Shot~Barter.9~

志賀雅基

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第28話

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 良くない噂ほど伝播速度は速いもので、コージの取った行動がCP内に広まるまであっという間だった。
 元は村だったというが殆どが焼き払われて、建物の全てが残骸となった跡地を利用したCPは狭い。小規模な一個中隊約百二十名が草地の広場に天幕と呼ばれるテントを張って南軍の情勢監視に就いているだけなのだ。

 そんなCPで私服の東洋人三人は非常に目立った。皆から見られ、そしてその視線が温度を失くしてゆくまで時間は掛からなかった。霧島と京哉は雨を理由にレンタカーに戻り、またも溜息を洩らす。京哉は煙草を咥え霧島は窓外をじっと眺め続けた。

 やがて雨が上がり、いつまでも車に籠城していられなくなって二人は仕方なく外に出る。すると広場の中央付近に張られた大天幕の前からコージが手を振っていた。

「あの男の図太さには恐れ入るな」
「うーん、確かにやり過ぎのような気はしますよね」

 大天幕まで行くと入り口の布を捲り上げた中から笑い声がする。入ってみると口ヒゲを生やした迷彩服の年配男がコージを相手に笑って説いていた。

「だからあんたは仕事を続けたければ空気をもっと読まなきゃならん。その場の人々を理解し、敬意を払って、学ぼうとしなけりゃならんと前にも言っただろうが」

 教え諭す口調にコージは仏頂面だったが拝聴はしているようだ。

 笑って説いていた口ヒゲの男が霧島と京哉に気付いて手招きをする。空いたパイプ椅子を勧められ、何処からか調達されたコーヒーまで出されて、二人は恐縮しつつ紙コップを受け取った。口ヒゲの年配男はこのCPを預かる中隊長だった。

 その中隊長によるとアーキン基地に向かうヘリは十五時に出るという。霧島が腕時計を見ると十四時四十分だ。随分と寝ていたので一人だけ時間がワープしている。

 濃いコーヒーを飲み干して中隊長に礼を言い外に出ると二十ミリバルカン砲を装備した迷彩塗装の中型ヘリが一機と、チェーンガン付き偵察用小型ヘリ二機がノーズを並べていた。

 コージと霧島に京哉の三人が乗せられたのは中型ヘリで定員十三名のシートが三人の参加で全て埋まる。すぐにエンジンとローターが回り出して五月蠅くなった。

 ここでも冷ややかな視線を寄越した者がいたが開き直ってしまえば二名のサツカンは涼しいポーカーフェイスで表情筋を揺らがせない。バンカケともいう職務質問でたびたび対象者から罵倒され慣れているのだ。当のコージが一番居心地悪そうだった。

「ここからどのくらい掛かるんでしょう?」

 白い横顔を見つめていた兵士が英単語の羅列で訊ねた京哉に答えてくれる。

「たっ、たぶん四十分ほどかと思います」
「そうですか、ありがとう」

 ここでも披露したタラシモードの微笑みは殆どの兵士を懐柔したようだ。三機編隊がテイクオフするのを待って急に話し声が戻ってくる。話題は霧島と京哉が何故こんな所に出張ってきたかというのが一番だったが、二人は『下僕』で押し通した。

 尤も国連関係者とバレたら、それも嘘ではあるが、ヘリから放り出されかねない。

「ところで物資の便も止まって、結構みんな大変なんじゃないですか?」

 首を傾げた京哉の言葉を霧島が通訳すると兵士の一人が笑ってみせる。

「耐乏こそ軍人の本懐……なんて、まだあまり困ってないですよ」
「ふうん。でも食料とか医薬品とか、どうしてるんでしょう?」
「まだ民間便が止まって三日ですから。それにうちは副司令が采配してますしね」
「ニックス=イヴァン少将が?」
「ええ。兵站の天才なんですよ、うちの副司令は。何もかも上手く調達してくれるんです。お蔭で武器弾薬も重くて大変でして」

 兵士らが揃って笑った。黒い噂の男は、部下たちには慕われているらしい。ヘリの騒音に負けない兵士らの大声を聞きつつ京哉は窓外に目をやる。高射砲を避けてか高度を取っているので何が見える訳でもないが、考えを巡らせるのには良かった。

 例えばコージの言う通り南軍旗印のスチュアート=ブレナンと北軍基地副司令であるニックス=イヴァンが繋がっていたとする。
 ブレナン候補に選挙で不正がありそれにニックス=イヴァンが絡んでいたとするなら、まず考えられるのは北部候補のゴードン=アーキン票をニックス=イヴァンが何らかの手段で操作したということだ。

 だが事態は内戦にまで転がったのに結局不正はなかったものとして、ブレナン候補に有利に風は吹いている。そこで敵側であるニックス=イヴァンは何を得るのか。

「北軍は圧倒的不利、でもニックス=イヴァンに何ひとつ損はない……」
「国外の大物と内戦絡みの物資について契約を結んだ。つまり大物たちの弱みを握ったも同然、いつでも誰にでも囁きひとつで脅しを掛けられるということだな」

 隣から霧島が覗き込んでいた。

「そうやって構築した人脈のネットワークは、どう使おうが自由自在なんですよね」
「黒だとすれば大した策士だ。そんな男をどう切り崩して不正を暴くか」

 窓外を再び見ると眼下にジャングルが迫っていた。もうすぐ到着らしい。

 やがてヘリ三機は編隊を組んだまま、北軍本拠地であるアーキン基地の駐機場エプロンにランディングした。
 ここでもブレナン基地と同じく降りるなり、様々なタイプのヘリがノーズを並べているのが目に入る。コンクリートのエプロンの前に巨大なカマボコ型の格納庫が三棟並んでいるのまで同じだった。

 怪訝に思ったのが顔に出ていたのか霧島にコージが説明した。

「南部基地と北部基地は同時期に作られて中身の造りは殆ど同じなんだ」
「ふむ、それでか。ところで腹が減ったんだがな」
「食堂の場所も心得てるみたいだな。でも部外者は外来者証を貰ってからだ」

 勝手知ったる風に歩いてゆくコージに霧島と京哉は続いた。

 外来者証をくれるという業務隊は食堂の近くにありコージは殆どノーチェックで外来者証を貰う。ここでの扱いは従軍カメラマンらしい。
 その助手がいきなり二人も増えた訳だが、忙しい業務隊の兵士は二人の政府発行の書類を一瞥しただけで、機械的に外来者証のバッジを渡してくれた。

 晴れて食堂に進軍した三人はそれぞれ一ドルを支払っただけで官品飯にありつく。

「旨いな、このフライドチキンは」
「こっちのピラフも及第点ですよ。本当に物資にはまだ困ってないみたいですね」
「まだ物資は流入してるのかも知れないな」

 スプーンを持ったまま京哉はコージに首を傾げてみせる。

「今もまだ国外の大物と繋がってるってことですか?」
「全て切れた確証もないし、ニックス=イヴァンも宣言してないぜ?」

 確かにそうだが軽く言われて二人は少々ムッとした。霧島と京哉はそんなマヌケの尻拭いにやってきたのだ。
 躍起になって火を消そうとする日本政府とその仲間たちが、この上まだマヌケを生産し特別任務をややこしくするとは思いたくもなかった。

 食事を終えると京哉の煙草タイムだ。忙しそうに行き交う兵士らを眺める。

「で、あんたの恋人は何処にいる?」
「それを今から探りに行くんだ」
「京哉にあと一本吸わせてくれ。そうしたら基地司令室にでもアタックしてやる」

 行き交う兵士たちにカメラを向けているコージに京哉が訊いた。

「従軍カメラマンってことは、ある程度ここの中も自由に見て回れるんですよね?」
「ああ。それで半月はここに泊まり込ませて貰ってる」
「ふうん。探りに行く先は副司令のスケジュールを知る秘書室辺りですか?」
「秘書じゃなくて副官だが、まあな。そこを潰してあとは掴んだ出先を巡ってる」

 その出先のひとつが問題らしい。コージは携帯を見て何事かを確認する。

「ターゲットは二週間に一度、例の場所に向かう。それが丁度今日か明日なんだ」
「昼か夜、どっち?」
「殆ど夜。それもあって毎回撒かれて……そうか、先に張っておく手もアリか」

 独り言のように呟き、コージは京哉が煙草を消すと同時に動き出した。
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