Hope Maker[ホープメーカー]~Barter.12~

志賀雅基

文字の大きさ
27 / 43

第27話

しおりを挟む
《そこまでだ、全員銃を床に置け!》

 ハウリングするスピーカーから流れたのはエリックの声だった。

 ざわめきがそれだけで水を打ったように静まる。一瞬後には銃を手にした者たちがそれをそっと地に置いた。懐や腰に吊っていただけの者までが銃を手放すのを見て、霧島と京哉は周囲を確認してから慎重に声に従う。

 すぐにでも銃を拾える態勢で身構えているとエリックが現れた。
 皆と食事中だったらしいエリックは霧島たちに近づくと怪我人に眉をひそめた。

「カルマン、ダルトリー、こいつら全員医務室へ運んでニックス先生を叩き起こせ。医療班も緊急招集しろ。霧島、鳴海、自分の銃を拾ってこっちに来い」

 二人はエリックに続いて食堂から外に出る。夕暮れの中を十分も歩いて本部らしき建物に入った。階段を上がってつれてこられたのは二階の部屋だ。エリックがドアロックを解いて足を踏み入れた室内は質素ながら応接室めいた造りになっていた。

 エリックがソファに座ったのを見て二人も向かいに並んで腰掛ける。

「大した腕だな、何者だ?」
「見ての通りだが」
「惜しいな。しかしこのままあんたたちを置いておく訳にはいかなくなった」
「今更着替えても無駄だろうな」
「俺が迂闊だった。あんたたち二人と同志数十名を引き替えにはできない」

 せめて階級章だけでも外しておくべきだったが今更だ。

「ならばどうする、私たちが自分で七百ドル払えば無罪放免か?」

 鋭く言った霧島にエリックは首を横に振りながら薄く笑った。

「こんな所で放り出しても、あんたたちの方が困るだろう。そこでだ、明日早朝に取引先の駐屯地に行くヘリがあるのでそれに乗って貰う。異存はあるか?」
「今度は軍に売るのか?」
「そういうことだ。だがあんたたちにとっても悪くない話だと思うが」

「確かにな。行き先は?」
「第三十三駐屯地だ。今晩はここを貸す。不満はあるだろうが、最低限でもキィロックの掛かる部屋でないとこっちの犠牲者が増えそうだからな」
「実質、軟禁か」
「すまんが我慢してくれ」

 九名もの重傷者を出し溜息をつくエリックに、霧島の通訳で京哉が訊いた。

「エリックはヴィクトル人民解放戦線ではどういう位置にいるんですか?」
「俺か? 指導者が先月KIAでな。今は三人で分担してまとめている」
「その一人なんですね。全部で何人くらいいるんでしょうか?」
「これから正規軍に戻るあんたたちには教えられない」
「あ、それもそうか。そう言えば、ここでは戦闘薬なんて使ってるんですか?」

 いきなり話が飛んでエリックは目を瞬かせながらも答えてくれる。

「まあ、入った時には使うこともあるが」
「何処から……って訊くのもナシですよね?」
「別にそれくらい構わない。この国で戦闘薬、いや、それも含めて製薬会社といえばハスデヤにあるアルペンハイム製薬と相場が決まっているからな。唯一の産業めいた産業だ」

「ハスデヤって第二の国際空港のある所でしたよね? ふうん、そこの製薬会社から買ってるんだ。それと忍さんの傷の消毒くらいはして欲しいんですけど」
「あとで医者を寄越す。頼むからここを出ないでくれ」
「そっちこそ、ドアにRPGだの無反動砲だのをぶち込ませるなよ」

 頷くと忙しい男は部屋を出て行った。ドアは外からロックされる。

「うーんと、こっちにミニキッチンと、こっちがトイレと洗面所かあ。シャワーもなしはつらいなあ、オイル臭い上に返り血まで浴びちゃったのに」
「返り血の予測もできた筈なのに、見境なく撃ってしまった。悪かったな」
「貴方が納得してのことなら構いませんが……」

「心配するな。後悔するような撃ち方はしていない」
「確かに全てジャスティスショットでしたけれど」

 まだ心配ではあったが年上の愛し人の精神が強靭且つ非常に安定したものだというのは付き合いの深さで知っている。腕も最上級で信頼できた。それ以上追求せず話を変える。

「ところで第三十三駐屯地ってどの辺りでしたっけ?」
「地図上では第二十七駐屯地から百キロも離れていない」
「へえ、じゃあ巡り巡っていい位置に辿り着いたみたいですね」
「ああ。アラキバの空港までも七十キロ程度、ヘリをかっぱらえば二十分弱だぞ」
「また司法警察職員とは思えない科白を。最近言葉も乱れてますよ、忍さん」

 たしなめつつ制服のジャケットを脱いだ京哉はミニキッチンの布巾を濡らし、絞っては食堂で浴びた返り血を拭き取り始めた。何度も絞って髪を丁寧に拭う。

 気が済むとミニキッチンを見渡し、インスタントコーヒーの瓶を発見して、やかんで湯を沸かした。ふちの欠けたカップで二人分のコーヒーを淹れるとソファに落ち着く。そうして京哉はようやく食後の一服にありついた。

「それにしてもバルドール国軍同士でドンパチかと思えば、テロリスト集団が軍と繋がっている。カールもトリシャも私たちが売られることはおそらく知っていた筈だ。全くあの女将といい、何を信用すればいいのかこの国はさっぱり分からんな」
「信用すると馬鹿を見る、それこそ女将の言った通りかも知れませんね」

 そこでノックが聞こえてドアが開いた。向けられたふたつの銃口を見て白衣の男が黒い鞄を取り落とし、両手を挙げる。小男の医者は手早く霧島のこめかみと腕の傷を消毒し、包帯ではなく防水ガーゼを貼り付けて出て行った。

「軽くなったな」
「他人事みたいに言ってないで、無理しないで下さい。ほら、この薬も飲んで」

 京哉が汲んできたグラスの水で抗生物質を嚥下し、霧島はソファに寝転がる。

「あっ、この薬のシートにもアルペンハイム製薬って書いてありますよ」
「そうか。私は寝る。二百ドルの私は寝るぞ」
「本当にネチこい土鍋性格ですよね、忍さんって。いいですよ、おやすみなさい」
「明日こそは五百ドル以上で買わせてやるからな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

処理中です...