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第13話
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頷いた京哉と仏頂面の霧島に呆然としたままの小田切が、今枝やメイドに椅子を引かれて着席する。まずはグラスにシャンパンを注がれて京哉は上司を窺った。
すると自然にグラスを取ったので本日はここに泊まりと察し自分もグラスを手にする。
巨大霧島カンパニーの会長を前に緊張した面持ちの小田切も勧められては断れない。
早速四人で乾杯したが何に対する乾杯かは誰にも分からない。とにかく皆が冷えたシャンパンを飲んだ。適度に冷えた飲みやすい辛口の上物だった。
運ばれてきた前菜とスープを頂きながら京哉が香坂について御前に説明する。
「なるほど。えらく景気良く血を撒きながらやってきて上で寝ておるのは、香坂堂の次男坊か。それが何でこんな所におるんじゃ?」
「それが分かれば苦労はしないんですけど……警視庁公安の警視で香坂堂の御曹司なんて人が何であんな所で暮らしていたのか、どうして万引きなんかしたのか、そしてたぶんわざと捕まったのは何故なのか、高見浩介が誰なのかさっぱりなんです」
「ほう、高見とな」
そう言って御前はパンをちぎりながら続けた。
「高見浩介なる男なら香坂の分家の跡継ぎじゃったぞ。しかし放蕩が過ぎて勘当されての、自棄になったか国外の高山に軽装で登ったきり行方不明になった。知る者は皆が自殺と認識しておるそうじゃ。噂で聞いた話じゃがの」
思わぬ情報が得られて残り三人は顔を見合わせた。香坂怜は高見浩介を知らない訳ではなかったのだ。魚料理に取り掛かりながら京哉が訊く。
「その高見の部屋に香坂は入り込み高見になりすまして生活してたんでしょうか?」
「わしはそこまでは知らん。じゃが香坂堂は随分とキナ臭くなってきたのう」
「どういうことですか?」
「おぬしらは聞いておらんのか? 暢気じゃの。先週金曜の晩に真城市の鈴吉山で見つかった男二人の撃たれた死体、あれは両方とも香坂堂本社の総務部に所属で、今は白藤支社に出向中の人間じゃぞ」
「えっ、そうだったんですか?」
京哉と霧島は純粋に驚いただけだったが、約一名は冷たいキスを思い出してしまったようで顔色を悪くする。
そこに肉料理が運ばれてきたのは気の毒だったが、これも霧島会長に目で勧められると口に運ぶしかない。食ってみればあまりの旨さに食欲も回復したようだった。
数日ぶりに摂取する蛋白質が最高級品で幸いである。
「いったい香坂堂で何が起こっているんでしょうか?」
「さてのう。森本議員まで動かした以上、香坂堂本社は上で寝ておる次男坊が何をしておったのか承知の上……じゃがわざわざ本社総務から人間を差し向けたのは秘密故か。ならば香坂堂白藤支社に至っては『その秘密』を探られる側。違うかの?」
さすがは霧島カンパニー会長ともいえる読みだと京哉は思った。
「じゃあ香坂警視は白藤支社の近くに潜伏し、何かを探っていたってことですか?」
さっさと肉料理を食い終えた霧島がそこで口を挟んだ。
「先入観だけでものを言っても始まらん。目覚めたら本人に訊けばいいことだ」
「箱の中を覗かせてくれるそうですし、恩も売ったんですし、それもそうですね」
そこからは暫し雑談をしながら料理を楽しんで、デザートの洋梨のタルト・ベルギーチョコアイス添えまで皆が綺麗に平らげる。ナプキンを乱して立ち上がった御前に倣い、皆がシェフに料理への賛辞と礼を述べてロビーに場を移した。
クリーム色の壁紙とバーカウンターなどの調度の黒檀が落ち着きを醸す場所で、本革張りのソファにそれぞれが腰を下ろす。
御前と京哉は今枝からコーヒーを貰い、霧島と小田切はディジェスティフのブランデーグラスを傾けた。御前と京哉に小田切の三人は煙草タイムである。
「でも霧島カンパニーとしても箱の中身は知りたいところですよね?」
「まあ、そうじゃな。あとで桜木に申し付けておくとしようかの」
霧島カンパニー情報セキュリティ部門副主任の桜木は、暗殺肯定派の実行本部責任者だった男で、当然ながら京哉とは良く知った仲だ。
京哉を暗殺せよとの命を受けて実行する寸前だったが、暗殺スナイパー時代に世話を焼いてくれたのも桜木だったため、恨むより親しみの方が先に立つ。
現在は捜査に有益な情報も流してくれる貴重な人物でもあった。
「では、わしは部屋に戻るとしよう」
「おやすみなさい、御前」
御前を見送って木目も美しい掛け時計を見ると、もう二十二時過ぎだった。京哉と霧島も腰を上げエレベーターに乗ろうとした。
ここでのいつもの行動だったが当たり前すぎて小田切を忘れていた。そんな二人に小田切が情けない声をかけて縋る。
「おい、俺はどうしたらいいんだい?」
「外でも何処でも好きな所で寝ろ。ロータリーの噴水辺りがお勧めだぞ」
「忍さんったら! 大丈夫ですよ、今枝さんがゲストルームに案内してくれます」
だが小田切は香坂が心配だと言い張り、今夜のベッドにソファを選んだ。
一方で霧島の自室は香坂と反対側の京哉の隣だったが大概ここに滞在する時は京哉の部屋に入り浸りだ。勿論寝床もソファでなくベッドで京哉と一緒である。
それぞれが部屋に落ち着くと京哉と霧島は交代でシャワーを浴びた。クローゼットには着替えも揃っていて何も困らない。
用意されていたお揃いの白いシルクサテンのパジャマを身に着け、ソファに並んで腰掛けるとニュースを見ながら霧島は京哉を抱き寄せた。それだけでなく身を屈めると京哉の耳元に囁きを吹き込む。
「京哉……なあ、いいだろう?」
「ちょ、昨日も一昨日もその前だって、あんなに……あっ、耳に息は卑怯――」
すると自然にグラスを取ったので本日はここに泊まりと察し自分もグラスを手にする。
巨大霧島カンパニーの会長を前に緊張した面持ちの小田切も勧められては断れない。
早速四人で乾杯したが何に対する乾杯かは誰にも分からない。とにかく皆が冷えたシャンパンを飲んだ。適度に冷えた飲みやすい辛口の上物だった。
運ばれてきた前菜とスープを頂きながら京哉が香坂について御前に説明する。
「なるほど。えらく景気良く血を撒きながらやってきて上で寝ておるのは、香坂堂の次男坊か。それが何でこんな所におるんじゃ?」
「それが分かれば苦労はしないんですけど……警視庁公安の警視で香坂堂の御曹司なんて人が何であんな所で暮らしていたのか、どうして万引きなんかしたのか、そしてたぶんわざと捕まったのは何故なのか、高見浩介が誰なのかさっぱりなんです」
「ほう、高見とな」
そう言って御前はパンをちぎりながら続けた。
「高見浩介なる男なら香坂の分家の跡継ぎじゃったぞ。しかし放蕩が過ぎて勘当されての、自棄になったか国外の高山に軽装で登ったきり行方不明になった。知る者は皆が自殺と認識しておるそうじゃ。噂で聞いた話じゃがの」
思わぬ情報が得られて残り三人は顔を見合わせた。香坂怜は高見浩介を知らない訳ではなかったのだ。魚料理に取り掛かりながら京哉が訊く。
「その高見の部屋に香坂は入り込み高見になりすまして生活してたんでしょうか?」
「わしはそこまでは知らん。じゃが香坂堂は随分とキナ臭くなってきたのう」
「どういうことですか?」
「おぬしらは聞いておらんのか? 暢気じゃの。先週金曜の晩に真城市の鈴吉山で見つかった男二人の撃たれた死体、あれは両方とも香坂堂本社の総務部に所属で、今は白藤支社に出向中の人間じゃぞ」
「えっ、そうだったんですか?」
京哉と霧島は純粋に驚いただけだったが、約一名は冷たいキスを思い出してしまったようで顔色を悪くする。
そこに肉料理が運ばれてきたのは気の毒だったが、これも霧島会長に目で勧められると口に運ぶしかない。食ってみればあまりの旨さに食欲も回復したようだった。
数日ぶりに摂取する蛋白質が最高級品で幸いである。
「いったい香坂堂で何が起こっているんでしょうか?」
「さてのう。森本議員まで動かした以上、香坂堂本社は上で寝ておる次男坊が何をしておったのか承知の上……じゃがわざわざ本社総務から人間を差し向けたのは秘密故か。ならば香坂堂白藤支社に至っては『その秘密』を探られる側。違うかの?」
さすがは霧島カンパニー会長ともいえる読みだと京哉は思った。
「じゃあ香坂警視は白藤支社の近くに潜伏し、何かを探っていたってことですか?」
さっさと肉料理を食い終えた霧島がそこで口を挟んだ。
「先入観だけでものを言っても始まらん。目覚めたら本人に訊けばいいことだ」
「箱の中を覗かせてくれるそうですし、恩も売ったんですし、それもそうですね」
そこからは暫し雑談をしながら料理を楽しんで、デザートの洋梨のタルト・ベルギーチョコアイス添えまで皆が綺麗に平らげる。ナプキンを乱して立ち上がった御前に倣い、皆がシェフに料理への賛辞と礼を述べてロビーに場を移した。
クリーム色の壁紙とバーカウンターなどの調度の黒檀が落ち着きを醸す場所で、本革張りのソファにそれぞれが腰を下ろす。
御前と京哉は今枝からコーヒーを貰い、霧島と小田切はディジェスティフのブランデーグラスを傾けた。御前と京哉に小田切の三人は煙草タイムである。
「でも霧島カンパニーとしても箱の中身は知りたいところですよね?」
「まあ、そうじゃな。あとで桜木に申し付けておくとしようかの」
霧島カンパニー情報セキュリティ部門副主任の桜木は、暗殺肯定派の実行本部責任者だった男で、当然ながら京哉とは良く知った仲だ。
京哉を暗殺せよとの命を受けて実行する寸前だったが、暗殺スナイパー時代に世話を焼いてくれたのも桜木だったため、恨むより親しみの方が先に立つ。
現在は捜査に有益な情報も流してくれる貴重な人物でもあった。
「では、わしは部屋に戻るとしよう」
「おやすみなさい、御前」
御前を見送って木目も美しい掛け時計を見ると、もう二十二時過ぎだった。京哉と霧島も腰を上げエレベーターに乗ろうとした。
ここでのいつもの行動だったが当たり前すぎて小田切を忘れていた。そんな二人に小田切が情けない声をかけて縋る。
「おい、俺はどうしたらいいんだい?」
「外でも何処でも好きな所で寝ろ。ロータリーの噴水辺りがお勧めだぞ」
「忍さんったら! 大丈夫ですよ、今枝さんがゲストルームに案内してくれます」
だが小田切は香坂が心配だと言い張り、今夜のベッドにソファを選んだ。
一方で霧島の自室は香坂と反対側の京哉の隣だったが大概ここに滞在する時は京哉の部屋に入り浸りだ。勿論寝床もソファでなくベッドで京哉と一緒である。
それぞれが部屋に落ち着くと京哉と霧島は交代でシャワーを浴びた。クローゼットには着替えも揃っていて何も困らない。
用意されていたお揃いの白いシルクサテンのパジャマを身に着け、ソファに並んで腰掛けるとニュースを見ながら霧島は京哉を抱き寄せた。それだけでなく身を屈めると京哉の耳元に囁きを吹き込む。
「京哉……なあ、いいだろう?」
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