Shot~Barter.9~

志賀雅基

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第44話

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「コージがこんなの飲んでるなんて不思議かも」
「どういう意味だよ。本気のホットゾーンで人がどんどん死んでいくのを初めて見た時に五日以上経っても眠れなくてね、怖いやら気持ち悪いやらでさ。河合社長に紹介して貰った医者から処方されたんだ。まあ、今は御守り代わりだな」
「ふうん。僕も初めてスナイプした時は悲惨でしたよ、三日くらい眠れなかったし」
「そうか。それでも僕らは戦場があれば往くんだよな」

 ルームミラーの中で白い顔がゆっくり横に振られるのを見たコージは言葉を継ぐ。

「分かってるさ。警察官のあんたがスナイパーならSAT狙撃班でしかない筈だ。それにしちゃ鳴海、あんたは場慣れしすぎてるんだよな。AKMでカウンタースナイプなんて芸当をやらかす日本人なんて只者じゃない」
「現役SATには違いありません。まあ、SAT狙撃班員も本当は口外無用なんですが、あとは話す訳にはいかないんです。すみません」

 知ってしまえば引き返せないことがある。ジャーナリストの端くれとしてコージは、自分の手に負えないと嗅ぎ取っていた。

「謝ることはないが、そこにも僕の知らない世界があるってことか。おそらく聞いたら僕の方が困るような話なんだろうな。さっきのメールを見ただけでも相当危ない気はしてるしさ」
「そうですね。ただコージは隠せば知りたがると思ったから見せたまでです。面倒な問答をするよりもコージの自己判断に任せた方が楽だったから。そして僕の秘密を話さないのはそれこそ長話で面倒だからですよ。その程度に僕は鬼畜なんで……人殺しですし」

 さらりと言われてコージは頭に食らって即死したガードを思い出す。幾ら霧島の命が懸かっていても、あのためらいのなさと的確さは慣れ以外に考えられなかった。

「まあ、いいさ。あんたが過去に何処にいて何をやらかしていようが、今は霧島さんがついてるんだし。けれど鳴海、そこはあんたにとっての戦場だった。違うか?」

 指摘されて京哉はスナイパー引退宣言をした際に向けられた銃口を思い出した。

「過去もそうでしたが今でも『撃つ者は撃たれる』、それが鉄則だと思ってます」
「撃たれたこともあるのか?」
「ええ。銃って殺傷兵器なんですよね、喩え警察官が持ったとしても。僕は常にそういう認識で銃を手にしますから、忍さんと二人して常に戦場といえるのかも知れません。こういった任務は大抵明確な敵が存在しますしね。でも一緒にしなくていいですよ。僕は殺されたくないので殺す側にいます。コージはそれを止めさせるために訴える側なんですから」

 ゆっくりと穏やかに喋る内容は凄絶だ。コージは頭を振った。

「あんたと話していると殺すことが悪い事だって認識が曖昧になってきてヤバいな」
「人を殺しても何処が麻痺してるのかも分からない、壊れた人間の言い分に簡単に影響されてどうするんですか、未来のピューリッツァー賞ジャーナリストなのに」
「本当に鳴海は口先が上手いな。でも影響された訳じゃなく前々から思ってたんだ。ファインダーを覗いて一瞬に懸ける、その瞬間にあるものは狙撃と変わらないって」

 自嘲するような言い方に京哉は首を傾げる。

「そうなんですか?」
「ヒューマニズムの欠如とか、賞狙いの冷血漢なんて言葉にうんざりしてるのは確かだ。けれど説明は難しいんだが、少女が撃たれた瞬間に駆け寄って抱き起こすよりシャッターを切る。その千載一遇のショットを優先させる僕は、僕個人の意見だが、やっぱり何処かを麻痺させているのかも知れないと思うんだよ」

 戦場カメラマンを職業に選んだコージには、本当に自分が特異か普通か分からなかった。だが今現在の自分が並みの神経でなくなった事実は認めている。

「でも人命をないがしろにしての行動じゃない。そのくらいこの僕にだって分かります。とても特殊な職業で理解を得るのが難しいのは確かでしょうけれど」
「その点もスナイパーと同じ、嫌われ者も多いが味方につけたら心強い奴だ。スナイパーは味方の被害を最小限に食い止めるために投入されるんだよな?」
「それはどうでしょうか。でも僕はね、コージ。恥じないことだと思ってるんです」

 唐突に京哉が始めた自分語りにコージはミラーの中で先を促す。

「単に命令されてスナイプしてた頃はそう思いませんでした。心の何処かで自分を恥じていて、それに気付かないふりをして間違ったプライドで自分を塗り固めて、スナイプする自分を正当化していた。けど忍さんに出会ってそのプライドの殻を叩き割られたんです」
「命令でスナイプ……それで?」
「そのあと県警SATの狙撃班員になって、初めて忍さんと一緒にスナイプをした。わざわざ押しかけてスポッタとして付き合ってくれたんですよ。その時、忍さんに『この先、お前独りにトリガは引かせない』とまで言われて思ったんです。この霧島忍っていう誇り高い男を貶めない唯一の方法は、絶対に恥じないことだってね」
「……なるほど」

「だからこの先も僕はきっと人を撃って生きていくけれど絶対に恥じない。人を撃つ自分を否定しない。忍さんを得た、忍さんが選んでくれたこの自分を貶めない。そう決めたんです。お蔭で却って普通に人殺しを自称しちゃって忍さんに哀しい顔をさせてしまうんですよ。そのたびに失敗したって思う。でも忍さんのバディとしては誓って間違いません」

 ミラーに映った白くノーブルな横顔をコージはまじまじと観察した。

 女性と見紛うような青年に、いったいどれだけの意志の強さが秘められているのかを知り、あのガーウィンファミリーのガードに一射を撃ち込んだ時に感じた混乱を今更ながらコージは読み解いていた。あそこでためらいがなかったのは誇りがあったからだと。

 鳴海京哉にとって霧島忍は赦しの象徴なのだ。過去にどんな罪を犯したのかは分からないが、仄めかされただけでも本来なら陽の下を歩いていられるような行いではなかったと推測できる。

 その鳴海京哉を警察官の中の警察官と噂された霧島はパートナーとして、そしてバディとして選んだ。全てを知った上でのことだろう。

 そんな危険人物に対し、なおトリガを引く前提で共にあると宣言した男。

 紛れもなく鳴海京哉にとって霧島は神にも値する。その霧島を護るため、優先させるために誇りを持って撃ったのだ。

 だからといって無差別に殺した訳ではない。これから先も無差別には殺さない。赦してくれる霧島に恥じることなく毅然としていられる、それがこの鳴海京哉という男の唯一無二のボーダーラインなのである。

「あんた、鳴海」
「ん、何でしょうか?」
「頼むから、あんたは一生、霧島さんとセットでいてくれ」
「何です、それは。急にどうしたんですか?」
「いや、本気で言ってるんだ。あんたらは二人で一組、分かったな?」
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