル、充分に殺傷能力のある銃だ。

 普通、曹以下の下士官と違い士官はライフルを扱わないものだが、シドはスポッタというハイファの護衛でもあるためにこれを支給された。
 弾丸の入ったマガジンをベルトパウチと戦闘ズボンのポケットに突っ込む。

「そういやお前ハイファ、こういう事態を見越して、大口径レーザーじゃなくてそのデカブツを持ってきたのか?」
「ううん、そこまでは。ただ熱帯雨林でしょ。レーザーはどうしても雨や霧で減衰するしね。こっちの銃はいつもサイキを意識してるんだけど」

 と、今はまだ自身で所持している愛銃テミスコピーを指した。

「電装部品をひとつも搭載してない、純粋に機械式だからね」
「ふうん。んで、今回の俺はスポッタとお前のガード役、それでいいんだよな?」
「うん。敵の小規模な出先基地、CP、いわゆるコマンドポストを落とす」
「狙いは?」
「最初に最も脅威となる重機関銃手。次に通信兵で後方との連絡を断たせる。これはリモータ以外の通信機器を装備していたら、だけどね。それと大概通信と一緒に指揮官もいるからそれを早く類推・特定して」
「なるほど」
「で、これ重要。本隊がくる前に僕らは先に行ってなくちゃならない」

 途端にシドは文句を垂れた。

「げっ、何で俺たちみたいな士官が露払いなんだよ?」
「言ったでしょ、まずは味方に対して最大の脅威を潰すって。大丈夫、二人で迷子にならないように現地採用の案内がつくらしいから。ほら、BELに乗るよ」

 一個小隊ごとに一機の大型BELに乗り込んだ。人員が乗ったあとに樹脂材の大きな箱が二個、後部に運び込まれる。
 シドとハイファはそれを見て目配せした。これがラープへの補給物資なのだろう。本当の補給か、はたまた敵へのプレゼントなのかは分からないが。

 大型BELがテイクオフ。ふわりと浮く。機体は斜めに傾ぎながら、鬱蒼としたジャングルの上空へと駆け立った。まだ空には月のネージュとモースが白く光っている払暁前だ。
 今回のオペレーションは前線司令部から約二百キロに位置するコンバットエリアで行われる。その二百キロ、何処までBELが入り込めるかが問題だ。

 予定では今回狙う敵CPから十キロ圏内にあるという窪地へのランディングを目指しているらしいが、砲火が激しければそうはいかない。
 何もしないまま機をやられてRTB――リターン・トゥ・ベース――になるくらいならば、予定より早く降ろされて延々徒歩移動となる恐れもあった。

「それでも十キロ歩くのかよ」
「十キロもない、七キロ弱だって話……でも四、五時間は見越しておかないと」

 通常、人の歩く速度は一時間に約四キロという。けれど慣れないジャングルでこの荷物だ。倍どころか場合によっては三倍以上かかるとみていいだろう。

「敵と遭遇する前にバテて死にそうだな」
「貴方こそヤワじゃないでしょ。普段の捜査で足、鍛えといて良かったじゃない」
「確かにな。そこら辺をヴィンティス課長にも汲んで欲しいところだぜ」

 話しているうちにもBELは降下し始めた。パイロットから指示があったようで、樹脂の箱が後部に座った兵士たちの手によって、開け放した後部貨物ドアから投下される。落としたのはひとつだけ、またBELは上昇した。

「最初の頃はともかく、輸送BELが殆ど墜とされねぇってのは、自分たちへのプレゼントまで使い物にならなくなると拙いからなのかもな」
「それは大いにあり得るよね」

 結局、樹脂箱は残りひとつを落とさぬまま、小隊の目的地にまで辿り着いた。降機したが砲声も聞こえず、窪地の広場は朝日に照らされ、のどかな気さえしてくる。
 黒々と濃いジャングルにぽつりと取り残された下草だけの地面は若草色、ハイファの瞳のようだと、鳥の鳴き声を聞きながらシドは思った。

 だがいつまでも暢気に和ませては貰えない。シドとハイファ、それに現地採用の案内人である兵士二人は、点呼が終わるなり出発した。

 森には何度もオペレーションで使われているらしい道が、途中までは確保されていた。だが敵側の仕掛けたブービートラップを想定し、早々に道を逸れてブッシュと呼ばれる茂みに分け入る。

 先頭を行くのはアラリア三曹及びキルシム士長という、ここエクル星系第三惑星マベラスの元農民だ。彼らが交互に先頭、ポイントマンを務めている。ポイントマンの彼らは、刃渡りが五十センチはあろうかという山刀で蔦や枝葉を切り開き、迷いなく進んでいく。

 真っ先に敵と出くわすのは彼ら、下げているのはサディではなく発射速度の速いサブマシンガンで、これも交戦規定違反モノだ。

 シドとハイファはただ彼らについていくだけなのだが、地面はやたらと葛や木の根が張り出していて平らな所がなく、普段はファイバブロックで整地された道路しか歩いていない文明圏刑事は難儀する。
 コンバットエリアというのも忘れて愚痴った。

「あーあ、ガチで戦争かよ。銃ぶちかますだけじゃねぇんだな」
「センセイ、もう飽きちゃった人がいますー」
「映画だと、ここら辺はカットだぜ?」
「だから言ったのに。何も好きこのんでこんなとこにこなくても」
「どっちにしろ、あの細目野郎に俺も嵌められてたさ」
「うーん、それは否定できないなあ」

 喋りながらこんな悪路を辿るのは愚の骨頂、しかし黙々と歩くには過酷で、口の減らない二人は囁き合いながら慣れた足取りのアラリア三曹のあとをついていく。
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