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第28話
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「お前たちは違うセルに移動だ」
やってきたクロードがシドとハイファに宣言したのは翌日の夕方だった。
慌ただしくマンションを出てコイルタクシーに乗ると、クロード=サティはルームミラーでシドの顔をじっと眺める。
「何だ、俺の顔に何かついてるか?」
「その顔でよく言う……お前ら、惑星警察に捕まったそうだな」
「知ってたのか?」
「それこそ蛇の道は蛇ってことだ。BELを乗っ取って刑事四人を突き落とすとは、なかなかやるな。お嬢さん二人だと、正直舐めていた」
そこまで知られているということは惑星警察に内通者がいるのかも知れず、そうなると二人の身分がバレていないとも限らないので、『お嬢さん』にムッとしたフリでシドは口を噤み続けた。一方のハイファは探りを入れる。
「昨日の爆破は報道されてないみたいだけど、どうしたのかな?」
前席でクロードが茶髪をかき上げながら顔を歪ませた。
「言いたくはないが、失敗だ」
「失敗……どうして?」
「ラシッドから送ってきたブツが不良品だったのか、警備に通報されたのか……お前たちの方が詳しいんじゃないのか?」
「確かに僕らは捕まったよ、警備に撮られた映像分析でね」
「ふん。警察でも組織のことを一切ウタわなかったとは見上げた根性だ。おまけにBEL乗っ取りとはな。刑事二人は脚を骨折したそうだ」
大した情報網だったが、どうやら自分たちの身分はバレていないらしいとシドは踏む。
「で、俺たちを何処に連れて行く気だ?」
「結構な拾い物、つれてこいとリーダーのお達しだからな」
吐き捨てるような言葉に対し、ルームミラーの中の目が粘着性のある光を帯びてハイファを見つめた。ハイファはそ知らぬフリをしながら指先は隣のシドの手に触れている。
「じゃあ、僕らはリーダーのセルに召し上げられるってこと?」
「せっかくの新入りを四日で取り上げられるとは、正直、痛いんだがな」
「へえ、爆破失敗の落とし前ってヤツか」
シドの言葉には答えず、クロードは陽に恨みでもあるように恒星グラーダを睨んだ。
コイルタクシーは三十分近く走り橋を渡った。バー・アイリーンがある辺りに向かっているらしい。
「ふうん、エドとライアンはハキムにセルを置いてるんだね」
「今はハキムというだけだ。リーダーはあちこちを転々としている」
何れにせよセトメでないのは都合がよかった。シドとハイファはいつ公開指名手配にされるとも限らない身だ。そうでなくともセトメ一分署の組織犯罪対策課は血まなこになって二人を追っていることだろう。
薄暗くなってきたとシドが思った途端に、また雨が降り出した。降りだしてから十五分もしないうちにタクシーはバー・アイリーンのビルにほど近い、相変わらずの古びた廃ビルの前で身を沈ませる。
「ここだ、降りろ」
いちいち命令口調のクロードを半ば無視して二人はビルの軒先まで走った。髪から雫を垂らしながらリモータチェッカを見ると、ここのパネルは活きていた。
オールバックを乱して走り込んできたクロードに続いてリモータを翳し、来訪者登録をしてやっとエントランスのオートドアが開く。
無人のロビーとフロントを通り抜けながらシドは辺りを見回す。どうやら元はかなり高級なマンションだったらしい。その高級マンションも中は荒れていて、エレベーターホールの床にはゴミだけでなく、天井から落ちてきたのであろう大きなシャンデリアが砕け散っていた。
これも活きていたエレベーターに乗って二十一階で降りる。
廊下の途中にスカイチューブの入り口らしき物があり、万一の際にはこれが退路になるのかも知れないとシドは想像した。
やがてクロードはオートではない一枚のドアの前で立ち止まり、キィロックを解いてさっさとドアを引き開けると中に踏み入った。入って右側に広いリビングがあり、そこの三人掛けソファでリーダーのエド=マクレガーは目を擦っていた。どうやら眠っていたらしい。目前のロウテーブルにはウィスキーのボトルと飲みかけのグラスが載っていた。
欠伸をするエドにクロードが溜息をつく。
「リーダー、しっかりしてくれ。示しがつかないじゃないか」
「小姑みたいなことを言わんでくれ。……ライアン、水をくれ」
シドとハイファはギョッとする。いきなり背後から作業服のような上下を身に着けた男が姿を現したのだ。何の気配もなく出現したライアンは、そのままキッチンらしき方に消えたかと思うと、水を汲んだグラスを持って再び現れエドに手渡した。
やがて数名の配下らしき男たちが姿を見せ始める。中にはつい先程までオフィスで端末操作をしていたかのような、ビジネスマン然とした者のスーツ姿もあった。
「俺とライアン、あとはこの八名。これがここのセルの成分だ。……以上」
それだけ言ってニヤリと笑うと、エドはソファから腰を上げてリビングから出て行ってしまった。クロードは苛立った様子で顔をしかめている。
「……って、僕らはどうすればいいのかな?」
「尤もな質問だが、我らがリーダーは『仕事』のとき以外は自由にしていろという主義だからな。声が掛かるまで好きにすればいい」
「自由、好きにって――」
パラパラと散ってゆくメンバーとクロードとを交互に見て二人は戸惑った。結局残ったのはクロードにライアン=ハンター、シドとハイファだけだった。
そのクロードは今し方エドが座っていたソファに腰を下ろし、埃を被ったサイドボードからグラスを取り出すとウィスキーを注いだ。エドが半分ほどに減らしたグラスから水を注ぎ足して煽る。
「あれでウチのリーダーはミスール軍クリストバル基地を吹き飛ばして三千人を殺った闘士なんだ。そうは見えないだろうがな」
「クリストバルって何処だ?」
質問をしたシドにクロードは呆れたようだった。
「このハキムよりもずっと外側にある小都市だ。我々がその名に頂いた、エウテーベの都の近くだな。エウテーベはセトメに遷都する前に星系首都だった」
「へえ」
「『エウテーベの頃を思い出せ』……それが民主化要求を掲げた俺たちの合い言葉なんだ」
「それで『エウテーベの楯』ってか。……にしても三千人は凄いな」
褒めた訳では決してないのだが、クロードはそう取らなかったらしい。
「俺だってこれまで吹き飛ばした人数はリーダーに負けはしない。総計三千をそろそろ超える計算だ。それも今週中にな」
「今週中って、まだ爆弾テロを仕掛ける気か?」
「爆弾ばかりじゃないが……まあ、これはTV報道を愉しみにしていてくれ。とにかく今週はメディアが喜んで飛びつくこと間違いなしのイヴェントが盛り沢山だ」
そこで壁に凭れて腕組みをしていたライアン=ハンターが初めて口を開いた。
「まだそうやって人間を標的にし続けるのか?」
やってきたクロードがシドとハイファに宣言したのは翌日の夕方だった。
慌ただしくマンションを出てコイルタクシーに乗ると、クロード=サティはルームミラーでシドの顔をじっと眺める。
「何だ、俺の顔に何かついてるか?」
「その顔でよく言う……お前ら、惑星警察に捕まったそうだな」
「知ってたのか?」
「それこそ蛇の道は蛇ってことだ。BELを乗っ取って刑事四人を突き落とすとは、なかなかやるな。お嬢さん二人だと、正直舐めていた」
そこまで知られているということは惑星警察に内通者がいるのかも知れず、そうなると二人の身分がバレていないとも限らないので、『お嬢さん』にムッとしたフリでシドは口を噤み続けた。一方のハイファは探りを入れる。
「昨日の爆破は報道されてないみたいだけど、どうしたのかな?」
前席でクロードが茶髪をかき上げながら顔を歪ませた。
「言いたくはないが、失敗だ」
「失敗……どうして?」
「ラシッドから送ってきたブツが不良品だったのか、警備に通報されたのか……お前たちの方が詳しいんじゃないのか?」
「確かに僕らは捕まったよ、警備に撮られた映像分析でね」
「ふん。警察でも組織のことを一切ウタわなかったとは見上げた根性だ。おまけにBEL乗っ取りとはな。刑事二人は脚を骨折したそうだ」
大した情報網だったが、どうやら自分たちの身分はバレていないらしいとシドは踏む。
「で、俺たちを何処に連れて行く気だ?」
「結構な拾い物、つれてこいとリーダーのお達しだからな」
吐き捨てるような言葉に対し、ルームミラーの中の目が粘着性のある光を帯びてハイファを見つめた。ハイファはそ知らぬフリをしながら指先は隣のシドの手に触れている。
「じゃあ、僕らはリーダーのセルに召し上げられるってこと?」
「せっかくの新入りを四日で取り上げられるとは、正直、痛いんだがな」
「へえ、爆破失敗の落とし前ってヤツか」
シドの言葉には答えず、クロードは陽に恨みでもあるように恒星グラーダを睨んだ。
コイルタクシーは三十分近く走り橋を渡った。バー・アイリーンがある辺りに向かっているらしい。
「ふうん、エドとライアンはハキムにセルを置いてるんだね」
「今はハキムというだけだ。リーダーはあちこちを転々としている」
何れにせよセトメでないのは都合がよかった。シドとハイファはいつ公開指名手配にされるとも限らない身だ。そうでなくともセトメ一分署の組織犯罪対策課は血まなこになって二人を追っていることだろう。
薄暗くなってきたとシドが思った途端に、また雨が降り出した。降りだしてから十五分もしないうちにタクシーはバー・アイリーンのビルにほど近い、相変わらずの古びた廃ビルの前で身を沈ませる。
「ここだ、降りろ」
いちいち命令口調のクロードを半ば無視して二人はビルの軒先まで走った。髪から雫を垂らしながらリモータチェッカを見ると、ここのパネルは活きていた。
オールバックを乱して走り込んできたクロードに続いてリモータを翳し、来訪者登録をしてやっとエントランスのオートドアが開く。
無人のロビーとフロントを通り抜けながらシドは辺りを見回す。どうやら元はかなり高級なマンションだったらしい。その高級マンションも中は荒れていて、エレベーターホールの床にはゴミだけでなく、天井から落ちてきたのであろう大きなシャンデリアが砕け散っていた。
これも活きていたエレベーターに乗って二十一階で降りる。
廊下の途中にスカイチューブの入り口らしき物があり、万一の際にはこれが退路になるのかも知れないとシドは想像した。
やがてクロードはオートではない一枚のドアの前で立ち止まり、キィロックを解いてさっさとドアを引き開けると中に踏み入った。入って右側に広いリビングがあり、そこの三人掛けソファでリーダーのエド=マクレガーは目を擦っていた。どうやら眠っていたらしい。目前のロウテーブルにはウィスキーのボトルと飲みかけのグラスが載っていた。
欠伸をするエドにクロードが溜息をつく。
「リーダー、しっかりしてくれ。示しがつかないじゃないか」
「小姑みたいなことを言わんでくれ。……ライアン、水をくれ」
シドとハイファはギョッとする。いきなり背後から作業服のような上下を身に着けた男が姿を現したのだ。何の気配もなく出現したライアンは、そのままキッチンらしき方に消えたかと思うと、水を汲んだグラスを持って再び現れエドに手渡した。
やがて数名の配下らしき男たちが姿を見せ始める。中にはつい先程までオフィスで端末操作をしていたかのような、ビジネスマン然とした者のスーツ姿もあった。
「俺とライアン、あとはこの八名。これがここのセルの成分だ。……以上」
それだけ言ってニヤリと笑うと、エドはソファから腰を上げてリビングから出て行ってしまった。クロードは苛立った様子で顔をしかめている。
「……って、僕らはどうすればいいのかな?」
「尤もな質問だが、我らがリーダーは『仕事』のとき以外は自由にしていろという主義だからな。声が掛かるまで好きにすればいい」
「自由、好きにって――」
パラパラと散ってゆくメンバーとクロードとを交互に見て二人は戸惑った。結局残ったのはクロードにライアン=ハンター、シドとハイファだけだった。
そのクロードは今し方エドが座っていたソファに腰を下ろし、埃を被ったサイドボードからグラスを取り出すとウィスキーを注いだ。エドが半分ほどに減らしたグラスから水を注ぎ足して煽る。
「あれでウチのリーダーはミスール軍クリストバル基地を吹き飛ばして三千人を殺った闘士なんだ。そうは見えないだろうがな」
「クリストバルって何処だ?」
質問をしたシドにクロードは呆れたようだった。
「このハキムよりもずっと外側にある小都市だ。我々がその名に頂いた、エウテーベの都の近くだな。エウテーベはセトメに遷都する前に星系首都だった」
「へえ」
「『エウテーベの頃を思い出せ』……それが民主化要求を掲げた俺たちの合い言葉なんだ」
「それで『エウテーベの楯』ってか。……にしても三千人は凄いな」
褒めた訳では決してないのだが、クロードはそう取らなかったらしい。
「俺だってこれまで吹き飛ばした人数はリーダーに負けはしない。総計三千をそろそろ超える計算だ。それも今週中にな」
「今週中って、まだ爆弾テロを仕掛ける気か?」
「爆弾ばかりじゃないが……まあ、これはTV報道を愉しみにしていてくれ。とにかく今週はメディアが喜んで飛びつくこと間違いなしのイヴェントが盛り沢山だ」
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