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第35話
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「で、グラーダ星系に来てテラ標準時で十日が経ちやがる訳だ。俺としちゃヴィンティス課長をこれ以上喜ばせたくねぇ。さっさと次に打つ手を考えようぜ」
「うーん。でもファラデーに限らず武器メーカーがスポンサーについてるとして、どうやって特定するのかが、ねえ」
「今日帰ってくる昼行灯のエド=マクレガーをつつくしかねぇのか――」
まともに話したのはバー・アイリーンで出会ったときだけだが、緊張感のないのんびりとした口調と妙に人を惹き付ける笑顔が強く印象に残っている。
「ある種のカリスマか」
「え? ああ、リーダーのことだね。今度はあの人をタラしてみようかな」
「却下。お前、逆を考えてみろよな」
「逆、タラシモードのシド……考えられないよ、想像もつかない」
「ものの喩えだ。俺が女の話をしただけで、お前はぎゃあぎゃあ騒ぐだろうが」
「それはそうだけど。ならエドからスポンサーを引き出すアイデア、捻り出してよね。企業名さえ分かれば、あとは惑星警察の公安と秘密警察にタレ込めばいいんだから」
果たしてそんなに上手く行くのかとシドは懐疑的だった。別室任務でそんなにスムーズにことが運べた試しなどないのだ。
しかし潜入して一週間以上が経とうとしているのに、この任務の進捗具合の遅さはただごとではなく、これでは四日後の警務課・機捜課合コンも出席は叶わない……。
「痛たた、何すんだよ、ハイファ!」
耳を引っ張られ、シドは零れそうになった極小音声装置を慌てて中に突っ込んだ。
「今、共有ドライヴに警務課のミュリアルちゃんが流れ込んできたのっ!」
「サイキ持ちかよ、お前は! ってか、ミュリアルは機捜課のヨシノ警部の嫁さんだぞ!?」
「知ってるよ! でもやっぱり七分署一ボインボインのミュリアルちゃんのことを考えてたんだね、鼻の下がキッカリ一センチ伸びて――」
そのとき遠雷のような爆発音が橋向こうから響いてきて地面が震え、二人はファラデー社の社屋と倉庫があった辺りを注視する。だが黒煙と砂埃が立ちこめて何も見えない。その煙と埃が時間をかけて風で吹き払われると、二人はその爆破の威力を舐めていたことを知った。
社屋の五階建てだったビルは一階部分が上階に押し潰されていた。上階も落下した衝撃で大きくヒビ割れ斜めになって、無惨な残骸となっている。
倉庫の方はもっと酷く、天井や壁が吹き飛んで骨組みだけしか残っていなかった。
「うわあ、すっごい。やるなあ」
「ファラデー社は再起不能じゃねぇか?」
そんなことを言っているうちに個人コイルがやってきてコンビニの駐車場で停止し接地する。ライアンが運転席で手を挙げた。二人は後部座席に乗り込む。
発進したコイルの中でシドは遠く緊急音が響いてくるのを耳にした。
「緊急配備で検問に引っ掛からねぇか?」
「大丈夫だ。遠回りだがこのまま橋を渡ってハキムに入る。ハキムの深部は奴らにとって迷宮だからな。まず心配はない」
橋を渡って十五分も走ると辺りは薄暗くなった。コイルを雨が叩き始める。
雨のエリアと薄暗いだけのエリアを出たり入ったりして、廃ビルマンションに辿り着いたのは四時半を過ぎていた。
二十一階に戻ってライアンと別れて部屋に戻ったシドは、ハイファと交代でリフレッシャを浴びると、大人しく細い躰を抱き枕にして眠った。
◇◇◇◇
腕枕していた左腕を金髪頭の下からするりと抜いてシドはベッドから滑り降りた。夫婦用の寝室らしいここで目が覚めた以上、ハイファの隣でモタモタしているのは危険だった。リモータを見れば十一時だが躰はシッカリ朝で、喩えはなんだがハイファが誘蛾灯、自分が虫になった気がしてくるからだ。
綿のシャツに下着という格好で薄暗い中、サイドテーブルの煙草を振り出して一本咥えオイルライターで火を点けた。一緒にテーブルに置いていた灰皿を手に取る。クリスタルで重く、撲殺するのに丁度いい、ハイファが『火サス』と名付けたシロモノだ。
「ん……何時?」
「十一時。すまん、起こしたか」
薄く目を開けたハイファは十一時と聞いてもピンとこないようだった。歪んで隙間の空いた遮光ブラインドの間から見えるのは夜だが、精確には夜の日の昼間である。
眠くてはっきりしていないようなハイファは猫のようだ。ゆっくりと上体を起こしても毛布を被ったままで、じっとうずくまっている。これを休日の朝はタマと向かい合ってやっていて、結構面白い。
「何か飲むか?」
「いい。哀れな依存患者の脳ミソが煙を欲しがって、寝てられないの?」
「う、まあな」
「朝ご飯……もう少し待って」
「急がなくていい、まだ寝てろ」
「起きる」
十五分ほどかけてハイファは毛布のサナギを脱ぎ捨てて人間に脱皮し、しわになったドレスシャツを洗濯済みのものと取り替え、スラックスを身に着けて執銃もするとキッチンへと出て行った。
使わないものにはシーツの埃避けを被せたままだが、元はちゃんとしたマンションだったここを間借りできてラッキィだった。気を使わなくて済むだけホテルよりいい。
主夫ハイファに限っては買い物がバー・アイリーンのあるビルのコンビニでしかできず、食材確保に苦労しているようだったが。
しかし在るであろう新たな店を開拓するようなことはしない。いい加減に別室任務を終わらせて本星セントラルに帰らなければヴィンティス課長が肥え太ってしまう。
一本吸ってコットンパンツを身に着け執銃する。灰皿を手にリビングに出て行くと、もう香ばしい匂いが充満していた。
「旨そうだな。何食わしてくれるんだ?」
「ピザトーストもどきとコンソメスープ」
「何で『もどき』なんだよ?」
「ピザソースがケチャップ。野菜が殆どないのが悔しいなあ」
元々好きではない生野菜を食べさせられずに済むのでシドは知らん顔だ。インスタントコーヒーを淹れ、ホロTVを点けて、二人はブランチの席に着いた。
「早速やってるな、ファラデー社の爆破。犯行声明も発表……模倣犯の疑いもあり、か」
「病院の筈のターゲットがいきなり変わって武器メーカーだもんね。手法も違うし」
「コピーキャット説の他には『エウテーベの楯』複数説も出てるな。間違いじゃねぇが」
だがこれまでクロード=サティが指揮してきたセンセーショナルなテロと違い、ライアンのテロはメディアが扱う時間も短かった。実際にこれではスポンサーも集まりづらいだろうと思われる。だからといってテロはテロ、セトメの人々がライアンに献金する筈もない。
一方では何処にいて何をするのでもクレジットが要る、そんな自由主義経済がこの星系では真っ先にテロリストたちを直撃しているのだとシドは思い、世知辛さに溜息が出そうだった。
「うーん。でもファラデーに限らず武器メーカーがスポンサーについてるとして、どうやって特定するのかが、ねえ」
「今日帰ってくる昼行灯のエド=マクレガーをつつくしかねぇのか――」
まともに話したのはバー・アイリーンで出会ったときだけだが、緊張感のないのんびりとした口調と妙に人を惹き付ける笑顔が強く印象に残っている。
「ある種のカリスマか」
「え? ああ、リーダーのことだね。今度はあの人をタラしてみようかな」
「却下。お前、逆を考えてみろよな」
「逆、タラシモードのシド……考えられないよ、想像もつかない」
「ものの喩えだ。俺が女の話をしただけで、お前はぎゃあぎゃあ騒ぐだろうが」
「それはそうだけど。ならエドからスポンサーを引き出すアイデア、捻り出してよね。企業名さえ分かれば、あとは惑星警察の公安と秘密警察にタレ込めばいいんだから」
果たしてそんなに上手く行くのかとシドは懐疑的だった。別室任務でそんなにスムーズにことが運べた試しなどないのだ。
しかし潜入して一週間以上が経とうとしているのに、この任務の進捗具合の遅さはただごとではなく、これでは四日後の警務課・機捜課合コンも出席は叶わない……。
「痛たた、何すんだよ、ハイファ!」
耳を引っ張られ、シドは零れそうになった極小音声装置を慌てて中に突っ込んだ。
「今、共有ドライヴに警務課のミュリアルちゃんが流れ込んできたのっ!」
「サイキ持ちかよ、お前は! ってか、ミュリアルは機捜課のヨシノ警部の嫁さんだぞ!?」
「知ってるよ! でもやっぱり七分署一ボインボインのミュリアルちゃんのことを考えてたんだね、鼻の下がキッカリ一センチ伸びて――」
そのとき遠雷のような爆発音が橋向こうから響いてきて地面が震え、二人はファラデー社の社屋と倉庫があった辺りを注視する。だが黒煙と砂埃が立ちこめて何も見えない。その煙と埃が時間をかけて風で吹き払われると、二人はその爆破の威力を舐めていたことを知った。
社屋の五階建てだったビルは一階部分が上階に押し潰されていた。上階も落下した衝撃で大きくヒビ割れ斜めになって、無惨な残骸となっている。
倉庫の方はもっと酷く、天井や壁が吹き飛んで骨組みだけしか残っていなかった。
「うわあ、すっごい。やるなあ」
「ファラデー社は再起不能じゃねぇか?」
そんなことを言っているうちに個人コイルがやってきてコンビニの駐車場で停止し接地する。ライアンが運転席で手を挙げた。二人は後部座席に乗り込む。
発進したコイルの中でシドは遠く緊急音が響いてくるのを耳にした。
「緊急配備で検問に引っ掛からねぇか?」
「大丈夫だ。遠回りだがこのまま橋を渡ってハキムに入る。ハキムの深部は奴らにとって迷宮だからな。まず心配はない」
橋を渡って十五分も走ると辺りは薄暗くなった。コイルを雨が叩き始める。
雨のエリアと薄暗いだけのエリアを出たり入ったりして、廃ビルマンションに辿り着いたのは四時半を過ぎていた。
二十一階に戻ってライアンと別れて部屋に戻ったシドは、ハイファと交代でリフレッシャを浴びると、大人しく細い躰を抱き枕にして眠った。
◇◇◇◇
腕枕していた左腕を金髪頭の下からするりと抜いてシドはベッドから滑り降りた。夫婦用の寝室らしいここで目が覚めた以上、ハイファの隣でモタモタしているのは危険だった。リモータを見れば十一時だが躰はシッカリ朝で、喩えはなんだがハイファが誘蛾灯、自分が虫になった気がしてくるからだ。
綿のシャツに下着という格好で薄暗い中、サイドテーブルの煙草を振り出して一本咥えオイルライターで火を点けた。一緒にテーブルに置いていた灰皿を手に取る。クリスタルで重く、撲殺するのに丁度いい、ハイファが『火サス』と名付けたシロモノだ。
「ん……何時?」
「十一時。すまん、起こしたか」
薄く目を開けたハイファは十一時と聞いてもピンとこないようだった。歪んで隙間の空いた遮光ブラインドの間から見えるのは夜だが、精確には夜の日の昼間である。
眠くてはっきりしていないようなハイファは猫のようだ。ゆっくりと上体を起こしても毛布を被ったままで、じっとうずくまっている。これを休日の朝はタマと向かい合ってやっていて、結構面白い。
「何か飲むか?」
「いい。哀れな依存患者の脳ミソが煙を欲しがって、寝てられないの?」
「う、まあな」
「朝ご飯……もう少し待って」
「急がなくていい、まだ寝てろ」
「起きる」
十五分ほどかけてハイファは毛布のサナギを脱ぎ捨てて人間に脱皮し、しわになったドレスシャツを洗濯済みのものと取り替え、スラックスを身に着けて執銃もするとキッチンへと出て行った。
使わないものにはシーツの埃避けを被せたままだが、元はちゃんとしたマンションだったここを間借りできてラッキィだった。気を使わなくて済むだけホテルよりいい。
主夫ハイファに限っては買い物がバー・アイリーンのあるビルのコンビニでしかできず、食材確保に苦労しているようだったが。
しかし在るであろう新たな店を開拓するようなことはしない。いい加減に別室任務を終わらせて本星セントラルに帰らなければヴィンティス課長が肥え太ってしまう。
一本吸ってコットンパンツを身に着け執銃する。灰皿を手にリビングに出て行くと、もう香ばしい匂いが充満していた。
「旨そうだな。何食わしてくれるんだ?」
「ピザトーストもどきとコンソメスープ」
「何で『もどき』なんだよ?」
「ピザソースがケチャップ。野菜が殆どないのが悔しいなあ」
元々好きではない生野菜を食べさせられずに済むのでシドは知らん顔だ。インスタントコーヒーを淹れ、ホロTVを点けて、二人はブランチの席に着いた。
「早速やってるな、ファラデー社の爆破。犯行声明も発表……模倣犯の疑いもあり、か」
「病院の筈のターゲットがいきなり変わって武器メーカーだもんね。手法も違うし」
「コピーキャット説の他には『エウテーベの楯』複数説も出てるな。間違いじゃねぇが」
だがこれまでクロード=サティが指揮してきたセンセーショナルなテロと違い、ライアンのテロはメディアが扱う時間も短かった。実際にこれではスポンサーも集まりづらいだろうと思われる。だからといってテロはテロ、セトメの人々がライアンに献金する筈もない。
一方では何処にいて何をするのでもクレジットが要る、そんな自由主義経済がこの星系では真っ先にテロリストたちを直撃しているのだとシドは思い、世知辛さに溜息が出そうだった。
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※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
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