21 / 49
第21話
しおりを挟む
メンチカツを頬張り咀嚼して呑み込んだ霧島は、これだけはと思い京哉に確認する。
「私はお前を信じている。だが小田切と二人きりになって、もし奴に不埒な真似をされそうになったらそのときは……分かっているな?」
「はい。ちゃんと銃は持ってますし、僕は撃ち負けませんから」
ぼそぼそと喋りながらも腹が減っていた京哉は超速で定食を残さず食べ終えた。その時には既に霧島も食後のほうじ茶のおかわりを貰っている。京哉が煙草を吸う間に霧島は考えた。
自分たちはヘロインと銃器密輸なる巨悪を暴くための捜査にきた筈である。それなのにどうして秋波だ、タラシだという問題になっているのか謎だった。
思考が伝わったのか、ふいに京哉が軌道修正する。
「ホシはもう二度も香坂警視を狙っています。つまり香坂警視はとっくに敵、香坂警視とつるんでる僕らも同じく敵だとホシは知っているんですよね?」
「ああ。誰が狙われてもおかしくはない、いつ頭上から銃弾が降ってくるか、そちらの方が必然という状況だ。それでも本庁のハムで香坂堂本社社長御曹司である香坂怜は狙われる筆頭だろう。香坂が消されるような事態になったら私たちも一旦退くことになる上、捜査続行は不透明になるからな」
「香坂堂本社の思惑はともかくとして、香坂警視は囮ってことですか?」
霧島は頷く。香坂堂より、この場合は警視庁の意向だ。通常なら表には出ない公安の、それもキャリアである香坂警視を投入した辺り、本気度の高さが窺える。
「まあな。世襲制の社において次男は将来の役員だが実質スペアとも云える立場だと言わざるを得ん。だからこそ香坂怜はある程度自由でサツカンにもなれたのだろうし今回のように危険を承知で香坂堂コーポレーションのために使われている」
「何だか気の毒かも。でも、それなら唯一の跡継ぎである貴方はどうなんですか?」
「私か? 私は私の好きにするだけだ。いちいち誰かの了承など取らん」
立場としては一人息子の霧島の方が窮屈な筈だが、縛るしがらみを無視し飄々としている。
「まあ、止めて留まる人じゃないですもんね」
「お前に言われたくないが。それより香坂は誰かが常に同行し警戒する必要がある」
「なるほど。じゃあ戻りますか」
今週の食事当番の京哉が千三百六十円を支払い外に出た。秘書室に戻ると小田切と香坂は戻っていた。幸恵が淹れてくれた緑茶を飲んで京哉が煙草を吸うとチャイムが鳴る。午後の仕事の始まりだった。
午後も京哉と小田切はビル内を駆け回って過ごした。根性でバインダーの書類全てにサインと捺印を貰い、指示通りに秘書室手前にある総務部に書類を渡す。時刻は十六時半で意気揚々と秘書室に戻ると野坂が眼鏡の奥の冷たい目を振り向けて言った。
「遅かったですね。まさか手分けせず二人一緒に回っていた訳でもないでしょう?」
京哉と小田切は顔を見合わせてから、野坂と目を合わせないようデスクに就いた。煙草を吸いつつ霧島と香坂の作業を眺める。相変わらず香坂は霧島に異常接近だ。しかし昼休みの京哉の指摘を受けて霧島側がサラリと躱しているように見受けられた。
支社長室は来客が帰ったばかりらしく、トレイに空のカップを載せた幸恵が内部ドアから出てきた。京哉たちを認めるとパッと顔を明るくして声を掛けてくれる。
「お客さまから頂いたカステラを切ったんですけど、食べませんか?」
「食う、食う。駆け回りすぎて腹減ったよ」
「じゃあ、お願いします」
コーヒー付きでカステラを二切れずつ出して貰い、京哉と小田切は早速頂いた。
「あー、これは旨いなあ」
「ここのカステラは美味しいので評判なんです」
「ん、美味しい。ザラメの甘さが沁みますね」
「京哉くん、世界で一番旨い紙ってこれだと思わないかい?」
「紙に『美味しさランキング』があるなんて初耳ですよ」
「そうかい? この旨い紙をこうして丸めて噛むと甘い汁が……」
「いい大人なんですから小田切さん。まさか砂糖の足りない頃に生まれたんじゃないですよね?」
あっという間に食い尽くした二人の勢いプラス、小田切の行動をジョークと取った幸恵が笑い出しながら追加の一切れを出してくれる。これも胃に収めてしまうとコーヒーを飲みつつ京哉はヒマ故にまた煙草を吸った。けれどその一本を吸い終えないうちに野坂が皆に告げる。
「そろそろ支社長の帰宅時間ですので、宜しいでしょうか」
皆で並び退勤する支社長を見送る儀式があるらしい。そこで廊下の支社長室正面ドア前で待った。野坂一人が支社長室に入って行き、支社長と一緒に出てくる。
「お疲れさまでした」
「「「「お疲れさまでした」」」」
幸恵に倣い四人もお辞儀した。頷いた支社長は自宅まで同行する野坂と共に去ろうとして、思いついたように足を止める。金縁眼鏡の奥で微笑むと新人秘書たちに声を掛けた。
「どうかな、仮とはいえ入社祝いに一杯やらんかね?」
訊かれて皆が霧島を見た。見られた霧島は迷わず誘いに乗る。
「この人数がお邪魔でなければご相伴に与ります」
何処に密輸のヒントが隠れているか知れない。それに支社の方針も左右可能な魚住支社長は疑わしき人物のトップともいえた。ここで断る手はない。
「私はお前を信じている。だが小田切と二人きりになって、もし奴に不埒な真似をされそうになったらそのときは……分かっているな?」
「はい。ちゃんと銃は持ってますし、僕は撃ち負けませんから」
ぼそぼそと喋りながらも腹が減っていた京哉は超速で定食を残さず食べ終えた。その時には既に霧島も食後のほうじ茶のおかわりを貰っている。京哉が煙草を吸う間に霧島は考えた。
自分たちはヘロインと銃器密輸なる巨悪を暴くための捜査にきた筈である。それなのにどうして秋波だ、タラシだという問題になっているのか謎だった。
思考が伝わったのか、ふいに京哉が軌道修正する。
「ホシはもう二度も香坂警視を狙っています。つまり香坂警視はとっくに敵、香坂警視とつるんでる僕らも同じく敵だとホシは知っているんですよね?」
「ああ。誰が狙われてもおかしくはない、いつ頭上から銃弾が降ってくるか、そちらの方が必然という状況だ。それでも本庁のハムで香坂堂本社社長御曹司である香坂怜は狙われる筆頭だろう。香坂が消されるような事態になったら私たちも一旦退くことになる上、捜査続行は不透明になるからな」
「香坂堂本社の思惑はともかくとして、香坂警視は囮ってことですか?」
霧島は頷く。香坂堂より、この場合は警視庁の意向だ。通常なら表には出ない公安の、それもキャリアである香坂警視を投入した辺り、本気度の高さが窺える。
「まあな。世襲制の社において次男は将来の役員だが実質スペアとも云える立場だと言わざるを得ん。だからこそ香坂怜はある程度自由でサツカンにもなれたのだろうし今回のように危険を承知で香坂堂コーポレーションのために使われている」
「何だか気の毒かも。でも、それなら唯一の跡継ぎである貴方はどうなんですか?」
「私か? 私は私の好きにするだけだ。いちいち誰かの了承など取らん」
立場としては一人息子の霧島の方が窮屈な筈だが、縛るしがらみを無視し飄々としている。
「まあ、止めて留まる人じゃないですもんね」
「お前に言われたくないが。それより香坂は誰かが常に同行し警戒する必要がある」
「なるほど。じゃあ戻りますか」
今週の食事当番の京哉が千三百六十円を支払い外に出た。秘書室に戻ると小田切と香坂は戻っていた。幸恵が淹れてくれた緑茶を飲んで京哉が煙草を吸うとチャイムが鳴る。午後の仕事の始まりだった。
午後も京哉と小田切はビル内を駆け回って過ごした。根性でバインダーの書類全てにサインと捺印を貰い、指示通りに秘書室手前にある総務部に書類を渡す。時刻は十六時半で意気揚々と秘書室に戻ると野坂が眼鏡の奥の冷たい目を振り向けて言った。
「遅かったですね。まさか手分けせず二人一緒に回っていた訳でもないでしょう?」
京哉と小田切は顔を見合わせてから、野坂と目を合わせないようデスクに就いた。煙草を吸いつつ霧島と香坂の作業を眺める。相変わらず香坂は霧島に異常接近だ。しかし昼休みの京哉の指摘を受けて霧島側がサラリと躱しているように見受けられた。
支社長室は来客が帰ったばかりらしく、トレイに空のカップを載せた幸恵が内部ドアから出てきた。京哉たちを認めるとパッと顔を明るくして声を掛けてくれる。
「お客さまから頂いたカステラを切ったんですけど、食べませんか?」
「食う、食う。駆け回りすぎて腹減ったよ」
「じゃあ、お願いします」
コーヒー付きでカステラを二切れずつ出して貰い、京哉と小田切は早速頂いた。
「あー、これは旨いなあ」
「ここのカステラは美味しいので評判なんです」
「ん、美味しい。ザラメの甘さが沁みますね」
「京哉くん、世界で一番旨い紙ってこれだと思わないかい?」
「紙に『美味しさランキング』があるなんて初耳ですよ」
「そうかい? この旨い紙をこうして丸めて噛むと甘い汁が……」
「いい大人なんですから小田切さん。まさか砂糖の足りない頃に生まれたんじゃないですよね?」
あっという間に食い尽くした二人の勢いプラス、小田切の行動をジョークと取った幸恵が笑い出しながら追加の一切れを出してくれる。これも胃に収めてしまうとコーヒーを飲みつつ京哉はヒマ故にまた煙草を吸った。けれどその一本を吸い終えないうちに野坂が皆に告げる。
「そろそろ支社長の帰宅時間ですので、宜しいでしょうか」
皆で並び退勤する支社長を見送る儀式があるらしい。そこで廊下の支社長室正面ドア前で待った。野坂一人が支社長室に入って行き、支社長と一緒に出てくる。
「お疲れさまでした」
「「「「お疲れさまでした」」」」
幸恵に倣い四人もお辞儀した。頷いた支社長は自宅まで同行する野坂と共に去ろうとして、思いついたように足を止める。金縁眼鏡の奥で微笑むと新人秘書たちに声を掛けた。
「どうかな、仮とはいえ入社祝いに一杯やらんかね?」
訊かれて皆が霧島を見た。見られた霧島は迷わず誘いに乗る。
「この人数がお邪魔でなければご相伴に与ります」
何処に密輸のヒントが隠れているか知れない。それに支社の方針も左右可能な魚住支社長は疑わしき人物のトップともいえた。ここで断る手はない。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる