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第12話
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ムッとした霧島は十数時間ぶりの煙草を咥えてオイルライターで火を点けた年下の恋人を見つめた。見られながら京哉は一本を灰にしてようやく脳ミソが逃げ出さずに頭蓋内に収まっているのを実感する。
まだ霧島がじっと見つめているのに気が付いてそそくさと二本目の煙草を消した。年上の愛し人は相当腹が減っているらしい。
コートを脱ぎショルダーバッグを置くと部屋を出てオートロックを確かめた。
エレベーターの中で京哉は霧島を見上げて念を押す。
「僕は喋ればエセ軍人がバレますから黙ってますよ。全て貴方に任せますからね」
「分かっている。面の皮が分厚いから基地司令は上手く丸め込んでやる。安心しろ」
「やっぱり忍さんって、すんごい土鍋性格ですよね」
腹が減りすぎて互いにカリカリしながら十七階の食堂に足を運んだ。兵士たちばかりの中、私服というだけでなく目立つ容貌で思い切り人目を惹いたが意に介さない。
そこで待ち受けていた案内役の男は、つい今しがた急遽この役目を仰せつかったのか、結び目が今にも解けそうな蝶タイを気にしていた。白いサーヴィスユニフォームについた階級章は下士官の最上位で先任曹長、二人の倍ほどの年齢から叩き上げのようである。
これには何だか申し訳ないような気がして二人は絨毯の上をへこへこと歩いた。
食堂の奥、窓の傍に会食用のテーブル席があり、セヴ=アスカリド大佐が座っていた。二人の姿を認めると弾かれたように立ち上がって手を差し伸べてくる。
「こんな辺境の基地までようこそいらっしゃいました。基地司令のアスカリドです」
「中央会計監査院・第三課所属のシノブ=キリシマ中尉です」
「キョウヤ=ナルミ中尉です」
二人は促されるままにアスカリド大佐と向かい合う形で並んで着席しながら、そっと顔を見合わせた。どうやら本当に中央会計監査院の名が効き過ぎたらしい。
軍隊は何処であろうとゴリゴリの体育会系組織である。上下関係は絶対的だ。幾ら辺境の基地司令だからといって、大佐が四階級も下の中尉に敬語で話しかけるなどということがそもそもあり得ない。
その背後にある意図は基地司令がとんでもない権力志向のおべっか使いなのか、あるいは脛に傷を持つ身であるのか、もしくはその両方だ。
内心呆れつつも宣言通りに京哉は黙り、任された霧島が口火を切った。
「随分と豪華ですね。この食堂だけではなく兵舎といい、基地そのものが。付属の空港も立派でしたし、都市部のオフィス街より余程整っていて驚きました」
「お褒め頂いて光栄です。ご存じかも知れませんがこのキシランは物価が安い割に文化レヴェルが高いので、軍といえどもそういった部分にはとても気を使うんですよ」
霧島も基地司令も笑顔を絶やさないが、目は笑っていない。
そこに先程の曹長がきて明らかに慣れない手つきでワゴンからサーヴィスした。
「こちらは前菜のサラダと、あー、ナントカの冷製スープです」
基地のカネ回りの良さの秘密を知っているのは司令と、この先任曹長だけなのかも知れない。秘密を洩らさぬために給仕担当の兵士を外させたのか。
そんなことを京哉が妄想している間に曹長殿はそそくさと厨房の奥に消えた。
「これだけの基地の整備にかかる予算をよく分捕れましたね。司令は余程の手管をお持ちのようだ。その錬金術を是非ともご教授頂きたいところです」
作り置きらしい冷たいスープを上品にスプーンで口に運びながら、いきなり面倒臭くなった霧島は言葉も選ばずに言い放った。アスカリド大佐が僅かに仰け反る。
コース料理の趣きだがアペリティフもないのは兵士専用レストランだからなのか、それとも目の前のへっぽこ基地司令が酔って迂闊なことを口走らないための配慮なのか。
などとまた京哉は妄想しながら完璧な作法の霧島を見習ってスプーンを操った。冷製スープは海鮮の出汁が利いて結構美味しかった。
そういえば資料の中にあった地図上で、この基地から遠くない場所に海があったのを京哉は思い出す。軍の空港から見た時もこの基地からも見えはしなかったが。
全く関係ないことを考えて京哉が全てを他人事のように捉える一方で、スプーンを持つ手を止めたアスカリド大佐は霧島の放ったストレートから立ち直ったようだ。
「この際はっきり申し上げましょう。公式、非公式を問わずこの基地は地元から様々な恩恵を受けています。その中には会計に計上していないものも色々とある訳です、今お二人が召し上がっているその料理の食材にしても然り。今日は良い野菜が穫れたといって持ち寄って下さる地元の方もいますしね――」
さっさとスープとサラダを平らげた京哉は警察官の習い性でじっと基地司令の様子を観察していた。やけに饒舌なのは何かを糊塗しようとしている。
スプーンを持っていない方の手が握って開いてを繰り返しているのは、滲んだ汗を乾かしているらしい。
京哉に見られていることにも気付かず、アスカリド大佐は取り敢えずの強敵を霧島だと認識したようだ。不自然なほど灰色の目を見つめながら喋り続ける。
「――ときに地元の人間から役務の提供を乞われることもある。幾許かの謝礼と共にね。軍の正式な仕事でなくとも地域への貢献として我々はやらざるを得ない。そして謝礼を受け取る。我々はそれを元手に基地の整備をする。整備は勿論この地域の業者を使い、業者はここの人間を雇うことで地元に利益が還元される。そういう寸法だ。わたしを含め軍の誰かが謝礼を独り占めしたり、それで私腹を肥やしたりといったことは一切していない。それがここのルールだ。地元から得た恩恵は末端の兵士一人一人に至るまで福利厚生その他の形で行き渡っている。お分かり頂けますかな?」
何も分からなかった。
いつしか慇懃な言葉遣いを止めて過剰なほど堂々とした基地司令の長広舌は、霧島と京哉の耳を右から左に抜けてレストラン内に拡散してゆくだけだ。
まだ霧島がじっと見つめているのに気が付いてそそくさと二本目の煙草を消した。年上の愛し人は相当腹が減っているらしい。
コートを脱ぎショルダーバッグを置くと部屋を出てオートロックを確かめた。
エレベーターの中で京哉は霧島を見上げて念を押す。
「僕は喋ればエセ軍人がバレますから黙ってますよ。全て貴方に任せますからね」
「分かっている。面の皮が分厚いから基地司令は上手く丸め込んでやる。安心しろ」
「やっぱり忍さんって、すんごい土鍋性格ですよね」
腹が減りすぎて互いにカリカリしながら十七階の食堂に足を運んだ。兵士たちばかりの中、私服というだけでなく目立つ容貌で思い切り人目を惹いたが意に介さない。
そこで待ち受けていた案内役の男は、つい今しがた急遽この役目を仰せつかったのか、結び目が今にも解けそうな蝶タイを気にしていた。白いサーヴィスユニフォームについた階級章は下士官の最上位で先任曹長、二人の倍ほどの年齢から叩き上げのようである。
これには何だか申し訳ないような気がして二人は絨毯の上をへこへこと歩いた。
食堂の奥、窓の傍に会食用のテーブル席があり、セヴ=アスカリド大佐が座っていた。二人の姿を認めると弾かれたように立ち上がって手を差し伸べてくる。
「こんな辺境の基地までようこそいらっしゃいました。基地司令のアスカリドです」
「中央会計監査院・第三課所属のシノブ=キリシマ中尉です」
「キョウヤ=ナルミ中尉です」
二人は促されるままにアスカリド大佐と向かい合う形で並んで着席しながら、そっと顔を見合わせた。どうやら本当に中央会計監査院の名が効き過ぎたらしい。
軍隊は何処であろうとゴリゴリの体育会系組織である。上下関係は絶対的だ。幾ら辺境の基地司令だからといって、大佐が四階級も下の中尉に敬語で話しかけるなどということがそもそもあり得ない。
その背後にある意図は基地司令がとんでもない権力志向のおべっか使いなのか、あるいは脛に傷を持つ身であるのか、もしくはその両方だ。
内心呆れつつも宣言通りに京哉は黙り、任された霧島が口火を切った。
「随分と豪華ですね。この食堂だけではなく兵舎といい、基地そのものが。付属の空港も立派でしたし、都市部のオフィス街より余程整っていて驚きました」
「お褒め頂いて光栄です。ご存じかも知れませんがこのキシランは物価が安い割に文化レヴェルが高いので、軍といえどもそういった部分にはとても気を使うんですよ」
霧島も基地司令も笑顔を絶やさないが、目は笑っていない。
そこに先程の曹長がきて明らかに慣れない手つきでワゴンからサーヴィスした。
「こちらは前菜のサラダと、あー、ナントカの冷製スープです」
基地のカネ回りの良さの秘密を知っているのは司令と、この先任曹長だけなのかも知れない。秘密を洩らさぬために給仕担当の兵士を外させたのか。
そんなことを京哉が妄想している間に曹長殿はそそくさと厨房の奥に消えた。
「これだけの基地の整備にかかる予算をよく分捕れましたね。司令は余程の手管をお持ちのようだ。その錬金術を是非ともご教授頂きたいところです」
作り置きらしい冷たいスープを上品にスプーンで口に運びながら、いきなり面倒臭くなった霧島は言葉も選ばずに言い放った。アスカリド大佐が僅かに仰け反る。
コース料理の趣きだがアペリティフもないのは兵士専用レストランだからなのか、それとも目の前のへっぽこ基地司令が酔って迂闊なことを口走らないための配慮なのか。
などとまた京哉は妄想しながら完璧な作法の霧島を見習ってスプーンを操った。冷製スープは海鮮の出汁が利いて結構美味しかった。
そういえば資料の中にあった地図上で、この基地から遠くない場所に海があったのを京哉は思い出す。軍の空港から見た時もこの基地からも見えはしなかったが。
全く関係ないことを考えて京哉が全てを他人事のように捉える一方で、スプーンを持つ手を止めたアスカリド大佐は霧島の放ったストレートから立ち直ったようだ。
「この際はっきり申し上げましょう。公式、非公式を問わずこの基地は地元から様々な恩恵を受けています。その中には会計に計上していないものも色々とある訳です、今お二人が召し上がっているその料理の食材にしても然り。今日は良い野菜が穫れたといって持ち寄って下さる地元の方もいますしね――」
さっさとスープとサラダを平らげた京哉は警察官の習い性でじっと基地司令の様子を観察していた。やけに饒舌なのは何かを糊塗しようとしている。
スプーンを持っていない方の手が握って開いてを繰り返しているのは、滲んだ汗を乾かしているらしい。
京哉に見られていることにも気付かず、アスカリド大佐は取り敢えずの強敵を霧島だと認識したようだ。不自然なほど灰色の目を見つめながら喋り続ける。
「――ときに地元の人間から役務の提供を乞われることもある。幾許かの謝礼と共にね。軍の正式な仕事でなくとも地域への貢献として我々はやらざるを得ない。そして謝礼を受け取る。我々はそれを元手に基地の整備をする。整備は勿論この地域の業者を使い、業者はここの人間を雇うことで地元に利益が還元される。そういう寸法だ。わたしを含め軍の誰かが謝礼を独り占めしたり、それで私腹を肥やしたりといったことは一切していない。それがここのルールだ。地元から得た恩恵は末端の兵士一人一人に至るまで福利厚生その他の形で行き渡っている。お分かり頂けますかな?」
何も分からなかった。
いつしか慇懃な言葉遣いを止めて過剰なほど堂々とした基地司令の長広舌は、霧島と京哉の耳を右から左に抜けてレストラン内に拡散してゆくだけだ。
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