Even[イーヴン]~楽園10~

志賀雅基

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第14話

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「うわあ、シド、ビンゴだよ。一週間前に百令ビャクレイ星系へ発ってる」

 到着したアジュルの星系首都セピオ第一宙港のロビーフロアで観光案内端末を使い搭乗者リストをハックしていたハイファが顔をしかめる。リストを除きつつシドは訊いた。

「百令の何処だ?」
「ビャクレイⅢ第一宙港」
「そうか。仕方ねぇな」

 百令星系は別室任務だけでなく、惑星警察の出張捜査でも二人は訪問済みだ。

 五百年くらい前にテラフォーミングされた百令はタイタンからワープ六回という辺境にしては、これ以上ないほど富んでいる星系だ。

 入植当時から綿密な計画に則って開発がなされ今に至る。ビャクレイⅢ、Ⅳ、Ⅴと三つもの惑星がテラフォーミングされている稀有な星系で、どの惑星も鉱物資源が豊富に採れるため発展した。
 特に化石燃料は莫大な埋蔵量を誇り、各種鉱物の採掘権を持つ貴族の如き地位にある上流階級者だけでなく、労働者層もそれなりに裕福な暮らしを営んでいる。

「さすがに百令でダグも行き止まりかなあ?」
「あそこは異星系にも近いが、どうだろうな」
「星系民が愉しむ歓楽街も大規模なのが沢山あるしね」

 カジノや売春宿などはテラ連邦では違法、しかしテラ本星以外の惑星には大概、それらが公然と存在するのが実情である。それを仕切るのも殆どがマフィアで、百令も例外ではない。金持ちがヒマに倦んで幾らでも手を出すためユーザーには事欠かないのだ。

「ビャクレイⅢのマフィアはロニアマフィアの分家だっけ」
「あっさりマフィアに売るとは思えねぇが、あれだけの大都市で電磁虫をバラ撒いたら、それこそ大混乱で死人が出るな」

 言葉にしながらも、それもまた違うとシドは感じる。ならば何がしたい、ダグラス=カーターはいったい何の目的でバディを殺し、機密資料と電磁虫を奪った……?

 結論として『別室に追われるスリル』が欲しかったのだとシドは思っているが、そんな抽象的なことで満足するとは考えていない。スリルを体感できる形にするため、それが可能な地を別室員権限でリサーチしてから動いたとするのが妥当だろう。

「――シド?」
「ん、何だ?」
「今日はここに泊まりでしょ。それにお腹も空かない?」
「テラ標準時十七時過ぎか。昼メシもすっ飛ばしちまったな。何処かで食わねぇと」

 ここアジュルの自転周期は二十八時間四十八分十六秒、今は十三時二十分だった。

「外に出るか、ここのホテルに泊まるか?」
「体力温存、ここの宙港ホテルでいいよ」

 ということで、宙港メインビルの二十階までエレベーターで上がり、スカイチューブで繋がれた宙港敷地内のホテルへと移る。スライドロードから踏み出してすぐ目の前が有人のカウンター、フロントマンにハイファが声を掛けた。

「ダブル一室、喫煙でお願いします」
「少々お待ち下さい。……三十九階、三九〇二号室になります」

 キィロックコードをリモータに受けた二人はエレベーターホールへと向かう。着いた部屋は宙港ホテルらしく、華美さはないが機能的で清潔感があった。
 壁紙は柔らかなクリーム色、調度は殆どが黒に近いブラウンで統一されている。ソファセットの脇の壁には飲料ディスペンサーも完備だ。

 室内だけ確認すると一服もせず二人は最上階のレストランへと上がる。案内されたテーブルに着き、この星の人間には遅い昼食といったセットメニューを注文した。

「こうも星を転々としてたら、体内時計も狂いそうだよね」
「スパイ稼業で慣れてるんじゃねぇのか?」
「ある程度はね。本星から百令まで軍の宙艦で直行したこともあるよ。ワープ六回、あのときは乗員全員、丸一日KIA判定だった、つらかったー」

 KIA、キルド・イン・アクション、任務中死亡である。

「軍も意味のねぇ、愉快なことをするんだな」
「そんなのばっかりだよ、別室任務は」
「身を以て味わってるところだ」

 注文した料理が運ばれてきて二人は雑談を一時中断し、半日ぶりの食事に没頭した。

「あ、これ美味しい。分けたげる」
「じゃあ、こっちと半分な」

 シェアしながらあっという間に食べてしまい、食後のコーヒーは部屋で飲むことにして席を立つ。部屋に戻るとシドはいそいそと煙草に火を点けた。
 飲料ディスペンサーのコーヒーを飲み干してハイファは黒い目を覗き込む。

「眠って起きたら二十四時間経たなくてもすぐに出るんでしょ?」
「お前がそれでいいならな」
「じゃあ先にリフレッシャ浴びてきていい?」
「ああ、行ってこい」

 ソフトスーツの上着を脱いで執銃を解くとハイファはバスルームに消える。シドはせっせと灰を生産し続け、ホテルに備え付けのローブを着てハイファが出てくると交代だ。

 僅かな洗濯物を入れたダートレスのスイッチを押してから、シドはリフレッシャを浴びる。すっきりして出てみると、ハイファはベッドに腰掛けてリモータで資料を読んでいたらしかったが、シドの姿を見るとそれを消した。

「まだテラ標準時では寝るには早いけど、昨日も寝不足だし横になる?」
「そうだな。お前、目が赤いぞ」
「シドこそ……そうだ、撃たれたとこ見せてよ」
「風呂場の鏡で見た。何ともねぇよ」
「だめ。約束だよ、見せて」

 一歩も引かないハイファを誤魔化しきれずに溜息をつき、シドはガウンの紐は解かずに袖を抜いて上半身を晒す。腹と背に一ヵ所ずつ、三十八口径を食らったところが直径五センチほどだったが、しっかり紫色に染まっていた。

 今度はハイファが溜息をつき、備え付けのファーストエイドキットを引っ張り出してくる。中から消炎スプレーを取り出すと打撲痕に吹き付けた。

「背中を預け合うバディなんだから、こういうことこそ知らせてよ、本当にもう!」
「すまん。でもマジでそんなに痛くねぇんだって」
「それは歩き方見れば分かるけど、ただ単に気を張ってるから痛みを感じないんじゃないの?」

 ローブに袖を通すシドをハイファは睨む。

「分かった、分かったから大人しく寝ようぜ。それでいいだろ」
「むぅ」

 ベッドに上がったシドに誘われ、ふくれっ面ながらハイファは横になった。いつもの左腕の腕枕に安堵しながら毛布を被る。リモータで天井のライトパネルの光量を落とした。

「おやすみ、シド」
「ああ、おやすみ」

 そうして三十分も経ったか、ハイファが規則正しい寝息を立てているのを確認したシドは静かに腕を抜いて起き出した。
 遮光ブラインドを下ろした薄暗い中で着替えて執銃すると足音を忍ばせて部屋を出る。キィロックをすると溜息をつきエレベーターに乗った。
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