Even[イーヴン]~楽園10~

志賀雅基

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第20話

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 やがて休憩の終わったパイロットが操縦席に戻り、二人も機内のシートに収まった。
 風よけドームが開くとエンジンが始動され、タービンエンジン独特のヒューンという吸気音が響き出す。客室は満員に近かったが軽々と機体はテイクオフした。

 激しい加速を覚悟していたハイファだったが、ちゃんとG制御はなされているようで、音と多少の振動を除けば乗り心地はBELと大差ない。窓外に目をやると翼端がきらきらと線香花火のように輝いていた。

「この発光現象はアブレーションってヤツだな。でも大気摩擦熱を吸収するサーマルバリアコーティングはされてるって話だ、燃え尽きる心配はねぇよ」
「ああ、BELでも時々見えるよね。綺麗だけど、うーん」

 テラ連邦軍のウィングマークを持ち、BELなら手動でも飛ばせる小器用なハイファだが、この旧時代の方式はどうも不安で、シドに安請け合いされても落ち着かなかった。
 そんなハイファの不安の重みにも負けず、三十分足らずで機は減速を始める。窓を覗くと眼下に街の明かりが見えたので分かる、もうランディング態勢に入っていた。

 難なくティルトローター機は街外れの専用空港に着陸する。エンジンが低回転でクールダウンしているうちにタラップドアが開き、乗客は降ろされた。

 降りてみるとここでもタイヤ付きの大型バスの他、タクシーが十数台も待機していた。

「どっちに乗るの?」
「タクシーの地図、分捕ろうぜ」

 殆どの乗客がツアーらしきバスに乗り込むのを横目に、二人は無人タクシーに這い込み発車させた。

 窓から周囲を見渡すと、高温なのではないかと思われるくらい煌めき明るい街以外は、所々に黒々とした森があるだけの荒れ地だ。いっそ清々しいほど何もない。どうやら公にはできないお愉しみをクリーンな都市から隔離して作ったようだ。

 まもなくタクシーは街に入る。入った途端に辺りは人だらけでタクシーは超低速になった。これでは歩いているのと変わらない。タクシーのマップをダウンロードし、クレジット清算して降りる。二人はぐるりと辺りを見回した。

 片側二車線くらいの通りを人々がそぞろ歩いていた。両側にびっしり建ち並ぶ建物は、高くてもせいぜい十階建て程度で、そのどれもに眩い電子看板が複数くっついている。

 人混みの喧噪、ホロが飛び出し頭上で踊る電子看板、呼び込みの声、溢れ出したBGM、スナックにバー、クラブにカジノ、射場にストリップ劇場、合法なのか怪しいドラッグ店……。

 ただ立っていると通行の邪魔で、人波に押されるようにして二人は歩き出す。離ればなれにならないようシドが左手でハイファの左手をしっかりと掴んだ。

「何だかロニアと変わらなくない?」
「治安の悪さまで同じでなきゃいいけどな」
「これからどうするのサ?」
「さあな」

 様々な音が鼓膜を揺すり、多少大声を出さないと聞こえない。

「取り敢えずそこらの店にでも入ってみるか」

 足を踏み入れたのは見てきた中でもかなり大型の店舗で、電子看板も目立って景気の良さそうなカジノだった。酔ってはハイファが仕事にならず、二人ともトリガーハッピーでもない。ゲームセンター程度のお遊びでは得るものもたかが知れているし、ドラッグは論外。ストリップはシドがハイファに殺される。

 ということで何度か経験のあるカジノくらいが妥協点なのである。

 オートドアをくぐった店内は思った通り、結構な客の入りだった。店の造りも豪華だ。レッドカーペットが敷き詰められ、天井からは精緻な細工の大きなシャンデリアが幾つも下がって虹色の光を投げている。

 広いフロアの真ん中にはルーレットの賭け台やポーカー、ブラックジャックのカードゲーム台が据え付けられていた。奥の方にはバカラ台もあり、余程のクレジットが動いているのか、フロアミュージックでもかき消せない人々のどよめきが聞こえてくる。
 壁際にはスロットマシンがずらりと並び、フロアの隅にはカウンターバーがしつらえてあった。

「で、どうするの?」
「実際ノープランなんだがな。羽振りのいいふりしてりゃ、何かは寄ってくるだろ」
「こんな所で貴方に羽振りのいい『ふり』は無理だと思うけどなあ」
「いいからお前も遊べよ」

 そう言いつつ傍のスロットマシンにクレジットを移してシドはレバーを引いた。三つのボタンを適当に押す。7が三つ揃い三十クレジットが三万クレジットに化けた。

「そういう人だもん、『ふり』は無理だってば」
「この機械がおかしいんじゃねぇのか?」

 平刑事の薄給一ヶ月分をたった十五分ほどで稼いでから違うマシンに移る。更に一ヶ月分を稼いだ頃には二人を囲んで人の輪ができていた。
 それはそうだろう、こういったマシンは店側によって確率を操作されている。こんなにアタリが出る筈はないのだ、驚異の確率男イヴェントストライカでもなければ。

「ハイファ」
「ん、分かってる」
「百令から入植したのは一般納税者だけじゃなかったみたいだな」

 一層縮まった人の輪、その一番内側からダークスーツを身に着けた目つきの悪い男たちが監視するようにこちらを窺っているのだった。あらゆる惑星で渡り合ってきたので分かる、カタギにはない独特の雰囲気はマフィアのものだと告げていた。

「うーん、イカサマを疑わない方がおかしいよね」
「仕方ねぇだろ。あ、また揃いやがった」

 リモータの海賊版ソフトか何かでの八百長を見破ろうと店側が差し向けた男たちはシドの一挙一動を睨みつけている。だがイカサマはバレねばイカサマではない。
 博打の掟だ。

「貴方、熱い視線を独り占めだよ」
「その真剣さで『タネ』があるなら発見して貰いたいくらいだぜ」
「ねえ、どうせならもっと大きい勝負して大御所に出てきて貰おうよ」

 暢気な傍観者ハイファの提案で人の輪を引き連れたシドは唯一ルールの分かるポーカーゲームの席に着く。蝶タイのディーラーが鮮やかな手つきでカードを配った。

 手札を掻き集めたシドはチップを一枚投げ出しベットする。順番が回ってきて二枚をチェンジしたシドの手役ハンドを後ろから覗き見たハイファは溜息をついた。スペードのストレートフラッシュが綺麗に揃っている。

 天然のポーカーフェイスでレイズ、掛け金上乗せばかりして一時間が経ったとき、シドの対衝撃ジャケットの背に固いものが食い込んだ。耳許で低い声が告げる。

「お愉しみ中に申し訳ありませんが、当店のオーナーがご挨拶を致したく……」

 言葉遣いは丁寧だが有無を言わせぬ響きがあった。元よりこれを待って好きでもない博打をしていたのだ。惜しむようなオーディエンスのざわめきを浴びつつシドは席を立つ。

 四人の男たちに囲まれてハイファと共に連れて行かれたのはカジノの隅のカウンターバーだった。仕立ての良いブラウンのスーツを着た中年男が一人、ウィスキーらしきグラスを傾けスツールに腰掛けている。

「ご足労だったな。私はサディアス=フロイド、この店のオーナーだ」

 横柄な口調は気に入らなかったが銃口は離れたので取り敢えず二人はスツールに座る。サディアスの右隣にシド、その更に隣がハイファだ。シドはジントニック、ハイファはドライマティーニをバーテンに頼む。

 グラスに口をつけた二人にサディアスは粘っこい視線を向けた。

「大層なものを持ってるな。何者だ?」
太陽ソル系広域惑星警察刑事。だが仕事じゃねぇ、ただの旅行だ」
「そこらの刑事にしては若い上に胆が据わりすぎてる。兄さんたち、何の用があってフロイドファミリーのシマを荒らした?」
「ここは勝った客に因縁をつけるようなセコい店なのか? ……まあいい。ダグラス=カーターという名に聞き覚えはないか。バートラム=ノックスは?」

 唐突に訊かれてマフィアのドンは僅か仰け反る。思わず素で反射的に訊き返した。

「誰だって? 人捜しにきたってのか?」

 シドとハイファは顔を見合わせて溜息をつく。

「はあーっ。やっぱり知らないみたいだね」
「無駄足か。よそを回ろうぜ」

 二人はさっさと腰を上げ出口に向かった。だがガン無視されたサディアス=フロイドは黙っていない。マフィアは舐められたら終わりなのである。地を揺るがす勢いで吼えた。

「コラ、貴様ら待たんかい! 二、三発ぶち込んでもいい、捕まえろ!」

 やけに気の短いドンに命令された手下四人がレーザーガンを抜く。しかしトリガを引かせる前にシドとハイファは銃弾を放っていた。振り向きざま一発に聞こえるほどの速射でそれぞれが二人の腹にダブルタップを叩き込んでいる。

「ハイファ、逃げるぞ!」

 言われずともハイファは身を翻していた。
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