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第43話
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不自然に呼吸を速めて見えづらそうに目を眇め、無言で前のめり気味に歩く霧島の手に京哉が触れると滴りそうなくらいに冷たい汗をかいている。
尋常でない様子にコージは走った。目敏く百メートルほど先にタクシーを見つけたのだ。
乗り付けてきて霧島と京哉を後部座席に収容すると、取り敢えず安全圏であるラチェン第一基地を目的地としてドライバーに告げる。そしてふと目に入ったルームミラーの中で額に汗を浮かべた霧島がシリンジを手にしているのを見た。
思わず振り返ったコージは瞬時に何事か悟って身を乗り出しドライバーの視界から霧島たちを遮る。
その間に霧島の二の腕を京哉がハンカチで縛り、浮かせた静脈に霧島は自分で針を刺した。立て続けに二本射って霧島はようやく全身の力を抜きシートに背を預ける。
腕から解いたハンカチで京哉が甲斐甲斐しく霧島の汗を拭いていた。そんな京哉の携帯が振動を始める。京哉はポケットから出してためらいなく操作し、小さな画面に浮かんだ文字を読み取った。霧島もそれを眺めると二人は揃って溜息を洩らす。
今度は何事かと再び身を乗り出したコージにも京哉は携帯を見せてくれた。
【国連安全保障理事会の意向により日本政府首相名を以て霧島警視及び鳴海巡査部長に下された特別任務を伝える。ビオーラにてリンド島内戦の首謀者たるニックス=イヴァンとスチュアート=ブレナンを暗殺せよ。 一ノ瀬】
「なっ、国連安保理事会って……あんたら、警察官って嘘だったのか?」
「嘘じゃありません。そこに警視に巡査部長って書いてあるじゃないですか」
「そりゃそうだが。でもこいつが本当に罷り通る命令なら表沙汰にできない裏命令ってことだろ? あんたらはこんなことばかりやらかしてるのか?」
「まさか。そんなに無茶が降ってきて堪りますか。国外任務も国連も初めてですよ」
「けど暗殺って何もかもこいつらに背負わせてチャラにするってことじゃないか!」
「そういうことになるかも知れませんね」
珍しく京哉の出した低い声にようやくコージは僅かな冷静さを取り戻した。
「じゃあ戦時特需とやらで高笑いしてた新興財閥はどうなるんだ? 本当に内戦を引き起こしたのはあいつら、奴らは麻薬パーティーにまで参加してたんだぞ!」
「それはね、コージ。貴方の撮った画像が河合泰造氏に流れて足元に火がついたも同然じゃないですか。そうでなくても河合社長は次の手を考えてると思いますよ」
そうだ、あの画像があったのだとコージは脳内が急に晴れ渡ったように感じる。
確かに河合社長はジャーナリスト流に鉄槌を下すべく動く筈だ、あの画像を武器にして。『戦争を食い物にする男たち』に続いての大スクープである。また自分は巨悪を瓦解させる立役者になれたのだとコージは安堵と喜びの溜息を洩らしかけた。
だが掠れた囁き声がコージ自身への欺瞞を叩き割る。
「間宮孝司、そこであんたは投げ与えられたものに満足するな」
思わずコージはビクリと肩を揺らした。そんなコージに霧島は続ける。
「日本含め国際社会を形成する主力国家は保身のため安保理に働きかけた。国際社会で表舞台に立つ主流派の国々は武器取引で弱みを握られた身内の大物がニックス=イヴァン擁護に回らざるを得なくなるのを恐れた。分かるか、そこに何があるか?」
「国際社会は身内の大物を護るために暗殺を……そこにこそ醜怪な巨悪がある?」
コージは霧島の苛烈ともいえる灰色の目から視線を逸らせない。
「分かっているのならコージ、あんたは途中で妥協するな。最後まで国際社会のやり方を見て、あんたの目であるそのファインダーで狙い続けろ。日本が、国際社会が、そして命令を受けた私たちがどんなに汚い手でそれをやり遂げるのか、あんたは見届けて伝えるんだ。あんたの撮った一枚は私たちが全力で足掻いても為せないことを成し得るのだからな」
「……そうだな。僕は何処までも食い下がる。どんな画を撮っても文句はナシだぞ」
「ああ、分かっている――」
そう言った途端に霧島は眠気に意識を融かしたようだ。京哉の肩に凭れて首をうなだれている。コージはルームミラーの中で無表情から素直に憂い顔に変化した京哉を見つめた。日本語で喋ればドライバーには分からないと知りながらも小声で訊く。
「注射は何本あった?」
「二十五本です。一回に二本で十二回と半分ですね」
「問題はインターバルがどのくらいかだな」
もし四時間としたら二日しか保たないことになる。
「マルカ島で手に入れるべきでしょうか?」
「マルカ島か。ドン・ガーウィンが斃れた情報が流れて、今頃は大騒ぎかも知れないな。でもドン・ステファンのルートで同じブツが手に入る保障はないぞ」
「ですよね。それに忍さんは自分から買うことには抵抗があるかも知れません」
「ものすごく優秀なサツカンだって話は僕も知ってる。自ら霧島カンパニーにガサ入れたくらい正義漢なんだろうしさ。なるべく寝かせておくしかないんじゃないか?」
「大人しく寝ててくれるような人ならいいんですけどね」
「じゃあ、こいつを預けておく」
そう言ってコージはベストのポケットから錠剤のシートを出して後部座席に投げてきた。左手でキャッチして京哉がシートを透かし見る。
どうやら精神安定剤か睡眠薬の類らしい。
尋常でない様子にコージは走った。目敏く百メートルほど先にタクシーを見つけたのだ。
乗り付けてきて霧島と京哉を後部座席に収容すると、取り敢えず安全圏であるラチェン第一基地を目的地としてドライバーに告げる。そしてふと目に入ったルームミラーの中で額に汗を浮かべた霧島がシリンジを手にしているのを見た。
思わず振り返ったコージは瞬時に何事か悟って身を乗り出しドライバーの視界から霧島たちを遮る。
その間に霧島の二の腕を京哉がハンカチで縛り、浮かせた静脈に霧島は自分で針を刺した。立て続けに二本射って霧島はようやく全身の力を抜きシートに背を預ける。
腕から解いたハンカチで京哉が甲斐甲斐しく霧島の汗を拭いていた。そんな京哉の携帯が振動を始める。京哉はポケットから出してためらいなく操作し、小さな画面に浮かんだ文字を読み取った。霧島もそれを眺めると二人は揃って溜息を洩らす。
今度は何事かと再び身を乗り出したコージにも京哉は携帯を見せてくれた。
【国連安全保障理事会の意向により日本政府首相名を以て霧島警視及び鳴海巡査部長に下された特別任務を伝える。ビオーラにてリンド島内戦の首謀者たるニックス=イヴァンとスチュアート=ブレナンを暗殺せよ。 一ノ瀬】
「なっ、国連安保理事会って……あんたら、警察官って嘘だったのか?」
「嘘じゃありません。そこに警視に巡査部長って書いてあるじゃないですか」
「そりゃそうだが。でもこいつが本当に罷り通る命令なら表沙汰にできない裏命令ってことだろ? あんたらはこんなことばかりやらかしてるのか?」
「まさか。そんなに無茶が降ってきて堪りますか。国外任務も国連も初めてですよ」
「けど暗殺って何もかもこいつらに背負わせてチャラにするってことじゃないか!」
「そういうことになるかも知れませんね」
珍しく京哉の出した低い声にようやくコージは僅かな冷静さを取り戻した。
「じゃあ戦時特需とやらで高笑いしてた新興財閥はどうなるんだ? 本当に内戦を引き起こしたのはあいつら、奴らは麻薬パーティーにまで参加してたんだぞ!」
「それはね、コージ。貴方の撮った画像が河合泰造氏に流れて足元に火がついたも同然じゃないですか。そうでなくても河合社長は次の手を考えてると思いますよ」
そうだ、あの画像があったのだとコージは脳内が急に晴れ渡ったように感じる。
確かに河合社長はジャーナリスト流に鉄槌を下すべく動く筈だ、あの画像を武器にして。『戦争を食い物にする男たち』に続いての大スクープである。また自分は巨悪を瓦解させる立役者になれたのだとコージは安堵と喜びの溜息を洩らしかけた。
だが掠れた囁き声がコージ自身への欺瞞を叩き割る。
「間宮孝司、そこであんたは投げ与えられたものに満足するな」
思わずコージはビクリと肩を揺らした。そんなコージに霧島は続ける。
「日本含め国際社会を形成する主力国家は保身のため安保理に働きかけた。国際社会で表舞台に立つ主流派の国々は武器取引で弱みを握られた身内の大物がニックス=イヴァン擁護に回らざるを得なくなるのを恐れた。分かるか、そこに何があるか?」
「国際社会は身内の大物を護るために暗殺を……そこにこそ醜怪な巨悪がある?」
コージは霧島の苛烈ともいえる灰色の目から視線を逸らせない。
「分かっているのならコージ、あんたは途中で妥協するな。最後まで国際社会のやり方を見て、あんたの目であるそのファインダーで狙い続けろ。日本が、国際社会が、そして命令を受けた私たちがどんなに汚い手でそれをやり遂げるのか、あんたは見届けて伝えるんだ。あんたの撮った一枚は私たちが全力で足掻いても為せないことを成し得るのだからな」
「……そうだな。僕は何処までも食い下がる。どんな画を撮っても文句はナシだぞ」
「ああ、分かっている――」
そう言った途端に霧島は眠気に意識を融かしたようだ。京哉の肩に凭れて首をうなだれている。コージはルームミラーの中で無表情から素直に憂い顔に変化した京哉を見つめた。日本語で喋ればドライバーには分からないと知りながらも小声で訊く。
「注射は何本あった?」
「二十五本です。一回に二本で十二回と半分ですね」
「問題はインターバルがどのくらいかだな」
もし四時間としたら二日しか保たないことになる。
「マルカ島で手に入れるべきでしょうか?」
「マルカ島か。ドン・ガーウィンが斃れた情報が流れて、今頃は大騒ぎかも知れないな。でもドン・ステファンのルートで同じブツが手に入る保障はないぞ」
「ですよね。それに忍さんは自分から買うことには抵抗があるかも知れません」
「ものすごく優秀なサツカンだって話は僕も知ってる。自ら霧島カンパニーにガサ入れたくらい正義漢なんだろうしさ。なるべく寝かせておくしかないんじゃないか?」
「大人しく寝ててくれるような人ならいいんですけどね」
「じゃあ、こいつを預けておく」
そう言ってコージはベストのポケットから錠剤のシートを出して後部座席に投げてきた。左手でキャッチして京哉がシートを透かし見る。
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