Pair[ペア]~楽園22~

志賀雅基

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第16話

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「俺しかダメなクセに、馬鹿野郎」
「――ごめん」
「俺こそ、すまん……立てねぇか?」

 頭から返り血を浴びたハイファだったが、その白い内腿には細いが確かにハイファ自身の血の這った痕があり、改めてシドはショックに呆然とする。
 これ以上ないほど血の気が引いたシドにハイファの方が焦った。

「ううん、これくらい平気。大丈夫だから、ね?」

 なおも白い顔をし、体温すら低下させたシドをハイファが抱き締めているうちに、室内の音声素子が震えてフォルバッハの声が響く。

《何故コード変更をした、ここを開けろ!》

 呆然としつつもシドがハイファにソフトスーツの上着を掛けていると、マスターキィコードを使用したのかフォルバッハと兵士が四人、オートドアから入ってきた。
 異臭が漂い酸鼻を極めた室内に五人の男たちはギョッとして足を止める。だがハイファの状態を目にして事情は察したらしかった。

 血溜まりを踏みしめてフォルバッハが二人の傍に立つ。

「こちらの情報を洩らした真犯人を捕らえた。ワカミヤ氏と――」
「シドでいい、こっちはハイファスだ」
「ではわたしもクラウスでいい。申し訳なかった」

「そうか……で、クラウス。二人ぶち殺して四人病院送り、俺はどうなる?」
「シド、そんな言い方――」
「ハイファ、いいから黙ってろ」

 フォルバッハは室内を見回し、ハイファを見つめてから溜息をついた。

「正当防衛を認めるしかないだろうな」
「そんなに簡単に決めちまっていいのかよ?」
「簡単ではない、これしかないという苦渋の選択のつもりだが」
「ふうん。なら晴れて釈放パイか?」

「悪いが即、ここを出ないつもりならわたしの預かりにさせて貰いたい。シド、きみはここに傭兵狩りに来た訳じゃないだろう?」
「勿論だ」
「命令不服従に作戦行動の阻害、加えて強姦罪はわたしの手落ち……しかし緊急避難の塀が低そうなきみに死体の山を築かれても困るんだ。どうもきみたちは目立ちすぎる」

「了解した。所用を済ませるまで大人しくしてるさ」
「すぐに部屋を用意する。準備ができたら出てきたまえ」

 五人は踵を返してオートドアから出て行った。
 抱き上げてやることもできない悔しさを噛み締めながら、シドはベッドに敷かれていたシーツを洗面台で濡らしてハイファに渡してやる。ハイファは返り血を拭い、ゆっくりながら自分で身繕いをした。そしてシドの右手を取る。手首は無惨に裂け、血が袖口を濡らしていた。

「大事な片手……こんな無茶して」
「お前の傷より、ずっと浅い。本当にすまん」
「貴方が謝るようなことじゃないでしょ」

 シドの右腕に支えられながらハイファはそっと歩いてドアの外に出る。待っていた五人のうち、三人の兵士は入れ違いに室内に消えた。気の毒な部下の背にクラウスが呟く。

「後始末のことも考えてくれると有難かった」
「今度は努力する」
「今度があって努力しかせんのか……」

 クラウスたちについていくとエレベーターで下って兵舎の外に出てしまう。駐めてあったコイルに乗せられ、基地からも出て市街地を十分ほど走った。

 オート走行している間にクラウスの副官だという士官から袋を渡される。中身は取り上げられた銃やスペアマガジン、警察手帳に煙草やオイルライターなどだった。身に着けているうちにビルの車寄せにコイルは滑り込む。

 そのビルは三十階建てくらいの、見た目いかにも高級なホテルだった。
 エントランスのドアマンもクラウスの顔でフリーパス、四人はフロントのリモータチェッカだけをクリアして、エレベーターで三十二階建ての十五階へと上がる。

 ようやくクラウスが足を止めてキィロックを外したのは一五〇二号室だった。シドが覗いてみるとそこはシングルで、おまけにどうやらクラウス自身の部屋らしかった。

「俺、3Pの趣味はねぇんだが」
「安心しろ、わたしもない。4Pもない。だがまずは手当てが必要だろう」

 ぞろぞろと四人で室内に入ると、いつの間にか宙港にいたメタルの長髪男がベッドに腰掛けていた。男はシドとハイファに向かって、さも嬉しそうに微笑んで片手を挙げる。

「やあ、シドにハイファス。兵舎の様子も見てきたが、やるじゃないか」

 シドとハイファは何と答えたものやら迷ったが、口を開くよりも早くクラウスが肩を震わせて怒号を飛ばしていた。

「キース様っ! 何でわたしの部屋に貴方がいらっしゃるんですかっ!?」
「上手く撒いたと思った? こんな面白そうな二人を独り占めするなんてよくないな、クラウス。……まあまあ、お二人さん、そこに座って」

 二人は促されてソファに腰掛けた。言われずともクラウスの副官がファーストエイドキットを出してくる。色々と疑問は山積していたが、取り敢えずハイファは他人任せにはできないシドの怪我の処置に取り掛かった。

 痛覚ブロックテープは本人が嫌がるので使わず、深く裂けた手首を洗うように生温かい滅菌ジェルをかけ、乾いてから合成蛋白スプレーを吹き付ける。傷口を人工皮膚テープで引っ張って閉じた。
 ついでに上衣を捲らせて蹴られた胸と腹、殴られた頬にも消炎スプレーを吹きかけて完了だ。

 頃合いを見計らって副官が紙コップ入りのコーヒーを人数分トレイに載せて持ってくる。有難く受け取ってシドは啜ったが、殴られてできた口内の傷に沁みて僅かに顔をしかめた。
 その顔つきを見て長髪男はベッドから立ち、辺りを物色していたが、肩を竦めてすまなそうな声を出す。

「堅物のクラウスらしいな、ワインの一本もない」

 冷めるまでコーヒーを諦めたシドは煙草を咥えて自己主張する。すぐに副官が灰皿を差し出した。女房役は何処もよくできている。
 文句を言い募るクラウスを無視して二人を眺めていた長髪男が口を開く。

「訊いていいか? 何故テラ本星の現役刑事がこんな所で傭兵志願しているんだ?」

 説明をつけるには非常に危うい嘘を重ねるか、全てを話すしかなかった。
 迷わず後者を選んだシドは一分と掛からず説明を終えたが、それが嘘より怪しく聞こえたのはシドのせいではない。

 じっと耳を傾けていた長髪男とクラウスが笑い出すのではないかとハイファは身構え危惧したが杞憂だった。長髪男は頷きながらゆったりとした口調で喋り出す。

「ふうん。テラ連邦軍の中央情報局には、そういった機関があるのか」

 思い切ってハイファが挙手した。

「あのう、貴方って、誰?」

 青い目を瞬かせて長髪男は首を傾げる。

「あ、ごめん。言ってなかったか? 僕はキースで哀しいことに名字はない。一応イオタ星系の百二十五代目の王ってことになっているのだが」

 大概のことに出くわしてきたシドとハイファは予想していたのでそう驚きはしなかった。今はただ疑問を解消したいだけだ。

「で、キース王は――」
「キースでいい」
「じゃあキースは何でこんな所にいるの?」
「言ったじゃないか、シドとハイファスが面白そうだからだ」
「ふうん。キースはテラ標準歴で五十三歳の筈だよね?」

 訊いたハイファにキースは嫌な顔をする。

「あんまり歳のことは言いたくないのだが……まあいい。僕のご先祖様に長命系星人がいたみたいでな」
「長命系星人の血が先祖返りみたいに濃く出た……もしかしてサイキ持ち?」

 約千年前に存在が確認されたサイキ持ちは、汎銀河条約機構でもテラ人と双璧を成す長命系星人と、過去の何処かで必ず混血がなされていることが知られていた。

「まあ、その端くれではある。僕のサイキはこれだ」

 言うなりキースの姿が掻き消えた、と思えばシドの座ったソファの肘掛けに腰掛けている。それだけではない、シドの顎を持ち上げるとチュッと音を立ててソフトキスを奪ったのだ。
 黙ってテミスコピーを抜き出し構えたハイファを、クラウスと副官が二人掛かりで羽交い締めにして止めた。

「ごめん、ごめん。そこまで怒るなんて……減るもんじゃなし」
「減るの! すり減るの!」
「分かったから許してくれ。……と、まあ、僕はテレポーターってことだね」

 キースを睨みつけながらも別室員、訊くことは訊く。

「自分以外も跳ばせるの?」
「僕以外には、あと一人が限界」

 キス防止に咥え煙草のシドが訊いた。

「百二十五代も続いた王家の血に、長命系星人の血なんか混ざるものなのかよ?」
「それが問題だったんだ……」

 歩いてベッドに腰掛け直したキースはシリアスな顔つきになって溜息をつく。

「混ざる筈のない血が僕に現れた。お蔭で先代の王は僕を我が子と認めなかった。長じて自分の命を狙う者が差し回した刺客だって思い込んでしまったんだ」
「それがお家騒動の顛末ってことか?」

「まあな。だからって今更僕は玉座なんて背負いたくはないんだが……ラーンのみんなが生きたいように生きるために必要なら仕方ない」
「我々はリサリアからラーンに遷都を考えている」

 と、クラウス。

「ふうん。頑張ってくれ」
「右に同じ」
「もうちょっと他に言いようはないのか?」
「俺たちには関係ない」

 おどけて言うサイキ持ちをバッサリ斬ってシドは用件を切り出す。

「あんたらがケチな武器密輸に関わっているとは思わねぇが、そういったことを耳に挟んでいるなら吐いてくれ。善処させて貰う」
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