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第35話
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「知ってたのか?」
「カマを掛けただけなのだがな」
「やられた」
苦い顔でニコルはビールを飲み、
「日本は常任理事国ではないにしろ、それら大国の手先。まさか国連代表として俺たちを挙げに来たっていうのか?」
警戒して声を固くしたニコルに霧島は首を横に振ってみせた。
「それは違う。だがあんたらは戦闘薬の他国への横流しに噛んでいるんだろう?」
「そっちの方か。残念ながらルートは駐屯地司令以下、補給中隊長のグループに奪われちまって、お手上げ状態だ。それも桁違いの量の戦闘薬で荒稼ぎしてやがる」
「ここもか?」
「その相談で昨日はイーサンに会いに行ったんだが、会えず終いでな」
「イーサン=ハーベイは死んだ。私たちの目前で部下を庇ってな」
すうっと反先進諸国武装戦線の三人が息を吸い込んだ。
「アラキバ第一支部長に捧げて乾杯だ」
暫くは誰もが黙って、ナッツやクラッカーを肴にビールを飲む。
ウォッカに切り替えたグラスを手にして霧島は身を乗り出した。
「まるきりルートを奪われたのか?」
「ああ。他の駐屯地を始めハスデヤ防衛同盟やヴィクトル人民解放戦線その他、あらゆる反体制組織からも戦闘薬の余剰を吸い上げて先進諸国のマフィアに送っている」
「それを潰したくはないか?」
唐突な霧島の持ち掛けに三人の反体制グループ員は怪訝な顔をする。
暫し考えてからニコルがゆっくりと口を開いた。
「それが狙いだったのか。だが横流しはここだけじゃない、何処だってやっている。全部潰すのは無理だ。あんたらが思っている以上にルートは枝葉を伸ばしてる」
「ルートは無理だろう、だが供給元ならやれる。あんたらの協力があればな」
「アルペンハイム製薬を潰すっていうのか?」
「私たちの狙いは工場の爆破だ」
それを聞いてスティードが唸るように声を上げた。
「ここで唯一の産業であるあそこをか? 話にならんな。この何もないバルドールでどれだけの人間があの存在に救われているか承知で言っているのか? ふざけるな」
「ふざけてはいない。潰すのは戦闘薬の工場だけだ」
せめて薄めようとウォッカをオレンジジュースで割りスクリュードライバーを飲んでいた京哉が霧島をつつく。勝手な任務変更に柳眉をひそめ日本語で文句を垂れた。
「拝命した特別任務は【全工場を爆破】ですよ。逆を言えば戦闘薬の工場だけ上手く爆破なんて方が無理じゃないですか?」
「結果として戦闘薬の流出を食い止めればいいだけだろう。爆弾を扱い慣れていない私たちに全工場破壊は無理だった、それでいいんじゃないのか?」
「実際問題、僕らだけじゃ無理なんですけど……うーん」
「上手く戦闘薬の工場のみを爆破するには小型機を爆破したニコルの協力が要る」
「まあ、それも確かですよね」
ニコルたちに向き直った霧島は真剣に口説き始める。彼らをここで説得できなければ次の人材を探すのに何ヶ月、いや、何年かかるか分からないのだ。
「ということで、どうだ? このままずっと一部の奴らが私腹を肥やすのをあんたらは黙って見ているつもりか? 城のような立派な兵舎が建ったら満足なのか?」
金髪のルーカスが意外にもウォッカを一息でグラス半分飲み干して訊く。
「では、協力した場合のわたしたちのメリットは?」
「思想グループが実利を要求するのか?」
「当たり前だろう」
大男のスティードは不満げに唸った。
「俺たちは反先進諸国武装戦線だぞ。ただで日本国やその他の先進諸国のために働くとでも思っているのか?」
「戦闘薬で肥え太っているのはアルペンハイム製薬も同じではないのか、それを叩くのはあんたらの理念に反することなのか?」
その霧島の言葉に地元三人組は溜息をついた。ニコルが赤毛の頭を振る。
「俺たちは共産主義者じゃない。それにアルペンハイムはそんな会社じゃないんだ」
「ならばどういう会社だと言うんだ? 日本ではあのクスリにやられた奴らが既に二桁もの人間を傷つけている。頭を叩き割られて死んだ女もいる。ホシは皆クスリ漬けで起訴もできん。この分では被害者が増える。ここでそんな事件は起きないのか?」
余程強いらしくウォッカを干してルーカスが肩を竦めた。
「貴方がたの前任者は本当はKIAなんかじゃありません。射撃訓練時にジャンキー兵士に撃ち殺されたんです。他にもそんな話には事欠きません」
「そんなクスリを延々作らせて、それで外貨を稼げばこのバルドールは潤うのか?」
「現地生産がなくなれば他国がここぞとばかりに戦闘薬を売り込みにきますよ」
と、クールにルーカス。その青い目を見つめて霧島は言い募った。
「それでも密輸入筆頭のD国以下、海外マフィアがここの危なすぎるクスリを見限るのも時間の問題だぞ。客がすぐに潰れるブツは先進国のアングラでも扱いたがらん。顧客に放り出されて過剰に生産された戦闘薬が、ここでどうやって消費されるのか考えてもみろ」
黙り込んだ三人はそれぞれに思案しているようだった。
「すまないが少し相談する時間をくれ。それに明日あんたらがアルペンハイム製薬を下見に行くのは知っている。そのときしっかりアルペンハイムを見てきて欲しい」
静かな口調でニコルが言うと、ふいにスティードが大声で笑った。
「妙に湿っぽくなったな。忘れて飲もうぜ、今夜は」
「カマを掛けただけなのだがな」
「やられた」
苦い顔でニコルはビールを飲み、
「日本は常任理事国ではないにしろ、それら大国の手先。まさか国連代表として俺たちを挙げに来たっていうのか?」
警戒して声を固くしたニコルに霧島は首を横に振ってみせた。
「それは違う。だがあんたらは戦闘薬の他国への横流しに噛んでいるんだろう?」
「そっちの方か。残念ながらルートは駐屯地司令以下、補給中隊長のグループに奪われちまって、お手上げ状態だ。それも桁違いの量の戦闘薬で荒稼ぎしてやがる」
「ここもか?」
「その相談で昨日はイーサンに会いに行ったんだが、会えず終いでな」
「イーサン=ハーベイは死んだ。私たちの目前で部下を庇ってな」
すうっと反先進諸国武装戦線の三人が息を吸い込んだ。
「アラキバ第一支部長に捧げて乾杯だ」
暫くは誰もが黙って、ナッツやクラッカーを肴にビールを飲む。
ウォッカに切り替えたグラスを手にして霧島は身を乗り出した。
「まるきりルートを奪われたのか?」
「ああ。他の駐屯地を始めハスデヤ防衛同盟やヴィクトル人民解放戦線その他、あらゆる反体制組織からも戦闘薬の余剰を吸い上げて先進諸国のマフィアに送っている」
「それを潰したくはないか?」
唐突な霧島の持ち掛けに三人の反体制グループ員は怪訝な顔をする。
暫し考えてからニコルがゆっくりと口を開いた。
「それが狙いだったのか。だが横流しはここだけじゃない、何処だってやっている。全部潰すのは無理だ。あんたらが思っている以上にルートは枝葉を伸ばしてる」
「ルートは無理だろう、だが供給元ならやれる。あんたらの協力があればな」
「アルペンハイム製薬を潰すっていうのか?」
「私たちの狙いは工場の爆破だ」
それを聞いてスティードが唸るように声を上げた。
「ここで唯一の産業であるあそこをか? 話にならんな。この何もないバルドールでどれだけの人間があの存在に救われているか承知で言っているのか? ふざけるな」
「ふざけてはいない。潰すのは戦闘薬の工場だけだ」
せめて薄めようとウォッカをオレンジジュースで割りスクリュードライバーを飲んでいた京哉が霧島をつつく。勝手な任務変更に柳眉をひそめ日本語で文句を垂れた。
「拝命した特別任務は【全工場を爆破】ですよ。逆を言えば戦闘薬の工場だけ上手く爆破なんて方が無理じゃないですか?」
「結果として戦闘薬の流出を食い止めればいいだけだろう。爆弾を扱い慣れていない私たちに全工場破壊は無理だった、それでいいんじゃないのか?」
「実際問題、僕らだけじゃ無理なんですけど……うーん」
「上手く戦闘薬の工場のみを爆破するには小型機を爆破したニコルの協力が要る」
「まあ、それも確かですよね」
ニコルたちに向き直った霧島は真剣に口説き始める。彼らをここで説得できなければ次の人材を探すのに何ヶ月、いや、何年かかるか分からないのだ。
「ということで、どうだ? このままずっと一部の奴らが私腹を肥やすのをあんたらは黙って見ているつもりか? 城のような立派な兵舎が建ったら満足なのか?」
金髪のルーカスが意外にもウォッカを一息でグラス半分飲み干して訊く。
「では、協力した場合のわたしたちのメリットは?」
「思想グループが実利を要求するのか?」
「当たり前だろう」
大男のスティードは不満げに唸った。
「俺たちは反先進諸国武装戦線だぞ。ただで日本国やその他の先進諸国のために働くとでも思っているのか?」
「戦闘薬で肥え太っているのはアルペンハイム製薬も同じではないのか、それを叩くのはあんたらの理念に反することなのか?」
その霧島の言葉に地元三人組は溜息をついた。ニコルが赤毛の頭を振る。
「俺たちは共産主義者じゃない。それにアルペンハイムはそんな会社じゃないんだ」
「ならばどういう会社だと言うんだ? 日本ではあのクスリにやられた奴らが既に二桁もの人間を傷つけている。頭を叩き割られて死んだ女もいる。ホシは皆クスリ漬けで起訴もできん。この分では被害者が増える。ここでそんな事件は起きないのか?」
余程強いらしくウォッカを干してルーカスが肩を竦めた。
「貴方がたの前任者は本当はKIAなんかじゃありません。射撃訓練時にジャンキー兵士に撃ち殺されたんです。他にもそんな話には事欠きません」
「そんなクスリを延々作らせて、それで外貨を稼げばこのバルドールは潤うのか?」
「現地生産がなくなれば他国がここぞとばかりに戦闘薬を売り込みにきますよ」
と、クールにルーカス。その青い目を見つめて霧島は言い募った。
「それでも密輸入筆頭のD国以下、海外マフィアがここの危なすぎるクスリを見限るのも時間の問題だぞ。客がすぐに潰れるブツは先進国のアングラでも扱いたがらん。顧客に放り出されて過剰に生産された戦闘薬が、ここでどうやって消費されるのか考えてもみろ」
黙り込んだ三人はそれぞれに思案しているようだった。
「すまないが少し相談する時間をくれ。それに明日あんたらがアルペンハイム製薬を下見に行くのは知っている。そのときしっかりアルペンハイムを見てきて欲しい」
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