Golden Drop~Barter.21~

志賀雅基

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第13話

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 前菜を食べ終えた霧島はナプキンで口元を拭うと窓の外に目をやった。窓にはレストランの蛍光灯が映り込み、何が見える訳でもない。
 だが早くも開き直った基地司令なんぞに興味が失せ、もう霧島は飽きかけていた。

「別にこの基地でどんな不正がまかり通っていようと私たちには全く関係ないことですし、少なくとも今回私たちが負っている任務には関わり合いのない話です」

 基地司令が目を瞬かせた。『錬金術』とまで云われた挙げ句にこれは驚いたらしい。

「中央の抜き打ち査察じゃないと……それじゃあ、お二方は何をしにこちらへ?」

 訊かれてみて初めて僅かな不安が頭をもたげ、霧島と京哉は顔を見合わせる。
 この基地のトップでありながら、アスカリド大佐はサモッラ地方のマフィアファミリー殲滅作戦をどうやら知らないらしいと気付いたからだ。

「だが本部長は『手引きすれば向こうの軍が動くことになっている』と言っただけだからな。何もナフル第一基地とは断言していなかったぞ」
「そうですよね。大ごとだから、それこそ中央の精鋭が動くのかも知れませんよ」

「見事にぶっ弛んでいたここより、中央の精鋭になら成功に千ドル賭けてもいい」
「僕は一ヶ月ずっと生ゴミ当番を賭けてもいいです」

 二人は日本語でそう言い合って何度も頷き、胸に湧いた不安にフタをして縄でふん縛った。だがそうなると余計な情報を部外者に洩らす訳にはいかなくなる。異国の言葉を耳にして不思議そうな顔つきのアスカリド大佐には霧島が大ボラを吹いた。

「失礼しました。じつを言うと我々はサモッラ地方に紅茶の輸出専用空港と付属基地を作るか否かの見極めをするために、その事前調査に訪れただけなのです」
「紅茶輸出空港……事前調査、ですか?」

「ええ、今回は初の下調べで単に見分するだけなのですが。しかしサモッラ地方に赴くのに定期便も公共交通機関もないと伺ったので、もし可能ならばこちらの基地にご協力を願えないかと思った次第です」

 ついでに食事も早く出して貰えないかと思ったが、さすがに霧島もそこまで口に出さない。向かいの席で溜息をついた司令は安堵しきった表情でタイを僅かに緩めた。

「何だ、そんな話か。それなら話は早い。明日ヘリを用立てますよ。午前中、それとももっと早く? 中央の会計監査院なら、お仕事は夜討ち朝駆けなんでしょう?」

 気が緩みきったのか口調がフレンドリーになっている。

「ガサ入れではないので早朝でなくても構いません。だが日没前には着きたい」
「なら早い方がいいでしょう。明日の〇八三〇マルハチサンマル時に迎えを寄越すので、それについて行けば万事上手く行くように整えておきますよ。もうご心配は無用だ」

 そう霧島だか自分だかに告げると司令は厨房に向かって声を張り上げた。

「おい、料理はまだか! 早く持ってこい!」

 あたふたと厨房から先任曹長がワゴンを押して出てきた。ややこしそうな話が終わるタイミングを待っていたのだろう、またも慣れぬ手つきで皿を並べてゆく。
 ワゴンには冷やされて汗をかいた白ワインも載っていた。勿体ぶらずに最初から出せ、などと霧島は思ったが、これも口には出さないだけの分別はあった。

 ぎこちない手つきでワインを傾ける先任曹長に痺れを切らし、アスカリド大佐がボトルを奪い三つのグラスに注ぐ。
 基地司令は香りを確かめもせず一息に飲み干し、手酌で二杯目を満たした。
 強くない京哉はグラスを揺らして香りを愉しみ、分別はあれど辞書に遠慮の文字のない霧島は所作は上品ながら司令に倣って手酌で二杯目だ。

 魚料理は白身魚のムニエルだった。バターの香りがして掛かったソースは白い。

「おっ、この魚は旨いな。ソースも焼き方も絶妙だが魚自体が上等だぞ」

 霧島が優雅にナイフとフォークで魚の骨を皿の片隅に寄せながら日本語で言った。
 確かにこれは美味しいなと心の中で同意しつつ京哉も魚料理を味わう。こちらも器用に魚の骨をよけていた。常日頃からマナーも完璧な霧島カンパニー御曹司がお手本として傍にいるのだ、京哉にも自然とマナーは身についていた。

 だがそのお手本は既に手酌でワインも三杯目である。容赦なく杯を重ねながら魚を綺麗に平らげた。その間もアスカリド大佐と社交辞令的な会話を続けている。

「ここから西に二十キロも行くと海なんだが、このナフルの海はじつに豊かでね。わたしも休日には釣りに出掛けることもあるが、ボウズで終わったことがない」
「そうなんですか、面白そうですね」

 口先だけで相手をする霧島自身も海遊びは好きだが、今に限って興味は運ばれてきた肉料理に向いていた。赤ワインも載っている。要は腹が減って話どころではなかったのだ。

「ここの土地は土壌が特殊でね。上手く育つものとそうでないものがはっきり分かれる。ものによってはここで育ったものが世界一だろう。手前味噌ではなくてね」

 食うことに没頭してしまった霧島の代わりにアスカリド大佐に対して頷きつつ京哉は新しいグラスに赤ワインを注ごうとする先任曹長に手で少しだけと合図する。
 霧島は普通に注いで貰い、香りを確かめてから一気に半分を空けた。

 割とワイン好きらしいアスカリド大佐はまたも手酌でおかわりを注ぐ。

 その間に京哉は肉料理を観察した。ひとくち食べて鴨肉を紅茶で煮てから柑橘ソースを絡めて焼いたものだと見抜き、これを今度再現してみようなどと思う。

 霧島と暮らし始めてから料理を覚えた京哉だが、今ではレシピがあれば大抵のものは作れるまでに腕を上げていた。全ては年上の愛し人に美味しいものを食べさせたいという思いからである。

 霧島は司令と競うようなワインのガブ飲みを一時停止し、ただ食っていた。
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