Shot~Barter.9~

志賀雅基

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第27話

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「この調子ならCPまで一時間と掛からない筈だ。だがその前に一雨くるぞ」
「一雨って、スコールとか?」

 訊きながら京哉は窓外を見上げる。殆ど緑で覆われていたが断片的に見えた空は暗い雲が分厚く張り出していた。雲の中で雷光が閃くのが分かる。確かに降りそうだ。

「スコールで済めばいいけどな。あいつらは気の毒だが全身丸洗いだ」

 笑ってコージが先行車を目で指した時だった。

 最前を往く軍用車両の上で何やら歌って盛り上がっていた兵士の一人が音もなく転げ落ちたのを京哉と霧島は目に映す。
 続けて二人目がふわりと浮いて車両の外、道を囲むブッシュに消えた。
 三人目が黒いものを頭から飛び散らせるに至り、やっと軍用車両二台はつんのめるように停止する。

 同時にコージが急ブレーキを踏み停車するなり三人は車外に飛び出した。ドアも開けたまま身を低くする。

「京哉、スナイプだ!」

 鋭く叫んだ霧島に対して先に把握していた京哉は無言で頷いた。身を低くしたまま辺りを窺う。停まった先行車両の兵士たちもようやく事態を呑み込んで、だが咄嗟に退避行動も取れず車両上で頭を低くしていた。

 そこに最前の車両で四人目の犠牲者が出る。吹き飛ばされ地に落ちた兵士らは皆、ヘッドショットを食らって斃れ伏し、動かない。

 ごく静かに、そして落ち着き払った声で京哉は霧島に訊いてみた。

「忍さん、カウンタースナイプ、いけますか?」
「分からんが指示してくれ。だが京哉、お前こそスコープもなしでいけるか?」
「やらないと全滅ですから。それにヒットした感じと僕の勘ではいける範囲内です」

 この手の京哉の勘に絶大な信頼を置く霧島は京哉に続いて共に密やかに移動を開始した。

 そのとき最前の車両の残り一人が緊張感に耐えきれずパニックを起こし、立ち上がって喚き始める。直後に飛来した弾丸の餌食となった。

 しかしその派手なアクションを楯にして霧島と京哉は滑るように距離を詰め、最前の車両の陰まで辿り着いている。二人は兵士の落としたAKMを手にしていた。
 素早く京哉はAKMのマガジンを抜いて弾薬を確かめると叩き込んで戻し、ボルトハンドルを引いて薬室チャンバに初弾を確実に送弾する。

「AKMの使用弾薬は直径7.62ミリで薬莢長は約三十九ミリ。直径が同じ7.62ミリNATO弾の薬莢長は五十一ミリ。つまりNATO弾より全長が短いですが、装薬量にはこだわらず有効射程は変わらないと考えて下さい」
「ということは……およそ八百メートルくらいか?」

 京哉は首を横に振る。

「それは狙撃銃の場合です。カタログスペックではAKMの有効射程は約千メートルでNATO弾を上回る。でもここで重要なのはAKMの設計思想で、基本はフルオート使用と考えて差し支えありません。だから有効射程千メートルもフルでのバラ撒き範囲の話になります。精密射撃で六百を謳うAKMですが実射はおそらくセミで四百、いえ、狙えて三百。コリオリ力は考慮の必要なし」

 言われて霧島は自分が全く戦力になりそうにないのを自覚し、正直に申告した。

「さすがに四百は当てる自信がないな。おそらく半分の二百も無理だぞ?」
「銃口にマズルブレーキが付いています。跳ね上がりを抑えるので、それこそフルでバラ撒いても構いません。二秒押さえてくれたら、あとは僕が両方撃ちますから。ただ本当に有効射程千メートルを忘れないで下さい」

 念を押されて霧島は頷く。余計なことは言わないが京哉の心遣いに感謝しかなかった。この自分がスナイパーをミンチにしないよう、わざと外して構わないと言っているのだ。撃つなら京哉自身が撃つからと。

 霧島と京哉は左側のジャングルを目で走査してゆく。だがスナイパーはスナイパーの目でしか探せない。じっとりと霧島の額に汗が浮かんだ。
 軍用車両を掩蔽にしているが、敵の得物が何なのか全く分からないのだ。アンチ・マテリアル・ライフル、いわゆる対物ライフルならば、この車両くらい簡単に破壊する。

「忍さん、一時方向、距離およそ三百七十!」

 鋭い囁きに瞬時に応じた霧島は京哉と同時にAKMのトリガを引いていた。京哉の言う通りセレクタはフルオート、あっという間に撃ち尽くす覚悟で反動を抑え込みトリガを引き続ける。

 敵は微かに見えているが京哉に念押しされなくても到底当たるものではない。わざと外さなくてもAKMの弾道は安定せず暴れているかのようだ。

 スナイパーは通常これもバディで動いている。もう一人はスポッタと呼ばれる観測手でスナイパーのアシスト役であり護衛だ。
 そのスポッタの姿がほんの微かな点の如く見えるのに、まるで違う場所ばかりに着弾して木の上から逃げられそうだった。

 けれど次の瞬間そのスポッタは京哉の放った一射を浴び、衝撃で木の上から転げ落ちて消えた。スナイパーの方は先に京哉から一撃を食らって木の上で幹に凭れ動きを止めている。
 
 そこに果敢にもコージが身を低くしたままやってきて、軍用車両の兵士に借りたらしい双眼鏡型のスコープを渡してくれた。倍率を合わせた京哉はチラリと確かめて霧島に渡す。

 スコープの視野内で霧島は樹上のスナイパーも落ちて藻掻くスポッタも、見事に右肩に被弾しているのを確認した。ガラクタとも思えるこんなアサルトライフルでスコープなしの三百七十メートル狙撃を連続で成し得た京哉の才能に改めて畏怖を覚える。

 思わず霧島は京哉をまじまじ見つめてしまい、何を思ったか京哉は赤くなった。

「京哉お前何を……まあ、ご褒美にキスでもしたいところだが」
「あ、それツケで。でも割と当たりましたよね。先に三発試射してグルーピングが良かったし、その時間を忍さんが稼いでくれたから狙えました。有難うございます」

 確かに試射は必要だが、その三射を撃ったことすら霧島は気付かなかった。試射に速射で、たったの三発。流れるように狙撃に二発で、初めて持ったアサルトライフルでの狙撃だというのに無駄弾なしだ。

 それに殺そうと思えば殺せただろうに京哉がそうしなかったのも有難かった。こんな所で人殺しする趣味は霧島にはない。同じく京哉も思ってくれたのが嬉しかった。
 おまけにスナイプで人を殺したあとはPTSDから京哉は必ず酷い熱を出して寝込むのを霧島は知っている。霧島のフルオートが間違っても命中しなくて正解だった。

 とにかく脅威が去って残った兵士たちが機能し始めた。最前の車両に二名が移って仲間三名の遺体を乗せる。後続には三名プラス二名の遺体だ。

 その作業中もコージはずっとファインダーを覗いて何もかもを撮り続けていた。

 口は挟まなかったが霧島には包まれてもいない遺体まで撮るのは、宗教に興味も縁もないリアリストの警察官であっても、何故か蹂躙や凌辱といった不穏な言葉を思い浮かべてしまい、目を逸らすにも限度があって先に京哉とレンタカーに戻った。

 一方で京哉も似たようなことを考えている。
 幾ら旧知の間柄でも、ああいう行動がどれだけ兵士らの神経を逆なでするものか、果たして考え及ばないのかと柳眉をひそめた。
 壊れかけた自分ですらそう思うのだ、仲間を殺された兵士たちは尚更だろう。

 だが当の兵士たちが無言を押し通したので、こちらも横から余計な口出しをするのは控える。先に戻ったレンタカーの中で霧島と京哉は互いの溜息しか聞かなかった。

 やがて三台の車は再び動き出し、激しい雨に叩かれつつ四十分後、第十二CPに辿り着いた。
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