Even[イーヴン]~楽園10~

志賀雅基

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第36話

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 飛行場の隅に立てられた吹き流しが垂れ下がったままなのを二人は確認した。

「風力ゼロ、いける」
「任せたからな」
「ここの機体は全て三百五十メートル以上の滑走距離がなければ上がれない。そうだよね?」
「間違いない。千二百メートル、約三百メートルずつ三ポイントで四分割だ」
「それに危険を察知したら搭載のコンが瞬時に乗員を射出するんだね?」
「ああ。射出座席ごと脱出ベイルアウトさせる」
「滑走路二本で六ポイント、ミスショットは二発まで……」
「時速三百キロの動標だぞ?」
「やるしかない、制空権は取らせない。……三十分前、準備に入る」
「アイ・サー」

 倒木より高くスポッティングスコープを調節したシドはアイピースを覗き飛行場の様子を窺った。格納庫からはトーイングトラクタという専用車両に繋がれて続々と戦闘機が引き出されている。既に四機ずつ二本の滑走路に載っている状態だった。

 それら滑走路上の四機はかなりの間隔を空けている。幸運が味方した、先頭は滑走路を目一杯使う態勢だ。

 その様子をスポッティングスコープで確かめたハイファは、シドの右隣で伏射姿勢を取ってアマリエットの銃口を倒木に依託する。そのまま微動だにしないバディの戦いはもう始まっているのだと、シドは知らず自分も呼吸を整えた。

 十四時五十五分にセットしてあった二人のリモータが震える。

「エンジン、コンタクト」

 戦闘機のターボファンエンジンの始動をシドは静かに告げた。木々の葉を透かして木漏れ日が踊る。暑くないのは幸いだが日陰のここでずっと伏せていると体が冷えてくるようだ。

「一分前」

 何度かハイファが深呼吸するのが分かった。

「十五時ジャスト」

 ハイファがすうっと息を吸い込んで止める。シドが覗くスポッティングスコープの中の戦闘機が二本の滑走路で併走を始めた。約二百メートルの間隔を開けて後続が次々と発進する。

 先頭の戦闘機があっという間に加速し、滑走路の九百メートル地点辺りでまさに地を蹴ろうとしたとき、ハイファのアマリエットM720が二射連続で火を噴いていた。

 失敗できない初弾の二射は二本の滑走路上の戦闘機、スコープでもゴマ粒くらいにしか見えないその脚部のギア、車輪を撃ち抜いている。

 途端に加速と重みに耐えられなくなって脚部が砕け散った。横に並んだ二機の戦闘機はノーズを地面に擦りつける。機体が斜めに傾きスピンした。パイロットがシートごと射出される。

 そのスピンした機体に、こちらもパイロットを射出した無人の後続機が突っ込んだ。揮発性の高い航空燃料に火が回り、僅かな黒煙を上げたのち二本の滑走路上で同時に大爆発する。

 それらを見ているヒマはハイファにはない。三機目が滑走路中心、六百メートル辺りにくるのを予測射撃。手前の滑走路の機はギアにヒット。向こう側の機はギアに当たったものの金属部で弾かれてミス。

 そのまま爆発に突っ込ませ、四機目でヒット。両機ともに後続を巻き込んで炎に包まれる。

 次々発進加速した機は前方の爆発を感知しパイロットを射出するも止まれない。

 最後の三ポイント目、滑走路の端から三百メートル付近は加速が緩やかで狙いがつけやすかった。易々と二機の車輪を弾けさせる。両機がガクリと脚部を折った。
 向こう側の擱座かくざした機に後続がぶつかり、これも爆発を起こして破片を飛び散らせた。

 手前の機には後続機は突っ込まず危ういところで停止する。ハイファは最後の弾丸を脚が折れた機体下部のドロップタンクに撃ち込んだ。無人となった機は派手に爆発炎上する。

 全てはたった十秒足らずの出来事だった。

 ふうーっとハイファが息をつき、肩からアマリエットを下ろした。

「ご苦労さん」

 見事に二本の滑走路上、約三百メートル置きに六ヶ所で上がる黒煙を見ながらハイファはまだ不安になって訊く。

「あれを退けたら、まだ飛べるんじゃない?」
「FODつってな、ゴミみたいな破片一個でもギアには命取りだ。滑走路掃除に一日以上は掛かるだろうな」
「そっか。クーデターを阻止ったって僕らにはこれが精一杯だよね」
「時間稼ぎはしたんだ、あとはテラ連邦議会が動くさ」
「そうだね。あー、疲れた」

 遠く飛行場には消防車や救急車が何台もサイレンを鳴らして集まってきている。その様子をシドはスポッティングスコープで眺めた。

「おい、ダグラスがいるぜ」
「ん、どれ」

 アイピースをハイファが覗くと確かに制服を着たダグラスが格納庫前にいた。

「何か、すっごい大笑いしてるよ。僕が言うのも何だけど気持ち悪いなあ」

 ハイファが言った通り、ダグラス=カーターは爆発炎上する戦闘機群を見て可笑しくて仕方がなかった。誰がこの状況を作り出したのかはもう分かっている。
 何がクーデターだ、たった数発の銃弾で第三基地三千名の計画は、いとも簡単に打ち砕かれるようなものだったのだ。

 いや、この分ではたぶん第一基地の戦闘機も一機も上がってはいまい。六千名、牽いては採掘場の労働者たち数万名の悲願はあっさりと砕け散った。

 ダグラス=カーターにとっては誰の願いがどうなろうと全く関係がなかった。ただただ目前の有様に堪えようもなく笑いがこみあげてきて止められない。

(下らないクーデターなんかより、もっと愉しいイヴェントの始まりだぞ――)

 笑いながら混乱のエプロンを歩いた。ぶつかる消防や救急、整備員やパイロットたちにも構わず、管制塔側から数えて四棟目の格納庫に向かった。誰にも見咎められずに格納庫内へ侵入を果たすと目的のものへと近づいた。

 その動きをずっとスポッティングスコープで眺めていたハイファは、数分経って四棟目の格納庫から緑色の小さな機体がタキシングしてくるのを目にする。
 それは二機あった零式艦上戦闘機の試作機の一機だった。開いたままのキャノピ、たった一人乗りのそれにはダグラスが収まっている。

「シド、試作機にダグラスが乗ってるよ。何、遊んでるのかなあ?」
「どれ……本当だな。あいつ、マジでおかしくなったんじゃねぇのか?」

 交代してスポッティングスコープを覗いたハイファは、ダグラスがこちらに向けて銀色の円筒形のものを振ったのを見た。

「あっ、サンプルだ! ダグラスがサンプル持ってるよ!」
「何だって? ヤバい、行くぞ!」

 何もかもを置き捨ててシドは雑木林から飛び出した。それをハイファが追う。荒れ地を二人は走る。走りながらハイファが訊いた。

「何で? 滑走路は――」
「だめだ、あの試作機だけは二百メートルも滑走距離があれば飛べる!」

 走るうちにもキャノピを閉めた試作機は滑走路の端までタキシングし、格納庫側の滑走路上に載って一旦停止した。そしてするすると走り出す。

 距離、七百。シドのレールガンでも有効射程外。

 ハイファ、走りながらリモータ操作。音声オープン発信でダグラスに呼び掛ける。

「ダグラス、貴方どうするつもり!?」
《手持ちの札の使い処がやってきたという訳さ》
「いったい何言って……」
《はっはっは、止められるものなら止めてみろ!》

 通常の論理では通じそうになかった。

 走りに走って滑走路を疾走する試作機に向かってシドはレールガンをマックスパワーで発射。だが有効射程に届かず。

 ようやくシドとハイファが芝生の辺りまで辿り着いた頃、試作機はダグラスを乗せて見る間に加速し黒煙を噴き出す壊れた戦闘機の手前で機首を上げた。テイクオフ。

「チクショウ、ふざけやがって、あの野郎!」
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