Even[イーヴン]~楽園10~

志賀雅基

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第19話

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 ほぼ殺害命令ともいえる別室任務の資料でダグラスのポラを幾度も見ていたのを、きっとシドは知っている。それがシドの精神状態に大きく影響しているのも分かっていた。

 元より愛情がある訳ではない。だが危険な任務を共にこなし、淋しいときに求めに応じてくれた人物に対し、情の欠片もないと言えば嘘になる。

 自分はその命を奪うのだ。

 もうやめよう、そう思ったハイファは次の瞬間には何もかもを忘れてシドの躰を掻き抱く。切ない目をした愛し人の渇きが癒えるまで、ひたすら揺らされ続けた――。

◇◇◇◇

「――ファ、ハイファ?」

 気付くと端正な顔が心配そうに覗き込んでいた。

「ん……シド、好きだよ。貴方だけ」
「俺も、お前だけだ。……大丈夫な訳ねぇよな」
「そんな、平気だって。それよりお腹空いちゃったよ」
「ルームサーヴィスでも取るか?」
「レストランでいいよ。もう少ししたら動けるから、煙草でも吸ってて」

 喘ぎ疲れて掠れたその声を聞き、ガウンを羽織ったシドはベッドから降りると、灰皿と煙草にライターに紙コップを持って戻ってきた。
 紙コップのアイスティーを口に含んで、ハイファに口づけ飲ませる。何度か繰り返して貰ってハイファは大きく息をついた。

 煙草を咥えて火を点けたシドはハイファの枕元に腰掛ける。

「窓からの眺めが本星セントラルに似てるのな」
「そっか、五十階だもんね。さっさと任務なんか終わらせて帰りたいよ」
「その任務が問題だよな。こういう都市はここ以外に幾つある?」

 リモータを素早く操作してハイファは答えを出した。

「星系政府の行政府があるこのキトナに比べれば小さいけど、都市は五つ。資源の採掘場や、それに付随した採掘者の街も入れれば数えきれないよ」
「何処にダグラス=カーターが潜んでいるのか見当もつかねぇ、参ったな」
「惑星一個をたった二人で人捜しかあ。それこそストライクを期待しないと」
「ストライクなあ。しかしこの星はテラ本星並みにクリーンじゃねぇか?」
「って、どういうこと?」

 盛大に紫煙を吐いてシドは言った。

「何処の星にも歓楽街はあるだろうが。テラ連邦議会が違法と分かっていながら見逃してる、カジノだの売春宿だのが密集した場所がさ」
「そういえばそうだね。別室資料も詳細がないアウトラインだけの状態だったから、そっち方面はまだ検索してない。ホテルの観光案内端末になら載ってるかも」
「昼夜逆転しそうだが、メシ食ったら活動開始だな」

 煙草を消して灰皿を元の位置に戻すと起き上がろうとしたハイファに手を貸した。

「もういいのか?」
「ゆっくりならね。お腹も空いちゃったし」
「ギヴなら背負ってやるから早めに申告しろよな」

 二人は着替えて執銃すると、そのまま何処にでも移動可能なようにショルダーバッグをシドが担いで廊下に出た。左腕でハイファの細い腰を支えてやりながら移動し、エレベーターに乗る。レストランのある最上階のボタンを押した。

 終日営業のレストランでボリュームたっぷりの夕食を摂ると、同階のロビーフロアに設置されていた観光案内端末を二人は覗き込む。

「あ、これじゃない? カジノバーに合法ドラッグ、射撃ツアーだって」
「ふん。本当に合法かどうかは疑問だよな、そもそもカジノは違法だしさ。けど一番近いとこでも、ここから二千キロ以上離れてるぞ」
「でもBELなら一時間だし。毎時間この屋上から定期BELが出てるみたいだよ」
「遊びの時間か。仕方ねぇな、一応行ってみるか」
「自分から言いだした割には、あんまり乗り気じゃないね」
「歓楽街といえば仕切るマフィアが付き物だが、こんなドン詰まりでダグラス=カーターがマフィアにブツを売って喜んでるとは思えねぇからな」

 だがここは行くしかない。最上階にもあるフロントでチェックアウトすると屋上に上がった。しかし風よけドームの閉まったそこに駐機されていたのはBELではなかった。

「うわ、ティルトローター機 だ」
「シド、知ってるの?」
「これも内燃機関、タービンエンジンの一種であるターボプロップエンジンを積んでるんだ。あの両翼に縦についたエンジンから軸直結のプロペラを立てて、AD世紀のヘリコプターみたいに垂直離着陸とホバリングをする。浮いたらあとはプロペラごとエンジンが前に九十度倒れて水平位置で推進力を得て飛行する航空機だ」
「ふうん。それも『AD世紀の幻のプラモシリーズ』なの?」
「ああ、作ったことがある」
「BELなら一時間って思ってたけど、この旧時代の遺物ならもっと掛かるかもね」
「いや、ターボプロップだけじゃねぇ、スクラムジェットエンジンもついてるぜ。こいつは速いぞ」

 チケットを買うことすら忘れて機体に見入る二人に制服を着た男が近づいてきた。

「よくご存じですな。他星の方ですか?」
「ええ、俺たちはテラ本星人です」

 どうやらこの機のパイロットも休憩時間らしい。

「いい機体ですよ。形は旧時代的だがフライ・バイ・ライトで操縦性も遜色ない。スクラムジェットに切り替えた高速巡航時にはマッハ四は出ます。尤もエンジン自体はもっと加速が可能なのですが、ガスチャージの非効率性とプロペラを積んだ形状の宿命で――」

 パイロットと盛り上がるシドを置いてハイファはキャビンアテンダントからチケットを二人分買い、一枚をリモータリンクでシドに流した。
 詳しく話を聞いてしまうと何故こんな物がエンジンなんかで宙に浮くのか、心配の重みで墜ちてしまうような気がしたのだ。
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