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第13話
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サツカンの特技でもある早食いを発揮し、所要時間二分ほどで機内食を食す以外はやたらと眠り、トランジットのロサンゼルス国際空港では一ヶ所しか喫煙所がない上に果てしなく遠いと知り涙目になりつつ不貞寝をした京哉は、到着前のアナウンスで目を覚ました。
欠伸して滲んだ涙を袖で拭き、まずは電波式の腕時計のタイムゾーンを合わせる。
「ビオーラの首都ラチェンは二十二時十七分ですか。ふあーあ」
欠伸を連発していると隣で目覚めた霧島が京哉のさらりとした髪に手を伸ばした。
「お前、寝グセがついてるぞ」
「貴方、ヨダレが垂れてます」
お互いに撫でつけてから入国カードを記入したのち、無事飛行機はランディングした。
焦ることなく毛布を畳んで片付け、京哉がショルダーバッグを担ぐと二人は客列の最後尾に並んで降機する。ボーディングブリッジを渡ってターミナルビルに入ると入国審査だ。
ここでもパスポートの他に政府発行書類を提示する。英語にまるで自信のない京哉は能力的にも霧島に丸投げする他ない。
だが交渉は上手くいったらしく二人揃ってすぐに釈放となった。受け取るべき荷物もないのでもう何処に行こうが勝手である。
「どうする、近くのホテルにでも入るか?」
「その前にこのビルの上がれる階まで上がってみてもいいですか?」
夜ではあるが京哉はこの目で首都ラチェンの様子を俯瞰してみたかったのだ。何せ初めての海外で興味津々である。提案に霧島も同意した。街の雰囲気や匂いといったものを感じ取るには手っ取り早い方法だからだ。
乗り込んだエレベーターには親切にも英語や他の言語に混じって日本語の表記もされていた。お蔭で京哉にも屋上が見送りや観光客用に開放されていると分かる。
「ここは十二階建てですか。建国二百年足らずにしては施設も立派ですよね」
「中も綺麗だな。途中の階には空港付属ホテルもショッピングモールもあるようだ」
屋上に着いてエレベーターを降りた。途端に暖かな強風が二人を押し包む。
「この時間でも結構暑いですね」
「赤道が近いというのに我々は冬支度だからな」
京哉と霧島は落下防止に張り巡らされたフェンスに近づいた。コートと黒髪をはためかせながら空港面とは反対側を眺める。そこで京哉は思わず声を上げていた。
「うわあ、何これ、すっごい大都市じゃないですか!」
数キロ先が光り輝いていた。光源は全てビルの窓明かりである。まるで地盤が隆起したように超高層ビル群が立ち上がっていた。光を孕んで熱でも帯びているかの如く見える。人工光独特のけたたましさがここまで伝わってくるようだった。
それなりの先進国という本部長の言葉を疑っていた訳ではなく聞き流していた京哉は建国二百年という部分に重きを置き、未だ発展途上の街を想像していたのだ。
輝く都市を一緒に眺めていた霧島が京哉に微笑む。
「ここまでの大都市が出来上がったのにはそれなりの理由がある」
「何ですか、それって?」
「独立国家としては歩み始めて二百年足らずだが、それ以前は大国の従属国だった。従属国だった頃の末期に宗主国たる大国がここに他国からの企業誘致を進めるため、極端な税制優遇政策を行った。いわゆるタックスヘイヴンというヤツだ。それと海に囲まれた観光地なる謳いに誘われ国外から資産家が集まった。結果がこれだ」
「最初からお金持ちばかりが集まった国ってことですか?」
「まあ、そうだな」
海外で既に成功を収めた人々が住み着き、彼らを中心とする政府ができあがった。そういった人々の持ち寄った外資によってこの首都ラチェンは繁栄したという。
「おまけに採れる鉱物は金にプラチナ。産業は高級木材に高級繊維という話だ」
「そういや本部長室で『豊かな地の恵み』とか言ってましたっけ。でもそんなにお金を持ってるのに何で島ひとつの内戦くらい自分たちで治めようとしなかったんでしょうか? 今どきPSCとかいう民間軍事会社の代理戦争屋さんなんかもいるんだし」
「プライヴェート・セキュリティ・カンパニーか。しかしそれこそ国連と同じ理由だろうな。極端な貧富の差があるのも同じ理由で頷ける。おそらくリンド島の議席が減ったのもな」
「お金の出し惜しみだけじゃなく貧富で票の格差までつけて先進国とは淋しいかも」
中天に浮かんだ黄色い月を仰ぎ見て、京哉は額に浮かんだ汗を袖で拭った。
「けど忍さんはそういう話を何処で仕込んだんですか?」
「お前が寝ている間に飛行機の中で隣の女性に聞いた」
「ふうん。女性ですか。女性とは珍しい……」
「御年八十くらいのご婦人だ。だが暑いな。何処かで着替えんと芽が出るぞ」
一階ロビーフロアに降りると真っ先にレストルームに向かって、二人はコートを脱いでタイを解いた。ドレスシャツのボタンもふたつ開ける。銃を吊っているのでジャケットは脱げない。一応は考えてスーツも冬物でなく合い物にしたが、まだ暑いのは仕方ない。
コートは結構な荷物なのでレストルームを出ると観光客用のコインロッカーを探し出し押し込んだ。ショルダーバッグひとつで身軽になった二人はATMで現金を手に入れてから携帯でこの国のマップ表示してみる。
だが今ひとつ全体像が掴みにくい。
そこで目に付いた売店で地図を購入して広げてみた。
「リンド島は……わあ、ここから八百キロ近くも離れてますよ、どうしよう?」
「どうするも何も飛行機くらいあるだろう」
疑問を解消すべく霧島は売店のお姉さんに訊く。するとリンド島行きの航空便は昨日から全て欠航になったらしい。困った二人を見てお姉さんも一緒に考えてくれた。
「軍なら物資を運ぶ航空機を出しているのではないかという話だ」
「そうですか。仕事の邪魔してすみません、ありがとう」
日本語で京哉は言ったがお姉さんは営業用ではないスマイルを返して仕事に戻る。
飛行機の中で寝過ぎて眠気の片鱗もない二人は顔を見合わせた。
「何で軍が物資を運ぶんでしょうか?」
「民間機が運ばなくなったからだろう。内戦やらかすほど人間が住んでいるんだぞ。どの程度まで自給しているか知らんが医薬品まで止められたら死活問題だろう」
「それもそうか。じゃあ軍に行くしかありませんね。一番近いのは何処でしょう?」
「郊外にラチェン第一基地があるな。これだ」
霧島がマップ上を指差したが、京哉は首を傾げた。
「でもこんな時間にやってるのかなあ?」
「分からんが行ってみるしかあるまい」
「じゃあタクシーですね」
欠伸して滲んだ涙を袖で拭き、まずは電波式の腕時計のタイムゾーンを合わせる。
「ビオーラの首都ラチェンは二十二時十七分ですか。ふあーあ」
欠伸を連発していると隣で目覚めた霧島が京哉のさらりとした髪に手を伸ばした。
「お前、寝グセがついてるぞ」
「貴方、ヨダレが垂れてます」
お互いに撫でつけてから入国カードを記入したのち、無事飛行機はランディングした。
焦ることなく毛布を畳んで片付け、京哉がショルダーバッグを担ぐと二人は客列の最後尾に並んで降機する。ボーディングブリッジを渡ってターミナルビルに入ると入国審査だ。
ここでもパスポートの他に政府発行書類を提示する。英語にまるで自信のない京哉は能力的にも霧島に丸投げする他ない。
だが交渉は上手くいったらしく二人揃ってすぐに釈放となった。受け取るべき荷物もないのでもう何処に行こうが勝手である。
「どうする、近くのホテルにでも入るか?」
「その前にこのビルの上がれる階まで上がってみてもいいですか?」
夜ではあるが京哉はこの目で首都ラチェンの様子を俯瞰してみたかったのだ。何せ初めての海外で興味津々である。提案に霧島も同意した。街の雰囲気や匂いといったものを感じ取るには手っ取り早い方法だからだ。
乗り込んだエレベーターには親切にも英語や他の言語に混じって日本語の表記もされていた。お蔭で京哉にも屋上が見送りや観光客用に開放されていると分かる。
「ここは十二階建てですか。建国二百年足らずにしては施設も立派ですよね」
「中も綺麗だな。途中の階には空港付属ホテルもショッピングモールもあるようだ」
屋上に着いてエレベーターを降りた。途端に暖かな強風が二人を押し包む。
「この時間でも結構暑いですね」
「赤道が近いというのに我々は冬支度だからな」
京哉と霧島は落下防止に張り巡らされたフェンスに近づいた。コートと黒髪をはためかせながら空港面とは反対側を眺める。そこで京哉は思わず声を上げていた。
「うわあ、何これ、すっごい大都市じゃないですか!」
数キロ先が光り輝いていた。光源は全てビルの窓明かりである。まるで地盤が隆起したように超高層ビル群が立ち上がっていた。光を孕んで熱でも帯びているかの如く見える。人工光独特のけたたましさがここまで伝わってくるようだった。
それなりの先進国という本部長の言葉を疑っていた訳ではなく聞き流していた京哉は建国二百年という部分に重きを置き、未だ発展途上の街を想像していたのだ。
輝く都市を一緒に眺めていた霧島が京哉に微笑む。
「ここまでの大都市が出来上がったのにはそれなりの理由がある」
「何ですか、それって?」
「独立国家としては歩み始めて二百年足らずだが、それ以前は大国の従属国だった。従属国だった頃の末期に宗主国たる大国がここに他国からの企業誘致を進めるため、極端な税制優遇政策を行った。いわゆるタックスヘイヴンというヤツだ。それと海に囲まれた観光地なる謳いに誘われ国外から資産家が集まった。結果がこれだ」
「最初からお金持ちばかりが集まった国ってことですか?」
「まあ、そうだな」
海外で既に成功を収めた人々が住み着き、彼らを中心とする政府ができあがった。そういった人々の持ち寄った外資によってこの首都ラチェンは繁栄したという。
「おまけに採れる鉱物は金にプラチナ。産業は高級木材に高級繊維という話だ」
「そういや本部長室で『豊かな地の恵み』とか言ってましたっけ。でもそんなにお金を持ってるのに何で島ひとつの内戦くらい自分たちで治めようとしなかったんでしょうか? 今どきPSCとかいう民間軍事会社の代理戦争屋さんなんかもいるんだし」
「プライヴェート・セキュリティ・カンパニーか。しかしそれこそ国連と同じ理由だろうな。極端な貧富の差があるのも同じ理由で頷ける。おそらくリンド島の議席が減ったのもな」
「お金の出し惜しみだけじゃなく貧富で票の格差までつけて先進国とは淋しいかも」
中天に浮かんだ黄色い月を仰ぎ見て、京哉は額に浮かんだ汗を袖で拭った。
「けど忍さんはそういう話を何処で仕込んだんですか?」
「お前が寝ている間に飛行機の中で隣の女性に聞いた」
「ふうん。女性ですか。女性とは珍しい……」
「御年八十くらいのご婦人だ。だが暑いな。何処かで着替えんと芽が出るぞ」
一階ロビーフロアに降りると真っ先にレストルームに向かって、二人はコートを脱いでタイを解いた。ドレスシャツのボタンもふたつ開ける。銃を吊っているのでジャケットは脱げない。一応は考えてスーツも冬物でなく合い物にしたが、まだ暑いのは仕方ない。
コートは結構な荷物なのでレストルームを出ると観光客用のコインロッカーを探し出し押し込んだ。ショルダーバッグひとつで身軽になった二人はATMで現金を手に入れてから携帯でこの国のマップ表示してみる。
だが今ひとつ全体像が掴みにくい。
そこで目に付いた売店で地図を購入して広げてみた。
「リンド島は……わあ、ここから八百キロ近くも離れてますよ、どうしよう?」
「どうするも何も飛行機くらいあるだろう」
疑問を解消すべく霧島は売店のお姉さんに訊く。するとリンド島行きの航空便は昨日から全て欠航になったらしい。困った二人を見てお姉さんも一緒に考えてくれた。
「軍なら物資を運ぶ航空機を出しているのではないかという話だ」
「そうですか。仕事の邪魔してすみません、ありがとう」
日本語で京哉は言ったがお姉さんは営業用ではないスマイルを返して仕事に戻る。
飛行機の中で寝過ぎて眠気の片鱗もない二人は顔を見合わせた。
「何で軍が物資を運ぶんでしょうか?」
「民間機が運ばなくなったからだろう。内戦やらかすほど人間が住んでいるんだぞ。どの程度まで自給しているか知らんが医薬品まで止められたら死活問題だろう」
「それもそうか。じゃあ軍に行くしかありませんね。一番近いのは何処でしょう?」
「郊外にラチェン第一基地があるな。これだ」
霧島がマップ上を指差したが、京哉は首を傾げた。
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「じゃあタクシーですね」
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