眺める星は違っても~楽園28~

志賀雅基

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第22話

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 十時ピッタリに四人はマンションの部屋のドアを出た。ロックするとエレベーターで一階に降り、エントランスを出て無人コイルタクシーに乗り込む。震える指でサーディクが座標指定し発進させた。
 夜の日の昼間、高層ビルで切り取られた空には青白い月・ナイリが小さく輝いている。

 爆破予定のショッピングモールの位置はシドとハイファも昨夜のうちにリモータの地図を見て調べてあった。更に端末で検索も掛け、内部の構造や配置も大体掴んでいる。

「宙港方面、セトメ一分署管内か」
「宙港爆破に続いての一分署狙いな訳だね」

 囁く二人にサーディクが口を挟んだ。

「仲間のエディとクラークをパクったのが一分署の奴らだったんだ」
「警察に捕まったのに秘密警察、対テロ部隊が処刑?」
「ああ。普段は惑星警察と公安警察、秘密警察が三つ巴で張り合ってるんだ。なのに惑星警察の奴ら、何をネタに強請られたか、さっさと秘密警察にエディとクラークを引き渡しやがって」

「もしかして今、俺たちが寝てる部屋にそいつらがいたのか?」

 前席で頷いたサーディクの隣でジェイが肩を震わせる。鼻を啜る音が暫く続いた。

「……だから弔い合戦よ」

 クロード=サティが同じ事を言っていたのを二人は思い出す。

「リーダーも出張るのか?」
「いや、たぶんサブのクロードさんだけだ。滅多にリーダーは拝めない」
「ふうん。爆破作戦、何人くらいが動くのかな?」

 何気ない風にハイファが訊いたが、前席二人は首を捻るだけであった。本当に最末端の下っ端セルに自分たちは投げ込まれたらしかった。
 それも仕方のないことだと云える。思想的に賛同した訳でもない、よそ者の新入りだ。いきなり幹部セルに迎え入れ、潜伏先を知られて当局にタレ込まれては敵わないだろう。まずは暫く飼い、様子をみてから本当に使えるのか見極めるのが常套というところか。

 車列の流れに乗ってタクシーは緩やかに走り続ける。大統領府や軍中枢も居を構えるというスカイチューブが幾重にも交差する超高層ビル群の谷間を抜け、三十分ほどでショッピングモールの立体駐車場に滑り込んだ。

 目的地である十五階までオートで運ばれたタクシーから四人は降り、スライドロードに乗ってビル内へと移動する。オートドア一枚をくぐるとそこは広大なプロムナード、高い天井からは凝った作りの巨大シャンデリアが幾つも下がった、真昼よりも眩い空間だった。

 緑の葉が茂る本物の木々が一定間隔ごとに植えられ、中央には大きな噴水まである。ところどころにガラス製らしい巨大なオブジェが立っていてシャンデリアの光を複雑に反射し虹色に染まっていた。
 ベンチに座った人々は笑いさざめき、子供が手放してしまった風船を追う――。

「こっちだ、もたもたするな」

 ギクシャクとした動きのサーディクの仕切りでプロムナードに踏み出した。

 いかにも怪しい凸凹コンビの挙動に監視カメラの向こうの人物が駆け付けなければいいがとシドは思ったが、そこまで警備員の目は届かなかったらしく、噴水の傍のベンチに辿り着く。
 だがそこには先客の家族連れがいて、母親が自走ベビーカーの赤ん坊にミルクを与え、父親が上の子供にソフトクリームを食べさせるというアットホームな光景が展開されていた。彼らと彼らの荷物でベンチは完全に塞がっている。

 それを見てサーディクは明らかにテンパった。
「噴水の脇、時計屋の前のベンチ、十一時。噴水の脇、時計屋の前のベンチ、十一時……」

 お経のように唱えだしたサーディクの顔は青ざめている。このベンチを時間までに確保しておくというのが、今回四人に与えられた指令なのだ。

 溜息をついてハイファが目についたオートドリンカへと足を向ける。リモータを翳し保冷ボトルのコーヒーを三本手に入れて戻った。緊張しきった凸凹コンビの手に一本ずつ握らせる。

「まだ十五分もあるから、これでも飲んで落ち着いてよね」

 シドはさっさと噴水の縁石に腰を下ろした。エアカーテンで一部仕切られたそこには背の高い灰皿があるのだ。その隣にハイファも腰掛けてコーヒーを飲む。

「五十メートル幅、ガラスのオブジェに店舗が両側、張り出した中二階かあ」
「飛散物には事欠かねぇし、ここと上も合わせれば被害は数千人になりそうだな」
「どのくらいの威力だろうね?」
「さあな。だが威力はなくてもパニックでも起こればとんでもねぇ事態になるぞ」

「だよね。……カメラは中二階からのあそこと、オートドリンカの上と、時計屋さんの入り口。ブラインド・スポットは殆どないよ」
「見つかってくれれば、それでいいんだがな」

 ハイファから渡されたコーヒーと煙草を交互に口に運びながら、シドは宙港の爆弾テロで聞いた怪我人の呻き声と女性の啜り泣きを耳の奥にリピートしていた。

 やがて子供がソフトクリームを食べ終え、家族連れが立ち上がる。その瞬間、彼らとベンチの間にサーディクとジェイが滑り込んで尻を割り込ませた。肩で息をする凸凹コンビに、家族連れは関わり合いを避けてそそくさと立ち去った。

 挙動不審者が警備員に職務質問バンカケされ、引っ張られて爆弾の仕掛け場所を変更されると却って止めようもなくなるので、煙草を消したシドは仕方なくハイファとともにベンチ組に仲間入りする。
 残ったコーヒーをハイファとゆっくり飲みながらシドは辺りの人々を観察した。

「おい、あそこにいるのも同輩らしいぜ」
「え、どれ……茶色のスーツ?」
「と、その後ろでデカい紙袋持ったハイヒールの女。パクられてもいい下っ端クラスを現場に置いて、見張ってやがる」

「使い捨てかあ。仕方ないけど、ヤな感じ」
「おっ、動くぞ」

 リモータを見れば十一時だ。同時にサーディクとジェイにリモータ発振が入る。シドはコーヒーの空きボトルを傍のダストボックスに放り込んだ。
 更に十五分が過ぎた頃、同輩と見取った男女のカップルが目の前に立ち止まった。彼らは夫婦のような体裁を取っている。本当に夫婦なのかも知れないが。

 発振内容と男女を何度もぎらついた目で見比べたのちに、凸凹コンビはベンチを男女に譲った。シドとハイファも倣って立ち上がる。男女はベンチに腰掛け、女が紙袋を置いて他人に座られるのを防いだ。

「シド、ハイファス。俺たちはここまでだ、帰るぞ」

 力んだサーディクの不用意な言葉にシドはうんざりする。死角のないカメラで捉えられたその唇の動きで、もう二人の名が記録されてしまったのだ。

 プロムナードをエレベーターの方へと歩いていると、キャップを目深に被った男が前方からやってきて、すれ違いざまにハイファの肩を叩いていった。シドはムッとする。クロード=サティだ。
 一階エントランスに辿り着いたところでお約束、ハイファが凸凹コンビに切り出した。

「ねえ、少し買い物したいから先に帰ってていいよ」
「何言ってるんだ、十二時には爆発するんだぞ」
「それまでには退避するから。それに食品売り場は地下でしょ、大丈夫だよ」
「食品……晩メシか?」
「うん。リクエスト、ある?」

 サーディクはジェイと相談してビーフシチューという意見を出した。その頃には仕事を無事に終えた過剰なリラックスで、爆弾テロは半ば頭から消えかけているらしかった。

「じゃあな。ちゃんと帰ってくるんだぞ」
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