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第34話

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 ライアンが隣に帰って行くと、早速ハイファは部屋に備え付けの端末を引っ張り出してホロキィボードを叩き始めた。シドも咥え煙草でホロディスプレイを見つめる。

「ファラデー社か?」
「うん。聞いたことのない会社だから」
「ライアンたちが狙うだけの何かがあるってことだな?」

「そう。開発独裁の上に腐敗が進んだここでは、勝者となった企業はかなり上手く立ち回ってる筈なんだよね」
「政府と癒着した勝者がライアンたちのターゲットになる訳だよな」
「それだけの『旨味』を役人たちに与えられる企業なのに、ファラデー社なんて聞いたこともないから……出た。ああ、そういうことかあ」

 覗き込んだホロディスプレイに浮かんだ文字をシドは読み取った。

「へえ、百パーセント、ラプシン工業が出資してる子会社か」

 ラプシン工業は二人の過去の任務上でも何度か遭遇した会社だった。ひとことで云えば武器メーカーである。だが死の商人というだけでなく、何かと黒い噂の絶えない業界の不良会社で、汎銀河条約機構のルール・オブ・エンゲージメント違反の銃を輸出して当局に挙げられたこともあった。

 今では埋蔵資源部門などに力を入れる、中小企業としてはそれなりに名の通った老舗ではあるものの、やはり鬼子扱いは変わらず優良企業として見る者は少ないといった、いわく付きの会社だった。

「そのラプシンの子供は何やってんだ?」
「そりゃあ武器の製造だよ。ラシッドに工場と倉庫がある」
「セトメにも社屋と倉庫があるって?」
「うん。セトメっていうより橋のこっち、殆どハキム側だね。セトメを挟んでこのビルとは、ほぼ対岸だよ」
「移動に一時間は掛かるな。……ところでさ」

 首を傾げたハイファにシドは続ける。

「この星では違法の筈の銃をクロード以下、手下は持ってた。それだけでもスポンサーから流れ込むクレジットが端金じゃねぇのは分かった訳だ。でも反体制グループに梃入れするような企業っていえば、開発独裁で冷や飯食わされてる企業ってことなんじゃねぇのか? そんな企業がそれだけの資金援助を反体制グループに成し得るものなのか?」

 コーヒーを啜りながらハイファは暫し考えた。

「貴方もしかして、ファラデー社や牽いてはラプシンみたいな企業がスポンサーになってるって言いたいの?」
「みたいな、じゃなくて、そのものじゃねぇかと俺は思ってるんだがな」
「武器メーカーはクレジットだけじゃなく、自社製品の銃や爆弾をテロリストに流してる? それで社会不安を煽った結果として政府は軍備増強を図り、警察にも備品が充実される……武器メーカーの製品で」

「ほぼ完璧な環はテロリストが口を割らない限りは解けることがない、バレねぇんだ」
「うーん、確かにあり得るかも」

 シドの想像力に任せた意見だったが、この星系に於いては見事に嵌っているような気がハイファにはしていた。

「テロリストすら利用して軍事独裁政権は成り立ってる、か……ちょっと貴方、天才的!」
「殆ど妄想の世界だぞ? でもまだ何か足らねぇ気がするんだがな」
「ううん、その線で絞ろうよ。さすがシド、イヴェントストライカ!」

「その二つ名を口にするなって……こら、懐くな!」
「いいじゃない」
「よくねぇって、お前が今晩動けなくなる――」

 点けっ放しのホロTVでは大統領の親衛隊である大統領府近衛大隊、つまり対テロ部隊のトップである通称・秘密警察長官が、最近の一連のテロの主犯は今朝方誤爆して吹き飛んだ一団であることを、ヒゲを震わせ力説していた。

◇◇◇◇

 ファラデー社に着いたシドがリモータを見ると一時五十七分だった。精確にはファラデー社ではなく、近くの橋を渡った対岸の、そのまた近くのコンビニである。
 目のいいシドとハイファは、ここの透明樹脂の壁越しに見えるファラデー社の駐車場を監視し、そこにコイルや社員が出入りしたら知らせるように仰せつかったのだ。

 橋のすぐ傍、堤防沿いにあるファラデー社の社屋は、この辺りでは珍しく五階建てという低いビルだ。隣に二階建ての倉庫が並んでいて、AD世紀の田舎の小学校と体育館のような雰囲気である。橋向こうの地価の安さを利用してか、駐車場もだだっ広く屋外にラインを引いただけのタイプで、僅かに高台になったコンビニからは見通しがいい。

 今は昼の日の終わりだが傾いた恒星グラーダはまだ沈みきらず、辺りは赤く照らされている。明るい中の爆弾設置は危険で、自分たちと同じく外の見張りは複数いる筈だった。

 右耳の奥にセットしたマイクロスピーカに違和感を覚えながらシドはゲームをダウンロードするフリを止め、保冷ボトルのアイスティーを一本手にしてレジにクレジットを移した。そのままコンビニの外にふらりと出ると開封したアイスティーをひとくち飲み、ついてきたハイファに手渡してやる。

 ハイファと交互にさりげなくファラデー社の方へと目をやりながら、店先に設置された灰皿の傍で煙草を咥えて火を点けた。
 時間的には深夜というのに店内には客が他に数人いて、その誰もが驚くほど長居をしている。これなら二人が特に目立つことはない……と、思っているのは当人たちだけ、客もレジのオッチャンも、二人の顔をよく見ようと伸び上がっている状態だった。

 それはさておき極小スピーカからは何の異変も告げられず、ファラデー社と倉庫にはライアンたち以外に出入りもないまま、二時三十八分には《撤収開始》が流れてきた。

「何だ、これだけかよ。三時まで張り込みするのかと思ったぜ」
「時限式じゃなくて遠隔式だから、張り込み組もいるんじゃない?」

 そういう二人も張り込み組と変わらない。帰りにライアンに拾って貰うつもりだからだ。時限式にしないのは爆発の影響半径に不用意に入り込んだ人間を巻き込まないためというライアンの流儀らしい。そのライアンはスイッチを手に何処かに潜んでいる筈だ。

「しかしさ、そこまで気遣ってやるようなことなのか?」
「ある意味、クロードのやり方が正しいような気がするのは何でだろうね?」
「つーか、ライアンにこの商売は似合わねぇんだって」

「そうかな、貴方よりは似合ってると思うよ」
「ふん。どうせ俺は純粋じゃねぇ、ヨコシマな心でいっぱいだよ」
「本当に冷めにくい土鍋性格だよねえ、あーたって」

 じゃれ合いながらシドは灰と煙を生産し続けた。待つのは苦ではない、もっと条件の悪い張り込みなど幾らでも経験しているのだ。
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