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第42話

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 エレベーターホールの前にある作戦司令室のオートドアに先程と同じ配置で立つ。

「また爆弾じゃ、洒落にならねぇよな」
「でもここに張り付いてても、すぐに政府側の兵が来ちゃうよ?」
「リカルド、野郎と心中はしたくないの~っ」

《入ってきたまえ。そこに仕掛けはない》

 壁のインターフォンから流れた低い声に三人はブーツから飛び出しそうに驚く。

「あー、ビビった。お呼びだ、行こうぜ」
「罠かも知れないよ?」
「こうしていても仕方ねぇだろ」

 シドはさっさとオートドアの前に立つ。ここの電源は活きているらしい。センサ感知で難なく開いた。室内に足を踏み入れる。元は外資の通信室だった部屋は意外に狭かった。

「あんたがレオン=ラファールか」

 その場には五人の男がいたが、どれが反政府武装勢力指導者レオン=ラファールなのかは、冴えた銀髪ですぐに分かった。

「そうだが……お前たちは政府軍なのか? そんな雰囲気ではないが」
「正規兵じゃない。テラ連邦軍中央情報局第二部別室、つっても分からねぇか。テラ本星で警察官やってる、刑事だ」
「テラ本星の刑事がこんな所で何をしている?」
「訳があってな。そこのレジーヌの身柄を預かりに来たんだが、渡して貰えるか?」
「研究所に戻すのでなければ、構わんが」

 落ち着いた物腰に静かな口調、だが切れ長の目は鋭い光を宿している。このレオン=ラファールが自ら武器を手に戦わなかったのを、シドは意外な思いで見つめた。

「実際ラボより過酷かも知れん。別室は命懸けでサイキをフルに使わせられる所だ」
「なら、やっぱり、わたしは、用済みだわ」

 部屋の奥から、か細い声がした。自走担架からやっと半身を起こしたのは、どういう作用か長い栗色の髪も目に見えて色褪せ、消耗し尽くしたレジーヌだった。
 それでも美しさには遜色がない。ないどころか浮かべた自嘲の笑みは凄絶なまでの色気を感じさせた。笑んだまま震える声で続ける。

「目の前のBELの一機も墜とせない……もう、何もできないのよ」
「サイキの、枯渇?」
「消耗しただけじゃねぇのか?」

 首を傾げてシドはハイファを、ハイファはレオン=ラファールを見る。

「どうも、本人が言う通りらしい。この部屋の電源も落とせなかった」
「疲労も極致だとサイキは使えなくなるけど」
「一時的なものかどうかなど俺には判断がつかない。それでも良ければレジーヌをここから連れ出して、可能なら逃がしてやってくれ」
「レオン=ラファール、貴方は?」
「俺の遺志は仲間に伝えてとうに逃がしてある。彼らがそれをどうやって繋げていくのかは彼ら次第だが、絶えることはないと信じている」

 その言葉を聴いたシドが、ふいに押し殺した低い声を発した。

「ンだと、コラ――」 

 何を見ても心が動かない、自ら乾き切ったと思い込んでいたシドだった。
 だが本当はずっと、ずっと腹の底に溜め込み抑えつけ続けてきたのだ。ここにきて感情の栓が弾け飛んだかのように突如として叫んでいた。

「何が遺志だ、ふざけんな! それに『逃がした』だと? それならあの手足がちぎれた死体の山は何なんだ! はらわたまで晒してもRPG発射筒を手放さない死体は何なんだよ! 奴らにそいつをもう一度言えるのか!? 悲劇のヒーローぶって死ぬのはテメェの勝手だがな、予測できてたなら何故全員を逃がさなかったんだ!」

 対してレオン=ラファールは静かに答える。

「各個に撤退命令はした。それ以上は彼らの自由意志だ。俺にも枉げられなかった」
「だからそれをどうにかするのが指導者だろうが! 外の奴らは最期までここを護ろうとして死んでいったんだぞ! なのにテメェはさっさと諦めて政府側の兵を何人か巻き込んで、はいサヨウナラってか? 寝言抜かしてんじゃねぇぞチクショウ!」

 喉を振り絞るように叫んだシドはレオンに近づき、上着の襟元を両手で掴んで揺さぶった。その階級章のない戦闘服の前を開けた腹には、爆弾と思しきものがテープで固定されていた。揺さぶられてもレオン=ラファールは泰然として抵抗もしない。

 覚悟を決めた男の落ち着きに、シドは却って煽られ更に揺さぶる。

「死から何が生まれる? そんなものを毎日与え合って、可能性を摘み取り合って、いったいテメェらは何処に辿り着こうとしてたんだよ!」
「さぞかし愚かに見えるだろう。だがそれでも各々の信念をねじ枉げ手折ることは、俺にも、誰にもできない。誰にも……それがこの戦争、我々にとっては生存競争だ」

 肩で息をしつつシドは黙った。

 彼らは信念を叩き折られぬために、生きる希望を潰されぬために戦った。それがこの戦争だと、今更ながら理解したからだ。

 だからといって納得などできない。罪もないのに殺し合わねば生きられない世界など、刑事のシドには到底受け入れられなかった。
 ここでも『間に合わなかった』のかと怒りで脳内が白熱するほどの激情を押さえ付け、掴んだ襟元を突き放す。白皙の横顔を睨みつけるも全てはもう遅い。
 それでも答えを知っている問いを投げずにはいられなかった。

「どうあっても、武力で訴えなきゃならなかったのか?」
「テラ連邦は白旗どころか何度通信を試みても、もう交渉の場すら……いや、今更だな、止そう。それより早く彼女を、レジーヌを連れ出してやってくれ」
「嫌よ。わたしは行かない。レオン、貴方の意志は、わたしの意志だもの!」

 再び横になったが最後、もう起き上がる気力もないレジーヌは、泣き濡れた薄いグレイの目でレオンに縋った。
 自走担架に歩み寄った銀髪の男は指に絡ませた長い髪にキス、そして振り払う。

「二年間、よく頑張ってくれた……だが用済みだ、出て行ってくれ」

 息を呑んで目を瞑るレジーヌ。

 そのとき音もなくオートドアが開いた。二人のテラ連邦軍兵士が躍り込むなり室内に向けサディM18を発砲、手前にいた二人の反政府側幹部が血飛沫を上げ斃れる。
 反射的にレオンは通信機器の上にあった起爆装置を掴んだ。

 が、スイッチを押す一瞬前にシドとハイファは銃を抜き撃っている。
 レオンの右腕に二射、着弾。

 起爆装置を握ったままレオンの右腕が肘からちぎれ、ゴトリと床に落ちた。

「馬鹿野郎! テメェは誰よりも助けたい人間がいる、だからここに留まってたんじゃねぇのかよ! 血迷ってんじゃねぇぞ!」
「くっ、すまない……俺たちが陽動する。行ってくれ」

 シドの怒号を浴びたレオン=ラファールは、自分の額に巻いていたバンダナで器用に二の腕を縛り上げると蒼白な顔色で左手に銃を執った。生き残った幹部三人もそれに倣う。

 リカルドからリモータ搭載のスタンレーザーを食らって頽れた二人の兵士、その本隊らしき多数の人間が階下から近づく気配を、その場の皆が感じ取っていた。

「レジーヌを、頼む」

 シドとレオンの切れ長の目同士、視線が一瞬絡んだ。

「……屋上、行くぞ!」

 レールガンを右腰のホルスタに収めたシドは意識を失ったレジーヌを担ぎ上げる。
 ハイファもテミスコピーをしまいシドのあとを追って作戦司令室から駆け出した。

「くそう、レオン=ラファール! こんないい女の前でアレは恰好つけすぎ、俺様より色男なんて許せん!」

 しんがりのリカルドが階段を駆け上りながら喚く。

「じゃあ、リカルドも混ざってこれば? 墓碑にワインかけてあげるよ」
「但し、一旦腎臓通してからな」
「何で名誉の戦死でションベンひっかけられなきゃ、ならねぇんだよ!」

 急に明るい場所に出て三人は一瞬目が眩んだ。
 屋上の駐機場では殆どのBELが爆撃とバルカン砲やチェーンガンの掃射によって破壊されていた。RPGの発射筒を持ったまま倒れている者の姿もあった。上空では攻撃BELが旋回中だ。爆撃機は腹の中身を出し尽くしたようで去っていた。

 大口径弾を浴びせられないうちに、急いで三人は何とか飛べそうな偵察用小型BELを探し当てた。レジーヌを後部ベンチシートに寝かせると全員が乗り込む。

「フレンドリースクォーク、絶対的味方信号なんてどうやって出すんだ?」
「待って、僕がやる」

 リモータから引き出したリードをコンソールに繋いでハイファが呟いた。

「天下御免の別室コードを混ぜたIFF発振だから大丈夫だとは思うけど。いいよ」

 別室員の合図でシドが座標設定する。小型BELはオートでテイクオフ。

 数秒と経たずに自分たちのいた目下の建物から、爆風と共に黒煙が上がる。その爆風に煽られるように小型BELは舞い上がった。攻撃BELは追ってこない。

「行けそうだぞ」
「何処に座標設定したの?」
「エルマの村だ」
「ああ、オリーザの治外法権だね」
「何処だ、そりゃ?」

 後席で美人鑑賞をしていたリカルドが顔を出す。

「僕らがMIAになったとき、お世話になった村だよ」
「へえ。しかしお姫様を助け出すナイトの役はてっきり俺様だと思ってたのに、シドにかっ攫われたしなー。リカルドがっかり。いやいや、今のウチに抱っこして――」
「それって立派な犯罪じゃない?」
「テメェは一度、オリーザにでも脳ミソを丸洗いして貰うべきだな」
「オリーザって女? 美人?」
「ああ、女で美人だ。……メスの標的、決定だな」
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