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第26話
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道路は石畳から土を押し固めたものに変わっていた。
何処かに乗り捨てられるのが前提のようなボロいレンタカーはガタガタ振動し、時折バウンドしては車底を地面が擦って不穏な音と激しい衝撃が起こる。
周囲は背の低い灌木の茂みでいわゆるブッシュといったもの、僅かに見通せる先には本格的な緑のジャングルがあった。
「あの中までこの車で乗り入れるんですか?」
「あそこからが本番さ。傍から見れば奇妙な光景ではあるけどな」
まもなく密林に差し掛かる。ここも一応は道らしきものはあったが、先程までとは比較にならない悪路だ。
何度も車体はバウンドし着地してはサスペンションが折れるかと思うような底付きをする。更に道には水溜まりも多くあり不幸にも選ばれた白い車はあっという間に泥水の洗礼を受けてウィンドウごと茶色に染まった。
殆どワイパーが利かない場面にも遭遇する。前もロクに見えない状態で今まで何台の車がコージの犠牲になったんだろうと、どうでもいいことを考えながら京哉は不安になってきた。こんな状況でも眠り続ける霧島はいっそ天晴れで羨ましい。
「第十二CPに辿り着くまで、この車が車の形をしてたらいいですね」
「CPは元々村だった。そう心配しなくても村人たちはこうして行き来してたんだ。あと一時間で上手くすれば人に出会える。緩める時には緩んでおいた方がいい」
「はあ、そうですか。じゃあコーヒーと薄荷ティー、どっちがいいですか?」
それから約一時間が経った頃、茶を飲みつつ運転するコージと世間話していた京哉は道の前方がひらけているのを目にした。
スナイパーの抜群の視力で兵士が行き来し、彼らが一様にAKMなるアサルトライフルを担いでいるのも見取る。
AKMは旧ソ連発祥だ。
南軍のブレナン基地ではドイツのH&K製MP5を兵士は持っていた。
元は同じビオーラ国軍なのに内戦開始からたった三年で南軍と北軍では武器弾薬の仕入れ先がまるで違っているのが銃一丁を見ても分かる。それだけで単純に決めつけられはしないが旧西側と旧東側のどちら側からも武器弾薬は流入しているということだ。
もしこれがニックス=イヴァン少将の仕業だとすれば、なかなかの手腕である。
そう考えて京哉は感心した。何せ末端の兵士までが一発の弾薬からして種類の違う得物を持ち歩いているのだ。
手広くあらゆる死の商人とのチャンネルを保っておけばタックスヘイヴンと外資で潤い移住してきた一握りの人々が牛耳るこの国では、のちの地位は約束されたも同然だろう。
瞬時にそこまで考えながら、京哉は暢気な口調でコージに訊く。
「あれって検問?」
「ああ、CPに繋がる一本道だからな。けど僕は何度も通る常連だ、心配無用だよ」
頷いた京哉は霧島を起こしながら勝手にポケットに手を入れて国連査察団としての陸自二尉の身分証を抜き取り、自分のものと一緒にショルダーバッグの底に押し込んだ。
南軍への肩入れ宣言した国連関係者が今現在コージ曰く『いきり立っている』北軍で自己主張しても、いいことはひとつもなさそうだったからだ。
まもなく検問の兵士らに囲まれ、コージが車を駐めてエンジンを切る。
「よう、コージ。今度の出勤は早いじゃないか」
「おおっ、その東洋美人二人は何なんだ?」
あっさりとコージが車から降りたので京哉も目を擦る霧島を促して外に出た。するとさすがにジャングルの暑さは質が違った。
じっとりと湿度の高い重みのある熱気が身を押し包んで何もしなくても汗が滲む。
それでも表面上は笑顔を作り、要求されるままに日本とビオーラの両政府が発行した武器所持許可証や警察手帳まで見せた。
何故ここで日本の警察官なのかはコージの「僕の下僕だ」という言葉を信じて貰えた訳でもないだろうが、幸い酔狂な旅行者として問題にはされなかった。
「だがコージ、この先は少々拙いかも知れないぞ」
カネを払って兵士にガソリンを分けて貰いながらコージは首を傾げて先を促す。
「ブービートラップで昨日、別の小隊が二人やられた。我らが第十二CPのかなり近い所まで南軍の奴らが入り込んでるってことだ。こいつは一戦あるかも知れん」
「誰も僕の露払いを務めちゃくれないのか?」
給油しながらおどけて言ったコージに兵士はニヤリと笑った。
「運のいい悪人だぜ。丁度今からCPに戻る分隊がいる。そいつらに露払いをさせようじゃないか、え、ニックス=イヴァン副司令のワンコちゃんよ」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。僕はイヴァン氏と握手したことすらないぞ」
「まったまた、違う処で握手して……悪い悪い!」
ふざけ合うコージと兵士を前にしても霧島はまだ不機嫌続行中らしい。レンタカー内でコージと話を弾ませていたのを聞いていたようだ。けれど一応通訳してくれる。
どうやら北軍兵士の乗った車両が先導を務めてくれるというので少し安堵した。
幌を畳みオープン型にした車両が二台、道の先に現れている。軍用車両はAKMを担いだ兵士を五人ずつ乗せていて非常に乗り心地が悪そうだ。
だがこちらはボロでもエアコン付きである。不機嫌な霧島を先頭に乗り込むと文明の風にたちまち汗が引いていった。
何の合図もなく出発する。再びコージがステアリングを握った。
相変わらずの悪路だったが視界に他人が映っているのと、相変わらずムッとしているが霧島が起きてくれているのも嬉しくて京哉は僅かながら精神的に落ち着いた。
何処かに乗り捨てられるのが前提のようなボロいレンタカーはガタガタ振動し、時折バウンドしては車底を地面が擦って不穏な音と激しい衝撃が起こる。
周囲は背の低い灌木の茂みでいわゆるブッシュといったもの、僅かに見通せる先には本格的な緑のジャングルがあった。
「あの中までこの車で乗り入れるんですか?」
「あそこからが本番さ。傍から見れば奇妙な光景ではあるけどな」
まもなく密林に差し掛かる。ここも一応は道らしきものはあったが、先程までとは比較にならない悪路だ。
何度も車体はバウンドし着地してはサスペンションが折れるかと思うような底付きをする。更に道には水溜まりも多くあり不幸にも選ばれた白い車はあっという間に泥水の洗礼を受けてウィンドウごと茶色に染まった。
殆どワイパーが利かない場面にも遭遇する。前もロクに見えない状態で今まで何台の車がコージの犠牲になったんだろうと、どうでもいいことを考えながら京哉は不安になってきた。こんな状況でも眠り続ける霧島はいっそ天晴れで羨ましい。
「第十二CPに辿り着くまで、この車が車の形をしてたらいいですね」
「CPは元々村だった。そう心配しなくても村人たちはこうして行き来してたんだ。あと一時間で上手くすれば人に出会える。緩める時には緩んでおいた方がいい」
「はあ、そうですか。じゃあコーヒーと薄荷ティー、どっちがいいですか?」
それから約一時間が経った頃、茶を飲みつつ運転するコージと世間話していた京哉は道の前方がひらけているのを目にした。
スナイパーの抜群の視力で兵士が行き来し、彼らが一様にAKMなるアサルトライフルを担いでいるのも見取る。
AKMは旧ソ連発祥だ。
南軍のブレナン基地ではドイツのH&K製MP5を兵士は持っていた。
元は同じビオーラ国軍なのに内戦開始からたった三年で南軍と北軍では武器弾薬の仕入れ先がまるで違っているのが銃一丁を見ても分かる。それだけで単純に決めつけられはしないが旧西側と旧東側のどちら側からも武器弾薬は流入しているということだ。
もしこれがニックス=イヴァン少将の仕業だとすれば、なかなかの手腕である。
そう考えて京哉は感心した。何せ末端の兵士までが一発の弾薬からして種類の違う得物を持ち歩いているのだ。
手広くあらゆる死の商人とのチャンネルを保っておけばタックスヘイヴンと外資で潤い移住してきた一握りの人々が牛耳るこの国では、のちの地位は約束されたも同然だろう。
瞬時にそこまで考えながら、京哉は暢気な口調でコージに訊く。
「あれって検問?」
「ああ、CPに繋がる一本道だからな。けど僕は何度も通る常連だ、心配無用だよ」
頷いた京哉は霧島を起こしながら勝手にポケットに手を入れて国連査察団としての陸自二尉の身分証を抜き取り、自分のものと一緒にショルダーバッグの底に押し込んだ。
南軍への肩入れ宣言した国連関係者が今現在コージ曰く『いきり立っている』北軍で自己主張しても、いいことはひとつもなさそうだったからだ。
まもなく検問の兵士らに囲まれ、コージが車を駐めてエンジンを切る。
「よう、コージ。今度の出勤は早いじゃないか」
「おおっ、その東洋美人二人は何なんだ?」
あっさりとコージが車から降りたので京哉も目を擦る霧島を促して外に出た。するとさすがにジャングルの暑さは質が違った。
じっとりと湿度の高い重みのある熱気が身を押し包んで何もしなくても汗が滲む。
それでも表面上は笑顔を作り、要求されるままに日本とビオーラの両政府が発行した武器所持許可証や警察手帳まで見せた。
何故ここで日本の警察官なのかはコージの「僕の下僕だ」という言葉を信じて貰えた訳でもないだろうが、幸い酔狂な旅行者として問題にはされなかった。
「だがコージ、この先は少々拙いかも知れないぞ」
カネを払って兵士にガソリンを分けて貰いながらコージは首を傾げて先を促す。
「ブービートラップで昨日、別の小隊が二人やられた。我らが第十二CPのかなり近い所まで南軍の奴らが入り込んでるってことだ。こいつは一戦あるかも知れん」
「誰も僕の露払いを務めちゃくれないのか?」
給油しながらおどけて言ったコージに兵士はニヤリと笑った。
「運のいい悪人だぜ。丁度今からCPに戻る分隊がいる。そいつらに露払いをさせようじゃないか、え、ニックス=イヴァン副司令のワンコちゃんよ」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。僕はイヴァン氏と握手したことすらないぞ」
「まったまた、違う処で握手して……悪い悪い!」
ふざけ合うコージと兵士を前にしても霧島はまだ不機嫌続行中らしい。レンタカー内でコージと話を弾ませていたのを聞いていたようだ。けれど一応通訳してくれる。
どうやら北軍兵士の乗った車両が先導を務めてくれるというので少し安堵した。
幌を畳みオープン型にした車両が二台、道の先に現れている。軍用車両はAKMを担いだ兵士を五人ずつ乗せていて非常に乗り心地が悪そうだ。
だがこちらはボロでもエアコン付きである。不機嫌な霧島を先頭に乗り込むと文明の風にたちまち汗が引いていった。
何の合図もなく出発する。再びコージがステアリングを握った。
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