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第47話
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考えながら設置されていた洗濯乾燥機を回しつつ京哉も手早くシャワーを浴びる。
急いで室内に戻ると案の定、霧島はデスク付属の椅子で前後逆に腰掛けて背凭れを抱き、眠ってしまっていた。肩から毛布をかけるとさすがに灰色の目が見開かれる。
そこで別れていた間の出来事を報告しながら洗濯乾燥機の衣服を回収し、霧島にも身に着けさせた。最前線までたった四十キロ、いつ何が起こるか分からない。
河合社長の仕掛けで軍を経由してビオーラ政府が動き、逆を辿ってピンポイント爆撃と聞いて霧島は納得した。
「ふむ、それであの無茶な攻撃とは稚拙だな。だがお前に言葉も通じん国で危険な真似をさせて悪かった。しかし京哉、今回お前はPTSDの熱は出さなかったのだな」
「そう言われたらそうですね。明確な敵を自分の意志で撃ったからかも知れません」
「ならば私も事実を告げよう。私も自分の意志で二人の人間を殺した」
マフィア本拠地のホテルのような部屋で京哉は眉間に一発ずつを食らい斃れた男二人に気付いていた。精確すぎるほどの腕から霧島の仕業だと予測してはいたのだ。
お蔭で驚きもせず静かに頷いた京哉に対し、霧島は灰色の目を真っ直ぐ向ける。
「お前に隠しはしない。全て受け止めてくれると知っているからな」
言葉通りに霧島は何ひとつ京哉に隠さなかった。ニックス=イヴァンに蹴られて目が覚めガードに犯されたことから二人を殺した顛末も細大洩らさず話して聞かせた。
「前回の特別任務でジャスティスショットを維持できず人を撃った私にお前は言ってくれた、銃を持つ以上は覚悟が必要だと。その覚悟が活きた。お蔭で後悔はない」
「それなら良かったです。日本の警察官の範疇から外れた任務なのに日本の警察官である自分にこだわると、おそらく僕らは命取りですから。それでもやっぱり貴方は紛れもなく日本の警察官ですから心配要りませんよ、上手く切り替えが出来てます」
「京哉先生の言う通りならいいんだが、一線を超えるのは案外簡単なものだな」
おどけた口調が哀しくも悔しくて、京哉は涙を零さないよう目を瞠る。
「拉致られたのが僕なら良かったのに。僕じゃなくて何も悪くない忍さんがこんな目に遭うなんて理不尽です。貴方にそんなこと、させたくなかった……」
「京哉、お前……私はお前が攫われるよりマシだったと思うぞ。もしそうなら私は関わった者を皆殺しにしても飽き足らなかっただろう。今頃はジェノサイダーだ」
掠れた声で逆に諭されて、これ以上は霧島に気を遣わせまいと京哉は強く言った。
「でも敢えて言わせて下さい。忍さんは自分を護っただけで正当防衛です。日本の法でも認められている。緊急避難と言ってもいいでしょう。だから貴方は何ら法を犯していない。けれど……二人で二人分、一緒に背負って生きて行きましょう」
「分かっている。そう言ってくれると思っていた」
「じゃあ、この話はここまでです。あとはクスリの作用を聞かせて下さい」
クスリの効果が切れると抑えられない焦燥感で自分自身どうしようもなく苛立つこと、射つと効き始めは過剰な安堵感で眠くなること、実際は四時間くらいが我慢の限度であることを白状する。それに射つ時は二本使わなければ効果がないのも話した。
「ならクスリはあと二日保つかどうかですね。マルカ島に行きますか?」
「必要ならそうする。だが京哉、暫くはお前の方がきっとつらい。すまん」
「貴方が謝ることはないですよ。それに心配しないで下さい、僕は大丈夫ですから」
「そうだな、スナイパーの神経はナイロンザイル並みだからな」
「なっ、僕がナイロンザイルなら、忍さんは金属ワイア並みでしょう」
「私のタンポポの綿毛のような神経に何を言うんだ」
二人で笑い、そして京哉はベッドの下段に腰掛けた霧島を抱き締める。
「まだ声が掠れてますね。喉、痛いですか?」
「そうでもない。煙草、吸っていいぞ」
「いつも吸い過ぎを気にしてるのに、どういう風の吹き回しですか?」
「別にどうもしないが、自分が吸うための免罪符的思考か」
「なるほど。なら吸います」
そっと京哉は離れて灰皿の載ったキャビネットを移動してくる。愛し人の隣に座り二人して咥えた煙草にオイルライターで火を点けた。深々と吸い込み盛大に紫煙を吐き出す。
「忍さん。スナイプは僕が行ってきます。貴方は街の病院に送って貰って下さい」
「だめだ。私はもう二度とお前独りにトリガを引かせない、そう決めたんだ」
「聞きましたけど、嬉しいですけど、でもどうしてですか?」
「どうしても。私はお前と一生、どんなものでも一緒に見てゆく。そう誓ったからだな。こればかりは理屈ではない。常にお前の隣にいるのは霧島忍、そこが私の居場所なんだ」
「ん、そっか。忍さん……じつは僕、貴方がもっと恋しいんですけど」
甘えの混じった声に、霧島はふいに京哉から目を逸らした。
「すまん、私はお前を壊すのが怖い。今度こそ私はお前を目茶苦茶にしてしまう」
「僕はそう簡単に壊れるほどヤワじゃない。だから……だめですか?」
「ああ、だめだ。誘うな、煽るな……本当にだめなんだ」
「そう。じゃあ、少しだけ一緒に眠りませんか?」
苦しさを堪えるような切れ長の目から視線を外してやると、霧島は安堵の溜息を洩らして煙草を消し、ベッドの下段に横になる。毛布を被せてから京哉も隣に潜り込んだ。普段と同じく左腕の腕枕を差し出され、背後から抱き締められる。
年上の愛しい男は躰の中心を硬くしていて、京哉はその熱を切なく感じ続けた。
急いで室内に戻ると案の定、霧島はデスク付属の椅子で前後逆に腰掛けて背凭れを抱き、眠ってしまっていた。肩から毛布をかけるとさすがに灰色の目が見開かれる。
そこで別れていた間の出来事を報告しながら洗濯乾燥機の衣服を回収し、霧島にも身に着けさせた。最前線までたった四十キロ、いつ何が起こるか分からない。
河合社長の仕掛けで軍を経由してビオーラ政府が動き、逆を辿ってピンポイント爆撃と聞いて霧島は納得した。
「ふむ、それであの無茶な攻撃とは稚拙だな。だがお前に言葉も通じん国で危険な真似をさせて悪かった。しかし京哉、今回お前はPTSDの熱は出さなかったのだな」
「そう言われたらそうですね。明確な敵を自分の意志で撃ったからかも知れません」
「ならば私も事実を告げよう。私も自分の意志で二人の人間を殺した」
マフィア本拠地のホテルのような部屋で京哉は眉間に一発ずつを食らい斃れた男二人に気付いていた。精確すぎるほどの腕から霧島の仕業だと予測してはいたのだ。
お蔭で驚きもせず静かに頷いた京哉に対し、霧島は灰色の目を真っ直ぐ向ける。
「お前に隠しはしない。全て受け止めてくれると知っているからな」
言葉通りに霧島は何ひとつ京哉に隠さなかった。ニックス=イヴァンに蹴られて目が覚めガードに犯されたことから二人を殺した顛末も細大洩らさず話して聞かせた。
「前回の特別任務でジャスティスショットを維持できず人を撃った私にお前は言ってくれた、銃を持つ以上は覚悟が必要だと。その覚悟が活きた。お蔭で後悔はない」
「それなら良かったです。日本の警察官の範疇から外れた任務なのに日本の警察官である自分にこだわると、おそらく僕らは命取りですから。それでもやっぱり貴方は紛れもなく日本の警察官ですから心配要りませんよ、上手く切り替えが出来てます」
「京哉先生の言う通りならいいんだが、一線を超えるのは案外簡単なものだな」
おどけた口調が哀しくも悔しくて、京哉は涙を零さないよう目を瞠る。
「拉致られたのが僕なら良かったのに。僕じゃなくて何も悪くない忍さんがこんな目に遭うなんて理不尽です。貴方にそんなこと、させたくなかった……」
「京哉、お前……私はお前が攫われるよりマシだったと思うぞ。もしそうなら私は関わった者を皆殺しにしても飽き足らなかっただろう。今頃はジェノサイダーだ」
掠れた声で逆に諭されて、これ以上は霧島に気を遣わせまいと京哉は強く言った。
「でも敢えて言わせて下さい。忍さんは自分を護っただけで正当防衛です。日本の法でも認められている。緊急避難と言ってもいいでしょう。だから貴方は何ら法を犯していない。けれど……二人で二人分、一緒に背負って生きて行きましょう」
「分かっている。そう言ってくれると思っていた」
「じゃあ、この話はここまでです。あとはクスリの作用を聞かせて下さい」
クスリの効果が切れると抑えられない焦燥感で自分自身どうしようもなく苛立つこと、射つと効き始めは過剰な安堵感で眠くなること、実際は四時間くらいが我慢の限度であることを白状する。それに射つ時は二本使わなければ効果がないのも話した。
「ならクスリはあと二日保つかどうかですね。マルカ島に行きますか?」
「必要ならそうする。だが京哉、暫くはお前の方がきっとつらい。すまん」
「貴方が謝ることはないですよ。それに心配しないで下さい、僕は大丈夫ですから」
「そうだな、スナイパーの神経はナイロンザイル並みだからな」
「なっ、僕がナイロンザイルなら、忍さんは金属ワイア並みでしょう」
「私のタンポポの綿毛のような神経に何を言うんだ」
二人で笑い、そして京哉はベッドの下段に腰掛けた霧島を抱き締める。
「まだ声が掠れてますね。喉、痛いですか?」
「そうでもない。煙草、吸っていいぞ」
「いつも吸い過ぎを気にしてるのに、どういう風の吹き回しですか?」
「別にどうもしないが、自分が吸うための免罪符的思考か」
「なるほど。なら吸います」
そっと京哉は離れて灰皿の載ったキャビネットを移動してくる。愛し人の隣に座り二人して咥えた煙草にオイルライターで火を点けた。深々と吸い込み盛大に紫煙を吐き出す。
「忍さん。スナイプは僕が行ってきます。貴方は街の病院に送って貰って下さい」
「だめだ。私はもう二度とお前独りにトリガを引かせない、そう決めたんだ」
「聞きましたけど、嬉しいですけど、でもどうしてですか?」
「どうしても。私はお前と一生、どんなものでも一緒に見てゆく。そう誓ったからだな。こればかりは理屈ではない。常にお前の隣にいるのは霧島忍、そこが私の居場所なんだ」
「ん、そっか。忍さん……じつは僕、貴方がもっと恋しいんですけど」
甘えの混じった声に、霧島はふいに京哉から目を逸らした。
「すまん、私はお前を壊すのが怖い。今度こそ私はお前を目茶苦茶にしてしまう」
「僕はそう簡単に壊れるほどヤワじゃない。だから……だめですか?」
「ああ、だめだ。誘うな、煽るな……本当にだめなんだ」
「そう。じゃあ、少しだけ一緒に眠りませんか?」
苦しさを堪えるような切れ長の目から視線を外してやると、霧島は安堵の溜息を洩らして煙草を消し、ベッドの下段に横になる。毛布を被せてから京哉も隣に潜り込んだ。普段と同じく左腕の腕枕を差し出され、背後から抱き締められる。
年上の愛しい男は躰の中心を硬くしていて、京哉はその熱を切なく感じ続けた。
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