Black Mail[脅迫状]~Barter.23~

志賀雅基

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第11話

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 すぐに京哉は眠気に意識を溶かしたようだった。規則正しい寝息が聞こえる。霧島は白い額に唇を押しつけて自分も目を閉じた。だが直後にナイトテーブル上で携帯が震え始め、半分夢見心地で手に取り操作してしまう。
 それがメールならば見なかったふりをするところだったが、流れてきたのが聞き覚えのあるテノールだったので不意を突かれた。

《――やあ、霧島くん、こんばんは。夜分すまないねえ。すまないついでに休日のところを申し訳ないのだが明日、いや、もう今日になったが、鳴海くんをつれて十時にわたしの部屋まで来てくれたまえ。ああ、二人ともパスポートと銃を忘れずに》
「あっ、ちょ、一ノ瀬いちのせ本部長!」

 思わず叫んだ時には既に電話は切れている。あまりのタイミングに霧島は腹を立てるのも忘れて呆然と携帯を眺めた。そして静かにナイトテーブルに携帯を戻すと再び京哉を抱き締める。県警本部長からの呼び出し、それは特別任務が降ってきたに違いなかった。

 だが京哉に告げるのは明日の朝と決め、霧島は深い溜息をついて眠りに就く。

◇◇◇◇

 サーバのシステムメンテナンスに関する会議を終え、ビル=スレーダーはジェマの淹れてくれたコーヒーを味わっていた。そうしながらデスク上のフォトフレームを目は自然と映している。眺めているのはジェマも知っていて、だが一切咎めない彼女に感謝だ。

 このナルコム・コーポレーションは僅か五人で旗揚げした、ほんのちっぽけなIT企業だった。今でこそ自社開発したオンラインゲームが幾つか当たり、中でも全世界一斉配信した『ハンターキラー』が空前の大ブームになり、一介の下請けでしかなかった社名は一躍売れて、思っても見なかった有名ゲーム会社になった。

 だが社長のビル=スレーダーは起業当時、心身共に傷つき癒える兆候も見えない状態だった。しかし『何もしないで考えているのは良くない』と諭すジェマの強い勧めもあり、部下として信頼できる人材も一緒に選定してくれたのをきっかけに、後戻りもできなくなって仕方なく慣れない『社長業』を始めるハメになったのだ。

 けれどジェマとは長く深い付き合いで、この自分に今、必要なものが何なのか彼女にはすっかりお見通しだったと言えるだろう。当初、勧めは半ば強引に思ったが結局は正解でたちまち忙しくなり、鬱々と考え込む時間は殆どなくなった。

 忙しくしているうちに社長業も割と板についてきて、多少の余裕ができた頃に起業仲間の四人と語った夢が偶然合致した。それは立ち上げた会社を『ただのIT下請け企業』のままにしておくのではなく、それぞれが持ち寄ったアイデアを集約・意見し高めて誰もが一目置くような『これまでなくリアルなゲーム』を制作する会社にすることだった。

 数種類のゲームの骨子自体は既にできていた。そのゲームの素案に興味を示し、積極的に身を乗り出した者が起業仲間として集まったのだから当然といえば当然だ。

 核となる四人の他、事務や雑用の従業員をジェマが集めてくれた訳である。
 とはいえ、弱小下請け会社がいきなりゲームソフトを制作してもそれこそ自費出版の自伝のようなもので簡単に売れる訳がない。おまけに目指すのはこれまでになくリアルなゲームだから資金も要る。まずはIT企業としての信頼を得るのが先だった。
 
 目的ではなく手段として会社をIT企業の下請けとして機能させ始めた。同時に僅かなヒマを見つけては、あらゆるIT関連企業を訪問した。表立ってはプログラミングの下請け仕事を貰うためである。だがそれで話は終わらせず、『ゲームソフトの企画』を必ず口にし、粘りに粘った挙げ句に苦笑いで『また今度』を繰り返された。

 ゲームと言っても企画が本当に規格外な発想から始まっていたものだから、実現に漕ぎ着けるまでは遠く長い道のりと皆が承知していた。それでも仕事が目的ではなく手段と思えば皆の心にも張り合いがあった。だからこそ却って会社も意外なまでに早く大手のIT企業から信頼を得てコンスタントに下請け仕事が入るようになった。

 けれどまだ目指すゲームソフトの開発に手を付けるには至らなかった。
 ただ会社としては経営も安定し何も困らなくはなった。だが社長室にこもったビル=スレーダーは再び何かを失くした気がした。夢の実現に向かっているがそれは単なる銀行の会社名義預金が増えてゆくだけであり、でも本格的に夢の実現を起動するには少々足りない状態という想定外の落とし穴に足を取られたような感じだった。

 そこでまたジェマにアドヴァイスされたのだ。『動きなさい』と。
 ビル=スレーダーは考えた挙げ句、再びジェマの示唆に沿い動き出した。

 親会社である数社に対し、幾ら下請けとはいえ一応は企業の社長とは思えない申し出をしたのだ。始めたのはいわゆる便利屋のようなものだった。ビル=スレーダー自身にとっては簡単で殆ど趣味の範疇とも云える仕事内容である。夜中に親企業の当直を叩き起こした電話でのクレーム対応という、至極面倒だが考えに耽る時間を奪う仕事だ。

 やってみると案外面白かった。あるご婦人ユーザーに『PCの電源の入れ方と切り方』をレクチャしたり、子供のPCトラブルを解決したついでに宿題の数学問題も解決したりした。独り自家用車で片道二時間の距離を駆けつけてみると、目的地はやたら豪奢な屋敷で周囲をダークスーツの男たちが固めている、つまりマフィアだったりもした。

 そういったことを続けていたビル=スレーダーには、いつの間にかIT関係だけでなく様々な人脈ができていた。時間外超過勤務に従業員を呼び出したりしなかったので、個人の人脈ではあったが社長室でコーヒーを飲み写真を眺めているよりも、できた人脈の中から誰かに呼ばれて茶や酒を飲んだりしている方が余程マシだった。

 こうして人脈を作るのも社長としては悪くないだろうとも思っていた。元々自分が社長の責を負ったのも起業に必要な費用を全てビル=スレーダー本人が拠出したからである。だがナルコム・コーポレーションは皆の力を合わせたからこそ、零細とはいえIT企業らしい体裁が整ったのだとビル=スレーダーは疑っていなかった。

 ただ、きっかけが自分だった事実はどうしても忘れられない。
 巨額の資金はフレームの写真に映っている妻と息子の保険金を当てたのだった。
 妻と息子は父兄同伴の社会見学に出掛けて帰ってこなかった。
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