Hope Maker[ホープメーカー]~Barter.12~

志賀雅基

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第28話

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 霧島の宣言とは裏腹に第三十三駐屯地で二人は卵にミルク、小麦粉と交換された。

「ふざけるな、私たちはパンケーキではないぞ!」
「騒がないで落ち着いて下さい、忍さん」

 本部庁舎の廊下を幕僚のあとについて歩きながら喚く霧島を京哉は宥める。自分たちの立場を解放された捕虜だと読んだ京哉としては、できるだけそれらしく萎れていた方が第二十七駐屯地に帰して貰えそうに思えたのだ。

 レイが言っていた駐屯地医務室を探らねば、いつまで経っても日本に還れない。

 三階の駐屯地司令室の前で幕僚が足を止め、割と立派なドアをノックし声を発した。

「バレット大尉、以下三名、入ります」

 ドアから霧島と京哉が入室すると、いきなり大仰な声が上がる。

「いやあ、大変な目に遭ったね。座りたまえ。第三駐屯地情報科の、ええと?」
「シノブ=キリシマ中尉です」
「キョウヤ=ナルミ中尉です」
「そうか、キリシマ中尉とナルミ中尉か。わたしはジョサイア=ゼフォン大佐だ」

 いやに愛想のいい駐屯地司令は二人に応接セットのソファを勧め、副官のバレット大尉に香ばしいコーヒーをソーサー付きで持ってこさせた。その間も司令の舌はよく回る。

「全く、二十七駐屯地の連中も捜索・救助を怠るとは薄情なものだ。キリシマ中尉はあとで医務室に案内させよう。ちゃんとした医療措置も受けてはいまい」
「それはどうも」
「部屋も用意させる。安心して療養に励んでくれたまえ」

 なるほど、これは国軍の中でも中央に近い第三駐屯地の情報科という肩書きが効き過ぎたと二人は察した。テロリスト集団との癒着を内部から知られたのだ。行状を中央に報告される前に恩を売り、その上で軟禁状態にして早々にお引き取り下さいという訳だ。

 だがそれでは要件が片づかない。それに元の第三駐屯地云々は大嘘である。

「あのう、二十七駐屯地には帰して貰えるんでしょうか?」
「戻る必要はない。既にきみたちはこの三十三駐屯地に編入済み、わたしの隷下だ」
「そうですか……」
「体調が戻り次第、第三駐屯地へ送らせる。そうそう、今朝から爆撃中隊が二十七に向けて飛び立っているのだ。きみたちの恨みは晴らしてやれそうだよ、はっはっは」
「……左様で」

 どうもこの国の人間はズレている。ずれて一周回っている感じだ。大体、卵とミルクと小麦粉で自分たちを買い付けたことからして気に食わない霧島だった。

 冷めかけたコーヒーを一息で飲み干して霧島は司令に申し出る。

「傷が痛むので医務室に行きたいのですが配置図を頂けますか?」
「おお、それはいかんな。案内させよう」
「配置図で結構です。結構です、と申し上げました」

 若造を丸め込むのは簡単だとタカを括っていたらしいジョサイア=ゼフォン駐屯地司令は霧島の威圧感に退く。ソファに座ったまま仰け反ってカクカクと頷いた。

「そ、そうか。ではすぐに配置図を用意させよう。部屋のキィも渡すので、ゆっくり静養してくれたまえ。バレット大尉、配置図と幹部用兵舎の部屋のキィだ!」

 気の毒な副官殿が駆け回ってくれて、十分ほど待っただけで目的物が渡された。

「有難うございます、では失礼します」

 霧島は京哉と共にとっとと退室する。駐屯地司令室から出るとコピーされた駐屯地内の配置図を眺めて医務室の在処を確かめた。医務室は独立した建物で兵舎の隣にあった。すたすたと階段を降りると外に出て医務室に向かう。

「本当に医務室に行くんですか? 傷、痛みます?」
「いや、カールはいい仕事をしてくれた。だが考えても見ろ、第二十七駐屯地の医務室で戦闘薬が山積みされていて、ここで山積みされていない訳があるか?」

「あっ、そうか。ここも潤ってるみたいですもんね、コーヒーは美味しかったし」
「せっかく浮いた身分になれたのだから、ここで探らない手はないだろう」
「やっぱり普段企む側の人間は目の付け所が違いますよね」

 右腕に抱きついた京哉を霧島は振り払う。京哉は気付いて謝った。

「すみません、利き腕でした。それに言っていい事実と拙い事実がありますよね」
「利き腕の阻害も失敬もこの際、許す。だが懐くな、煽るな。仕事にならなくなる」

 どうやら発情期続行中らしい霧島に、それでも京哉はそっと寄り添う。

 医務室のドアはカラカラとスライドさせる引き戸だった。一応は怪我人でもあるので遠慮なく開けて中に踏み込む。すると室内では回転椅子に腰掛けた白衣の男が鼻毛を引っこ抜いていた。何でこうも汚い軍医ばかりなんだろうと霧島は首を捻った。

「シノブ=キリシマ中尉か。司令から今連絡がきたんだが……何だ、元気そうだな」
「ああ、お蔭さまでな」
「一応、診て貰えますか。消毒だけでもして欲しいんですけど」

 有無を言わさず京哉は霧島を患者用の丸椅子に座らせる。

「ええと……?」
「マリク=フォーサイスだ。そんなに偉かねぇんでな、マリクでいい」

 階級章は少佐、だがその物言いと聞き覚えのある名に京哉は相手を凝視した。

「まさかレイ=フォーサイス少佐とは?」
「何だ、兄貴を知ってるのか」
「それじゃあ敵同士じゃないですか」
「アレは捻り潰しても死なんさ。それより何だ。傷は綺麗なもんじゃねぇかい」

 霧島が傷を消毒されている間に京哉は医務室内を堂々と物色し始める。特に箱の類は見落とすことなく、ひとつひとつ開けて中身を確かめた。

 ガーゼを貼り直して処置を終えると、やっとマリクは京哉に目を振り向ける。

「おい、ナルミ中尉とかいったな、何をしてるんだ?」
「探し物です。戦闘薬って何処ですか?」
「お前さん、ジャンキーなのか?」
「違いますよ。溜め込んで悪さしてないか、チェックしてるんです」
「在庫はその棚の下に一箱だけだ、補給幹部が今朝全部持って行きやがったからな」

 そこで通訳していた霧島が灰色の目を煌めかせてマリクをじっと見た。

「普通に兵士に支給している訳ではないな。あんたも一枚噛んでるだろう?」
「言っておくが、兄貴のレイも俺たちの仲間だからな。上手く騙されただろう?」

 それは思ってもみなかった。二人は顔を見合わせて溜息をつく。

「全く、この国は何がどうなっているんだ?」
「まあ、頑張って探り出すんだな。治療は終わりだ、出て行け」
「鼻毛を抜いて長さを比べるヒマがあったら、話くらいはいいんじゃないのか?」
「比べているのは太さだ。時々枝毛やスパイラルになってて面白いぞ」
「そんな世界一どうでもいい情報が欲しい訳ではないのだがな」

「ふん。戦闘薬の出所を嗅ぎ回るお前さんらは東洋人、この国の人間じゃねぇだろうが。先進国なんて楽園の方舟から来た奴らにあっさりウタって堪るかい。スパイならスパイらしくスパイして探り出せばいいだろう。おっ、客がきたから出てけ」

 若い下士官が喧嘩でもしたのか、鼻血を流して入ってくるのと入れ違いに二人は外に追い出された。目の前で引き戸がカラカラ、ピシャンと閉じられる。

「うーん、残念賞」
「だがウタったも同然、横流しは認めた。収穫だぞ」
「でも詳細は不明、これだけで柏仁会との関係を立証するに決め手には欠けますね」
「マリクは簡単に吐きそうにない。あとは補給幹部とやらを叩くしかないな」
「じゃあここの人員配置図を手に入れなきゃ。また司令室経由でバレット大尉です」

 再び現れた闖入者に対し、またジョサイア=ゼフォン司令は過剰なまでの親切心を発揮してくれた。お蔭で難なく人員配置図を手に入れることができた。
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