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第41話

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 Xディ前日の夕方、第四惑星シルヴィスからも掻き集められたBELに一連隊全員及び装備や砲が載せられ、反政府武装勢力側の基地近くまで運ばれた。

 三ヶ所の基地にそれぞれ一個大隊約七百名が割り当てられたらしい。
 航行中に兵員は食事と睡眠をとり、霧の立ちこめる暗い中、静かに降機となった。

 基地の真裏ではBELを目視で発見される可能性があるので、着陸ポイントは低い山脈のような鉱山跡を挟んだ麓だ。鉱山の丘陵を徒歩で越え攻撃する予定である。
 元鉱山の丘陵は密林ではなく薄い広葉樹林、攻撃ポイントまでの移動は簡単だ。

 上手く反政府武装勢力の本部狙いの大隊に潜り込んだシドとハイファの隣には、ちゃっかりリカルドもサディを手にして立っていた。
 前線司令部を空っぽにする前に兵士全員に今回のオペレーション用の仮コードが与えられていたが、シドとハイファは本来の個人リモータIDもリカルドと交換する。

「憲兵隊長様はホットゾーンの経験はあるのか?」
「ない!」
「心強い返事をありがとよ」

 隙を見つけてシドとリカルドは煙草を吸っていた。

「人類の宝を護ってくれよな」
「とっとと撃たれて寝てろ」
「撃たれたことはある。あと五センチでアレがナニしてヤバかったんだぜ?」
「ドサマギで撃ち落としてやろうか? その方が人類のためだ」

 黙ってミリアットをケースから出そうとするハイファにリカルドは後退る。

「そんなツマラナイもの、撃ちませんよーだ」

 ミリアットがフルロードになっているのを確認してからスリングで担ぐ。撃つのに邪魔な腰の水筒を背の方に移動させた。他には何も持っていない。リカルドも軽装備で弾嚢とポケットに満タンのマガジンを入れている他は、水筒とメインアームのサディのみだ。
 シドに限ってはスポッティングスコープがあるので、やや動きづらそうである。

「ツマラナイなんてムゴい……それよりお前ら、『義理のない戦争』で、いったい何をやらかすつもりなんだよ。何か企んでるんだろう?」
「Eシンパスって知ってるか?」
「サイキの? ふうん。なるほど、この戦局はそういうことか」

 察しのいい憲兵隊長は、足元の石で煙草を消した。

「で、そいつを殺す密命でも受けてるのか?」
「いや、逆だ。可能なら奪取する」
「敵の本拠地の最深部からか? そりゃあ勇ましいこって」

 同じく煙草を消してフィルタを吸い殻パックに入れたシドは、かかった進軍開始のリモータ発振に歩き始めながら気の抜けた返事をする。

「無理なら諦めるさ。俺はこいつと違って別室にも義理はねぇからな。ふあーあ」

 大欠伸をして滲んだ涙を対衝撃ジャケットの袖で拭うシドをハイファは睨んだ。

◇◇◇◇

 二時間ほど前から始まったレジーヌの異変は、そのまま戦局の異変だった。

 作戦司令本部であるここ二十二階の部屋は管制塔も兼ねている。その簡易レーダーにはレジーヌのサイキで惑わされ、制御不能となりどんどん脱落しながらも、その力から逃れた航空機が近づきつつあるのが見て取れた。

 運び込まれた自走担架に横たわり、時折身を痙攣させながらレジーヌはそれでも歯を食いしばり、狂ったように変調する無数のデジタル信号と戦い続けていた。
 脳内を力任せに掻き混ぜるような痛みに耐え、薄く目を開けたレジーヌの瞳に映るのは冴えた銀髪だ。レオン=ラファールは部下たちに静かに命令を下している。

 幾らこの基地でも攻撃機に対するまともなカウンター手段などない。それをレジーヌは密かに嬉しくさえ思っていた。今までそれは自分の役割だったからだ。
 必要とされているのがレジーヌなる個人ではなくそのサイキであっても構わなかった。ただ一度だけ希って抱かれた広い肩、逞しい背を護れる自分が誇らしかった。

 IDコードが次々と変調するIFFトランスポンダのデジタル信号を書き換えるのをレジーヌは諦め、近づく敵・航空機の一機一機に対し、電子操縦系統に直接サイキを叩きつけるようにして破壊し始めた。

◇◇◇◇

 運ばれた迫撃砲はまだ暗いうちに組み立てられ、反政府武装勢力側本拠地を見下ろす丘に据えられた。同時にシドたちも砲と同列に配置される。
 他のスナイパー組はミリアットほどの射程がないので、更に前方に配置されていた。

「もうサイキ戦は始まってるんだろうな」
「生きてればいいけどね」

 夜は明けかけ、辺りは朝もやに包まれている。シドとハイファ、おまけのリカルドはしっとり濡れた草に腹ばいになって状況開始の合図を待っていた。

「サイキ野郎を拉致ったら逃げる気か? 俺は脱走兵を取り締まるのも仕事だが」
「サイキ持ちは野郎じゃないぜ?」
「そういや『レジーヌ』とか言ってたな。美人か?」
「ビビるくらいの美人だ」
「ならリカルド、考えたげるー」
「ああ、よおく考えてくれ」

 左側から朝日が差し込み始めた。熱帯の重い空気が暖められ、丘陵地にゆったりとした風が吹く。流れる朝もやが取り払われた。
 リモータが発振する。

「状況開始……距離、千五百二十」

 シドの声は殆ど砲声にかき消された。

 十基の旧式砲が百五ミリ口径の砲弾をデジタル計算に依らず、次々に敵本拠地へと撃ち込んでゆく。砲弾のタイプは炸裂する榴弾、建物に当たっては爆発して粉砕し、ファイバの地面には大穴を穿った。その際に破片を撒き散らし、何人もの敵を引き裂いてゆく。

 こちらに向けて銃を撃ってくる者も勿論いたが、一キロ半も離れたここではさほど脅威ではない。有効射程がせいぜい五百メートルのRPGもしかりだ。
 だが前方には他のスナイパー組もいる。援護の幾弾かを放ったハイファが見上げた。

「攻撃BELと爆撃機、来たよ」

 ここでも抜群の視力を披露する。二秒後、シドも味方機を視認。

 建物から吐き出されてくる者に対し武装したBELが急降下してアタック、チェーンガンが吼え三十ミリという大口径弾を浴びせる。
 逆にビル内に逃げ込もうとする者たちには爆撃機からサーモバリック、粉末燃料を充填した爆弾が落とされた。
 Eシンパスの存在が徒となり躰を麻痺させ戦意を奪うのみのスタン爆弾は使われない。

「完全に一方的だな」
「今までテラ連邦が本腰入れなかったのも、チャーリー=マッカラム前線司令官と同じ理由だったのかもね。誰もが取り分を目一杯取って、やっと潮時が来たってヤツ」

 欠伸混じりにリカルドも口を挟む。

「ふあーあ。戦時特需ってヤツで儲けたのは、あの狸と仲間たちだけじゃないんだろう。それが我らが自由主義経済のテラ連邦ってこった」
「けど『やっと潮時』ってことはレアメタルの値上がり傾向でも見られたのか?」
「どうせ経済学者が蘊蓄垂れたんだよ。爆弾、幾つ積んでるんだろうね、あれ」

 スポッティングスコープのアイピースから目を離したシドにとって、青々とした草の上に腹這いになって眺める戦場は文字通りの絵空事のように感じられた。
 すぐそこで数百という人命が失われているというのに、感情は乾ききっている。

「だけど攻撃BELと爆撃機がたった二機ずつだぜ、サイキ持ちのレジーヌちゃんも結構頑張ったんでないかい」

 そう言ったリカルドに至っては、火は点けていないものの煙草まで咥えていた。

 航空機の攻撃から逃れてきた敵の殆どを前方の味方スナイパーに任せ、頃合いを見計らってシドたちは手早く装備を畳む。次のリモータ発振で味方の兵員が敵本拠地になだれ込むのだ。
 その前に本拠地の最深部に辿り着かねばならない。自発的各個進軍を始める。

 スナイパーの防衛ライン辺りで一旦身を潜めた。後ろから撃たれては敵わない。

「で、どうする、ハイファ?」
「こっちは基地内の精確な地図もあるし、歩兵の第一陣に紛れても間に合うと思う」
「それであんたらはレジーヌちゃんとBELでランデブーか。撃ち墜とされるぜ?」
「フレンドリースクォーク、絶対的味方信号を別室コードで出しても無理かなあ?」
「祈るしかねぇな。ほら、進軍開始だぞ」

 リモータ発振で三人が振り向くと、後方から兵士群が駆け下りてくるのが見えた。
 レアメタル採掘を停止してから生えた薄い植生は彼らを阻むことなく進軍を許す。

 だが圧倒的な戦勝ムードに酔った彼らを迎えたのは、丘陵地と敵本拠地の間に仕掛けられていた爆弾だった。異変を察知した反政府側が夜間に埋めた地雷である。
 あちこちで土煙が上がり、そのたびに兵士が吹き飛ばされて呻きが沸き起こった。

「くそう、最後の抵抗ってか」
「シド、そんなに出ると危ない!」
「おいっ、RPG、こっち向いてるぞ!」

 ロケット砲弾も地雷も避け得たのは僥倖、途中でサディとスペアマガジンも投げ捨てたシドの勢いに乗って斜面を駆け下り、残りの二人もファイバの地面に降り立つ。

「お前ら、階級章のついたモンは脱いどけよ」

 避けられる戦闘は避けたいところ、シドの指摘でハイファとリカルドは戦闘服の上着を脱いだ。ついでにハイファはシドから返されたテミスコピーを身に帯びる。

 地に穿たれた穴を避け、爆撃で殺られた者たちを横目で見つつ倉庫の陰から走り出て、一部が炎を上げている本部ビルまで一気に駆け寄った。
 上着を脱いだお蔭か本部ビルのエントランスまで一度も銃撃はされなかった。

 エントランスは砲弾と爆撃、攻撃BELのチェーンガンと二十ミリバルカン砲で瓦礫の山と化しており建材が燻っている。
 そこら中の、人であったものにシドは一瞬だけ瞑目した。だが鎮魂すら許さぬかのように右耳を衝撃波が掠め、振り向きざまにレールガンを発射。呻きも上げず敵は斃れた。

「行くぞ」

 エレベーターは停止していた。動いていたとしても階段を使うのがセオリーだ。
 階段を駆け上りながらシドはあまりの気配のなさを不審に思う。

「銃撃がねぇな。やけに静かだと思わねぇか?」
「逃げたのかなあ?」
「美人のレジーヌちゃんをひと目見ようと思ったのに、リカルド淋しいよー」
「貴方にはシンシアさんがいるでしょ」
「まだ籍入れる前だもーん。一夜のメイクラヴくらい、いいじゃなーい」
「相手にも選ぶ権利があると思うんだがな」
「それにレジーヌはレオン=ラファール以外、目中にないと思うよ」
「何だそれ? もうデキちまってるのか。つまんねー、こんな所にまでついてくるんじゃなかったなー」
「お前みたいな奴こそRPGで木っ端ミジンコになれば良かったんだ。人類のため、バンザイ三唱してやるところだぜ」

 不思議なくらい誰にも出会わず、息を切らして二十階までを上ると、周囲の様子に耳を澄ませる。……音はしない。

「この上が指導者執務室。その上が作戦司令室だよ」
「執務室から回ろうぜ」

 そうして着いた二十一階のレオン=ラファールの執務室を階段の陰から三人でそっと窺う。そこには立哨の一人もいなかった。
 天井のライトパネルが消え、窓外からの明かりだけで薄暗い廊下を忍び寄る。オートドア横の壁、向かって右にシド、左にハイファとリカルドが張り付いた。

 そっとシドが手を伸ばしてセンサ感知する。
 何も変化はない。

 どうやら電源がやられているらしい。足元のラッチを踏みつつ、シドはオートドアのスリット脇に掌を押しつけてこじ開けてみた。
 そこでリカルドが声を上げる。

「ちょっと待った!」
「リカルド、声、大きいってば」
「命の恩人に説教垂れんなよ、これ見ろ」

 指したオートドアは二センチほどスリットが開いている。その隙間をシドとハイファは透かし見た。内側には小さな機器が貼りつけられ、導線が覗いている。

「熱い歓迎セレモニー、ブービートラップだ。俺様がいたことに感謝しろよ」
「わー、ありがとー」
「ラテンダンサー素敵だぞー」
「その心のこもってねぇ棒読み口調は何だよ!」
「や、マジで感謝してるって。電源が落ちてたことにな」

 むくれたヒゲ面をしんがりに再び上階を目指す。ここにいなければ何処にもいないであろう最上階だ。だが辿り着いて見渡すも、ここにも人の気配はない。

「立哨も立ててないし、こっちの明かりも消えてるね」
「マイ・ラヴァー・レジーヌちゃんは何処?」
「作戦司令室、開けてみるしかねぇだろ」

 外の爆撃もとうに終わり、散発的な発砲音が微かに聞こえるのみだ。
 建物の中は油を満たしたかの如く静まり返っていた。
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