Shot~Barter.9~

志賀雅基

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第32話

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 弾丸の掠めたこめかみを軽く蹴られて霧島は目を覚ました。
 まず見えたのはブーツの爪先で、それがまた自分の頭にめり込む前に素早く上体を起こして辺りを見回す。

 木材で出来た床に壁、天井まで丸太を組んであって、ここがログハウスの中だと思い至った。だが自分が今いるリビングダイニングの造りが小ぶりなのとバルコニーに面した窓が少ないことで、二棟の小さなログハウスのどちらかだと当たりを付ける。

 両手首を後ろ手に縛った感触は配線などを結束する樹脂バンドだと思われた。

 被弾した右大腿部は掠めただけのようだが、そこにも心臓があるかのように鈍く熱く脈打っている。かなりの出血でスラックスの右側が見事に血染めになっていた。

 そこでブーツの持ち主を見上げた。頬に笑みを浮かべた男はニックス=イヴァン少将その人だった。口を開こうとした途端に腹を蹴り上げられる。仰向けに倒れたところで胸に足を載せられ踏みつけられた。肋骨が軋んで折れそうな痛みが走る。

 息すらままならない霧島に笑顔のニックス=イヴァンは日本語で訊いた。

「嗅ぎ回っていたカメラマンは何処だね?」
「……知ら、ないな。お友達の貴様の方が知っているんじゃないのか……ゲホッ!」

 ごつい軍用ブーツの爪先が胸にめり込み霧島は咳き込んで血の混じった唾を吐く。

「全く、知る必要のないことを。何故日本の警察官がこんな所にいるのかな?」

 流暢な日本語を操る相手はポケットの警察手帳を見たのだろう。だがニセの国連関係者の身分証を京哉がショルダーバッグに入れておいてくれたのは僥倖だった。そんなものを持っていたら問答無用で消されていたかも知れない。

 撃たれた脚より胸の痛みを不快に思いつつ霧島はニックス=イヴァンを見上げる。

「ちょっと道に迷ったみたいでな。ということで、おウチに帰して貰えるか?」
「減らず口を叩くのもいいが大事なパーティーをだめにした礼をさせて貰うからね」
「大事なパーティーか。内戦後のパイの切り分け、新興財閥たちに儲けさせたカネの取り分でも相談していたのか? ああ、マフィアにも分け前が要るのだったな?」
「そこまで物知りすぎると、命を短くするよ」
「ふん。それで貴様は作ったコネをフル活用、政治屋にでも成り上がるつもりか?」
「ほう、いい読みをしているな。さすがは警察官といったところかな、っと」

 言うなり頬を張り飛ばされて木材のテーブルに右肩をぶつけた。胸ぐらを掴んで引き起こされる。寄せてきたその顔に霧島は唾を吐きかけた。
 それを片手で拭ったニックス=イヴァンは笑いを絶やさず再度霧島の頬を殴る。軍人らしく堂に入った殴り方だった。
 お蔭で霧島自身の歯で頬の裏が切れたらしい。

 鉄臭さが口内に溢れて血を吐き出し、あとは舌で押して圧迫止血を試みた。

「その綺麗な顔をこれ以上潰すのは止そうか」

 勢い良く突き放されて後頭部を床に思い切りぶつけ、霧島の意識が遠のく。数秒で目を開けると腕に異物感があった。動かそうとすると強く掴まれ指が食い込む。

「何を……している?」
「動かない方がいい、せっかくの気分の良くなるクスリだからね」

 どうやら腕を捲られ、薬物を注射されているらしい。

「麻薬パーティーの残り物か」
「本当にキミは物知りだ。いよいよ手放す訳にはいかないな」

 どれだけ射つつもりなのか、何本もの空になった細いシリンジ、いわゆる注射器が床に転がった。だが人質をあっさり殺すこともないだろうと霧島は踏んで、ここで無駄な抵抗はしなかった。人質を扱いやすくするための薬物大量投与であって致死量は射たない。
 
 たぶん死にはしまいと冷静に思う。
 五本ものシリンジが転がったところで再び訊かれた。

「さて、キミは何を探りに来たんだね?」
「別に何も。私はあいつの下僕だそうだからな」
「下僕とはまた……日本からわざわざやってきた理由は何だ?」
「ただの旅行。途中であの男のカメラを壊した。代償に下僕をやっていただけだ」

 サラサラと答えると改めて相手の男を霧島は観察した。背が高く体つきの頑健な壮年だ。薄い色の金髪が軍人にしてはやや長い。
 笑いを絶やさぬ顔立ちは結構整っているがグレイの目が鋭くて全体の印象を引き締めている。そう馬鹿でもない印象だ。

「ふうむ、強情だな。まあ、ゆっくりと愉しませて貰うよ。覚悟しておくといい」
「ご苦労なことだが逆さに振っても何も出んぞ」

 戯言は相手にせず追加で二本を注射し、霧島の両足首も纏めて樹脂バンドで縛めるとあっさりニックス=イヴァンはログハウスから出て行った。ドアが開閉される間際に会話が聞こえ、ドアの向こうに見張りがいると霧島は気付かされる。

 当然ながら銃はホルスタごと没収されていた。腰のスペアマガジンまで抜かれている。今ここで暴れても難儀するであろうことが予想された。しかし見張りはいない。

「チッ、放置とは舐められたものだ」

 毒づきながら十分ほど転がっていたが、ふいに思いついて上体を起こし見回した挙げ句また転がり、尺取り虫のように這い出した。目的地はカウンターの向こうのキッチンだ。
 そこまで行けばナイフの一丁くらいあるだろうという魂胆である。

 しこたま時間を掛けてキッチンのシンクの下に辿り着いて、後ろ手に背の低い扉を開けた。だが残念なことにナイフはなかった。
 諦めきれずシンクに縋って立ち上がり引き出しを開けて探る。そこで見つけたのは調理用のハサミだった。

 苦労して後ろ手に縛られた手首の樹脂バンドを断ち切ろうと奮闘する。意外と難しいものだ。

 だがそこで唐突に焦りがやってきて手首ごと断ち切りたい思いに駆られた。全身から冷たい汗が噴き出して自分に訪れた異変を知る。
 思い当たるふしは射たれたクスリしかなかった。

「チクショウ、何が『気分の良くなるクスリ』だ、詐欺罪で射殺してやる!」

 破壊衝動と戦いながらやっと縛めを切ると手首は血塗れだった。

 怒りを溜めたまま深く溜息をつき足首の樹脂バンドを切る。溜息をついて気付くと自分の手が内ポケットを探っていた。掴んだものを出してみるとそれは京哉から貰った煙草のパッケージと使い捨てライターだった。誘惑に負けて一本咥えると火を点ける。

 逃げ出すより先に煙草を吸うというのが、そもそも自分の行動としておかしい気がしたが、異常に導火線の短くなった自分を意識してここは落ち着くべきだと紫煙を吐いた。そうしながら腕時計を見ると二時過ぎで急に京哉のことが心配になってくる。

 本当に京哉は捕まってはいないのか。もしかしたら捕らえられて今頃ニックス=イヴァンに嬲られてでもいるのではないか……。

 そんな思いが再び酷い焦りとなって腹の底を炙り始める。いつの間にか火の点いた煙草を握り締めていた。傷ついた脚を引きずり行動を開始する。裏口に目を留めた。そこにも見張りがいるという当然のことに霧島は思い至らずあっさり開けてしまう。

 咄嗟に向けられたAKMの銃口が霧島の喉を思い切り突いた。喉が砕けたかと思う痛みを堪えて兵士に右ストレートを見舞う。苛立ちを叩きつけた一発で兵士は吹っ飛んだ。だがそこまでだった。

 マフィア・ステファンファミリーのドンとそのガード三人が霧島の躰の至る処に銃口を捩じ込んでいたのだ。突かれた喉からは怨嗟の言葉すら出てこず、またログハウス内へと後戻りである。再び後ろ手に縛られガード三人から身体中を革靴で蹴られて床に転がった。

 そうしてやっと四人は出て行った。

 鬱陶しくも入れ替わりにニックス=イヴァンが入ってくる。相変わらずにこやかに笑ってグレイの目は油断なく鋭い。今度は一人ではなくガーウィンファミリーのドンとガード三人が一緒だった。

 ニックス=イヴァンとコンビのようにシルバーの髪をした四十前後、意外に若いドン・ガーウィンが霧島を見ておどけたような声を上げる。

「ほう、これは大した獲物じゃないか」
「基地に連れ込む訳にもいかなくてね」
「確かにこれは目立ちすぎる。わたしにそっちの趣味はないが、しかし見事だ」
「お気に召したなら持ち帰ってくれ。こちらから連絡をするまで好きにしていい」

 わざとらしいゆっくりとした英語に、何が好きにしていいだと腹を立てた霧島はニックスを睨みつけた。だがニックスはまるで意に介さず却って笑みを深くする。
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