Golden Drop~Barter.21~

志賀雅基

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第19話

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 マスターがフレッシュオレンジジュースを二人の前に置きながら首を傾げる。

「で、どっちにやられたんですかね?」
「どっちとは、どういうことだ?」
「この街はレアードとブレガーの二大マフィアファミリーに仕切られているんです」
「二大って……マフィアはひとつじゃないんですか!?」
「ええ。ご存じなかった?」

 怒りながらも双方向通訳をしてくれていた霧島と、その科白を聞いて思わず叫んだ京哉は顔を見合わせる。どうやらまたも番狂わせ的な問題が発生したらしい。
 だがそれ以上に腹を立てていた霧島が珍しいことに、とうとうマスターに愚痴った。

「ご存じもクソもない、『お嬢様』の取り巻きが調子に乗ってだな……チクショウ」
「ああ、それはブレガーですね。フィオナ=ブレガー、いい女だったでしょう? ドン・ライナス=ブレガーの一人娘ですよ。災難でしたねえ」

 渡されたお絞りとプレートを受け取りながら次は京哉が首を傾げる。

「わあ、美味しそう。……って、災難? それだけですか?」

 マスターは手を洗いグラス磨きに戻りながら頷いた。

「この街では力が正義、そして最大の正義がレアードとブレガーという対抗し合った二大ファミリーなんですよ。文字通りの戦争やってる奴らにゃ敵いません」

 お絞りで手を拭い、ローストビーフサンドに二人はかぶりつく。

「おっ、旨いなこれは。あとでヒマな時にレシピを訊いておくべきかも知れん」
「本当に美味しい。じゃあ今度は忍さんが作ってくれるんですね、期待してます」

 だが今はレシピより優先すべきことがあった。霧島はお絞りで口を拭う。

「それで文字通りの戦争というのは、いったい何なんだ?」
「銃撃戦は日常茶飯事、この前はブレガーの事務所を狙ったRPGの火薬量が多すぎたらしくて、この店の前でロケット弾が誤爆です。女子供の二人が巻き添えになりましたよ、可哀相に」
 RPG、歩兵用対戦車ロケット砲である。

「何だ、それは。軍隊並みのそいつを誰も止めないのか?」
「軍隊並み、まさに軍隊ですよ。それを誰が止められるって言うんです?」

 オレンジジュースのストローを咥えたまま、霧島と京哉は再び顔を見合わせた。
 マフィアに潜入するだけでも難儀なのに、それが二ヶ所もあるだけでなく抗争どころか戦争をしているというのである。いい加減にげんなりした。

 だがげんなりし続けていては特別任務も終わらない。早速情報収集を始める。

「では紅茶と芥子の花は誰が作っているんだ?」
「ファミリーに雇われた専属の者たちが。街の人間も働きに行ってますよ、紅茶はここで唯一の産業ですから。麻薬と同じくファミリーの独占産業ですがね」
「ふむ。ならば、レアードとブレガーのどちらが芥子の花を作っているんだ?」

 マスターは嫌悪感を顔に浮かべて肩を竦めた。

「どっちも競い合うように同じくらい麻薬畑を持っていますよ。ここでも栽培可能で阿片成分を大量に含んだ芥子が殆ど同時に奴らの敷地内に自生したのが十数年前でしたかね。それが畑に化けた途端に麻薬景気で武器は手に入れ放題、人が集まれば撃ち合いです」

 どうやらどちらのファミリーも同様に潜入すべき条件は揃っているようである。

「そのファミリーとやらは何処にいるんだ?」
「この大通りをずっと行くと道がふたつに分かれます。向かって右に行けばレアードで左がブレガーの屋敷に繋がってます。もう何代にも渡っていがみ合っているうちに道まで別々にこさえたくらいで。でも結構遠いですよ。歩けば一時間は掛かる」

 そこで霧島の怒りが再燃し、憤然とサンドウィッチに噛みつきながら器用に怒鳴る。

「タクシー会社もないような所で、どうするんだ!」
「一時間くらい歩いたって、どうってことないでしょう?」

「京哉、『揉める時間があるなら、さっさと帰りたい』などと私には説教臭く言っておきながら、お前が女性にうつつを抜かしたお蔭で余計な時間を食うんだぞ! おまけに誰もが避けるこのサモッラから、どうやって帰るというんだ?」

「それは、また車でも借りて……」
「そうか、また戻ってこない保険料を五千ドルも払ってか?」

 そういえば婆さんにふんだくられた五千ドルは返ってこないのだった。

「あいつら許せないっ! 今度会ったら全弾叩き込んでミンチにしてやるっ!」
「私も乗せて貰うからな!」

 伝統ある耐乏官品の二人は総額百万円以上という損失において意見の一致をみた。じゅるじゅるとストローでオレンジジュースを吸う二人にマスターは眉をひそめる。

「お客さん。悪いこた言いません、止めておきなさい。それこそあいつらにまた捕まったら洒落になりませんよ。ここは涙を呑んで俯いて歩くのがいい」
「ふん、俯いて歩くだと? ふざけるな、あんな三下如きにビビる我々ではない!」
「そうですよ。あんなチンピラ、今度会ったら蜂の巣にしてやりますから!」

 勢い立ち上がって空のプレートを突き返した二人にマスターは困った顔をする。

「まあまあ、落ち着いて。冷たい紅茶をサーヴィスしますから座って頭を冷やして」

 準備できていたらしい汗をかいたグラスが出された。せっかくの厚意だ、二人はスツールに座り直す。京哉は煙草を咥えてカウンターの灰皿を引き寄せた。

「ところでお客さんたち、宿はどうするんです?」
「そうだな。取り敢えず一泊させて貰おう。喫煙で一室、頼む」

 食事の旨いここは掘り出し物、霧島が勝手に決めたが京哉に否やはなかった。

「このアイスティーも美味しいですよ。香りも高いし、渋みもいい感じ」
「なかなかいけるな、これは」
「去年のセカンドフラッシュなんですがね」
「その年の初摘みの茶葉で出来たお茶をファーストフラッシュっていうんですよね」

 春摘みがファースト、夏摘みがセカンドだ。『香りのファーストに味のセカンド』といわれるように、コクがあってクオリティが高いのはセカンドだが、生産量が少ないファーストも珍重される。
 秋摘みはオータムナルといい、渋みが強いがそれを好むフリークもいることなどを二人は話した。殆ど霧島カンパニー保養所の今枝執事からの受け売りだった。

「お客さんたち、よくご存じですねえ」
「知識だけでテイスティングもできないのは恥ずかしいんですけど」
「旨ければそれでいいだろう」
「貴方は飲めて食べられたら何だっていいんでしょう?」
「人間、それが一番だと思うがな」

 ゆっくりとした英語で喋った二人にマスターは深く頷く。

「お客さんのおっしゃる通りですね。では、そろそろ部屋にご案内しましょうか」

 京哉が二本目の煙草を消すのを見計らって、カウンターから出てきたマスターは二人を促した。残っている客を霧島が目で示すとマスターは肩を竦める。
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