Even[イーヴン]~楽園10~

志賀雅基

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第21話

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 サディアス=フロイドのカジノを出るなりハイファは人波へと駆け出した。勿論シドもあとに続く。背後のドアからマフィアの手下たちがドッと吐き出された。
 銃を手にしたチンピラたちの存在は周囲の人々のどよめきで分かる。

 背を護ったシドの対衝撃ジャケットがレーザーの射線を弾いた。黒髪が僅かに焦げたが足を止めはしない。人々をかき分けて走るハイファを全力で追う。

 背中をぶん殴られたような衝撃が二回襲ってシドは息を詰まらせた。この人混みでまさかの実包の撃発音、それに乱れたシドの息づかいでハイファが振り向く。

「シドっ!」
「大丈夫だ、走れっ!」
「走れって、何処へ!?」
「何処でもいい!」

 そんな無茶なと思ったがフロイドファミリーとの戦争は始まってしまったのだ。マフィアも面子がある。こちらの血を見るまで引っ込みはしないだろう。

 しなやかな足取りで人と人の間をすり抜け、真後ろにシドの気配を感じながらハイファは抜き身のテミスコピーを手にしたまま走った。走りつつリモータの地図を見る。上空の軍事通信衛星MCSの支援で自位置は表示されていた。

「この先、三ブロックで左!」
「何があるんだ?」
「BEL駐機場!」

 撃発音が何度も響きレーザーの射線も襲ってくる。この人混みでまともじゃない。約百メートルを駆け抜け左に曲がって更に走る。人波がやや薄くなり襲い来る銃弾は増えた。
 二人は振り向き発砲。チンピラが二人頽れたのを確認もせず先を急ぐ。

「こっち、ここだよ!」

 ハイファが駆け込んだのは怪しいドラッグ店の傍にある階段だった。電子看板を見るにゲーセンやクラブに美容室まで入った雑居ビルらしい。十階建てでエレベーターもあるのだろうが見当たらなかった。何れにせよ使わないのがセオリーで階段を駆け上る。

 階下から銃声。
 シドはレールガンをマックスパワーにセットし、踊り場の手すりの壁を盾に応射した。有効射程五百メートルを誇るフレシェット弾はチンピラの腹をあっさり貫通し、背後の壁に直径五十センチ近い大穴を爆発的に穿つ。

 屋上に上手く辿り着いてもBELのキィロックコードを解除する時間が要る。ここで敵の火力を殺いでおきたい二人は積極的に階下へ銃弾をぶち込みつつ上った。

「いったい何人いるんだよ!」
「知らないってば!」

 数えていたテミスコピーの残弾一でシドが前に出る。ダブルタップで二人斃した。

 コンマ数秒と掛からずハイファがマグチェンジ、こうして薬室チャンバに一発残すとオープンしたスライドを戻す手間が省ける。これがタクティカルリロードで略してタックリロードという。
 全弾撃ち尽くしてしまうとマガジンチェンジしてからスライドを戻しチャンバに一発を送り込む一手間が掛かる。これはエマージェンシーリロードという。略してエマだ。

 素早く一人の腹に九ミリパラを叩き込み、更に上階を目指す。

 七階のゲームセンターから出てきた若者たちを銃で脅して店内に退かせ、階下の天井に向けてシドが連射。崩れた瓦礫で足止めしておいて一気に屋上まで駆け上った。
 屋上に出るオートドアの前で足を止め二人は呼吸を整える。頷き合うとシドが手を伸ばしてセンサ感知、開いたオートドアの外に背中合わせで飛び出した。

 エレベーターで先回りしていた男が両側に二人ずつ、発砲するヒマを与えず二人は速射で四連射、腹に二発ずつの貫通弾を食らった男たちが仰向けに引っ繰り返る。

 そこでハイファは改めて自分の失策を知った。

「シド、これ全部BELじゃないよ!」

 目前に八機ノーズを並べて整然と駐機されているのは、せっかくハイファが余暇を利用し軍で操縦を習ってきたBELではなく、内燃機関のタービンエンジンを積んだ飛行機だったのだ。地図上のマークが同じだったので気付かなかったのである。

「いいからキィロックを解け、オートパイロットくらいついてるだろ」
「そっか、そうだよね」

 手前の一機に駆け寄るとリモータのリードを引き出してパイロット席のドアに接続し、ロックを解除にかかった。十秒と掛からずカチャリと音がしてロックが外れる。

「開いた、早く乗って!」
「よし、でかした」

 左のパイロット席にシドが身を滑り込ませた。ハイファも右のコ・パイロット席に着いてドアを閉める。グラスコクピットを見回して取り敢えず電装、アビオニクスのスイッチらしきモノを全てオンにした。

「ティルトローターじゃねぇのに滑走路もなしとは、古式ゆかしいペガサスエンジンタイプ、それともリフトファンのベクターノズル方式か?」
「何、それもAD世紀の幻のプラモシリーズ?」
「ああ。ターボファンエンジンの一種で可変ノズルから推力を下に叩き付けて、機体下部に大きく空気を流入させて垂直離着陸する、いわゆるVTOL機ってヤツだ。オート・フライト・コントロール・システムはどれだ……AFCS、これだな」

 座標はいい加減にセットしてAFCSのボタンを押した。

 ヒューンとタービンエンジンが吸気し始め、徐々に高周波のキーンという音に変わる。機体が浮いた。急激に高度を取り一旦滞空したかと思うとその場で動かなくなる。二人で顔を見合わせたのち、おもむろにシドが『Autopilot』と書かれたレバーをON。
 
 すると蹴飛ばされたように飛翔を始めた。

「やるじゃない、シド!」
「安心するのは早いぜ、追ってきやがった」

 四人乗りとはいえAD世紀の戦闘機そのものの形をした機はバブルキャノピ、風防が大きく見通しがいい。その背後から赤と緑の航法灯が幾つも迫ってきているのが見えた。

「まさか撃ってはこないよね?」
「軍用機じゃねぇからな。でも燃料が尽きたときが運の尽きだ」
「燃料少ないの?」
「メーター表示上はそこそこ入ってる。だがこの手のエンジンは燃費が悪いと相場が決まってるんだ。スピードだってマッハ一まで出るかどうか」
「来たときのはマッハ四も出たじゃない」
「あれはタービンを使わない簡易構造のスクラムジェットで理論上マッハ十五まで出るようになっててだな……大体、スピード出しても誰も操縦できねぇだろうが」

 オートで飛んでいる機はどうやら航空交通規則を遵守しているようだった。

「それよりこいつを何処に落っことすか、考えろよな」

 お任せ飛行とはいえ超初心者二人が乗った機を都市上空に持っていくのは気が引ける。それこそ燃料切れで墜ちたりすれば何を巻き込み犠牲にするか分からない。

 だからといって荒れ地に墜ちるのもぞっとする。イヴェントストライカと一緒にいて死ぬ気はしないが、サバイバルゲームの続きは疲れそうで嫌だ。

 ハイファが悩んでいるとシドがポツリと言った。

「軍はどうだ?」

 墜ちても対応が早そうで、ハイファは頷く。

「ここからならフィルマ第三基地が近いよ」
「マフィアも軍までは追ってこれねぇよな。座標セットしてくれ」
「アイ・サー」

 VTOL機は緩やかに左方向にターンした。

「ここから八百キロくらいだよ。燃料は保ちそう?」
「一時間くらいだな。大丈夫だろ」

 根拠のない安請け合いをしてシドは吸い殻パックをポケットから出す。

「吸うの、ちょっと待って」

 斜めがけにしていたショルダーバッグをハイファは下ろし、中から九ミリパラベラムを取り出すと銃本体の減った分と空のマガジンに手早くロードした。
 それが終わると身を乗り出してシドにソフトキス。

「いいよ、吸っても」

 そうして機内に紫煙を漂わせマフィアを引き連れて四十分が経った頃、無線機からザザーッと空電音がして通信が飛び込んできた。

《こちらはテラ連邦軍フィルマ第三基地管制である。貴機は軍事警戒空域に接近している。速やかに当エリアから離れ、立ち去られたし》
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