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第23話

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 そう言ってサーディクはジェイとともに手を振り、エントランス脇に何台も駐車された無人コイルタクシーに乗り込んで去った。

「うーん、暢気な人たちだなあ」
「大したテロリストだぜ。……行くぞ」

 十五階に戻ると、まずはオートスロープで中二階に上がる。噴水を見下ろせる位置まで来ると、そっと下方を窺った。男女はまだベンチにいた。クロードも僅かに間を空けて同じベンチに掛けている。紙袋は地面に置かれていた。
 と、女が上体を屈ませて自分の足に手をやった。足を痛めたかハイヒールの具合でも確かめたか……勿論、そういうフリだろう。その足元は紙袋で隠されていて見えない。

 女と茶色のスーツの男は五分ほどして立ち上がり、駐車場の方へと足早に去っていった。クロードはまだ座っている。

「十一時四十三分、さっさと帰れっつーの、スケベ野郎が!」

 やっとクロードが腰を上げた。何処にでもいそうなジーンズにキャップ姿がエレベーターの中に消えるまで待ち、シドとハイファは駆け出した。オートスロープを転がるように下り、人々を縫ってプロムナードを走る。噴水脇のベンチに辿り着くと、そこには既に女性が一人腰掛けていた。

 シドとハイファとハイファを足したくらいの目方がありそうな女性に、太陽系広域惑星警察の警察手帳をチラリと見せて丁重に席をお譲り頂き、二人はベンチの下を覗く。
 ベンチの座面の裏側には直径十センチ、長さ二十センチほどの円筒が取り付けられ、パネルのデジタル表示は十五分二十二秒から刻々と残り時間を減らしつつあった。

「どうする、ハイファ?」
「えっ……まさか貴方、ノープランなの?」
「そういうお前こそ何にも考えてなかったのかよ?」

 顔を見合わせて打開策の捻り出しを押しつけ合ったが負けたのはハイファだった。

「ええと、二十階にBEL駐機場があった筈。一機拝借して最速で飛ばせば、ハキムの街より向こうに持って行けるんじゃないかな?」
「誰もいない空中から投げ落とすのか、さすがは別室員!」

 無造作にシドはベンチの下に手を入れて爆弾を掴んで外す。外れない。ハイファが改めて覗き込む。地面に落ちていたものを拾い上げた。

「シド、これ――」

 それはいわゆる瞬間接着剤というヤツだった。地面と接着されたBELが飛び立ち、スキッドだけが地面に残っているというコマーシャルを二人は見たことがあった。

「ベンチごと持ち出せば……泥棒だよね」
「解除の仕方くらい習っとけよ、別室員!」
「何もかもを別室員に丸投げしないでよ、イヴェントストライカ!」
「嫌な予感がしてくるから、そいつを口にするな!」

 残り時間が七分を切り、二人は言い争いを止める。溜息をついた。

「通報しようよ」
「それしかねぇな」

 テラ系先進星系共通のナンバーをハイファが叩いた。音声発信で爆弾発見ということだけを告げる。立ち去ってもカメラには一部始終が映っているのだ。仕方なく二人はベンチにそのまま腰掛けた。

 三分後、駆け付けたセトメ一分署の爆発物処理班によって爆弾テロは回避され、同行の組織犯罪対策課によってシドとハイファは逮捕された。

◇◇◇◇

 シドと別の緊急機に乗せられたハイファは、セトメ一分署のBEL駐機場に辿り着くまでの間、非常な努力をして不快感と戦わねばならなかった。
 ミスールに着いた日にセトメ第三救急病院の待合室で任意の事情聴取を受けた際、手を触られるといったセクハラも受けた。そのときの刑事が今度は腰に手を回してきたのだ。

 武装解除され、後ろ手に捕縛されたまま数分間を黙って耐えたが、その様子を他の刑事たちは薄笑いを浮かべて眺めていた。その視線こそが耐え難いセクハラだと思ったが、セトメ一分署の取調室に連行されてからが本番だとはハイファも想定外だった。

 まずは捕縛を解かれてリモータを外された。ICS、インテリジェンスサイバー課に回されて中身を徹底的に分析されるのだ。これは常套なので仕方ない。

 次にソフトスーツの上着を脱がされ、ドレスシャツとスラックスの上から代わる代わる違う刑事に、繰り返し三度に渡って身体検査された。それでやっと椅子に座ることを許されたが、すぐさま手首を結束バンドで固く縛められ、屈辱に頬を紅潮させたハイファは外されたドレスシャツのボタンを留めることもできなかった。

 何のつもりか狭い取調室に刑事は四人も詰めている。その男たちの視線が不気味でハイファは前で縛られた手首に目を落としていた。誰も何も訊かないこれは取り調べなどではないということにハイファは気が付き始めていた。

 ふいに男の一人が動いた。それが最初のセクハラ刑事だったのでハイファは僅かに緊張する。デスクを回り込んで傍に立った男は、ハイファの薄い肩を椅子の背凭れごと抱き締めた。振り解こうとすると余計に締めつける力が強くなる。

 首筋に唇が押し付けられ、気味の悪い感触で生温かい舌が耳朶まで這い昇ってくるに及んで、言っても無駄と知りつつ、言わずにいられなくなった。

「止めて下さい。釈放パイされたのち、僕が告訴しないとでも思ってるんですか?」
「パイされるとでも思ってるんですかね?」
「検察送致の際に訴えることもできるのをお忘れですか?」
「検察官があんたの言い分を取り沙汰するとでも思ってるんですかね?」

 残りの三人の刑事は腹を抱えて笑っている。
 この星系の役人が腐っているのは分かり切っていて、それは検察官とて同じなのだとハイファは唇を噛んだ。男の手が胸元に這い込み、舌が頬を舐め上げるのを感じながら奥歯を噛み締めて耐える。

「二人分の保釈金を貴方がたに支払う……と言ったらどうですか?」
太陽ソル系の惑星警察刑事ってのは、そんなに実入りがいいんですかね……いい加減なことを抜かすな、もっとよくしてやるから黙ってろ」

 身を固くして耐えるハイファの様子と、スラックスの上から下半身を撫でる男に、他の刑事の笑い声が高くなった。

「おいおい、ベネットお前、本当に好きだな」
「いや、こいつは本物だぞ。男にしておくのが勿体ないぜ」
「男だからいいんじゃないのか?」
「まあな。でもお前らも試してみろよ、すげぇ肌してるぞ、こいつは」

 縛ったしっぽを掴まれ、仰け反らされた喉を吸い上げられて、ハイファは叫び出しそうになるのを必死で堪えた。だが唇を奪われ、力の限り閉じていた口の中に強引に舌が差し込まれると、シド以外を受けつけない躰がついに拒絶反応を起こした。

 指先から急激に体温が下がり、ショックで眩暈が始まる。その一方で躰は勝手に暴れ出していた。ずっと公務執行妨害を取られまいと我慢してきたのだが、思考能力が低下したことでリミッタが外れたように思い切り、全身で他人を拒否していた。

 突然暴れ出したハイファに舌を僅かに噛み切られたベネットは口の端から流れる血を拭った。手の甲にべったりと付着した血を見て逆上し、蒼白となったハイファの頬を殴り付ける。

 軽い躰は椅子ごと吹っ飛ばされ、床で頭を強打したハイファは意識を手放した。
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