Pair[ペア]~楽園22~

志賀雅基

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第14話

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 誰かが叫んだものの、伏せる間もなく二機の攻撃BELが、集まった傭兵に対して前後からクロスアタック。駐められたコイルが破壊されるものすごい音が耳をつんざく。
 そのまま一機が道行くタクシーにノーズを向ける。

 三百メートルほど先の道路に向け、攻撃BELは地面を舐めるように飛翔した。紛れもなく家族連れの乗ったタクシーを狙っている。三十ミリチェーンガンが吼えた。

「くそう、ふざけんじゃねぇっ!」

 咄嗟に駆け出しながらシドはレールガンを抜く。有効射程五百メートルを誇るマックスパワーにセット、攻撃BELに対してトリガを引いた。三連射を放つ。
 だが地上掃射した攻撃BELは火花を散らしただけで、あっという間に上昇している。

 バランスの取りづらい躰でシドは走った。後ろからハイファが何かを叫ぶ。自分の呼吸音でよく聞き取れないまま、シドはスピードを緩めて歩き出した。やがて足を止める。
 外灯の下、タクシーは車体をズタズタにして、僅かに見える内側は赤い塗料をぶちまけたような状態だった。

「チクショウ、こんなのアリかよっ!」

 追い付いたハイファが攻撃BELを目で追う。

「こんな所に立ってるとられる、移動しないと」
「非戦闘員を真っ先に殺りやがるとは、くそう!」
「シド、移動だよ」

 厳しい顔をしたハイファはシドの短い腕に自分の手を添え促した。道路から外れ、荒れ地の方に連れて行こうとするのをシドは振り払う。見れば切れ長の目は冷たい色をしていた。

「何で? 僕らが参加しなくたっていいじゃない。あそこに百人はいるんだよ」
「それがどうした?」
「まだ僕らは雇われてもいないんだよ、義憤に駆られてここでミンチになるつもり?」

「ンなこた言ってねぇだろ! 戦う手段が俺にはあるんだ、黙って見てられっかよ!」
「貴方以上に彼らは手段を持ってるよ。いいからこっちに一緒にきて」

 何れにしろ一ヵ所に留まっているのは危険、外灯の届く中で荒れ地にポツリといるのはもっと危険で、二人は目立たぬようゆっくりと宙港へと近づいた。
 その間にも攻撃BELは何度も急降下し、地上をチェーンガンで掃射していく。

 宙港メインビルまで五、六十メートルを残して二人は足を止めた。ここから先に進むのは自殺行為だ。いつでも走り出せる態勢でなるべく身を低くする。
 片膝をついて再びシドは攻撃BELを狙った。

 急降下しクロスアタックをかける、その上昇ポイントを予測して偏差射撃二射。攻撃BELの一機が火花を散らしながら急上昇。だがもう一機は側面から炎と黒煙を上げた。ガクリと高度を下げて地面にスキッドを叩き付ける。スキッドが折れ、腹をじかに擦りつけた。

「ちょ、シド、墜とすなんてすごいじゃない?」
「いや、当たったが俺じゃねぇ。墜としたのはあっちだ」

 そう言ってシドは背後を振り返った。路上にオープン型コイルが接地している。コイルには三人の人影があり、一人が歩兵用携帯式ロケット砲・RPGを担いでいた。既に次弾が装填されているようだ。

 上昇した攻撃BELが僚機の様子を窺おうと高度を下げ、RPG二射目の餌食となる。爆発音と共に傾いだ機体は駐車場の端に叩き付けられた。傭兵たちの歓声が湧く。

 ホッとして二人は立ち上がり、宙港メインビルに向かって歩いた。

 二機の攻撃BELから四名の乗員が引きずり出され、何処かに連れて行かれるのを見たが、シドは彼らの運命に一切同情を感じない。だからといって見物したい訳もなく一団を見送る。
 そうしているうちに辺りは事態の収拾に向けて動き始めていた。

 宙港医務室から速やかに人員が駆け付け、コルダの街からも緊急音が近づいてくる。長く戦地であるここでは、対応に慣れているのかも知れないとシドは思った。
 救護の手は足りている、というより三十ミリ榴弾でやられた怪我など自分たちにはどうしようもないのを見取って、二人は墜ちた攻撃BELの一機へと近づいた。

 攻撃BELの胴体側面下部には三十センチ近い大穴が開いている。それが貫通して腹に抱いた反重力装置を破壊していた。一方フレシェット弾の空けた穴は直径三センチ程度だ。仕方がない、風防の樹脂面にでも当てれば別だが、機体を覆う装甲は戦車並みに分厚いのだ。

「さすがはロケット弾だな」
「初速の遅いRPGでよく当てたよね」

 現代では汎銀河条約機構のルール・オブ・エンゲージメントが足枷となり、兵器工学はあまり発達していない。特殊なBC兵器以外は、せいぜいラストAD世紀のレヴェルを維持しているにすぎないのが現状だ。

 しかし戦車並みの装甲も特殊タンデム弾頭を備えたRPGを前にしては紙くず同然だった。
 気配で二人が振り向くと駐車場にオープン型軍用コイルが滑り込んでくる。先程のRPG三人組だ。シドとハイファの傍に停止し接地するとドライバーを残して二人が降車する。

 降りてきた二人のうち一人は軍人らしき都市迷彩の戦闘服で、大柄ではないが鍛えられた体つきをしていた。だがもう一人はハイファ並みに細い躰を純白のドレスシャツと黒のスーツで包み、更には黒のナロータイまで締めている。どう見てもこの場にそぐわぬ姿だった。

 その黒スーツの男にシドは目を吸い寄せられる。

「男……だよな?」

 呟いたシドにスーツの男は笑みを浮かべて見せた。白い肌に赤い唇が弧を描く。

 シドが目を奪われたのはその髪だった。縛ってもいないストレートの髪は長く、腰近くまで流れている。それだけではない。外灯の下、その色は通常のテラ人ではありえないガンブルーだったのだ。蒼い鋼の色とでも言おうか、冴え冴えとしたメタルの色は異星の血が混入している証左である。

 だが明らかに人目を惹くメタルの長髪男ではなく、RPG発射筒を担いだ軍人の登場に傭兵たちがざわめいた。その囁きから迷彩服の男が、ロックの言っていたラーン正規軍総司令官のフォルバッハ将軍であることをシドは知る。

 こちらは口ひげを生やした年配で、髪も瞳も茶色だ。
 男たちとシドは何となく向き合った。フォルバッハ将軍が口を開く。

「レールガン……撃ったのはきみだったのか。しかし一般人には立ち去って貰いたいのだが」
「俺たちは傭兵志願者だ」
「その隻腕で、か?」

 面白そうに訊いたのはメタルの長髪男だった。黒みがかって見えるほど青い目に笑みを浮かべてシドをじっと見つめる。どうやら面白がっているようだ。

「ふ……ん、まあいい。クラウス、必要なものを支給してやれ」
「はっ、キース様」

 敬礼したフォルバッハ将軍の応えをシドは聞き間違えたのかと思う。確かキース王は三十五年前のお家騒動のとき既に十八歳だったと別室資料にあった。今はテラ標準歴で五十三歳の壮年になっていなければならない。

 だがこのメタルの長髪男はごく若く、テラ標準歴で二十歳前後にしか見えない。
 そもそもこんな所にキース王が直々に現れるというのも、妙ではあった。

 そこに宙港メインビルから何人かの兵士が喚きながら飛び出してきた。
 ただごとでない剣幕に皆が道を空け注視する。

「こいつらだ、こいつらが刺したんだ!」

 いきなり数人に囲まれ指差されてシドとハイファは戸惑った。兵士たちの中にはロックの巨体もあった。騒ぎにフォルバッハ将軍が眉をひそめて咳払いする。

「いったい何があったのか、きちんと報告しないか」

 将軍の存在に気付いたロックが直立不動となって敬礼しつつ言った。

「攻撃BELの乗員が吐きました。我々が今日、ここに集結しているのをリサリア軍に発振し座標を密告したのは、本日傭兵に志願したこの二人だそうであります」
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