Hope Maker[ホープメーカー]~Barter.12~

志賀雅基

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第8話

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 慌てて二人は脱いだ服を抱えてロッカーに戻り、押し込み預けるとチェックインカウンターに並んだ。カウンターのお姉さんに日本政府とバルドール国軍発行の正式書類を見せる。ここから専属の係員がついてくれた。

 お蔭で二人はセキュリティチェックも出国審査も銃を懐に忍ばせたまま簡単にクリアし、三十分前に搭乗ゲートに難なく並ぶ。

 シートに腰を下ろすと制服姿で人目を惹きまくっていた二人は溜息をついた。

 飛行機は定刻通りにテイクオフし、京哉はポケットの煙草を弄び始める。吸えないと思うと余計に吸いたくなるのが哀しい依存症患者だ。そんな京哉に霧島が残酷にも告げる。

「まずはカタールのハマド国際空港でのトランジットまで十二時間半だぞ」
「そのあとはどうなるんですか?」
「六時間半でチュニジアのチュニス国際空港。更に乗り継いでバルドール入りだが、トランジットが長くチュニスからの便が遅い。都合三十時間くらい掛かる」

「何ですか、その遠さは?」
「一ノ瀬本部長の受け売りだから私に言われても困るのだがな。バルドールではアラキバとハスデヤなる国際空港が通常使われるが、私たちはアラキバの方に着く」

 聞いている京哉は早くもニコチン不足で苛立ち始めていた。そんな年下の恋人の気分がまるで分からない訳でもない霧島である。大学時代までは自分も喫煙していたのだ。そこで京哉に勉強がてらポケットから資料を出して渡す。京哉は素直に目を通し始めた。

「それで僕らは陸軍第二十七駐屯地第五〇二爆撃中隊に赴任と。……二十七?」
「二十七がどうかしたか?」
「だって、やけに数が多くないですか?」
「二十七どころか第五十七駐屯地まであると、その資料の下の方に書いてあるぞ」

「どうしてそんなにバラけているんでしょうね。大体、そんなに沢山の軍人さんたちがいたら、内戦なんか起こらないんじゃないでしょうか?」
「だから私に言われても困るんだ。バルドールなる内紛の地で戦闘のノウハウを得た人間の多くが他国に流出した挙げ句、テロリストとして名を馳せている事実が国際社会を悩ませ続けている。私という個人レヴェルでの解決策の持ち合わせなどない」
「そう捲し立てなくても。それで元々は大国の植民地だったんですよね?」

 頷いた霧島は昔々に家庭教師から学んだことを思い出しながら説明する。

 陣取り合戦の如く大国が各地を我が物とし、紅茶や香辛料の他、地の恵みを得ていた頃にバルドールも同じく唾をつけられた。そこに金鉱脈が発見されたという噂が流れたために人々は殺到し入植したのだ。

 だが不幸なことにゴールドラッシュは僅かな期間で終わってしまう。

「他の鉱物もなし、作物が育つだけの肥沃な土地もなし、産業もなしだった」

 そこで次々と他の植民地が自治政府を樹立し国家として独立していく中、バルドールも自治権を獲得したのはいいが結果としては困ったのだ。その頃には入植者の子孫も増えていて、自分たちの糊口をしのぐことすら難しい状態だったという。

「事実として大国はお荷物のバルドールを見限って斬り捨てたというのが通説だな」
「ふうん。酷い話に聞こえますけど勇み足を踏んだ入植者にも責任はありますよね」
「まあ、そうかも知れんな。だが昔々に斬り捨てられたのを今でも人々は忘れていない。それがテロリストや反骨精神に溢れた人間の輩出に繋がっているらしい」
「だからって内戦やってる場合じゃないのに」
「そう正論で事態が動けば誰も苦労はせん」 

 そこで機内食が供されて二人は暫し腹を満たすことに専念した。だが飯など食ってしまうと依存症患者は苛つきもピークに達する。
 夢の中で煙草を吸うべく不貞寝の体勢に入った年下の恋人に霧島は毛布を被せ、わざわざペアリングを嵌めた手同士の指を絡めた。

◇◇◇◇

 チュニスでの待ち時間長かったので、バルドール入りしたのは現地時間で二十一時過ぎだった。それもチュニスから二回も乗り継ぎがあり、最終的に隣国の軍用輸送機で到着したアラキバ空港では、既に客は二人の他に何者とも知れない男が三人だけとなっていた。

 大事な煙草の入ったナップサックを持ち京哉が機を降りると、夜の空港は生暖かい風が吹いていた。 

「気候は悪くないみたいですね、昼間はどうか分からないけど」
「だがこんな時間に第二十七駐屯地が営業しているとは思えんが」
「大体、どうやって辿り着くのかが問題ですよ。六十キロも離れてるんですよ?」
「このような土地ではタクシー会社もありそうではないな」
「ですよね。でも取り敢えずこの空港から出てみませんか?」

 同意して霧島は京哉と一緒に歩き始める。滑走路以外は整地されていない、硬い土だった。何処にも空港ターミナルビルは見当たらず、建築現場事務所の如きプレハブ二階建てが一棟だけ白い光を窓から溢れさせている。その文明の光に向かって五分ほど歩いた。

 プレハブに着いたがここでも何をしているのか分からない男が二人、こちらを一瞥しただけで声もかけてこない。予想していた入国審査すらなかった。二人は拍子抜けする。
 自分たちに対して全く興味のなさそうな男たちとコミュニケーションを取るのは諦め、二人はそのままプレハブをあとにして空港の外に出た。

 生暖かい空気がゆったり移動する中で辺りを見渡したが、やはりタクシーは見当たらなかった。遠くに集落らしき小さな明かりがポツポツと灯っているのみである。

 振り仰ぐと五月蠅いくらいに星が輝き、満月に近い大きな月が黄色く熟れていた。

「人の気配がないですね。で、どうします?」
「明かりの方に行ってみるしかないだろう」

 月と星明かりを頼りに土を固めた道を延々歩いた。四十分ほどで家屋の密集地に着く。電柱と電線もあり最低限の文化的生活は営めそうだと霧島は思った。

「ホテルなどという洒落たものはなさそうだが……」
「そうでしょうか、これってホテルじゃないですかね?」

 京哉が指差したのは傍の二階建て家屋の軒に下がった看板だった。いや、元看板といった方が正確か。茶色い錆に浸食されたそれには何か書いてあり、かなり頑張れば『Hotel』と読めなくもない。カーテンの閉まった窓から薄く明かりも洩れていた。

「泊まれるかどうか、ダメ元で訊いてみましょうよ」

 自分でそう言っておいて京哉は霧島をじっと見上げる。雰囲気だの空気だのを読めるクセに、こういった場合に敢えて無視してためらいなく行動するのが霧島だった。
 それが昂じて想定外の突飛な言動も多いため、よく知る者からは奇人・変人に分類されている霧島だが、それはともかく京哉に少しずつ英語の勉強をさせようと思う。

 合板のドアに近づいてノックした霧島は下がり京哉を前に押し出した。押し出された京哉は焦ったが、焦りが表情に出にくいタイプである。普通に声を張り上げた。

「すみませーん、お邪魔しまーす!」

 日本語で声を掛けつつ勝手にドアを開けた。ロックは掛かっていない。霧島に見守られながらドア口から首を突っ込み、京哉は殆ど英単語のみの片言英語で話しかけてみる。

「こんばんは。あのう、泊まれますか?」

 そこは食堂らしくテーブルとカウンター席があった。狭いが明かりは素っ気ない蛍光灯が二本だけで侘びしさを醸している。カウンターの中に控えめに言っても福々しい女将さんがいて、煮しめたようなエプロンを、これもくすんだワンピースの上から着けていた。
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