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第29話

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 低く訊いたライアン=ハンターに対し、クロードは嘲り笑いを頬に浮かべて答えた。

「ああ、そうだ。俺はると言えば殺る」
「いい加減に無差別テロをやめろ。そうして一般市民を殺していては、いつまで経っても我々の理念に対する市民の理解は得られんぞ」

「誰かのように、ラシッドの倉庫街だの夜中の軍施設だのを地味にやっていてはスポンサーも納得しない。どうせやるならもっとセンセーショナルに、世の中に訴えなければ意味がない。何不自由なく平和呆けした奴らを揺さぶり、目を覚まさせるんだ。分かるだろう?」
「貴様こそ分かっていない。誰のために我々は活動しているんだ? それを忘れて我々は存在し得ないというのを――」

「説教は沢山だ。今週中に四件、同じく一分署管内でやる。リーダーに言っておいてくれ」
「自分で伝えろ」

 現れたときとは逆に荒々しい気配を振り撒いてライアンはリビングを出て行った。
 大仰に肩を竦めたクロードは更に水割りを呷る。

「俺はこの『エウテーベの楯』の金庫番、会計係でもあるんだ。会計係自らがスポンサーの要求に応えるべく奔走しなけりゃならん。いい加減にして欲しいのはこっちの方だ」
「ふうん、会計係……」

 シドとハイファは顔を見合わせた。一番知りたかったスポンサーと直に繋がっているのがこの男だとは思ってもみなかったのだ。

 誘われるままにハイファはクロードの座る三人掛けソファに腰を下ろした。追加されたグラスに琥珀色の液体が注がれる。シドはムッとした顔つきで向かい側に腰掛け、煙草を咥えて火を点けた。

◇◇◇◇

「うーん、肝心な部分は吐かず終いかあ」

 三人でボトルの残り半分を空けるとクロード=サティは帰って行った。その液体の半分はクロードに飲ませた筈だったが、会計係の口は意外にも固かったのである。

 ここはコンビニに食事を買いに来たついでに寄った、バー・アイリーンのカウンター席だった。頼めば軽食も出してくれることを知り、雨に濡れた衣服を乾かしながら思わぬ長居をして今は二十二時を過ぎている。

「つーか、お前さ、俺の前であれは勘弁してくれよな」

 タラシモードを発動したハイファと図に乗ったクロードを見ているのはつらかった。ハイファの髪に触れるクロードの頭を危うく割れ西瓜にしそうになるのを何度も堪えねばならなかった。お蔭でウィスキーの約半分はシドの胃の中だが、それで酔えもしないのだ。

「それでも成果ナシだもんね、ごめん」
「成果とか、そういうんじゃなくてだな――」

 オートではないドアが開いて入ってきたのはライアンだった。シドの右側、ひとつ空けた隣のスツールにライアンは黙って腰掛ける。
 暫くしてバーテンが心得たように置いたのは野菜サンドとソーダ水だった。

「ねえ、もしかしてライアンって、元軍人?」

 唐突に訊かれてライアンはハイファに目をやった。

「もしかしなくても元軍人だが……そんな匂いがするのか?」
「気付いてなければ重症だと思うぜ。相当鍛えてるみたいだが、何処の部隊だよ?」
「ここで答える馬鹿もいないだろうが……リスピア星系第三惑星コルネル駐留のテラ連邦軍にいた。随分と昔の話だが」

「コルネルの代理戦争屋が相手かあ。でも昔って、そんな歳にも見えないけど」
「そのあとでミスール軍に転向、クリストバル基地にでも赴任か?」
「どうにも隠せん奴らだな。ミスール軍には最初からテロを仕掛ける目的で潜入したんだ――」

 爆破テロは大掛かりすぎて末端の者に詳細は洩れてはこなかった。教えられた通りに動いたライアンたちを、それと知らせずもろとも自爆させるのが当初の計画だったという。

「――何も知らない俺たちの前に、爆破のたった二分前に駆け付けたのがエドだった」
「へえ、あの昼行灯みてぇなエドが、なあ」
「で、助けられて恩に着ちゃった訳?」
「いや。エドは駆け付けたが助けられた訳ではない。戻ってみたのはいいが自分もどうしようもなくて、途方に暮れていた」

「何だ、それ。いったいどうやって爆破から逃れたんだよ?」
「それは企業秘密だ。だが、どうもエドを一人で放っておけなくなった」
「なるほどな」

 何処も女房役は大変である。その自分の女房役はノンアルコール・カクテルのコンクラーベに飽きたかカシスオレンジをごくごく飲んでいて、シドは心配でならない。

「で、そのエドはどうした?」

 苦笑したライアンは野菜サンドの最後の一切れを腹に収め、

「別に四六時中、見張ってる訳じゃないからな。だが大概この時間は部屋で寝ている」
「よく寝る男だな。それでよくリーダーが務まってるもんだ」
「あいつの『ひとこと』は『効く』んだ」
「トップに立つ資質、カリスマってヤツか?」
「そういうことだ。俺にはないものをあいつは持っている」

 ソーダ水も飲み干してしまうとライアンはさっさと席を立つ。シドとハイファも倣ってグラスを干し、荷物を手にした。それを見てライアンは僅かに目を細めたが、何も言わずにバー・アイリーンを出た。

「ライアンって、濡れてなかったよね?」
「もしかしてコイルを期待してるなら、お門違いだぞ」
「えっ、違うの?」

 一階に降りたライアンは、ためらいなく土砂降りの雨の中に出て行こうとする。その作業服のようなジャケットの裾をハイファが掴んで引き留めた。

「まさかと思うけど企業秘密、ここで見せて貰えないかな?」
「あんたら……何を知ってる?」

 向けられた鋭い視線にハイファはやんわりとした微笑みを返す。様々な人種を別室任務で見てきたハイファには、その言葉だけで種明かししたも同然だった。

「歳、訊いてもいい?」
「……これでもテラ標準歴で五十を超えている」
「って、まさかサイキ持ちかよ?」
「ああ。テレポーターだ」

 長命系星人と過去のどこかで必ず混血がなされているサイキ持ちは、先祖返りのごとく長命な上に容貌に恵まれた者が多いことが知られていた。

「けど、そこまで美貌を誇っちゃいねぇみたいだが」
「見目麗しくなくて悪かったな。軍に入ったら何かと面倒で整形したんだ。……それよりも俺のサイキはそれほど強くない。一人でしか跳べない」

「わあ、残念。つれて帰って貰えると思ったのに」
「俺も残念だ。せっかくアルコールを控えたのに濡れて歩くハメになるとはな」

 怪訝な顔をした二人にライアンは生真面目に答えた。

「アルコールを摂ると目的地を間違える。それに人前では跳ばないことに決めている」
「目的地……失敗したこと、あるんだ?」
「それについてはコメントを差し控えさせて貰おう」
「ふうん。いいよ、先に帰っても。企業秘密を知った僕らの前でなら平気でしょ」

 暫し逡巡する様子を見せた挙げ句、ライアンはシドとハイファから押し付けられた荷物を手にして姿を掻き消した。
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