Hope Maker[ホープメーカー]~Barter.12~

志賀雅基

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第23話

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 衣服を身に着けてしまうとヒマで、寝ていろと言い張る京哉を宥めて懐に銃を吊ると、再び外に出てみた。今度は小径を端から端まで歩いてみることにする。

 京哉が言った通りに建っているのは歪な石を積み上げた小屋ばかりで、だが裏手に回ると僅かながら畑と鶏小屋があった。畑にはあまり元気そうではない麦と、支柱に弱々しく絡んだ豆が生えている。男が数人、鶏小屋と畑を往き来していた。

 どうやら鶏糞を肥料として撒いているらしく、結構な悪臭がする。それでも粘り強く生きる人々と大地の匂いのような気がして、霧島は悪い気分にはならなかった。
 けれど人々の働きとは裏腹に畑は全体的に茶色く枯れかけているように見えた。

「昼飯の材料が生えているな」
「そのようですね。豆は蛋白質もあるし傷にはいいんじゃないでしょうか?」
「私はともかく、お前にあんまり痩せられると抱き心地が悪くなるのだがな」
「そんなことばっかり言って、発情期じゃないんですから」
「いや、かも知れんぞ。正直、お前を見て持て余している」
「わあ、それは早く帰らないと」

 小径に戻り、今度は反対側の小屋の裏手に出た。こちらにも痩せた畑と、思ってもみなかったことに、かなり旧いタイプながら中型ヘリが一機、駐機されていた。

「配給の援助物資を取りに行ったりするのかも知れないですね」
「ここから空港までは……」

 と、霧島は携帯のマップを見てざっと計算する。

「四百キロもあるのか」
「そっか、配給のときにでも空港まで乗せて貰えばいいんですよね」
「こうなったら任務云々は度外視だな」
「うーん、それがあったんですよね。忘れてましたよ、どうしよう?」
「飢えてまでやる気は私にはないのだがな。まあ、何なら空港から二十七駐屯地まで戻って、レイの言っていた医務室を探る手もあるしな」

 金属製の歪んだバケツで畑に水を撒く男に、二人は何気なく会釈する。

「これ以上、爆撃中隊で得られるものはなさそうですしね」
「そういえばオスカーたちに連絡はしたのか?」
「ベースキャンプに連絡した時に。本当に心配してました。悪いことしちゃったな」
「すまんな、こんな所で」
「ううん、護ってくれたんですから。有難うございます」

「礼を言われるようなことではない、お前が痛いのは自分の怪我の百倍痛いからな」
「僕も同じように思ってること、忘れないで下さいね。そろそろ帰りましょう」

 小径を診療所まで歩く。診療所内では書き物をしていたカール医師が顔を上げた。

「夜、僕は隣に帰る。ここに泊まってくれ」
「すまん、借り受ける。それに治療の礼も言う。助かった」
「一週間経ったら糸は切って抜くこと。できれば毎日消毒。薬はなくなるまで食後に服用。シャワーはいいが、溜めた湯には浸からないでくれ。感染症予防だ」

「分かった。ところでさっきヘリを見たんだが、あれは飛べるのか?」
「もし飛ぶんなら、その時に僕らも便乗させて欲しいんですけど」
「……」

 奇妙な表情でカール医師は二人を見たのち、青い目を書き物に戻しつつ短く答える。

「明日、飛ぶ。物資の交換だ」
「渡りに舟だ、有難い」

 それきり書き物に戻ってしまったカール医師は寡黙な性質らしい。邪魔をするのも何なので寝台のある部屋に戻った。そこで京哉が勝手に模様替えを始める。ズルズルと寝台を引きずってふたつをくっつけたのだ。腕を吊った霧島は呆れた声を出す。

「一晩くらい独りで寝られないのか?」
「いいじゃないですか。あのホテルでも一緒に寝たがったのは貴方でしょう?」
「それはそうだが、状況が違うだろう?」
「何が違うのか僕には分かりませんけど、今日の今日でナニは御法度ですからね」
「ならば離れていろと言うんだ、全く」

 ぼやきながら霧島は三角巾を外し、上着を脱いでショルダーホルスタを解いた。タイを緩めると寝台に上がる。貧血で動き体液が水銀にでもなったように重たかった。
 目を瞑ってから枕元に京哉が腰掛けるのを感じ安堵に浸りながら眠りに落ちる。

 次に目覚めると素通しの窓外は暗かった。身を起こすとまだ京哉は腰掛けていた。

「起きました? 丁度良かった。トリシャがご飯、食べに来いって」
「ん、腹減ったな」

 外は随分涼しくなっていた。見上げると降り落ちてきそうな満天の星空に月が黄色く熟れて貼り付いている。暫し二人で見上げてから隣の小屋をノックした。

「はあい、入って!」
「お邪魔しまーす」

 入ったそこは台所のある土間となっていた。石を積んだテーブルと椅子も土間に置かれている。そして驚いたことに黄色い土の上を赤ん坊がじかに這い回っていた。
 日本では有り得ない光景に二人は呆気にとられる。

「こういうのって大丈夫なんですかね?」
「分からん。お前が妊娠でもしない限り、おそらく一生分からん」
「じゃあ試しに妊娠してみましょうか。貴方の卵くらいなら産めそうかも」

 馬鹿なことを言いつつ、ふと我に返って京哉がトリシャに片言英語で礼を言った。

「色々と、お世話をかけてすみません」
「いいのよ。本当に質素で悪いけれど食べて頂戴」

 もう食卓にはプレートが並べられていた。四つある石積みの椅子に二人は遠慮なく横並びで腰掛ける。メニューは豆のスープにオムレツだった。精一杯のもてなしを二人は有難く頂く。カール医師も静かにスプーンを動かしていた。

 赤ん坊を抱き上げて豆を潰したスープをすくいトリシャは子供の口に運ぶ。だが赤ん坊は首を振り嫌がった。それを眺めていた霧島と京哉にトリシャは微笑む。

「明日には物資のミルクが届くの。だからそれまでの辛抱よ。心配要らないわ」
「そっか。大変ですよね、ここじゃ」
「まだまだ酷い村もあるわ。ここはましな方よ」
「街で暮らしたりはできないんですか?」
「この人が」

 と、トリシャはカール医師を見つめ、

「ここから離れてしまうと、この辺りには医者が一人もいなくなってしまうから」

 夫に向けるその目は誇らしげだった。色々な事情が人にはあるものだ。

「うわあ、このオムレツすごく美味しい!」
「こんな所じゃレパートリーは増えないけれど、スペシャリストになれるわよ」

 霧島に双方向通訳して貰ってトリシャと会話を弾ませつつ、京哉はリップサーヴィスでなく美味しい卵料理をじっくり観察しながら、どんな豪華なディナーより大切に頂いた。塩味がついているだけだったが中身の半熟加減が絶妙だった。

 食べ終わると食器の後片付けを申し出て京哉は台所で洗い物だ。井戸で汲まれた水は冷たくて気持ちがいい。それも終わると窓の傍で吸い殻パック片手に一服である。

 礼を述べるとトリシャが洗い晒しのタオルと朝食用のパンを二人に渡してくれた。

 外に出ると霧島と京哉はまた井戸まで歩く。京哉が差し出した錠剤を霧島が井戸水で飲み込むと昼間のうちに探索した村の共同というシャワーに向かった。

 シャワー小屋の内部は意外に広めで、積み上げた石で区切られたブースが四つあった。利用者は見当たらないが、二人同時にも浴びられない。一人はブースの前で井戸のポンプを押して水を送らねばならないからだ。そこで霧島は京哉をつついた。

「お前が先に浴びていい」
「右手だけで大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。ほら、誰か来る前にさっさと脱げ」

 独占欲が言わせた科白に京哉は素直に従った。置いてあった植物繊維で編まれたかごに脱いだ服を入れ砂埃でバサバサになった髪に指を通すと一番奥のブースに入る。

「いいですよ、お願いします」

 霧島がポンプを押し始めて数秒、電熱器でも通しているのか、シャワーから生温い湯が流れ出てきた。冷たい水を覚悟していただけに嬉しかった。

 今どき何処で生産しているのか、置いてあったのは非常に泡立ちの悪い粉石鹸だ。それで髪も躰も洗って湯で流す。手早く湯浴みを終え、躰の水気をなるべく落として出ると、霧島がタオルを手渡してくれた。

 服を着る間も霧島は誰か入ってこないかどうか、そればかりを気にしていて京哉は少し可笑しくなる。だがそれも嬉しいことではあった。

 服を着終えた京哉はタオルを髪に巻き付けたまま、霧島の包帯を丁寧に解く。

「傷、ちゃんと流して、でも擦らないで下さいね」
「分かった。ポンプ、頼む」

 洗い終えて出てきた霧島の傷に触れないよう京哉はそっとタオルで黒髪を拭った。

「診療所に帰ったら消毒しますから。教わったから大丈夫、任せて下さい」

 ゆっくりと星空を愉しみながら診療所まで歩く。帰り着くと自家発電の明かりを灯し、傷の手当てだ。消毒をするとガーゼを当て、包帯を丁寧に巻く。

 そうして処置が終わると、その上から京哉はそっと唇を押し当てた。途端に霧島は心の中で何かがパチンと弾けたような気がして京哉を固く抱き竦めていた。
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