Hope Maker[ホープメーカー]~Barter.12~

志賀雅基

文字の大きさ
9 / 43

第9話

しおりを挟む
「おや、珍しい時間に軍人さんかい。二人でいいんだね?」
「部屋はひとつ、喫煙で」

 それだけ伝えるのも京哉は四苦八苦したが、理解したらしい女将さんは笑う。

「ボヤさえ出さなきゃ、焚き火してくれたって構やしないよ。食事は?」

 双方向通訳し始めた霧島が今度は女将さんに口を利いた。

「今夜と明朝の食事を宜しく頼む」

 飛行機で睡眠は取っていたが強引にここでの生活時間に合わせてしまわないと明日から時差ぼけに悩まされるのは必至だ。食事を摂って眠らなければならない。

「えらく腰の低い軍人さんだね。じゃあそこらに座って。ありゃまあ、二人とも珍しい。最近の移民の子かハーフかい、綺麗な顔して。眼福だ、サーヴィスしようかね」

 カウンター席に並んで腰掛けると水のコップが出された。少なくとも普通にしていれば乾き死にする土地ではなさそうだと見取って二人はホッとする。

 灰皿を発見した京哉は煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。一本灰にした頃に出されたのは野菜屑とカス状の肉が沈んだスープの器と固く黒っぽいパン、サーヴィスに茹で卵が一個だった。予想はしていたが客商売でこれはかなりの食糧難だ。

 だが文句を言っても始まらない。こんな国と知った上で来た二人は有難く頂いた。
 茹で卵の殻を丁寧に剥きながら京哉は霧島の通訳で女将に訊いてみる。

「あのう、ここから駐屯地にはみんな、どうやって行くんですか?」
「何処の駐屯地だい?」
「第二十七駐屯地です」
「二十七は何処にあったっけねえ? そりゃまあ普通なら迎えが空港までくるものらしいけれど最近はここらも物騒だからねえ。ヘリも滅多に飛ばなくなっちまって」

 こちらも卵を剥きながら霧島が滑らかな英語で訊いた。

「ならば、どうするんだ?」
「国際援助物資の貨物便に乗ってきたんだろう、あんたたち。その荷物を取りに来て持って帰る、軍のトラックを捕まえるのが普通なんじゃないのかい?」
「なるほど。その手があったか」
「けれど援助物資の運び出しは危険だからねえ。そんな軍のトラックに載ろうったって、あんたらは何だか世慣れてないみたいだし生き残れるかどうか……」

 いよいよ物騒な話だ。荷物の運び出し如きで何故、サバイバルになるのか。

「いったいどういう意味なんだ、それは?」

 と、瓶入りの岩塩を卵に振りかけながら霧島が更に訊く。

「何処でも援助物資は喉から手が出るほど欲しい。そいつを売って手に入れた弾は馬鹿みたいにある。誰もが誰もの割り当て物資を狙ってバトルロイヤルになるのさ」
「バルドール国軍同士で、か?」
「その通り。まあ、たまには反政府集団も飛び入り参加するみたいだけどねえ」

 真顔で頷いて見せた女将に、霧島と京哉は卵にかぶりついたまま顔を見合わせる。どうやらこのバルドールがとんでもない国だというのはガセではないらしかった。

「どれ、食べたなら部屋に案内しようかね」

 席を立って二人はカウンターの奥にある階段をギシギシと上った。女将の巨大な尻を見上げながら辿り着いた二階には三枚のドアがあって一番手前を女将は開ける。

「他に客もいないから、いつだってシャワーは使っていいからね。朝食は、そうさねえ、八時から九時までに下に降りてきてくれりゃあ作るからさ」
「貨物の運び出しは何時頃か分かるか?」
「止めときなって。あたしがうちの車で近くまで送ってやるからさ。軍人なんかに関わるのは真っ平だけれど、あんたたちみたいないい子を死なせたくないからね」

 言い置くと女将は尻をゆさゆささせて階段を降りていった。

「何だか、いい人に出会えたみたいですね」
「部屋はボロだがな」

 ここも蛍光灯がたった二本だけ灯った侘しい雰囲気の部屋に入ると、病院の診察台のようなベッドがふたつ並んでいた。ベッドは所々が破れていて軍の放出品のようなオリーブドラブ色の毛布が置かれている。他に調度は何もなく、がらんとしていた。

 ドアロックは錠でなく単なる掛け金、狭い箱のようなバスルームは本当に湯が出るのか怪しいような造りのシャワーだ。バスタオル代わりの毛羽だった布が畳んで積んである。

 あとは茶色い錆びの染みがついた洗面台とトイレだけしかない。

 それでもこのような土地で曲がりなりにも外貨を稼いでいるあの女将は下層の人間ではない筈だ。むしろ上流階級者と言って差し支えないだろう。なのにこの有様である。ここはそういう土地なのだ。だが何れ去ってゆくよそ者が貧しさを嘆いても仕方ない。

「僕、先にシャワー浴びてもいいですか?」
「ああ、髪が乾きづらそうだしな。ゆっくりしてこい」

 ドライヤーもなければ洗濯乾燥機もないので今着ているものを我慢して着るしかない。軍に入隊するのに私服でもないだろうと思い、着替えは持って来なかったのだ。

 思い切りよく制服を脱いで伊達眼鏡を外すと京哉はバスルームに消えた。
 TVもなく霧島がボーッとしていると京哉が髪に布を巻きつけ出てくる。交代だ。

 備え付けの水で薄めたようなシャンプーで霧島は全身を洗い、生温い湯で泡を流すとバスルームを出る。ばさばさと黒髪を拭い京哉に倣って下着だけを身に着けた。

「気候がいいのも良かったですよね」
「ハダカでいても寒くはないからな」

 髪が乾くのを待って京哉はベッドの一台に寝転がる。そこに霧島も上がった。

「こんなに狭いのにそっちで寝たらどうですか。シングル幅あるかないかですよ?」
「嫌だ。私の安眠には抱き枕が必需品なんだ」
「仕方ないですね。落っこちたり蹴飛ばしたり、毛布の奪い合いも嫌ですからね」

 そう言いつつ京哉も腕枕を貰って満更でもない様子である。

「首のあざ、殆ど消えましたね」
「そうか?」
「ええ、良かった。おやすみなさい、忍さん」
「ああ、おやすみ」

 蛍光灯には常夜灯がなく点けっ放しで二人は目を瞑った。衣服と銃は隣のベッドに置いてあり、すぐ手にできる。何よりも頼りになるバディでパートナーが一緒、互いに安心して眠れる筈だった。事実、移動疲れを溜めた二人の眠りは深かった。

 だが夜がしらじらと明ける頃、突然の大音響で二人は飛び起きた。ベッドから滑り降りて咄嗟にそれぞれがシグ・ザウエルP226を掴んだが、そんなモノは豆鉄砲だと瞬時に見取った霧島がベッドのふちを蹴り上げる。

 コンマ数秒でベッドの掩蔽の向こうの床の上でRPG、つまり歩兵用対戦車ロケット砲の砲弾が破片をバラ撒きつつ炸裂した。

「京哉、下がれっ!」
「それより天井、穴開いてますっ!」
「分かっている!」
「次弾、来ましたっ! 拙い、砲弾、榴弾りゅうだんかも知れない、伏せてっ!」

 二人は這ったまま互いの頭を押さえつける。だがそれは幸いにも破片を四散させる榴弾ではなく、ターゲットに穴を開けることに特化した徹甲弾だったらしい。それでも炸薬を破裂させ、耳を聾せんばかりの破壊音を立てて爆発した。

 楯にしたベッドが紙切れだったかの如く、いとも容易く金属片が突き抜けて後方にすっ飛んでいく。二人は互いの間を抜けていった砲弾の破片に、鳥肌を立てて身震いした。唐突にガチの戦争という状況下に放り込まれた霧島と京哉は思わず叫ぶ。

「くそう、本部長の野郎、こんな任務を寄越しやがって、ふざけるなーっ!!」
「こんな任務は嫌だーっ! ヤクザに潜入の方がマシだよーっ!!」

 とにかく叫んででもいなければ軽くパニックを起こしそうだった。

 今までの特別任務も酷かった。酷くない任務などひとつもなかった。だが何はともあれ自力で命を拾ってこられた。しかしこんな本格的なブツが相手では何をどうすることもできない。

 こんな国のこんな宿でパンツ一枚で死ぬのかと思ったら、二人は無性に虚しくなって更にしこたま叫んだ。思いつく限りの関係者を罵倒し、やがて叫び疲れ溜息をつく。

「せめて服は着させて欲しいですよね。遺体引き取りの外務省の人に笑われますよ」
「こんな所で似非軍人として終わるなど、私の人生設計にないのだがな」

 覚悟していた三弾目は飛来せず、まるでカラオケで散々歌ってストレス解消したかのように、大声で叫び続けたことで二人とも何となく溜飲が下がった気がした。

 お蔭で割と早く冷静さを取り戻し、衣服を身に着け懐に銃を吊る。

「忍さん、こっち向いて下さい。タイが曲がってます」
「お前も襟が立っているぞ」

 そのとき掛け金をモノともせずに引きちぎり、ドアが開け放たれた。空っぽの両手鍋を頭に被った女将に、何とか二人は涼しい姿を見せることができたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

明治かんなぎ少女の冥契 五百年の時を超えて、あなたに愛を

花籠しずく
キャラ文芸
 ――ですが、わたくしは生まれました。あなたに会うために。  月のものが来るようになってから、琥珀は不思議な夢を見る。誰かに探されている夢。きっと大切な人だったことは分かるのに、目が覚めると朧気で何も思い出せない。婚約者である志貴の言いなりの人形になる生活をし、生家とは会うと脅され、心が疲弊していたある日、家からひとり抜け出すと、妖魔のようなものに出会う。呪術師である志貴に、一時祓ってもらいはしたが、不思議と心が痛む。夢に美しい男が現れ、声に導かれるようにして、ある山のふもとの、廃れた神社の中に入ると、そこには苦しそうに蹲るあの妖魔がいた。琥珀はそれが夢に現れた、蘿月という男だと直感する。全身が黒い靄で包まれた彼の、靄を払う方法を、どうしてか琥珀は知っていた。口づけをし、息を吹き込むように、生きて、と願った。  帰ってすぐに志貴に殴られ、月のものがはじまっていたことが志貴にばれる。琥珀を穢そうとする志貴の様子に恐ろしさを覚えて、助けてと叫んだその瞬間、闇を裂くようにして、蘿月が現れた。 「琥珀は、俺が五百年待ち望んだ花嫁だ」  これは、時を超えて紡がれる愛の物語。そして虐げられた少女が、愛を知り、愛のために生きる自由を選ぶ物語。 ※R-15っぽいゆるい性描写があります。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...