Golden Drop~Barter.21~

志賀雅基

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第20話

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「放っておいても構いませんよ。ああ、それと一応、街は通りを挟んで左がブレガーで右がレアードの仕切りになってますし、店内は治外法権の不文律です。それでも寄ると触ると揉め事が起きますけどねえ。荒事は外でって、口を酸っぱくしているんですが」

 そんな話を聞きつつ階段を上って案内されたのは三階建ての三階にあるツインで、ふたつの窓から燦々と日が差し込む明るい部屋だった。

 全体的に古びてはいたが掃除が行き届いて埃っぽさは微塵もない。ベッドのシーツも糊が利いている。店と宿の全てを一人で切り盛りしているというマスターの几帳面な仕事ぶりが垣間見られた。

 金属のキィを霧島に渡したマスターは階段を下って店に戻っていく。赤いチェックのベストの背を見送った二人はバスルームや洗面所にトイレなどを検分した。過不足ないのを確かめて納得すると窓を開けてみる。外を眺めて京哉が指差した。

「きっとあれでしょう、ブレガーとレアードの屋敷。でっかいのが建ってますよ」
「どれ……ああ、あの段々畑の下のヤツか。噂通り景気がいいらしいな」

 ここは三階、見晴らしのいい窓から右手を眺めると格段に大きな建物が左右の山のふもとにあった。三階建てのそれらに付随して、それぞれ同じ敷地内に小さな建物が幾つか建っている。

 双子のような屋敷より上、段々畑の途中には屋根がカマボコ型をした何かの工場らしき建物も何棟か確認できた。

「屋敷の屋上にはヘリまで駐まってる。本当に麻薬景気は大したものみたいですね」

 などとスナイパーらしく京哉は抜群の視力を披露する。

「こちらは車一台ないのにヘリとはな。くそう、また腹が立ってきたぞ。お前が悪いんだからな。全く私という夫がありながら、みっともないにもほどがある!」
「だって仕方ないじゃないですか。生まれてこの方、二十四年間も異性愛者視点で物事を見てきたんですから……」

「ほう、またそうやって正当化に走るのか?」
「忍さんこそ、いつまで同じネタで責めるつもりなんです?」
「気が済むまで一生だ。それとも今すぐ気を済ませに行くか?」
「マスターが言ってたブレガーの事務所ですか?」

「ああ、車代を取り立てに行ってやる」
「それって殴り込み、カチコミとも呼ぶ行動じゃないんでしょうか?」
「そうなるかどうかは相手次第だな」
「潜入して手引きどころか、忍さんが自らカチコミとはねえ」

「キッチリ落とし前をつけさせてやる。異存があるか?」
「ありません!」

 ベルトに着けたマガジンパウチを京哉は撫でた。中のスペアマガジン二本と銃本体を合わせて身に帯びているのは四十六発という重装備である。
 なのにそれだけでなくショルダーバックから更に九ミリパラを取り出し、幾つかスーツの左右のポケットに移した。霧島も倣ってスーツのポケットを重たくし始める。

 しかし予備弾薬をわし掴みにする霧島に京哉が少々不安になって訊いた。

「いったい貴方はどれだけ撃つつもりなんですか?」
「だから気が済むまでだ。お前も今度よろめいたら背中から撃たれるのを覚悟しろ」
「はいはい」
「タダだからといって返事だけはいいのだからな。そんな奴にはこうしてやる」

 窓際に立ったまま濃厚に口づけられ、京哉は息を詰まらせた。激しく求める霧島に舌を絡め取られ、絶妙なテクニックに応えながらも喉の奥で喘ぎを洩らす。

「んぅん……んんっ……はあっ! ああっ、忍さん」

 窓際のテーブルに手をついた京哉は膝が砕けて一脚きりの椅子に座り込んだ。

「貴方はキスひとつで僕をこんなにできるんですよ? だから安心していて下さい。僕は忍さんだけを愛してます」

 真正面から真面目に言い頭を下げると、霧島はしゃがんで京哉の顔を覗き込む。

「私も愛している、誰よりもお前だけを」

 上げられた澄んだ黒い瞳は潤んでいて霧島のポーカーフェイスが崩れた。灰色の目を眇めて京哉を見返し、立ち上がると細く薄い躰を椅子の背ごと抱き締める。

「すまん、お前だけを責めた。私が半ば強引に己のものにしてしまったお前だけを。元々お前は女性を愛する性だというのにな。だが私には本当にお前だけなんだ。こんなことをするのもお前とだけだ、知っているだろう?」

 長めの前髪をかき分けて白い額に唇を押し当て、ずらして耳朶を唇で挟み込んだ。

「本当にすみません」
「もういい。ではさっさと気を済ませに行くとしよう」
「何度も話してきたことですが、貴方がこんな所で人を撃つんですか?」

「私怨で人を殺すなと言いたいのは分かっている。出来る限り私に殺させたくないと願うお前の思いも忘れていない。今から撃つかも知れん人間たちの命をも背負って、納得して生きるなどと、それこそふざけているように見えるかも知れんな」

「だったら、たかが車一台で何故です?」
「私も男だぞ。戦うべき時に必要な戦い方をせねばならないことはお前と一緒に学んできたつもりだ。罪もない一般人を戦争に巻き込むような奴らに遠慮は無用だろう。それが表の理由だ。裏は特別任務の足掛かりを作るためだな。効果的にアクションを起こす」

 さすがは霧島で特別任務を考えた上での行動なのだ。だが単にチンピラ一人弾く程度でマフィアファミリーの目を惹こうというのではなく、本気で怒り戦争を仕掛けに行くのである。
 京哉は灰色の目に決意の煌きが宿っているのを見取って、霧島が既に特別任務の『マフィア殲滅戦』に突入したのを知った。なるほどと思い京哉も頷く。

「二人で何もかも背負って行くんですからね。貴方だけにらせません」
「よし。では行くぞ」 

 昼間はいい季候らしいので邪魔なコートを脱いだ。霧島は京哉に手を差し出す。部屋をロックして階段を降りるまで、京哉は霧島の少し冷たい手を握っていた。

「あれ、お客さんたち。どうしたんですか?」
「ブレガーの事務所とやらを教えてくれ」
「まさか……いけません、冗談じゃありませんよ。滅多に来ないよそからのお客を着くなり死なせては寝覚めが悪いってものです。止めておきなさい」

 眉をひそめてマスターは首を横に振ったが、そこに男の声が割り込む。

「ここから先、大通りを真っ直ぐ五、六百メートルも行った左側だ」
「行けばすぐに分かるさ、それらしい奴が表で張り番してるからな」

 カウンター内からマスターに睨まれているのを知りながらも意に介さず、テーブル席に陣取ったままの中年男ら二人はビールを飲みつつ笑っていた。

「賭けにもなりゃしねぇが、カワイコちゃんたち、せいぜい頑張ってくるんだな」
「害虫の一人か二人でも道連れにしてくれりゃあ、万々歳だが」

 睨むのも諦めて憂い顔でグラスを磨いていたマスターがカウンターから出てきたと思えば、店の隅から持ってきた箒で中年男らの傍を掃き出し始める。

「真っ昼間からトグロ巻いてるあんたらも害虫並みだ、全く始末に負えやしない。景気の悪い飲み方してるそれを干したら、とっとと出て行ってくれ。ほら」

「上客に対して酷い言い種だな、親父」
「何が上客だ。酒は飲まず舐めてばかり、おまけにツケばかり溜め込むあんたらなんかいなくても、うちの店もこの街もやっていけるんだ。さあ、出てった出てった!」

 中年男二人は苦笑いを交わして席を立つ。

「じゃあブレガーの事務所まで送ってやるよ、カワイコちゃんたち」
「死に水とる見届け人がいた方が安心だろうが」

 ビールで酔いが回ったのか中年男たちはげらげら笑い続けていた。ここはダウナーの産地だがアッパーでも食ったようだ。箒を立てて苦い顔をしたマスターが声を張り上げる。

「シェリフ! シェリフ・パイク=ノーマン! 止めて下さい!」

 だがこの街で唯一の法の番人は酒焼けした赤ら顔を一度振り向けただけで、ウィスキーらしいグラスの中身を呷ると元通りにカウンターと仲良くなった。

「誰も彼もロクでもない街だ。お客さんたち、宿帳に書く名前を教えて下さいよ」
「霧島、シノブ=キリシマだ」
「キョウヤ=ナルミ、鳴海です。お世話になります」
「お世話ねえ。知りませんからね、あたしは。遺品の整理なんて真っ平ご免ですよ」

 心配げな視線を寄越すマスターに二人は会釈し、中年男たちに続いて店のスイングドアから大通りに出た。右に向かって歩き出す。すると早春の心地良い風が山から下りてきて大通りを吹き抜けていた。少し砂っぽさが混じった緑の匂いがする。

 そんな情緒の欠片もないダミ声で中年男たちは口々に言って笑った。

「兄さんたちよ、まさか銃くらい持ってんだろうな? 二人は殺って欲しいんだが」
「俺は殺る前に殺られる方に五十ドルだからな」

 結局中年男たちは賭けているらしい。暢気な彼らに霧島は訊いてみる。

「おい、あんたらは何をして食っているんだ?」

 霧島の問いに二人は顔を見合わせた。この余裕は何なのか、単なる馬鹿じゃないのかといった訝しげな顔つきだ。それでも彼らは目を瞬かせながら答える。

「ウチはカカアがクリーニング屋をやってるからな」
「俺んとこも女房が床屋をやってる」
「二人揃って髪結いの亭主とは結構な身分だな」

 普段の涼しい顔を崩さず常態の霧島に男の一人が訊き返した。

「おめぇら、本気で殴り込むつもりかい? 自殺の一種だぞ、そいつは」
「自殺体にも他殺体にもなるつもりはないな」
「馬鹿だ、本気の馬鹿だ、こいつら」
「ここで『馬鹿』をリピートするな。賭けたなら最後まで見届けてから言え」

 やがて目的地が見えてくる。中年男たちが言っていた通り、左側に暗い色のスーツを着た男とブルゾンを羽織った男の二人が立っていた。
 傍の事務所と思しき建物は二階建てだった。事務所の手前で中年男二人は歩調を落とし霧島と京哉から離れる。

 二人は張り番をしている男たちの真ん前で立ち止まった。

「さあて、お立ち会い――」

 低く日本語で霧島は呟くと、張り番の男たちを切れ長の目で見据える。
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