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第4話
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「いいの、職務中に?」
「ちょっと冷やかすくらい、構わねぇさ」
指輪を一緒に選べるとなればハイファもやぶさかではなく、シドと二人で上体を屈ませショーケースを覗き込んだ。
「メチャメチャ高くねぇか、これ。ちっこい輪っかのクセに」
「そっちのは石が入ってるから。シンプルなこっちのはそんなにしないよ」
「なるほど、五万五千クレジットか。確かに今してるヤツもそのくらいだったな」
「これくらい貴方にはチョロい額だよね」
「そりゃそうだが、今のと似たようなモンじゃチョロすぎねぇか?」
後続の騒がしい客の気配を感じながら更に物色する。
「おい、そこの姉ちゃんよ。この鞄に金目のもの、全部詰めろ」
「こっちの方が俺は好きだけどな、やっぱり石が埋まっててピカピカだろ」
「キャーッ!」
「石ありなら僕はこのイエローゴールドのがいいなあ。リモータとも色が合うから」
「早くしねぇとこの女に風穴空けるぜ!」
「うーん、タタキかあ」
「――タタキだなあ」
二人は顔を見合わせ溜息をついた。シドが小声でカウントする。
「三、二、一、ファイア!」
振り返りざまに二人は銃を抜いていた。
右腰のヒップホルスタにいつも収まっているシドの銃はレールガンだった。針状通電弾体・フレシェット弾を三桁もの連射が可能な巨大なシロモノで、その威力たるやマックスパワーなら五百メートルもの有効射程を誇る危険物である。
惑星警察の武器開発課が生んだ奇跡と呼ばれる二丁のうちの一丁だ。もう一丁は破損して二丁めである。
ちょっとしたライフル並み、いや、近距離ならライフルを上回るブツは、ホルスタから下げてなお突き出した長い銃身をホルスタ付属のバンドで大腿部に留めて保持していた。
イヴェントストライカのバディとしてハイファも銃は欠かせない。
ハイファが上着の懐、ドレスシャツの左脇にショルダーホルスタで吊っているのは火薬カートリッジ式の旧式銃だ。薬室一発ダブルカーラムマガジン十七発、合計十八連発のセミ・オートマチック・ピストルはフルサイズで名銃テミスM89のコピー品である。
使用弾は認可された硬化プラではなくフルメタルジャケット九ミリパラベラムで、異種人類の集う最高立法機関である汎銀河条約機構のルール・オブ・エンゲージメント、交戦規定に違反していた。
銃本体もパワーコントロール不能で、これも本来違反品である。元より私物を別室から手を回して貰い、特権的に登録して使用しているのだ。
男二人組の宝飾店強盗たちにシドが大喝した。
「惑星警察だ、武器を捨てて両手を頭の上で組め!」
だが威圧的に叫びながらも待つ気など全くない。大声はこちらに気を逸らすため、『惑星警察』の『わ』と同時に女性店員の首にナイフを当てた男に速射でダブルタップを叩き込んでいる。フレシェット弾を連射で受けた男のナイフが腕ごとゴトリと落ちた。
悪いジョークのように噴き出す血を見て男はその場に頽れる。気絶したらしい。
一方のハイファは女性店員の頭に突き付けた銃を、男のトリガに掛かった指ごと吹き飛ばしている。しなやかな動きで駆け寄ったシドが指を押さえて呻く男の顎を蹴り上げた。蹴られた男は仰向けに昏倒する。タタキ二人は仲良く泡を吹いていた。
「十時三十八分、狙撃逮捕と。ハイファ、リモータ発振」
「アイ・サー」
銃とナイフを蹴り飛ばしたのち、シドはいつもベルトの後ろに着けているリングから捕縛用結束バンドを引き抜くと、気絶した男の二の腕を縛り上げて止血処置をする。
「あーあ。リング選べなかったよ」
「また今度、ゆっくり眺めにこればいいだろ」
女性店員の甲高い叫びをBGMにして、それでも未練がましくハイファがショーケースを覗いているうちに、緊急音を鳴らし緊急機と救急機が現着した。
まずは白地に赤い十字をペイントした救急BELから、白ヘルメットの隊員たちが自走担架を携えて店内に駆け込んでくる。タタキ二人を搬送して機内の移動式再生槽にちぎれた腕と持ち主とをボチャンと投げ込むと、救急機は速やかに飛び去った。
喩え心臓を吹き飛ばされても処置さえ早ければ助かるのが現代医療だ。指だけで済んだ男は勿論、腕の培養移植をしたとしても二週間と経たずに取り調べができるだろう。
次に滞空していた緊急機がランディングする。出てきたのは当然、見慣れた面々だ。
「今回も派手にやりましたね。課長の血圧がまた下がっていたようですよ」
と、広域惑星警察大学校・通称ポリスアカデミーにおけるシドの先輩、マイヤー警部補が涼しい顔で血溜まりと二人とを見比べた。
「シド先輩、また大イヴェントにストライク、衆人環視の発砲で始末書っスね!」
要らんことを嬉しげに口走ったヤマサキを、シドは再び抜いた銃で照準する。その鉄壁のポーカーフェイスにヤマサキは青くなった。
思い起こせば約八年前。敷地が隣だからという理由で例年開催されるポリスアカデミー初期生とテラ連邦軍部内幹部候補生課程の対抗戦技競技会で、それぞれスキップ入校していたシドとハイファは共に動標射撃部門にエントリーし、決勝戦で二人は出会った。
熾烈な争いになった決勝戦で二人は最若年齢にして最高レコードを叩き出した。その記録は未だに破られていないほどの射撃の腕の持ち主だ。誤射などしたことがない。
それでも考えられる危険性から一般人の前での発砲は警察官職務執行法違反、問答無用で始末書モノとなるのである。二人は三日と開けずにこの手の始末書に追われ、積み上がる事件発生率と共にヴィンティス課長の健康に甚大な影響を及ぼしていた。
鑑識が入ったのちに簡単な実況見分をし、シドは課長の意思に反して勝手に自らを無罪放免にすると、ハイファを促してまたショッピング街を歩き出した。
周囲警戒に励みつつ人波を縫って歩き、右手の大通りの対岸に公園を眺めながら、アパレル関係の店舗と店舗の間の見落としてしまいそうな小径を左に曲がる。
小径を抜けるとそこはもう夜遊び専門の裏通りだ。ゲーセンにスナックやバー、クラブや合法ドラッグ店などが軒を連ねた界隈である。だが昼間の今は電子看板も殆ど灯っておらず、店々は陽光に隠れなく照らされ恥ずかしげにも見えた。人通りも格段に少ない。
そんな歓楽街をゆっくりと二往復するうちに一度、二人はゲーセンから転がり出てきた青少年たちの喧嘩を仲裁し解散させていた。
「十二時半、そろそろ昼飯にするか」
シドが立ち止まったのはリンデンバウムという店の前だった。店の軒先の小さなイーゼルに立て掛けられた『本日のおすすめメニュー』には目も留めず、二人は合板のドアを開けた。ここは二十四時間営業で夜はバーだが、昼間は安くて旨いランチを出す。
ファストフード店のような喧噪とも無縁なのを気に入ってシドは単独時代から、今ではハイファと二人で常連となっていた。外歩きをしない同僚にも教えない穴場である。
カウンターの奥から三番目がシド、二番目がハイファの指定席だ。
「マスター、ランチふたつ」
注文するとシドは灰皿を引き寄せ、いそいそと煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。署でもハイファが言った通りニコチン・タールが無害なものに置き換えられて久しい煙草だが、企業戦略として依存性だけは残された。
まんまと嵌った哀れな中毒患者が一本を灰にした頃、カウンター越しにマスターがプレートを差し出す。
これもいつもの如くハイファが受け取り、手早くシドの分もセッティングした。
「ありがとう。わあ、美味しそう。いただきまーす」
「いただきます。……ん、旨いな」
本日のランチは味噌カツと目玉焼きにサラダ、カップスープもシジミのミソスープだった。雑談しながらも職業柄シドは早食いが習い性で、あっという間にプレートを空にしてしまう。生野菜嫌いと酸っぱい物が嫌いだが、ここのドレッシングだけは食べるのだ。
ハイファが食べ終えるのを待って食後の煙草を咥えた。
ランチに付く飲み物は二人ともコーヒーを選ぶ。カップからはマスターのサーヴィスでウィスキーが香っていた。
「ちょっと冷やかすくらい、構わねぇさ」
指輪を一緒に選べるとなればハイファもやぶさかではなく、シドと二人で上体を屈ませショーケースを覗き込んだ。
「メチャメチャ高くねぇか、これ。ちっこい輪っかのクセに」
「そっちのは石が入ってるから。シンプルなこっちのはそんなにしないよ」
「なるほど、五万五千クレジットか。確かに今してるヤツもそのくらいだったな」
「これくらい貴方にはチョロい額だよね」
「そりゃそうだが、今のと似たようなモンじゃチョロすぎねぇか?」
後続の騒がしい客の気配を感じながら更に物色する。
「おい、そこの姉ちゃんよ。この鞄に金目のもの、全部詰めろ」
「こっちの方が俺は好きだけどな、やっぱり石が埋まっててピカピカだろ」
「キャーッ!」
「石ありなら僕はこのイエローゴールドのがいいなあ。リモータとも色が合うから」
「早くしねぇとこの女に風穴空けるぜ!」
「うーん、タタキかあ」
「――タタキだなあ」
二人は顔を見合わせ溜息をついた。シドが小声でカウントする。
「三、二、一、ファイア!」
振り返りざまに二人は銃を抜いていた。
右腰のヒップホルスタにいつも収まっているシドの銃はレールガンだった。針状通電弾体・フレシェット弾を三桁もの連射が可能な巨大なシロモノで、その威力たるやマックスパワーなら五百メートルもの有効射程を誇る危険物である。
惑星警察の武器開発課が生んだ奇跡と呼ばれる二丁のうちの一丁だ。もう一丁は破損して二丁めである。
ちょっとしたライフル並み、いや、近距離ならライフルを上回るブツは、ホルスタから下げてなお突き出した長い銃身をホルスタ付属のバンドで大腿部に留めて保持していた。
イヴェントストライカのバディとしてハイファも銃は欠かせない。
ハイファが上着の懐、ドレスシャツの左脇にショルダーホルスタで吊っているのは火薬カートリッジ式の旧式銃だ。薬室一発ダブルカーラムマガジン十七発、合計十八連発のセミ・オートマチック・ピストルはフルサイズで名銃テミスM89のコピー品である。
使用弾は認可された硬化プラではなくフルメタルジャケット九ミリパラベラムで、異種人類の集う最高立法機関である汎銀河条約機構のルール・オブ・エンゲージメント、交戦規定に違反していた。
銃本体もパワーコントロール不能で、これも本来違反品である。元より私物を別室から手を回して貰い、特権的に登録して使用しているのだ。
男二人組の宝飾店強盗たちにシドが大喝した。
「惑星警察だ、武器を捨てて両手を頭の上で組め!」
だが威圧的に叫びながらも待つ気など全くない。大声はこちらに気を逸らすため、『惑星警察』の『わ』と同時に女性店員の首にナイフを当てた男に速射でダブルタップを叩き込んでいる。フレシェット弾を連射で受けた男のナイフが腕ごとゴトリと落ちた。
悪いジョークのように噴き出す血を見て男はその場に頽れる。気絶したらしい。
一方のハイファは女性店員の頭に突き付けた銃を、男のトリガに掛かった指ごと吹き飛ばしている。しなやかな動きで駆け寄ったシドが指を押さえて呻く男の顎を蹴り上げた。蹴られた男は仰向けに昏倒する。タタキ二人は仲良く泡を吹いていた。
「十時三十八分、狙撃逮捕と。ハイファ、リモータ発振」
「アイ・サー」
銃とナイフを蹴り飛ばしたのち、シドはいつもベルトの後ろに着けているリングから捕縛用結束バンドを引き抜くと、気絶した男の二の腕を縛り上げて止血処置をする。
「あーあ。リング選べなかったよ」
「また今度、ゆっくり眺めにこればいいだろ」
女性店員の甲高い叫びをBGMにして、それでも未練がましくハイファがショーケースを覗いているうちに、緊急音を鳴らし緊急機と救急機が現着した。
まずは白地に赤い十字をペイントした救急BELから、白ヘルメットの隊員たちが自走担架を携えて店内に駆け込んでくる。タタキ二人を搬送して機内の移動式再生槽にちぎれた腕と持ち主とをボチャンと投げ込むと、救急機は速やかに飛び去った。
喩え心臓を吹き飛ばされても処置さえ早ければ助かるのが現代医療だ。指だけで済んだ男は勿論、腕の培養移植をしたとしても二週間と経たずに取り調べができるだろう。
次に滞空していた緊急機がランディングする。出てきたのは当然、見慣れた面々だ。
「今回も派手にやりましたね。課長の血圧がまた下がっていたようですよ」
と、広域惑星警察大学校・通称ポリスアカデミーにおけるシドの先輩、マイヤー警部補が涼しい顔で血溜まりと二人とを見比べた。
「シド先輩、また大イヴェントにストライク、衆人環視の発砲で始末書っスね!」
要らんことを嬉しげに口走ったヤマサキを、シドは再び抜いた銃で照準する。その鉄壁のポーカーフェイスにヤマサキは青くなった。
思い起こせば約八年前。敷地が隣だからという理由で例年開催されるポリスアカデミー初期生とテラ連邦軍部内幹部候補生課程の対抗戦技競技会で、それぞれスキップ入校していたシドとハイファは共に動標射撃部門にエントリーし、決勝戦で二人は出会った。
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それでも考えられる危険性から一般人の前での発砲は警察官職務執行法違反、問答無用で始末書モノとなるのである。二人は三日と開けずにこの手の始末書に追われ、積み上がる事件発生率と共にヴィンティス課長の健康に甚大な影響を及ぼしていた。
鑑識が入ったのちに簡単な実況見分をし、シドは課長の意思に反して勝手に自らを無罪放免にすると、ハイファを促してまたショッピング街を歩き出した。
周囲警戒に励みつつ人波を縫って歩き、右手の大通りの対岸に公園を眺めながら、アパレル関係の店舗と店舗の間の見落としてしまいそうな小径を左に曲がる。
小径を抜けるとそこはもう夜遊び専門の裏通りだ。ゲーセンにスナックやバー、クラブや合法ドラッグ店などが軒を連ねた界隈である。だが昼間の今は電子看板も殆ど灯っておらず、店々は陽光に隠れなく照らされ恥ずかしげにも見えた。人通りも格段に少ない。
そんな歓楽街をゆっくりと二往復するうちに一度、二人はゲーセンから転がり出てきた青少年たちの喧嘩を仲裁し解散させていた。
「十二時半、そろそろ昼飯にするか」
シドが立ち止まったのはリンデンバウムという店の前だった。店の軒先の小さなイーゼルに立て掛けられた『本日のおすすめメニュー』には目も留めず、二人は合板のドアを開けた。ここは二十四時間営業で夜はバーだが、昼間は安くて旨いランチを出す。
ファストフード店のような喧噪とも無縁なのを気に入ってシドは単独時代から、今ではハイファと二人で常連となっていた。外歩きをしない同僚にも教えない穴場である。
カウンターの奥から三番目がシド、二番目がハイファの指定席だ。
「マスター、ランチふたつ」
注文するとシドは灰皿を引き寄せ、いそいそと煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。署でもハイファが言った通りニコチン・タールが無害なものに置き換えられて久しい煙草だが、企業戦略として依存性だけは残された。
まんまと嵌った哀れな中毒患者が一本を灰にした頃、カウンター越しにマスターがプレートを差し出す。
これもいつもの如くハイファが受け取り、手早くシドの分もセッティングした。
「ありがとう。わあ、美味しそう。いただきまーす」
「いただきます。……ん、旨いな」
本日のランチは味噌カツと目玉焼きにサラダ、カップスープもシジミのミソスープだった。雑談しながらも職業柄シドは早食いが習い性で、あっという間にプレートを空にしてしまう。生野菜嫌いと酸っぱい物が嫌いだが、ここのドレッシングだけは食べるのだ。
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