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第32話
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空港メイン施設であるプレハブ近くに駐めた爆撃ヘリ一九一八号機の前で、霧島と京哉はポケットから出した略帽を被り、オスカーとリッキーの二人と相互に敬礼して別れた。
既に雨は上がり、雲間から目を射るような陽光が四人に降り注いでいた。
「鳴海、霧島。どうかお二人とも、お元気で」
「あんたらも飲み過ぎるなよ」
ここで京哉はオスカーから自分のナップサックを渡されて満面の笑みを浮かべる。
プレハブの階段を上がり、二階にいた男から第二空港であるハスデヤ行きのチケットを二人は買った。シャトル便というほどの数は出ていなかったが、タイミングよく二十分後に出航する小型機のシートをリザーブすることができた。
出航十五分前になって係の男から声が掛かり、他の客たちと共に階段を降りてすぐ近くに駐機されていた小型機に乗り込む。まばらにシートに腰掛けているのは制服軍人が三人と、こんな所にはそぐわないビジネススーツを着た眼鏡男二人組の五人だけだった。
「ハスデヤまでは二時間半らしいです」
「昼寝には丁度いい時間だな」
心身共に疲れ切ってしまった二人はシートに凭れてすぐに眠ってしまう。テイクオフしたのも記憶に残らず、まばたき一回でもうハスデヤ空港に着いていた。
他の乗客に続きタラップを降りてみるとアラキバ空港と同じく滑走路以外は黄色い砂礫の地面が広がっているばかりだった。自前の足でターミナル施設まで歩く。
だがターミナル施設に関してはアラキバよりまともだった。
百五十メートルほど離れて見上げたそれは割と新しい三階建てで……と霧島と京哉が思い眺めていると三階の角がいきなり爆発し建材を四散させた。次々と建物を砲弾が直撃する。綺麗に二階建ての屋根なしになるまで数分と掛からなかった。
「熱い歓迎だな」
「熱すぎやしませんか?」
更なる爆発音に振り向くと、先程まで自分たちが乗っていた小型機が傾いていた。外殻に大穴ができ黒煙を吐いている。霧島と京哉は大した感慨もなくそれを眺めた。
「少し時間がずれたら危なかったかも……って、もう麻痺しちゃいそうですよね」
「こうしていること自体、麻痺しているんだと思うがな」
まだ降りていなかった乗員や眼鏡男二人組は無事らしく、しかし衣服を焦がし髪をチリチリにしてタラップだった空間から這い出てくるのが確認できる。
他国人めいたビジネススーツの眼鏡二人は武器弾薬か、それこそ戦闘薬の商談にでもきたのかも知れない、などと霧島は勝手に想像を膨らませ、ふいに飽きて京哉に訊いた。
「それで、まずはどうするんだ?」
「僕に丸投げされても困るんですけど。地図もみんな英語表記だし」
仕方なく霧島は携帯にダウンロードしてあったマップを自力で表示して眺める。
「ここが現在地で、こっちが第四十二駐屯地だ」
「ここからあんまり離れていませんね」
基本的に怠惰な性質の霧島は大欠伸をかましつつ京哉につまらなそうに言った。
「ふん。一応訊いてやる。何キロ離れているんだ?」
「北西に四十キロ弱です。アルペンハイム製薬はそこから約十五キロ、一番近いコンテストエリアの街にありますね。……はいはい、分かっています、言いたいことは」
取り敢えず空港から出ることにして同意した霧島も歩き出す。ターミナル施設の中をトンネルのように抜けると風向きが変わり、爆発後の焦げ臭い空気に顔をしかめて呼吸しながらベンチを見つけて腰を下ろした。京哉も頽れるように座り込む。
「何とかして四十キロをゼロにしなければならんな」
「何か捕まえないと。お腹も空いちゃったし」
だが目前にはお馴染みの黄色い砂礫の大地が広がっているばかりだ。遠くに小さな集落が幾つか見えるがあそこまで歩くのかと二人は内心うんざりする。それでもネガティヴな発言はなるべく避けた。二人とも疲れきって本気でキレそうだったからだ。
そこに制服男が近づいてきた。長身の赤毛は小型機に乗っていた男だ。
「あんたら、何処まで行くんだ?」
正直に告げて敵対駐屯地の人間だったらどうしようと京哉は思ったが、そのときは撃ち殺せばいいかとぼんやり考え、長身男の茶色い目を見上げ片言英語で答える。
「第四十二駐屯地までですが」
「ほう、よそから赴任とは珍しいな。俺も第四十二駐屯地に帰るところだ」
「どうやって帰るんですか?」
「もうすぐ車が迎えに来る筈なんだが……ほら、あれだ」
なるほど、砂塵を巻き上げて近づいてくる軍用車両が見えた。
「一緒に乗せて貰ってもいいですか?」
「おう、勿論だ。俺はニコル=エッカート中尉、補給幹部をやっている」
ここで補給とは思ってもみない、二重にラッキィな偶然だった。
「僕らも中尉でキョウヤ=ナルミとシノブ=キリシマ、補給中隊に配属予定です」
「新入りか。補給に士官が二人とはな。この前KIAになった第二補給の後釜か」
「貴方は第二補給じゃないんですね?」
「俺は第一補給中隊だ。ニコルと呼んでくれ」
「じゃあ、僕らも鳴海と霧島で」
話しているうちに黄色っぽい迷彩塗装を施された軍用車両が三人の前で停止した。
「おっ、ナイジェルが着いたぞ。さあ、乗ってくれ」
ニコルは助手席、霧島と京哉は後席に収まる。軍用車両はすぐに発車した。
「こいつはナイジェル=リード軍曹だ。ナイジェル、この二人は第二補給に着任する鳴海中尉と霧島中尉だ。大した美人二人だが、士官に手を出すんじゃないぞ」
「どうも、お世話になります」
頭を下げつつ言った京哉の声で運転席からナイジェルが振り向く。ニッと笑ったナイジェルの前歯は真っ黒で殆ど溶けていた。その口でヒュウッと口笛を吹く。
「こりゃまたマジですげぇ美人が二人、目の保養だぜ!」
「おい、口の利き方に気を付けろ。それにお前、またクスリをキメてるだろう?」
「薬じゃないっすよ」
「塗料かシンナーでも吸ったか。止めておけって何度言えば分かるんだ」
「今日はそんなにやっちゃいませんぜ」
振り向いたままの瞳孔は開き気味で霧島と京哉は、やや退く。とんだジャンキーの出迎えだが、これがなければ歩いていたのだと思うと文句は言えない。
既に雨は上がり、雲間から目を射るような陽光が四人に降り注いでいた。
「鳴海、霧島。どうかお二人とも、お元気で」
「あんたらも飲み過ぎるなよ」
ここで京哉はオスカーから自分のナップサックを渡されて満面の笑みを浮かべる。
プレハブの階段を上がり、二階にいた男から第二空港であるハスデヤ行きのチケットを二人は買った。シャトル便というほどの数は出ていなかったが、タイミングよく二十分後に出航する小型機のシートをリザーブすることができた。
出航十五分前になって係の男から声が掛かり、他の客たちと共に階段を降りてすぐ近くに駐機されていた小型機に乗り込む。まばらにシートに腰掛けているのは制服軍人が三人と、こんな所にはそぐわないビジネススーツを着た眼鏡男二人組の五人だけだった。
「ハスデヤまでは二時間半らしいです」
「昼寝には丁度いい時間だな」
心身共に疲れ切ってしまった二人はシートに凭れてすぐに眠ってしまう。テイクオフしたのも記憶に残らず、まばたき一回でもうハスデヤ空港に着いていた。
他の乗客に続きタラップを降りてみるとアラキバ空港と同じく滑走路以外は黄色い砂礫の地面が広がっているばかりだった。自前の足でターミナル施設まで歩く。
だがターミナル施設に関してはアラキバよりまともだった。
百五十メートルほど離れて見上げたそれは割と新しい三階建てで……と霧島と京哉が思い眺めていると三階の角がいきなり爆発し建材を四散させた。次々と建物を砲弾が直撃する。綺麗に二階建ての屋根なしになるまで数分と掛からなかった。
「熱い歓迎だな」
「熱すぎやしませんか?」
更なる爆発音に振り向くと、先程まで自分たちが乗っていた小型機が傾いていた。外殻に大穴ができ黒煙を吐いている。霧島と京哉は大した感慨もなくそれを眺めた。
「少し時間がずれたら危なかったかも……って、もう麻痺しちゃいそうですよね」
「こうしていること自体、麻痺しているんだと思うがな」
まだ降りていなかった乗員や眼鏡男二人組は無事らしく、しかし衣服を焦がし髪をチリチリにしてタラップだった空間から這い出てくるのが確認できる。
他国人めいたビジネススーツの眼鏡二人は武器弾薬か、それこそ戦闘薬の商談にでもきたのかも知れない、などと霧島は勝手に想像を膨らませ、ふいに飽きて京哉に訊いた。
「それで、まずはどうするんだ?」
「僕に丸投げされても困るんですけど。地図もみんな英語表記だし」
仕方なく霧島は携帯にダウンロードしてあったマップを自力で表示して眺める。
「ここが現在地で、こっちが第四十二駐屯地だ」
「ここからあんまり離れていませんね」
基本的に怠惰な性質の霧島は大欠伸をかましつつ京哉につまらなそうに言った。
「ふん。一応訊いてやる。何キロ離れているんだ?」
「北西に四十キロ弱です。アルペンハイム製薬はそこから約十五キロ、一番近いコンテストエリアの街にありますね。……はいはい、分かっています、言いたいことは」
取り敢えず空港から出ることにして同意した霧島も歩き出す。ターミナル施設の中をトンネルのように抜けると風向きが変わり、爆発後の焦げ臭い空気に顔をしかめて呼吸しながらベンチを見つけて腰を下ろした。京哉も頽れるように座り込む。
「何とかして四十キロをゼロにしなければならんな」
「何か捕まえないと。お腹も空いちゃったし」
だが目前にはお馴染みの黄色い砂礫の大地が広がっているばかりだ。遠くに小さな集落が幾つか見えるがあそこまで歩くのかと二人は内心うんざりする。それでもネガティヴな発言はなるべく避けた。二人とも疲れきって本気でキレそうだったからだ。
そこに制服男が近づいてきた。長身の赤毛は小型機に乗っていた男だ。
「あんたら、何処まで行くんだ?」
正直に告げて敵対駐屯地の人間だったらどうしようと京哉は思ったが、そのときは撃ち殺せばいいかとぼんやり考え、長身男の茶色い目を見上げ片言英語で答える。
「第四十二駐屯地までですが」
「ほう、よそから赴任とは珍しいな。俺も第四十二駐屯地に帰るところだ」
「どうやって帰るんですか?」
「もうすぐ車が迎えに来る筈なんだが……ほら、あれだ」
なるほど、砂塵を巻き上げて近づいてくる軍用車両が見えた。
「一緒に乗せて貰ってもいいですか?」
「おう、勿論だ。俺はニコル=エッカート中尉、補給幹部をやっている」
ここで補給とは思ってもみない、二重にラッキィな偶然だった。
「僕らも中尉でキョウヤ=ナルミとシノブ=キリシマ、補給中隊に配属予定です」
「新入りか。補給に士官が二人とはな。この前KIAになった第二補給の後釜か」
「貴方は第二補給じゃないんですね?」
「俺は第一補給中隊だ。ニコルと呼んでくれ」
「じゃあ、僕らも鳴海と霧島で」
話しているうちに黄色っぽい迷彩塗装を施された軍用車両が三人の前で停止した。
「おっ、ナイジェルが着いたぞ。さあ、乗ってくれ」
ニコルは助手席、霧島と京哉は後席に収まる。軍用車両はすぐに発車した。
「こいつはナイジェル=リード軍曹だ。ナイジェル、この二人は第二補給に着任する鳴海中尉と霧島中尉だ。大した美人二人だが、士官に手を出すんじゃないぞ」
「どうも、お世話になります」
頭を下げつつ言った京哉の声で運転席からナイジェルが振り向く。ニッと笑ったナイジェルの前歯は真っ黒で殆ど溶けていた。その口でヒュウッと口笛を吹く。
「こりゃまたマジですげぇ美人が二人、目の保養だぜ!」
「おい、口の利き方に気を付けろ。それにお前、またクスリをキメてるだろう?」
「薬じゃないっすよ」
「塗料かシンナーでも吸ったか。止めておけって何度言えば分かるんだ」
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