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第14話
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「いや、しかしねえ。驚きましたよ。いきなり中央会計監査院の、それも政府が招聘した米軍派遣のお二人がお目見えと聞いてね。別に不正経理の類をやっている訳ではないんですよ。だから探られて何処かが痛む訳じゃないが……」
パンをちぎりながらまた京哉が鋭い目を向ける。今回はいつものように霧島に双方向通訳して貰う訳にいかない。だが京哉にも大雑把な話の概要くらいは掴めた。
見られていることにまるで気付かず、アスカリド大佐は滔々と喋る。
「この土地独特の事情というものがあるんですよ。ええ、よその土地の方には分かりにくいかも知れないが。国民の文化の程度が高いために募集をかけてもなかなか兵士のなり手がいない。汚い兵舎に不味い食事、それに過酷な訓練で薄給とあっては余程の食い詰め者でない限りは集まらない。それはお分かりでしょう?」
ワインが程良く回ったのか、アスカリド大佐の口調が愚痴っぽさを帯びてきた。
「しかし訓練だけは手を抜く訳にはいかない。我々はチンピラの集団ではないのだから。然るが故に快適で清潔な兵舎と旨い食事を用意して、給与もそれなりに上げるしかなくなった。まあ、窮余の策ということですよ」
ガハハと笑うアスカリド大佐の言葉を二人はすました顔で聞き流した。
「そういった訳で員数を揃え軍隊としてちゃんと機能するためには、色々と手を尽くさにゃあならなかったんですよ。資金を調達するためにね――」
そこで咳払いし、今度は何やら釈明を始める。
「まあ、そういう資金調達の仕組みは先々代の司令が気付いたもののようでね。わたしなんかはそれを引き継いだだけでして。ああ、いや、とにかく手にした謝礼は個人的に袖の下に納めてはいけない、それがここの伝統でね。公明正大に、ですよ」
ふいにこれ以上はやぶ蛇だと気付いたか話を締めに掛かった。
「ともかくだ。明日のヘリについてはこれから手配するので大丈夫ですよ。では、お二人はデザートとディジェスティフも愉しんでいって下さい。わたしはこれで」
そう言うとアスカリド大佐は席を立ってしまう。心なしか足取りが覚束ない。
見送った二人はまた顔を見合わせて首を捻る。様々な疑問が湧いていたが、湧きすぎて京哉は却って言葉にならない。
一方霧島は残された赤ワインをドボドボとグラスに注ぎ、ごくごくと一気に干した。そんなバディに京哉は素直に訊いてみる。
「何だったんでしょう、アレって?」
「聞いての通り、何だか知らんが地元民と黒い癒着があるということだろう」
「野菜を貰う以外にですか?」
「ああ。あの口ぶりからして相当根が深いぞ」
運ばれてきたデザートのバニラスフレをスプーンですくいながら京哉は思案する。
「そっか。あれだけ口が滑っても資金調達の核心は言わなかったですもんね」
「口にするのも憚られるほど、あくどい何かということだろうな」
「そうかも知れませんけど、僕らはこの基地の資金調達なんかどうでもいいですし」
面倒臭そうな京哉と、根が怠惰な霧島も意見の一致をみた。
「我々はマフィアファミリーに斬り込み隊長だからな」
スフレもワインも綺麗にさらえた霧島は京哉にじっと見られ、ディジェスティフのブランデーを二杯で切り上げた。鉄の肝臓を持つ男と京哉は再び制服兵士たちの目を思い切り惹きながらレストランをあとにする。
十六階のホテルのような部屋に戻ると京哉はいそいそと煙草を咥えて火を点けた。この一本のために霧島を急かしたのだ。霧島は先にシャワーを浴び、上がってくると交代する。
さっぱりしてひとつベッドに寝転がった二人は三分後には寝息を立てていた。
パンをちぎりながらまた京哉が鋭い目を向ける。今回はいつものように霧島に双方向通訳して貰う訳にいかない。だが京哉にも大雑把な話の概要くらいは掴めた。
見られていることにまるで気付かず、アスカリド大佐は滔々と喋る。
「この土地独特の事情というものがあるんですよ。ええ、よその土地の方には分かりにくいかも知れないが。国民の文化の程度が高いために募集をかけてもなかなか兵士のなり手がいない。汚い兵舎に不味い食事、それに過酷な訓練で薄給とあっては余程の食い詰め者でない限りは集まらない。それはお分かりでしょう?」
ワインが程良く回ったのか、アスカリド大佐の口調が愚痴っぽさを帯びてきた。
「しかし訓練だけは手を抜く訳にはいかない。我々はチンピラの集団ではないのだから。然るが故に快適で清潔な兵舎と旨い食事を用意して、給与もそれなりに上げるしかなくなった。まあ、窮余の策ということですよ」
ガハハと笑うアスカリド大佐の言葉を二人はすました顔で聞き流した。
「そういった訳で員数を揃え軍隊としてちゃんと機能するためには、色々と手を尽くさにゃあならなかったんですよ。資金を調達するためにね――」
そこで咳払いし、今度は何やら釈明を始める。
「まあ、そういう資金調達の仕組みは先々代の司令が気付いたもののようでね。わたしなんかはそれを引き継いだだけでして。ああ、いや、とにかく手にした謝礼は個人的に袖の下に納めてはいけない、それがここの伝統でね。公明正大に、ですよ」
ふいにこれ以上はやぶ蛇だと気付いたか話を締めに掛かった。
「ともかくだ。明日のヘリについてはこれから手配するので大丈夫ですよ。では、お二人はデザートとディジェスティフも愉しんでいって下さい。わたしはこれで」
そう言うとアスカリド大佐は席を立ってしまう。心なしか足取りが覚束ない。
見送った二人はまた顔を見合わせて首を捻る。様々な疑問が湧いていたが、湧きすぎて京哉は却って言葉にならない。
一方霧島は残された赤ワインをドボドボとグラスに注ぎ、ごくごくと一気に干した。そんなバディに京哉は素直に訊いてみる。
「何だったんでしょう、アレって?」
「聞いての通り、何だか知らんが地元民と黒い癒着があるということだろう」
「野菜を貰う以外にですか?」
「ああ。あの口ぶりからして相当根が深いぞ」
運ばれてきたデザートのバニラスフレをスプーンですくいながら京哉は思案する。
「そっか。あれだけ口が滑っても資金調達の核心は言わなかったですもんね」
「口にするのも憚られるほど、あくどい何かということだろうな」
「そうかも知れませんけど、僕らはこの基地の資金調達なんかどうでもいいですし」
面倒臭そうな京哉と、根が怠惰な霧島も意見の一致をみた。
「我々はマフィアファミリーに斬り込み隊長だからな」
スフレもワインも綺麗にさらえた霧島は京哉にじっと見られ、ディジェスティフのブランデーを二杯で切り上げた。鉄の肝臓を持つ男と京哉は再び制服兵士たちの目を思い切り惹きながらレストランをあとにする。
十六階のホテルのような部屋に戻ると京哉はいそいそと煙草を咥えて火を点けた。この一本のために霧島を急かしたのだ。霧島は先にシャワーを浴び、上がってくると交代する。
さっぱりしてひとつベッドに寝転がった二人は三分後には寝息を立てていた。
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