Hope Maker[ホープメーカー]~Barter.12~

志賀雅基

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第7話

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 ずっとそんな時間が続いている感じがしていたが、ふと気付くと京哉は霧島に抱かれた形でバスタブの湯に浸かっていた。振り返って見上げると切れ長の目が覗き込んでいる。

「目が覚めたか。大丈夫か?」
「もしかしてまた……?」
「ああ、すまん、また失神させてしまった。全身洗ったから上がっていいぞ」
「あのう、大丈夫じゃないのは忍さんの方ですよ。立ち上がれそうになくて……」

 笑って霧島は京哉を抱き上げるとバスルームから出た。躰を拭い、長めの髪までドライヤーで乾かしてくれる。再び抱き上げられて寝室のベッドに着地させられ、ライティングチェストのデジタル時計を見ると、もう午前三時近くて京哉は呆然とした。

 その間も霧島は京哉に下着とパジャマを着せ、自分もお揃いの黒いシルクサテンのパジャマを着ると、キッチンからミネラルウォーターのボトルを持ってきて京哉に口移しで飲ませ……と、なかなかに忙しい。そんな霧島に京哉は病院で貰って来た薬を示した。

「ちゃんと消炎剤を吹き付けておいて下さい」
「分かっている。お前は先に寝ていていいからな」

 横になっていると毛布に霧島が潜り込んできて左腕で腕枕をしてくれる。自分は抱き枕になって目を瞑った。足まで絡めた霧島は既に寝息を立てていた。

◇◇◇◇

 その気になった霧島は翌朝から行動を開始した。一ノ瀬本部長に連絡し、二人共スーツに着替えるとパスポートをポケットに入れる。京哉はナップサックに煙草を詰め込んだ。室内の火元や戸締りを確認し、コートを手に京哉とソフトキスを交わして部屋を出る。

 白いセダンで出勤すると直接本部長室に顔を出した。

「やあ、きみたちが任務を受けてくれて助かったよ。良かった、良かった」

 朗らかに一ノ瀬本部長は二人にクッキーを勧めた。昨日とは違う缶である。有難く摘みながら婦警の淹れてくれたコーヒーを頂き、飲み終えると本部長がテノールを響かせた。

「では、改めて霧島警視と鳴海巡査部長に特別任務を下す。バルドール国の陸軍第二十七駐屯地第五〇二爆撃中隊に赴任し、戦闘薬の横流しについて調査し報告せよ」
「「はあ? バルドール!?」」

 思わず霧島と京哉は唱和した。バルドールは国際社会でも最重要問題視されている紛争地帯でテロリストの温床だ。
 他国に疎い京哉でも、いや、それくらいなら子供だって知っている。お蔭で霧島の『その気』も一気に萎え、今は眉間に深いシワを刻んでいた。

「私たちに死ねと仰るのですか?」
「軍に入隊……忍さんの制服姿が見られる」
「お前は制服フェチなのか? というより命を張ってまで見るものではなかろう」
「でもそこで生きてる人たちもいるでしょう、そう心配しなくてもいいんじゃ?」

「そう言うお前はバルドールに行ったことなどないだろう?」
「それはそうですが」
「ならば適当なことを言うんじゃない。しかしバルドールとは……」
「戦闘薬を取り扱うのは当然ながら軍、バルドール軍の誰が戦闘薬を横流ししてるかですね。で、どうします?」

 京哉に殆ど丸投げされた霧島に一ノ瀬本部長の視線も注がれていた。自分から率先して受けると先に宣言してしまったのだ。仕方なく号令を掛ける。

「気を付け、敬礼! 霧島警視以下二名は特別任務を拝命します。敬礼!」

 身を折って敬礼した二人に一ノ瀬本部長は満足そうな顔をして頷いた。

「機捜は小田切くんに預かって貰うから心配は要らん。あと必要なものはこれだ」

 ロウテーブルに並べられたのは航空機のチケットや日本政府とバルドール国軍及びトランジットで通過する国の政府発行の武器所持許可証や潜入時に使用する身分証、クレジットカードにドル紙幣などだった。昨夜減った京哉の九ミリパラ三発まで揃っている。

「現地の公用語は英語だ。霧島くんがいればコミュニケーションには困るまい。航空機は十二時発だから移動には覆面を用意した。緊走なら間に合うだろう。そうそう、これも忘れずに持って行ってくれ」

 最後に渡されたのは昨日江崎二尉が持っていた磁気カードだった。

 全ての物をスーツのポケットに振り分けると一旦機捜の詰め所に顔を出し、本日上番の二班の班長である機捜の長老・田上たがみ警部補に期間未定の出張に出掛けると告げた。更には何かあったら全て小田切副隊長に押し付けろとも告げる。

 すると慌ただしく、もう出発だ。本部長が車寄せまで出て見送ってくれた。普段は本部長室で答礼されて終わりなのに、何だか今生の別れみたいで二人は嫌だった。

「では、ちゃんと生きて帰って来てくれたまえよ」
「了解しました」
「行ってきまーす」

 いつもならバスと電車を乗り継いで行くところだが、今日はそれだと間に合わない。二人が乗り込むと覆面のドライバーは成田国際空港に向けて緊急走行を始めた。

「またも特別任務で内戦の地、それもまさかのバルドールとはな」
「どうしたんですか、忍さん。昨日はあんなにやる気になってたのに」
「京哉、お前も聞いただろう。いつもなら政府発行の書類が『国軍』発行だぞ」
「ああ、そんな風に言ってましたよね。で、それがどうかしましたか?」
「現地は無政府状態ということだ」

「さっきも言ったでしょう。バルドールにだって人は住んでる、心配要らないって」
「舌先三寸のスナイパーに安請け合いされてな。私はお前を危険に晒したくない」
「それは僕も同じですよ、忍さん」

 見つめ合う二人はある意味、県警で一番有名なカップルだ。ドライバーを務める警備部の私服巡査長は目を皿のようにしてルームミラーを見つめていた。

 それでも意外と無事に成田国際空港に辿り着き、二人は巡査長殿に礼を言って降りる。大事な煙草入りナップサックを担いだ京哉は急いで喫煙ルームに向かった。航空機内は当然ながら禁煙だ。

「急げ、京哉。時間がないぞ」

 急かされたが意地汚く三本をフィルタギリギリまで吸い尽くし、更に売店に出向き煙草を追加で買い足してナップサックの中に押し込む京哉を、霧島は生温かい目で見守る。

 それから第一ターミナルビル南四階の二番コインロッカーに走った。預かった磁気カードでロッカーを開けると、ガーメントバッグや厚紙の箱などが二揃い入っている。それを抱えて今度はレストルームに駆け込んだ。

 二分後、個室から出てきた京哉は、同じく個室から出てきた霧島を見て狂喜した。

「すごいすごい、やっぱり格好いい~っ! すっごく似合ってますよぅ!」
「お前は本当に制服フェチか。大体、自分も同じ格好だろうが」

 濃いベージュのワイシャツに濃緑色の上下。上着は裾が長くウェストを共布のベルトで締めるタイプである。締めたタイは光沢のある黒、それに濃緑色の略帽だ。

 つまりはこれがバルドール国軍の制服という訳である。

「わあ、これならバッチリ、シノブ=キリシマ中尉で通りますよね。うんうん」
「そういえば今回はそういうストーリーだったな」
「入隊願いからなんて気の長いこと、やっていられませんもんね」
「まあな。それにしても私たちに士官が、そもそも軍人が務まるのか?」
「英語も喋れない僕に訊かれても……あっ、もうチェックインしなくちゃ!」
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