Hope Maker[ホープメーカー]~Barter.12~

志賀雅基

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第33話

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「補給中隊の構成はどうなっているんだ?」
「第一と第二。随分定数割れしてるからな、それぞれ八十名くらいだ。第四十二駐屯地は元々補給処になってて、近隣の駐屯地に物資補給してる」
「この辺りでは駐屯地同士の戦闘はないのか?」

「まあ、敵対駐屯地もないではないんだが、反体制グループが多いせいもあって、それどころじゃないっていうのが本音だな。補給処ってことでこっちから仕掛ける戦闘は殆どない。近場同士で物資や人員の交換を主にやっている」

 KIAがいた以上、全く戦闘がない訳ではないだろうが出撃がないのは大歓迎だ。

「ところで補給幹部のあんたがアラキバに何の用があったんだ?」
「休暇で、ちょっとな。あんたらは何処にいたんだ?」
「あちこち流されて前は第三十三駐屯地にいた。たった半日だがな」
「三十三はやられたらしいな。様子はどうだ?」
「ほぼ壊滅だ」
「そうか。全く、やってくれるよな」

 そこから暫く黙って揺られ続けた。やがて灌木の茂みや、カールやトリシャたちが暮らしていたような村々を横目に通り過ぎ、少し大きめの集落からほど近い場所で軍用車両は減速する。第四十二駐屯地に着いたようだ。付近には珍しく小さな森が点在している。

 軍用車両は裏門から入り、一旦補給倉庫で停止してニコルだけが降りた。

「ナイジェル、本部庁舎まで二人を送ってこい」
「へへ、美人とランデブー、いいっすよ」

 正気の第三者にはまだ乗っていて欲しい気がしたが、仕方ない。相変わらずステアリングを握ったまま振り返るジャンキーに見つめられる居心地の悪さも、数分の我慢である。

 何処も似たような三階建ての本部庁舎前で降ろして貰い、二人は階段を上った。駐屯地司令室の隣にある副官室に顔を出し、取り次いで貰う。副官から了解を貰うと二人ともポケットから出した略帽を被った。霧島が司令室のドアをノックする。

「シノブ=キリシマ中尉、入ります」
「キョウヤ=ナルミ中尉、入ります」

 応答を待ってドアを開け、二人はしずしずと歩いてデスクに就いた部屋の主の前に立った。司令が立ち上がる。いつもと同じく霧島が代表して号令を掛けた。

「敬礼。申告します。シノブ=キリシマ中尉以下二名は、本日付けで第四十二駐屯地補給第二中隊に配属を命ぜられました。敬礼」

 答礼した駐屯地司令は淋しい髪を撫でつけながら、訝しげな目を二人に向けた。

「第二補給中隊の幹部補填要請をしていたのは確かだが、いやに早いな」
「そうですか?」
「それに二人同時だとは聞いていない」
「しかし辞令が下りたので閣下の許に参った次第ですが?」
「その辞令はどうしたんだね? 回ってきてはおらんが」

「前赴任地の三十三駐屯地が本日午前爆撃を受け、辞令は灰燼に帰しました」
「ふむ、そうだったか。しかしきみたちのその制服の兵科章は情報科、それもかなり中央寄りのものじゃないか。そんなエリート士官が、言っては何だが活躍しどころのない補給処にやってくるとは、何か理由でもあるのかね?」
「お聞きになりたいですか、本当に?」

 低くドスの利いたスパイの問いに、駐屯地司令は僅かに身を仰け反らせる。

「う、あ、いや。まあいいだろう」

 先人と同じく駐屯地司令はもう二人と関わり合いたくなさそうだった。デスクに就いて書類を眺めだす。二人は踵を返してそそくさと駐屯地司令室を辞した。そのまま本部庁舎一階の業務隊に立ち寄って、兵舎の部屋のキィと駐屯地の配置図を分捕る。

「ここも今までと同じ、課業開始が〇八三〇マルハチサンマルで課業終わりが一七三〇ヒトナナサンマルですよ」
「機捜とも同じか。あと十五分で終わりだな。ふあーあ」
「そんなに眠いなら先に部屋に行きますか?」
「いや、腹が減った。飯を食いに行こう」

 食堂は二棟ある三階建て兵舎の前に建っていた。巨大な平屋で課業の終了と共にドアが開くのだろう、兵士たちが既に列を作っている。
 入り口が士官用と下士官以下用に分かれているのはよそと同じだ。だがここの兵士たちは出撃がないからか、よそと比べて割と暢気に見える。

 砲弾が直撃した自分を想像しつつ飯を食わなくていいのは良いことだ。
 まもなくバルドール国軍歌が放送で流れ、課業終了を告げた。

 士官食堂でプレートを受け取りトレイに並べて二人は並んで席に着く。食堂内は盛況だった。フォークを手にプレート上のものを眺めて京哉は一言述べる。

「結構ここも潤ってるみたいですね」

 例えるなら焼肉定食といったメニューは、第五〇二爆撃中隊の次くらいの内容だ。

「頂きまーす」
「頂きます。おっ、なかなか旨いな。お前流に言えば『弱い軍隊』ということか?」
「弱くたって僕らには関係ないから、美味しい方が有難いですよ」
「で、さっさと帰るにはここで爆弾を掠め取らなければならない訳だな?」

「掠め取れても、僕はそんなもの扱ったことがないですし。忍さんは?」
「ある訳ないだろう。一度だけ爆弾魔の腹から引き剥がしたことがあるくらいだ」
「うーん、どうしましょうね?」

 京哉の質問は宙に浮いたまま、霧島は聞こえなかったかの如くプレートをさらえる作業に熱中しているふりだ。お蔭で五分ほどで全てを食い尽くしてしまう。

 食事を終えると食堂の隅にあった小さな売店で着替えなどの買い物をし、配置図に従って自室に向かった。三階建て兵舎の階段を一番上まで上る。もう京哉も妙な予言を口にしない。疲労を溜めた躰で二人は長い廊下をずるずると歩いた。

「結構、運動になるな」
「三〇七号室、ここですよ」

 士官の部屋は全て二人部屋で、ここも二段ベッドとデスクにチェア、ロッカーにトイレと洗面所しかない。シャワールームや洗濯乾燥機は共用だ。

 買ってきたTシャツと下着、戦闘ズボンに着替えた二人は銃を吊り直すと、制服にくっついた徽章類を外す。いい加減に洗濯しないと今朝の雨と泥に爆撃の瓦礫で埃だらけだ。

 廊下に出ると共用スペースに向かう。洗濯乾燥機に制服やワイシャツにタイや下着まで押し込んでスイッチを入れた。こんなものを洗濯していいのか分からないが、埃だらけで着られないか、クリーニングに失敗して着られないかの違いである。

 次にシャワールームで熱いシャワーを浴びた。泡と共に疲れも流して積んであったバスタオルで身を拭うと、すっきりして溜息が出た。二人とも服を着て忘れずまた銃を吊る。

 洗濯乾燥機が止まるのを待ち、まだ温かい服を抱えて部屋に戻った。廊下の隅にあった灰皿をひとつ持ち込んで京哉はようやく一服である。その間に霧島が制服を点検したが、洗濯作戦は成功し、型崩れもしていなかった。

 煙草を消した京哉が丁寧に二着の制服に徽章類を着け直してロッカーに収める。

「まずはアルペンハイム製薬の下見をしなきゃ、話にならないですよね」
「どうやってだ?」

 返す刀で訊いてきたバディに京哉は少々ムッとした。本気になったら人間離れした超絶計算能力を発揮するクセに今回の任務も自分から受けておいて、とっくに飽き飽きしうんざりして京哉に丸投げしている。

 それでも第三十三駐屯地の惨状を目にした人間の普通の反応なのかもしれないと思い、京哉は窘めるに留まった。

「今からそれを考えるんでしょう。他人事じゃなくて忍さんも考えて下さい」
「軍より先にそちらを回れば良かったか。配属されて即、休暇は拙い気がするな」
「ニコルにアルペンハイム製薬に寄り道を頼む理由がありませんでしたしねえ」

「確かに無理があったな。それに幾ら下見をしても製薬会社の工場全てを吹き飛ばすほどの爆弾など私たちには扱えん。無茶振りもいいところだぞ」
「ですよね。軍のオペレーション並み」
「それこそバルドール国軍にやらせればいい」

「国軍ですか。でもここの国軍が先進諸国の言いなりになる訳がないし、見返りを要求されるのは目に見えてるし。忍さん、ジャンキー犯罪を止めたいんならアルペンハイムの工場くらい、とっとと吹き飛ばして下さい。もう僕早く帰りたいですよ」

「私だって帰りたい。だが元はと言えば本部長の後出しジャンケンだったが、密輸戦闘薬による犯罪者問題は既に日本国内だけでなく先進諸国でも増加の一途を辿っていると見て間違いない。しかし国連のエージェントを派遣するにはコストが掛かる。そこで我々だ」

「ふざけてますよね、僕らは特殊部隊員じゃないのに。これじゃ帰れないよーっ!」
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