Shot~Barter.9~

志賀雅基

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第29話

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 副官室に探りを入れるまでもなく、迷わずコージはぐいぐいと十五分ほど歩いて基地の外柵沿いに出る。
 更に歩き幾つかあるらしい門の一ヶ所に辿り着くと、外来者証のバッジで警衛所をクリアして外に出てしまった。そこからも勢い良く歩いて行く。

「あのう、何処まで行くつもりなのかな?」
「近くに村がある。そこでいつも車を借りてるんだ。歩いて一時間ってとこだな」

 それを聞いて京哉は僅かに安心した。だが足元は押し固められた土で草も生え、あちこちに水溜まりもあってアスファルトに慣れた身には歩きづらいことこの上ない。

 やがて着いた村は意外に大きく、町といっても差し支えないくらいの規模だった。

 地面は何処も石畳で整地され、スコール対策なのか高床式の家屋がかなり遠くまで続いている。家屋にはそれぞれ小屋が付属していて鶏や豚まで飼っていた。家屋群の遙か向こうには、やや傾斜した密林を切り開いた田畑らしきものが見える。

 村に入ってもコージはぐいぐいと歩いて、ようやく一軒の家屋の前で足を止めた。

「イネス、いるかい?」

 唐突な大声に家屋の中から老人が一人現れる。老人は三人を見て相好を崩した。

「おお、またきなすったか。今日は都会のお人と一緒かね」
「悪いが、また車を貸して貰っていいかな?」
「構わんよ。殆ど使わんから乗って行くがいい。トランクに予備の燃料も入っとる」

 鶏小屋の脇に駐められていたのは紺色の軽自動車で相当な年代物だったが、ためらいなくコージがキィを回すとスムーズにエンジンは掛かった。

 三人揃ってイネスに片手を挙げると、コージは軽自動車を石畳に滑り出させる。すぐに道は元の悪路に戻ったがここも走り慣れた道なのだろう、相変わらずコージの運転は不安のないものだった。

「敵襲のない二時間だ、寝ていたって構わないぞ」
「それはいいけど、今度は何処ですか?」
「将軍が大物たちと会合していた村外れの小屋がある。そこから西に暫く行くと作りかけて放置された村があるんだ。その付近でいつも撒かれる。問題はその村なんだ」
「何で作りかけて放置なんでしょうか?」
「イネスに聞いたんだが首都のラチェンから来た酔狂な金持ちが自分の村を作ろうとして、途中で飽きたらしい。だがそれだけにしてはやけに厳重に囲いがされていて、中に入れないんだ」
「入れないんじゃ困りますよね、何とかしなきゃ」

 そこから二時間は悪路でローリングするの車の揺れとの戦いだった。さすがに軽自動車でこれは霧島も寝ていられないらしく、それでも京哉の隣で大欠伸をしている。

 やがてまた村が見えてきたが、軽自動車は減速することなく脇道を通り過ぎた。

「あれが国外の大物とニックス=イヴァンが会ってた小屋だ」
「ふうん。でも殆どは大物の代理人だったんでしょう?」
「まあね、自分で出張るマヌケはまずいなかったよ」

 そこで霧島と京哉はもしかしてコージは与党幹部二世議員のマヌケに気付いていなかったんじゃないかと思い至って顔を見合わせたが、それも後の祭りだ。

「ここからは二十分と掛からない。周囲警戒に励んでくれ」

 既に日も暮れた暗い中、ライトに照らされ反射する水溜まりは跳ねた様子がなく、ここ暫く車両は通っていないのを霧島は見取る。
 まだニックス=イヴァン氏は訪れていないようだ。

 小屋から遠ざかり軽快なコージの運転で十五分が経過した頃、それは見えてきた。

 鬱蒼と暗く重みすら感じるジャングルにそそり立っていたのは高さが三メートル近くある壁だった。コンクリートで出来た、いわゆるシンダーブロックを積んで造られた壁は、まだ新しいものらしく密林の葛などに侵食されてはいない。

 一ヶ所の厳重にロックされた金属製の門扉以外、いっそ潔いほどグレイ一色が続いている。ジャングルの中に三メートルの人工壁は異様な光景だった。

 軽自動車を密林の中に突っ込ませて隠し、三人は月明かりの中で壁を見上げる。

「この左右の端は崖と沢になっていて、そこからの侵入は無理だった」
「ふむ。だがこの中に入れればいいのだろう?」
「まあ、そういうことですよね。中で張れたらそれに越したことはないし」
「では入ろう」
「そんな忍さん、簡単にって、わあ!」

 霧島は少し離れて勢いをつけ、壁に走り寄って飛びついた。垂直の壁を駆け上がるかのようにして一瞬後には壁の上に手を掛け飛び乗っている。残る二人は唖然と見上げた。
 百九十センチ近い大柄な男とは思えないほど軽快な身のこなしだった。

「何だ何だ、あんたはどういう躰の構造をしてるんだ?」
「これでは目立つ、いいから早く来い!」

 先に京哉が霧島の手を借りて壁の上によじ登る。次にコージが肘を擦り剥きながら引き上げられた。霧島が真っ先に内側に飛び降りて降ってきた京哉を抱き留める。
 しかし霧島が働いたのはそこまで、他人を抱き留める趣味もないので背を向けた。

 コージは仕方なく今度は膝を擦り剥いたらしい。ともあれ三人は壁の内側への潜入を果たした。内側は想像より広い土地で建物もあった。

 月に照らされて破格の大きさのログハウスが一棟と、少し小ぶりのログハウスが二棟建っている。作りかけではなく完成品のように霧島の目には映った。
 それにしても文明圏では思い及ばないほど月と星が明るく周囲も観察できる。

「あの一棟は大きいな、機捜の詰め所が入りそうだぞ」
「もう先客がいるかもだから、大声はナシにした方がいいと思いまーす」
「想像以上に豪華な屋敷だな、使ってるのはこの辺りで採れる木材じゃないしさ」

 ぼそぼそ喋りながら三棟のログハウスの中から見咎められないよう、そっと周囲を巡ってみる。だがどれも暗くひっそりとしていて人の気配は感じられなかった。

「あとは張り込みしかないな」
「サツカンの十八番だろう、期待してるからな」
「眺めるだけならあんたにも……拙い、上空にヘリだ!」

 同時に気付いていた京哉と霧島は小さなログハウスの裏に駆け込む。強風に押されるようにコージがあとから転がり込んできた。暗さが味方して幸い見つからなかったようだ。ヘリは高空から垂直に降下してくる。

 三棟のログハウスの真ん中の空き地に中型ヘリがランディングした。ローターの回転が止まり巻き上げられる強風と砂埃の嵐が収まるのを待ってヘリから降りてきたのは、女が四人に男が二人だった。その六名の誰もがジャングル内の作りかけの村にはそぐわない。

 月明かりで窺うと一人はさほど若くはないが見事なプロポーションを強調するタイトな赤いドレスをまとった妖艶な中年美女だ。
 残る女三人は紺色のメイドドレスに白いヘッドドレスまで付けた使用人然とした若い女性たちで、赤いドレスの女を主人と認め、かしずいている様子が見て取れる。
 
 残りの男二人はダークスーツを着用して目つきも鋭かった。
 この男二人は赤いドレスの女とつかず離れずで、女のボディガードらしい。

 その六人で巨大なログハウスの中に入ると、すぐに建物の明かりが灯される。残された中型ヘリはテイクオフして生暖かい風を巻き上げ低空飛行で去った。ログハウスの向こうにも空き地が広がっていたのでそこに駐機しに行ったのだろう。

 だがヘリでの来訪者はその六名だけではなかった。暫く見守るうちに次々と小型ヘリが飛来しては盛装した男女を都合十名以上も降ろして行く。
 盛装の彼らは笑いさざめきながらログハウスに入り、既に中から愉しげな声が響いている状態だ。

「どういうことなんでしょうか?」
「公にできない秘密パーティーなのだろうが、何故こんな所でやらかすんだ?」

 答えに一番近そうな者として京哉と霧島はコージに目をやった。当のコージは影の中からドルガE5を構えたままの姿で固まっている。
 焦れて霧島がコージの背をつつき、茫洋としているカメラマンをこちらの世界に引き戻した。

「コージ、分かっているなら説明しろ」
「分からない、何で彼女が……」
「彼女とは誰のことだ?」
「赤いドレスの女、彼女はエルヴィラ=ブレナン、スチュアート=ブレナンの妻だ」
「スチュアート=ブレナンの夫人だと?」

 思わず霧島と京哉は大きなログハウスとコージを交互に見た。

「それだけじゃない、着飾った奴らは首都ラチェンに住む新興財閥たちだった」
「新興財閥って海外で成功してからビオーラに移住してきた資産家たちですよね?」
「そうだ。この国では政府の役人も議員も全て彼らが占めている」
「そんな人たちがこんな所で何してるんですか?」
「僕にも何が何だか、いったいどうなって……またヘリがきたぞ」

 小さなログハウスの裏手に身を潜めた三人が目から上だけ出して眺めていると、今度は大きめの中型ヘリが二機も飛来し、妙に眼光鋭い男を四人ずつ吐き出した。

「どうやらカタギではなさそうだが、あれが誰か分かるか?」
「霧島さん、あんたの読みは当たってる。あいつらはマルカ島の歓楽街を仕切るマフィアの二大ファミリー、ドン・ステファンとドン・ガーウィンにその護衛たちだ」

 囁き合いながら更に三人で様子を窺っていると、壁の方向から小型トラックほどもある軍用車両が走ってくる。
 その車両にはAKMライフルを担いだ兵士が二人と京哉たちも資料の写真で見覚えたニックス=イヴァンが乗っていた。
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