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第20話
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「やっぱり今はフィルムじゃなくてデジタルなんですね」
「ええ、これはデジタルです。ドルガE5、デジタルにしては作りが堅牢で信頼性のある機種ですね。それでも昔ながらの銀塩カメラも捨てがたくて、この黒いレジナG2はフィルムです。ただデジタル全盛期でフィルムを手に入れるのも難しくなってきましたよ」
相手の得意分野で、まずは口の滑りを良くする作戦だ。
「そうなんですか。プロのレンズはもっと大きいかと思ってましたけど」
「あまり大きなレンズだとアクティヴに動けませんからね。カメラ二台を持ち歩くならこれが限界ってとこです、フィルムもかさばりますし。でも何故僕がプロと?」
「だって、カメラマンの間宮孝司さんじゃありませんか?」
名前を出しても間宮孝司は驚かなかった。『戦争を食い物にする男たち』の撮影協力としてメディアに露出してから、ある意味有名人になったからだろう。
「その通り、僕は間宮孝司です。貴方がたはここの歓楽街に旅行か何かですか?」
「まあ、そんなところです。鳴海京哉、鳴海と呼んで下さい」
「霧島忍、霧島で」
「僕はコージで構いませんよ。それにしてもフォトジェニックなお二人だなあ」
そう言ってコージは黒い方のカメラでも二人をファインダーに捉えた。こちらは機械式らしくシャッターが切れて、確かに昔ながらのフィルムを巻く独特の音がする。
「この音は懐かしい気がするな」
感想を述べた霧島にコージは頷いて、今や貴重となってしまった銀塩カメラについての蘊蓄を語り出した。興味あるふりなどしなくても霧島は面白く拝聴する。時折カメラを持たせて貰い、合いの手を入れるのは主に京哉で上手く話題を誘導した。
お蔭で約一時間で河合フィルムの社長である河合泰造が明後日、自らこのホテルにやってきてコージが撮り溜めた画像データを回収していくことまで探り出していた。
「デジタルの画像データはメールで送らないんですか?」
「送ってもいいんだけど、それだと味気なくてね。おまけに今のクライアントの河合社長はこだわるタイプなんだ。だから僕は全ての画像データを焼き付けてから河合社長に見せて納得して貰えたら売ることにしてるんだ。それでこのホテルの三一七号室にパソコンだのプリンタだのを置かせて貰って暗室も作らせて貰ってる」
「暗室までとは、さすがはプロですね」
「ここは何をするにも便利でね。北軍に半月張り付いて一週間ここで過ごす――」
それならまだマヌケ議員の画像データはメディアに流れていない可能性があった。
チャンスを探る京哉は更に昨日までに撮り溜めたデジタルデータはカメラに入ったままのメモリ一本、フィルムは部屋に置いてある撮り終えた十七本で、まだ焼き付けていないのも訊き出す。今入っている途中のフィルムはマルカ島で撮ったらしい。
「河合フィルム社長の泰造氏は元々僕と同じカメラマンでね、あっちはモデル専門だったけど。それでこだわるんだろうな。焼き付けるのも手伝って貰ってるんだ」
ここまでは五年間も周囲を欺いてきた京哉にとってお手軽な仕事だった。小細工的な嘘は霧島には吐けないので役割分担である。二度目の茶のおかわりを買いに屋内に戻りながら二人は目配せして頷き合った。
だが最も重要な問題はここからである。
「明後日までにフィルム十七本は何とかするとして、デジタルデータはどうする?」
「それなんですよね、どうしよう? 忍さんは何も考えてくれないし」
「悪かったな。だが持ち歩いているのを盗るのは泥棒ではなく強盗というんだぞ」
「だから他人事みたいに言ってないで貴方も考えて下さい」
冷たい飲み物を再び手にして外のテラス席に戻るとコージのテーブルに着く。そこからの話題は河合フィルム制作の『戦争を食い物にする男たち』がメインとなった。
「北軍に張り付いて、おまけに大物の写真を撮り続けて危なくないんですか?」
「多少の危険は承知の上だよ。でもまあ僕が被写体にしているニックス=イヴァン将軍は、今のところ辺りを飛び回るハエの存在を鷹揚にも許してくれているからね」
「北軍基地の副司令でしたっけ。何でその人ばかり追ってるんですか?」
「それこそ戦争に群がる大物が撮れるからさ。だけどこれから先はフリーランスの戦場カメラマンの本分に戻ろうと思ってる。国連は南軍に梃入れするらしいしね」
「それって新たな戦力の投入で、また大規模な戦闘があるって意味ですよね?」
「まあね。僕にとったら稼ぎ時ではある」
不敵な笑みを頬に浮かべ、コージは黒い目を煌めかせた。
そのとき鈍い爆音がして京哉と霧島は同時に上階を仰ぎ見る。反射的な動きでコージは手にしていた黒い方のカメラ・レジナG2のレンズを上に向けた。
三階のバルコニーからもくもくと黒い煙が吐き出されていて、カメラ一台を手にしたままコージが立ち上がる。
「くそっ、僕の部屋だ!」
「何だって?」
「ええ、これはデジタルです。ドルガE5、デジタルにしては作りが堅牢で信頼性のある機種ですね。それでも昔ながらの銀塩カメラも捨てがたくて、この黒いレジナG2はフィルムです。ただデジタル全盛期でフィルムを手に入れるのも難しくなってきましたよ」
相手の得意分野で、まずは口の滑りを良くする作戦だ。
「そうなんですか。プロのレンズはもっと大きいかと思ってましたけど」
「あまり大きなレンズだとアクティヴに動けませんからね。カメラ二台を持ち歩くならこれが限界ってとこです、フィルムもかさばりますし。でも何故僕がプロと?」
「だって、カメラマンの間宮孝司さんじゃありませんか?」
名前を出しても間宮孝司は驚かなかった。『戦争を食い物にする男たち』の撮影協力としてメディアに露出してから、ある意味有名人になったからだろう。
「その通り、僕は間宮孝司です。貴方がたはここの歓楽街に旅行か何かですか?」
「まあ、そんなところです。鳴海京哉、鳴海と呼んで下さい」
「霧島忍、霧島で」
「僕はコージで構いませんよ。それにしてもフォトジェニックなお二人だなあ」
そう言ってコージは黒い方のカメラでも二人をファインダーに捉えた。こちらは機械式らしくシャッターが切れて、確かに昔ながらのフィルムを巻く独特の音がする。
「この音は懐かしい気がするな」
感想を述べた霧島にコージは頷いて、今や貴重となってしまった銀塩カメラについての蘊蓄を語り出した。興味あるふりなどしなくても霧島は面白く拝聴する。時折カメラを持たせて貰い、合いの手を入れるのは主に京哉で上手く話題を誘導した。
お蔭で約一時間で河合フィルムの社長である河合泰造が明後日、自らこのホテルにやってきてコージが撮り溜めた画像データを回収していくことまで探り出していた。
「デジタルの画像データはメールで送らないんですか?」
「送ってもいいんだけど、それだと味気なくてね。おまけに今のクライアントの河合社長はこだわるタイプなんだ。だから僕は全ての画像データを焼き付けてから河合社長に見せて納得して貰えたら売ることにしてるんだ。それでこのホテルの三一七号室にパソコンだのプリンタだのを置かせて貰って暗室も作らせて貰ってる」
「暗室までとは、さすがはプロですね」
「ここは何をするにも便利でね。北軍に半月張り付いて一週間ここで過ごす――」
それならまだマヌケ議員の画像データはメディアに流れていない可能性があった。
チャンスを探る京哉は更に昨日までに撮り溜めたデジタルデータはカメラに入ったままのメモリ一本、フィルムは部屋に置いてある撮り終えた十七本で、まだ焼き付けていないのも訊き出す。今入っている途中のフィルムはマルカ島で撮ったらしい。
「河合フィルム社長の泰造氏は元々僕と同じカメラマンでね、あっちはモデル専門だったけど。それでこだわるんだろうな。焼き付けるのも手伝って貰ってるんだ」
ここまでは五年間も周囲を欺いてきた京哉にとってお手軽な仕事だった。小細工的な嘘は霧島には吐けないので役割分担である。二度目の茶のおかわりを買いに屋内に戻りながら二人は目配せして頷き合った。
だが最も重要な問題はここからである。
「明後日までにフィルム十七本は何とかするとして、デジタルデータはどうする?」
「それなんですよね、どうしよう? 忍さんは何も考えてくれないし」
「悪かったな。だが持ち歩いているのを盗るのは泥棒ではなく強盗というんだぞ」
「だから他人事みたいに言ってないで貴方も考えて下さい」
冷たい飲み物を再び手にして外のテラス席に戻るとコージのテーブルに着く。そこからの話題は河合フィルム制作の『戦争を食い物にする男たち』がメインとなった。
「北軍に張り付いて、おまけに大物の写真を撮り続けて危なくないんですか?」
「多少の危険は承知の上だよ。でもまあ僕が被写体にしているニックス=イヴァン将軍は、今のところ辺りを飛び回るハエの存在を鷹揚にも許してくれているからね」
「北軍基地の副司令でしたっけ。何でその人ばかり追ってるんですか?」
「それこそ戦争に群がる大物が撮れるからさ。だけどこれから先はフリーランスの戦場カメラマンの本分に戻ろうと思ってる。国連は南軍に梃入れするらしいしね」
「それって新たな戦力の投入で、また大規模な戦闘があるって意味ですよね?」
「まあね。僕にとったら稼ぎ時ではある」
不敵な笑みを頬に浮かべ、コージは黒い目を煌めかせた。
そのとき鈍い爆音がして京哉と霧島は同時に上階を仰ぎ見る。反射的な動きでコージは手にしていた黒い方のカメラ・レジナG2のレンズを上に向けた。
三階のバルコニーからもくもくと黒い煙が吐き出されていて、カメラ一台を手にしたままコージが立ち上がる。
「くそっ、僕の部屋だ!」
「何だって?」
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